麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第十九話 王女と皇女

 

 

 

『こちらライブラリ・ワン。目標を確認』

 

『こ、こちらライブラリ・ツー。同じく目標を確認しました』

 

『了解、これより作戦を第二フェイズに移行する』

 

『…………』

 

『どうした、ライブラリ・ツー』

 

『……あの~、セイさん』

 

『ん、なんです?』

 

『このライブラリ・ツーとかって、何のためなんですか?』

 

 

 

  ◆

 

 

 

 通信用小型魔法具から、さよさんの疑問に満ちた声が聞こえてきます。それはそうでしょうね。私だってそうです。

 

 

「アリカ王女の方に潜入しているフェイトの部下と事前に打ち合わせしておいたんですが、是非このようにして欲しいと言われたので。何でも、潜入などの特殊任務に携わる者にとって必須だとか」

 

『この格好もですか』

 

「だ、そうですよ? 様式美なんじゃないですか?」

 

 

 私達は今、アリカ王女とテオドラ皇女が密会するという古い遺跡の隠し通路の中で息をひそめています。

 作戦は、私達が奇襲をしかけ、注意がこちらを向いている隙を見て構成員達が二人と護衛を無力化するというものです。

 失敗したら、私達が直接制圧。最初から私達が行けば良いとも思うんですが、下手に傷つけたくないんだそうです。

 

 作戦自体には文句はありません。たださよさんの言うように、指定された格好には文句があります。

 

 私達、なぜかどこかの国の特殊部隊みたいな格好してるんですよ。しかもなぜか拳銃とトランシーバー型の魔法具を渡されて、コールサインまで決めさせられました。

 何の意味があるんでしょうね、これ。

 私も最初は断ろうとしたんですよ?  ハンドガンに限らず銃は私使いませんし、わざわざコールサインなんて決める必要もありませんし。そもそも念話で事足ります。

 

 でも、断れなかったんですよ。

 

 変ですよね、相手は潜入任務に従事するエリートとはいえ構成員、私は雇われとは言え曲がりなりにも大幹部。

 なのに私は彼らの言うとおりに迷彩服着てほこりっぽい通路に隠れてるんですから。

 何ででしょうか、あの時の彼らからにはなぜか逆らえなかったんです。あの時の私に馬鹿野郎と言いたいです。

 

 それでもさよさんはまだいいですよ。私なんかバンダナと黒い眼帯まで装備させられてるんですから。視界が狭いったらないです。

 

 そういえば旧世界出身の構成員の一人がそんな私を見て『ボ、ボス!?』とかいってましたけどなんだったんでしょう? 敬礼してから逃げて行ったので話が聞けなかったんですよ。

 

 

『うう、この服ごわごわします。拳銃重い……』

 

「愚痴らないでください。もうそろそろ作戦予定時刻です。とっととこの仕事を終わらせて、京都にかえってまた餡蜜食べに行きましょう」

 

『わかりました~……』

 

 

 さて、何はともあれ、もうすぐ彼女達が到着する予定の時刻です。すでにテオドラ皇女は到着していますから、後はアリカ王女です。

 

 今私達が隠れている通路は、部屋の天井付近につながっている通路です。

 上からの奇襲はかなり効果的なんですが、私は接近戦は余り得意じゃないんですよ。

 まるっきりできないわけじゃないんですが、私の本分は中遠距離からの召喚や結界による陣地作成。

 そこからの符による一方的な攻撃など、制圧戦より殲滅戦の方が向いてるんです。

 

 ……あれ? この任務そもそも向いてないんじゃ……?

 

 

『セイさん、三分前です。それに、アリカ王女が部屋に入ってきました』

 

 

 おっと、無駄な思考を続ける時間は無くなりましたね。……長い金髪に整った容姿、たしかに資料の中にあったアリカ王女の写真と一緒です。さてどうしましょうか。

 

 あくまで私達の役目は囮。完全なる世界の構成員は優秀ですから、失敗することはないでしょう。いえ、ないと信じます。

 ただ、気になるのは資料にあった“アリカ王女、戦闘力・高”の一文。万が一がありえます。

 これは私の最後の仕事。いざというときの為の保険の作戦を考えておきましょう。

 部屋の中には二人の他に護衛が八人ずつ。お姫様方を含めて計十八人います。

 彼女達の船については他の部下が当たっているので問題はありません。

 この十八人の中で完全なる世界の構成員はテオドラ皇女側に四人。アリカ王女側は八人全員。失敗は無いでしょうが、私はテオドラ皇女側の残りの四人についてのみ考えればいい。

 

 作戦開始までの残り時間を確認するために、フタが無いタイプの懐中時計を取り出して目をやります。

 

 予定開始時刻まで、あと約三十秒。

 

 

 ――無理です。

 

 

 三十秒じゃ作戦なんて組めやしません。こんなこと考えてる間にも時間は過ぎていきますし。

 ほら、あと十七秒。作戦は“当たって砕けろ”の一択です。当初の予定通りにことが運ぶことを祈ります。

 

 後、八秒。

 

 

「カウントダウンを開始します。七、六、五、……」

 

 

 しょうがありません。いざとなったら臨機応変に対応しましょう。

あまり使ったことのないハンドガンをホルスターから抜き放ちます。

 

 

「四、三、二、一、零。突入!」

 

 

 さーて、やるとしましょうか!

 

 

 部屋と隠し通路を隔てる薄い石の隠し扉。それに貼り付けた爆裂符を起動させ、石の扉を吹き飛ばします。

 この爆裂符、ちょいといじってありまして、爆風の方向を一方向に向けられる上、威力の割に派手な光と音を出すようにしてあるんです。

 少なくとも、これで室内の事情を知らない者達はこちらに意識をとられるはず。

 

 私は部屋に飛び込み、空中で素早く状況を確認します。テオドラ皇女側ではこちらの構成員が皇女と護衛の近衛騎士を押さえ込んでいます。

 

 

 

 アリカ王女側は――

 

 

 

 こちらの人員が、アリカ王女に吹き飛ばされていました。

 

 

 

 なんということでしょう。彼女の護衛の部下は即座に確保できたというのに、アリカ王女自身はこちらの人員をよせつけません。

 というかさっきから捕縛系の魔法の射手を剣で切り払ってるんですけどどうなってるんです!?

 

 まずいですね、どうしましょう?

 

 

「きさまら、完全なる世界の手の者じゃな?」

 

 

 ……信じられません。驚嘆したと言って良いでしょう。八人いたアリカ王女側の構成員が彼女一人にあっという間にのされました。テオドラ皇女側は全員押さえましたが、彼らだけではこのままだとまずいかも、です。

 

 

「貴様っ!」

 

 

 テオドラ皇女の方に潜んでいた構成員が二人彼女を拘束する為に動きましたが、先ほどの巻き戻しを見ているかのようにあっという間にやられました。

 一人は剣の柄頭を鳩尾に突き込まれて、もう一人は剣の側面で殴られて、それぞれ気絶しました。

 アリカ王女強すぎませんか!? あの剣筋、私の見立てでは完全なる世界の中級幹部くらいまでなら余裕で倒せそうなんですが。

 

 

「なんじゃ、この程度か?」

 

「あなた、本当にアリカ姫で?」

 

「貴様は……」

 

 

 おっと、私を見る目が、他の構成員を見る目と全然違います。目茶苦茶にらんできてます。

 警戒心全開といったところでしょうか。私は服装も他と違いますし。

 

 

「お初にお目にかかります。完全なる世界客員大幹部、セイと申します」

 

「セイ……ま、まさか“召喚大師”クロト・セイか!?」

 

 

 拘束されたままのテオドラ皇女が叫びます。私は帝国側の傭兵として雇われていましたから、流石に知ってましたか。

 

 

「ええ、そうですよ。完全なる世界にも傭兵として雇われております。あ、言っておきますが雇われたのは完全なる世界が先です。あしからず」

 

 

 テオドラ王女は絶句してますね。私は帝国側では結構有名でしたから、ショックも大きいんでしょうねー。

 

 

「……貴様に、一つ訊きたい」

 

 

 アリカ王女が隙のない構えのまま、そう言いました。

 

 もちろん答えますよ。この状況の打開策が思いつくまでの時間稼ぎの為に。

 

 勝てるかどうかと聞かれれば勝つだけなら容易い。しかし傷を付けることなくとなるといささか少々厳しくなります。

 

 思っていたよりも、随分と面倒な仕事です。

 

 

「何でしょう?」

 

「貴様は、なぜ戦争を影で操る完全なる世界に与するのじゃ? アリアドネーで不正を働いた高官を一掃したという高名なおぬしが、それに与する理由がわからん」

 

 

 なんだ、そんなことですか。

 

 私は空いた手で、バンダナ越しに頭をかきながら答えます。

 

 

「言ったでしょう、雇われていると。強いていうならお金のため。つまりは自分のためですね」

 

 

 いえ、もちろんそれだけじゃないですよ? 来るべき時にむけての布石です。いつか麻帆良で戦う時までに、力は蓄えておかねば。そのための金銭です。

 

 しかしアリカ王女はこの答えが気に入らなかったようです。

 

 

「なっ!? き、貴様はそんなことのために完全なる世界に協力しておるのか!?」

 

「あ~……、そうとりますか」

 

 

 まぁ、それが普通の感想ですよね。世界を滅ぼそうとする悪の組織を手伝って戦場に立つ理由がお金のため。

 見方によっては間違ってはないと思うんですが、彼女からすればそうではないのでしょう。

それまですごしてきた世界が違えば、価値観も異なります。

 

 

「私にも彼らとは別に目的があるんですよ。で、これが傭兵としての最後の仕事。これが終わればとっとと旧世界に帰れます。ですから、おとなしく捕まってはいただけませんか? アリカ・アナルキア・エンテオフュシア殿下?」

 

「むっ……」

 

 

 おや、まさかの思案顔。本当におとなしく捕まってくれるとか?

 

 

「貴様、いやお主は、これが最後の仕事だと言ったな?」

 

「ええ、言いました。それがどうかしましたか?」

 

「ならば、私に雇われぬか?」

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

「だから、私に雇われぬかと言っておる」

 

「つまり、裏切れと?」

 

「いや?」

 

 

 ……? どういうことでしょう?

 

 

「おぬしの仕事は私とテオドラ殿を捕縛することじゃろう? なら、それをするといい。じゃが、私には頼りになる味方がいるから、きっと助けだしてくれる。その後でなら、私と契約しても問題あるまい。無論相応の報酬も約束する。」

 

 

 ……なかなか面白い話ですね。彼らの本当の目的を知る私としては、いささかリスキーな提案ですが、この状況で先のことのついて交渉を持ちかける度胸、嫌いじゃありません。

 

 しかし……この絶対的な自信はどこから来るのでしょう? 完全なる世界から要人を奪還できるような腕利きの連中がどこかにいましたかね?

 

 ……まさか。

 

 

「その、味方というのは……」

 

「紅き翼。主も聞いたことはあるじゃろう?」

 

 

 アリカ王女は誇らしげに胸を張っています。……ふむ、彼女に雇われると、自動的にあのガキと仲間になる? 絶対にいやです!

 

 少なくとも、今のままの彼らと仲間になるなどまっぴらごめんです。

 アルビレオとかいうのは余り友になりたいとは思いませんでしたし、ナギは論外。詠春は……どうでしょう、斬られましたがあそこは戦場でしたからそれは仕方ないです。

 さよさんに当たりかけたのには思うところがありますが、木乃芽が間にたったとすれば和解もあるかもしれません。

 あとの二人は話したことがないのでわかりませんね。

 

 とにかく、彼女に雇われる訳にはいかなくなりました。

 

 私は手に持つハンドガンを彼女に向けます。

 

 

 

「その話、お断りさせていただきます」

 

 

 自分でも驚くほどドスの効いた声が出ました。アリカ王女も私の突然の変わりように目をむいています。

 

 

「どうします? おとなしくするのなら身の安全は保証しましょう。ですが、あくまで抵抗するのなら手荒なまねをすることになりますが……」

 

 

 いくらアリカ王女が強くても、こちらには私とさよさんという実力者が二人そろってます。

 どちらも前衛ではありませんが、そんなことアリカ王女はしりませんからね。彼女の目の前にいるのは有名な傭兵で完全なる世界の幹部、クロト・セイだというわけです。

 おまけにもう一人の目標であるテオドラ皇女は確保済み。味方なし、敵は多数という、限りなく彼女にとって不利な状況なのですよ。

 

 

「……なぜじゃ」

 

「なぜ、とは?」

 

「なぜ紅き翼というだけで拒む?」

 

「私は彼らが嫌いです」

 

「そんなっ! 確かにナギやラカンは馬鹿じゃし、アルビレオ・イマもうさんくさいが、決して悪い奴らでは……」

 

 

 確かに、そのとおりなのかもしれません。

 

 彼らは強い。ナギは知りませんが、他はそれなりの努力の果てに強さを手にいれたのでしょう。

 

 そういった人間は、たいてい自身の確固たる正義感……まぁ価値観を持っています。信念と言ってもいいかもしれません。

 

 私には、ナギと私のそれが同じ物だとは、到底思えないのですよ。

 

 

「あなたの知る世界が、世界の全てというわけでは無いでしょう?」

 

「くっ……」

 

「いやまぁ、私も人に言えるような立場じゃありませんが……押しつけられるのはごめんですよね」

 

 

 アリカ王女は返答に窮し、悔しそうな顔をしてうつむいてしまいました。

 

 彼女はその後すぐに剣を捨て降伏し、夜の迷宮まで移送する間もおとなしくしていました。

 どうやら、私の言葉を多少なりとも信じてくれたようです。もともと、他に選択肢もありませんでしたし。

 

 それと、本気でナギ達を信頼しているようです。私には理解できませんが、彼女には彼女の思うところがあるのでしょう。

 

 

 

 なにはともあれ、こうして私の完全なる世界での最後の仕事は、案外あっけなく終わってしまったのでした。

 

 さて、報酬を受け取ったら、懐かしき日本に帰るとしましょうか!

 

 

 

 


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