麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第二十話 道連れ

 

 

 

 古都、京都。

 

 千年以上の歴史を持ち、古き良き町並みを今に伝える日本有数の観光地の一つである。

 だがそれはあくまで昼の顔。表の話。ひとたび日が暮れてしまえば、街はまったく違った様相を見せる。

 

 魔都、京都。

 

 千年前からこの地に積み重ねられた呪いや人の怨。飢饉に戦乱、火事に病。宮中における権謀術数と、この地に災いと闇は何時の時代でも消えることなく存在した。

 そこから生まれる怪異に対抗するための結界、魔の討滅を使命とする陰陽師、神社仏閣といった各勢力に、闇に巣くう鬼に悪霊。

 

 それらが入り交じりつつ、千年という長い時の中で存在し続けた混沌の都。千年前からいまだ終わらぬ戦いが続く、平和な日常の裏側で確かに存在する戦場。

 

 それが京都の夜の顔。

 

 

 

 ――で、あるのだが。

 

 

 

 それはあくまで、夜の話。

 今は国の内外問わずの観光客があふれかえる真っ昼間。平和そのもの。ちょっとしたケンカでもすぐに警察が飛んでくる今の世の中、戦う馬鹿がいるはずもない。

 

 そもそも、今は戦う者の数が自体が最盛期に比べて随分減った。

 

 都大路も昔の話。羅生門も今の京都には存在しない。

 

 鬼や妖怪も夜の闇が文明の明かりによって消えていくのと共に姿を消していったし、精霊が宿るような清い自然もほとんど残されてはいない。

 

 つまり、もう一度言うが――

 

 

 

「平和なんですよね。京都」

 

「突然どうしたんです? スプーンをくわえたまま話すなんてお行儀が悪いですよ、セイさん」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 やあ、皆さん。セイです。なんとか日本は京都までたどり着きました。今はいつかのお店で餡蜜を食べて休憩タイムです。小さな幸せは此処にありました。

 

 

「ふぅ……やはり平和は良い物です」

 

「……ふふっ、セイさん、おじいちゃんみたいです」

 

「どうせ私は百歳超えてますよ~」

 

 

 このようなささいな冗談を言えるのも平和だからです。

 旧世界に帰ってきてからも、日本にたどり着くまでは大変でしたから。

 

 フェイトの部下から報酬を受け取ったあと、ゲートを使ってトルコ・イスタンブールまで戻ってきたまでは良いんです。問題は、その後です。

 

 こりずにまた使ったんですよ、陸路。

 

 こちらは魔法世界のように世界真っ二つな戦争中というわけではありませんから、日本まで知り合いに挨拶しながらのんびり行こうと思ってたんです。

 

 もちろんそれだけじゃないですよ? 実は、中東、インド付近の古代遺跡を巡ろうと考えていました。

 

 おそらく、私がアリアドネーや墓守り人の宮殿で見た書物に間違いが無ければ、きっとあるはずなんですよ。

 

 

 

 歴史に消えた、古代地下迷宮が。

 

 

 

 歴史のロマンに魅せられて、とかじゃないですよ? 少し探したい物があったんです。

 

 俗に言う西洋魔法のように、体系化されていない物。つまり、麻帆良における玄凪のような各地の古代文明、その神話や伝説に残っているような術式の技術。私はそれが知りたかった。

 

 私はフェイトから魔法世界の成り立ちについて聞いています。魔法世界の真実、彼らがしようとしていることと、その理由も。そして、造物主についてもある程度の話は聞けました。

 

 そこで、私はふと疑問に思ったのですよ。

 

 造物主によって魔法世界が造られたのが約二千六百年前だという。しかし、玄凪もそうですが、それ以前にも文明は存在していたし、各地に当時の遺跡も残されている。それは表の歴史でも証明されている事実。

 

 ならば古の昔には、各地に今も伝わる神話や伝承のなかで語られるような、魔法以外の秘法や秘術も存在したのではないか。

 

 現に、今でも玄凪の結界術や日本の陰陽術のように、体系の違う術は今も存在する。

 それに、西洋魔法は空間に存在する精霊を介して魔法という事象を発生させる。

 精霊がいるというのなら、神話に出てくる古代の神々がかつていたのだとしてもおかしくはないはず。

 

 私は考えました。それらの痕跡が残っているとするのならば、いったいどこにあるのか。

 

 主な候補は三カ所。地中海沿岸のエジプトやギリシャ近隣。古代都市国家が存在した中東からインド亜大陸にかけて。それに加えて、中南米の各遺跡群

 

 他にも何カ所か気になるところはあるんですが、とりあえずはこの三カ所。

 

 地中海方面と中南米はツテがないし遠い。

 なので、帰りがてらに地下遺跡がありそうな場所の目星だけでも付けておこうと思ったんですが、これが大きな間違いでした。

 いえ、ある意味では正解だったのかもしれませんが……

 

 

 

 あれは、中東で何カ所かの土地でそれらしい場所を見つけた後でしたか、インドの山間部で人気のない寂れた寺院を見つけて、中に入ったんです。

 

 どの部屋を回ってみても何にもないところでした。外れかなーと思いつつ最後に一番奥の部屋に足を踏み入れると、見慣れない強制転移魔法らしきものが発動したんですよ。

 

 さよさんと二人まとめて飛ばされて、ついた先は窓の無い広い部屋。高い天井には、はるか上の方に光を取り入れる為の格子窓が一つ。

 地下に造られた脱出不能の牢獄、といった感じでしたね、あそこは。

 

 それよりも問題は足下に広がる数え切れないほどの人骨。そして、中央で、上を見上げてたたずむ一人の少年。姿は人だが、気配は人間のそれでは無かった。

 

 身にまとうのは腰布一枚。褐色の肌に、地面についた少年の身長よりも長い暗い灰色の髪。四肢は鎖につながれていて、上を見上げているので瞳の色はわかりませんでした。

 

 その少年は私達の存在に気づいたのか、顔をこちらに向けました。

 

 赤い瞳が、私達を見ていました。

 

 私達を見定めているような、なめ回すような視線。

 

 

 

「セイさん? どうしたんです。ほんとにおじいちゃんになっちゃったとか?」

 

「違いますよ、彼と初めてあったときの事を思い出していたんです」

 

 

 

 その後の事は、こうして餡蜜を食べていても鮮明に思い出せます。

 

 彼は最初にこう言ったんです。

 

 

 

「君ら、えさ?」

 

 

 

 いやぁ、衝撃的でしたね。開口一番『えさ?』ときましたからね。

 

 しかも、本気で私達を食べにきましたし。実力行使で。

 

 でも意外と弱かったです。人よりは断然強いですし、そんじょそこらの正義の正義の魔法使いなら瞬殺でしょう。

 しかし私やさよさん、志津真よりかは弱かったので、割と楽に倒せました。

 

 倒した後で聞いてみたんですが、四肢の鎖で弱体化させられていたそうです。

 

 で、その少年がその後どうなったかというと……

 

 

「もぐもぐもぐもぐ……」

 

 

 今、私達と一緒に餡蜜食べてます。既に八杯目、底なしです。周りからの視線が……!

 

 私だって最初は連れてくるつもりなんてなかったんです。他人をご飯だと思う人と旅なんてできません。

 

 でも、彼がどうしてもついてきたいっていうんです。もうここで鎖につながれて一人でいるのは嫌だって泣くんです。

 

 そうなったらさよさんは向こうの味方ですよ。一人でいる辛さはよーく知っているでしょうからね。

 

 それでしょうがなく鎖を破壊して、連れて行くことにしたんです。もちろん人は襲わないように約束させました。

 ……おかげで、食費がえげつないことになりました。まったく、食費だけで前回の旅の数倍の費用がかかるなんて思いませんでしたよ。ええ、思いませんでしたとも!

 

 

「もぐもぐ……どうした、マスター?」

 

 

 しかも、なぜか私のことをマスターと呼ぶんです。いつでも、どこでも。少しは周りの目を気にして欲しい物です。

 ああ、ほら、また周りからの視線が強くなりました。なぜ私は前みたいに個室にしなかったんでしょう。

 

 なんで私がマスターなのか中国辺りで一度聞いてみたんです。

 そしたら私が一番強かったからですって。じゃあ何で呼び方がマスタ-なのかと聞いてみたら、『なんとなく』ですって。

 ふふふ……私はなんとなくで周りの良識ある一般人から白い目で見られているのですよ。

 

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 

 しかしどうした物ですかねぇ。私はグレート=ブリッジで人間からさらに外れてしまいました。

 新たな仲間?はそもそも人外。これ、木乃芽さん達関西呪術協会の人たちになんて説明したらいいんでしょう……

 まさかいきなり斬岩剣で真っ二つなんてことは流石にないでしょうが……はぁ……

 

 

 

「もぐもぐもぐもぐもぐ……あ、なくなった……」

 

 

 

 


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