私の関西呪術協会への帰還から遅れること八ヶ月。戦争に行っていた面々が帰ってきました。
私は彼らから、ある話を聞くことになりました。
その内容は、再び私に魔法世界へ赴くことを決意させるには十分な物でした。
◆
魔法世界から関西呪術協会の面々が帰ってきましたが、全員が帰ってこれたわけではありません。
リーダー的な立場にあった天ヶ崎さんも帰ってはこれませんでした。
それでも天ヶ崎さんの奥さんや、数多くの人間が帰還し、無事を喜びあっています。
私からすれば、嬉しくもあり、悲しくもある光景です。
もちろん彼らの無事な帰還は喜ぶべきことなのでしょう。
私が玄凪の符を教えた者もいますから、私としても嬉しいことです。
しかし同時に、彼らが帰還できたということは、一時の戦友であったフェイトやデュナミスたちは敗れたということなのでしょう。
もしも彼らが勝利していたのなら、この場に彼らはいないはずなのだから。
倒したのは、やはり実力から考えて紅き翼でしょうね。
……彼らは確かに悪の秘密結社を自称するほどでしたから、魔法世界の世間一般からすれば悪だという自覚は持っていたのでしょう。
しかし、私は彼らを否定する気はまったくありません。
彼らは自らが悪だと理解した上で、自身の理念に基づいて行動し、そして死んでいった。
末端や外部の人間まではわかりませんが、少なくとも大幹部の連中は最期まで誇りをもってめに、理想を貫くた戦ったはず。
そんな彼らを、一時は共に戦った私がどうして否定することができますか。
……いえ、途中で抜けた私が偉そうに言えることではないのですが、やはり少し寂しいものを感じます。
もしも私がいたならば……などと考えても、もはや無意味なことだというのに。
とにかく、それから催されたのは、彼らの無事な帰還を祝う盛大な宴。皆で飲み、食らい、歌う。今日ばかりは無礼講と、幹部も下っ端もなくただただ大騒ぎにふける。
そんな中で、私はある話を聞きました。
「災厄の女王?」
「ええ、さいです」
私と酒を飲んでいるのは、帰還組の一人で符を教えたことのある術者。彼が話した固有名詞に覚えがなく、首をかしげる。
「災厄の女王……災厄……。やはり覚えがないですね。さよさんはどうです? そんな人聞いたことあります?」
「私は知りませんねー。いつもセイさんと一緒にいたんですから、セイさんが知らないならわたしもしりませんよー」
「ですよねぇ……。それで、だれなんです? その災厄の女王って」
「ウェスペルタティアの、アリカ女王ですわ」
「はい? アリカ王女が? またなんで?」
というか、いつのまにか女王になってたんですね、彼女。
「なんや上の方で色々あったみたいです。そん中でも、奴隷公認法を成立させたんと完全なる世界とつながっとったいうんが大きいでしょうな。おかげで悪名高きMM元老院に逮捕されて、今はケルベラス監獄とか」
アリカ王女が完全なる世界とつながっていた? なぜそんな話に? 私が離れた後に何かあったのか? それに……
「奴隷公認法なんて、またなんで聞くからに悪法らしき法を? 芯の通った、結構なやり手だと思っていたのですが」
「王都オスティアが地面まで落下しましてね。私らは難民対策に仕方なくやったみとります」
また彼女も下手をうったものです。あの時あった彼女はかなりの傑物のように思えましたから、おそらく何かあったのでしょうね。
しかし王都が落下するとは……
「それはまた……。しかし元老院もぼろぼろでしょうに、よくアリカ王女を逮捕などできたものです」
「へ? セイはん、ぼろぼろてどういうことで?」
「当然元老院からも出たんでしょう? 逮捕者」
「いや、出てまへんけど……」
「……なんですって?」
どういうことです? わたしが知っているかぎり、元老院はほぼ真っ黒だったはず。
トカゲのしっぽ切りでもしない限り、いくら元老院でも何の批判もなし、というのは無理なはず。しかし元老院からの逮捕者はいないという。ならどうして……まさか!
「アリカ王女に、何もかも押しつけた……?」
ありうる。あの腐りきった元老院ならそれくらい平気でやる。
真実が広まる前に身柄を押さえてしまえば、後はどうとでもできる。
真実をしらせず、オスティアの民の感情をアリカ女王に向けさせることで、掲げるべき旗頭を失ったウェスペルタティアの民による内戦も防げる。
当然と言えば、当然のこと。予想できてしかるべきことだが、完全なる世界が勝つと考えていたために想定すらしなかった。
「しかし、これから魔法世界は荒れるでしょうなぁ」
私の隣で、酒を飲みつつ術者は語る。
「奴隷公認法のせいで、ずいぶんな数の奴隷が出とるそうですわ。帝国の方はそこまででもないそうですが、連合の勢力圏やと食い物にしとる商人もおるとか」
「……彼らは、逃亡したりしないのですか?」
「そうしたくとも、できんのでしょうな。首輪つけられて、逃げよとしたり無理に外そとしたらボンっだそうです。おまけに元老院の議員も絡んどるとか。まったく、ひどい話で」
「……」
「あれ、セイはんどないかしました?」
「…………」
バキンッ
「うわっ、ちょっとセイはんどないしたん、で……」
男が、こちらの手を見て絶句している。
握りつぶした杯で手のひらが裂け、血と酒が混じり地面にしみをつくっていく。
だがこの程度の痛みが、私一人の手から流れたほんのわずかな量の血が、どれほどのものだと言うのか。
不幸を強いられた者達とくらべてどれだけ価値のあるものだと言うのか。
「……元老院、か」
この大戦の間、やろうと思えばいくらでも元老院を潰すことはできた。
それをしなかったのは、フェイト達からの命令があったから。戦争を継続させるのに、駒は必要だからと。
もう一つは、自身の存在が知られることを恐れたから。魔法世界の自分は、アリアドネーを拠点にする傭兵であり、完全なる世界の大幹部であるクロト・セイ。
あくまで これを通してきた。
自分の悲願は春香の復活、そして麻帆良。そのために一族を滅ぼし、“そこにあった”という痕跡のカケラすら残さなかった連合への怨みも抑え、自分を偽ってきた。全ては万全を期すために。
だがその結果はどうだ? 命と信念をかけて戦った者達は、敗者は死に、勝者は漁夫の利を狙う下衆どもに囚われた。
護られるべき民は奴隷の身分に落とされ、弱者から抜け出すこともかなわない。
それらのすべての原因は、戦争を裏で操っていた完全なる世界ではなく、自らの利益の為に蠢動する元老院。
今回の戦争の原因が完全なる世界にあるとはいえ、確かに混乱を収めるためのある程度の生贄は必要だ。それはわかる。
だが世界の歪みだけでなく、自分たちの罪さえも一人の人間に押しつけるというのは筋が違う。
生贄がいるというのなら、弑された前ウェスペルタティア王でもいいはずなのに、それもしなかった。
自分が麻帆良で事を起こすまで、後二十年ほど。彼らをある程度押さえていた完全なる世界はもはや存在しない。
それまでに、今まで以上に増長した元老院はより多くの悲劇をうみ出すのだろう。それを止めることができるのは、力を持つごく一握りの人間だけ。
自分には、その力がある。彼らの“今”、戦争における責任の一端もまた然り。
長期的に見れば私の目指す物にかなりの影響がでるかもしれないが、これ以上、見過ごすことはできなかった。
「さて。少し出てきますかね」
「出てくって、どこに……いや、それよりもセイはん、その傷!」
「ああ、もう傷など残っていませんよ。ほら」
血にまみれた手のひらを見せる。
そこには傷一つ残っていなかった。
先日の鶴子さんとの山ごもりで判明したことだが、人から離れるにつれ、回復力も人のそれではなくなったらしい。
「ああ、余り騒ぎを大きくしないでください。木乃芽さんには私から話を通しますし、さよさんたちもちゃんと連れて行きます。ただ、あまり広めないでくださいね?」
男は息を呑んだ様子でうなずいた。それから、声をひそめて訊ねてきた。
「いったい、どこへ行くつもりで?」
「決まっているでしょう?」
それに私は口の端をつり上げて、しかし胸の内では、あの日以来、理性でもって深い所へ押し込めた暗い炎を再び燃やしながら、答えた。
「メガロメセンブリアへ」
今日はここで打ち止めです。
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