麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第二十三話 惨劇

 

 

「ああくそ。ぐっしょぐしょだな」

 

 

 そうぼやきながら詰め所に入ってきたのは、鎧装束を全身にまとったMM重装兵団の一人。

 

 その日、メガロメセンブリアでは珍しく霧が出ていた。

 前日の夕方ごろから突如出始めた霧は、その不自然さから何らかの魔法ではないかと思われたのだが、首都全域を覆い尽くす程の広域魔法は不可能と判断され、単なる異状気象、つまりは自然現象として処理された。

 

 少し先が見えないほどの濃霧が突如発生し、おまけに晴れることがない。

 旧世界なら間違いなく魔法などの超常の力を疑うのだが、ここは魔法世界。

 竜や妖精、魔族までもが存在する世界であるが故に、この魔力に満ちた霧を普通の、“只の霧”だと判断した。判断してしまった。

 

 その甘い判断が、どれほど危険なことかも知らずに。

 

 

「おお、おつかれ。火ぃあるぞ」

 

「ああ、たすかる。しかしなんだってんだ、この霧。こんなの今までに一度も無いぞ?」

 

「まったく、上は単なる自然現象だからほっときゃ晴れるっていうが、巡回の度にこれじゃやってられんぞ。びしょ濡れになるし、まるで先が見えない。本当に自然現象か?」

 

「確かにな。もうそろそろ日が昇る頃だっていうのに、まるで晴れる様子が無い。……おい、下っ端A、外の様子はどうだ。なんか変化あったか」

 

 

 詰め所の中では最も階級が高い先任士官である隊長が、一番若いがゆえに何も見えないのに望遠鏡で外の監視を続ける部下に声をかける。

 

 

「先輩、いくらなんでも下っ端Aは酷いです。下っ端だけならともかく、Aをつけるともの凄く安っぽくなるじゃないですか。せめて下っ端にしてください」

 

「はいはい、わかったよ下っ端A。んで、外の様子は?」

 

「え~と……そうですね、さっきと比べて少し明るくなってきました。それと、霧が薄くなってきたように感じます」

 

 

 それを聞いて、詰め所の中に居る面々からため息がもれる。

 

 

「やれやれやっとか……」

 

「これで濡れずにすむ……」

 

「交代になったら鎧を磨いちまおう。こんだけ濡れたらすぐに錆びちまう」

 

 

 兵士達の気の抜けた発言を聞いて、隊長がそれをいさめる。

 

 

「こら、だらけるにはまだ早いぞ。次の奴らに引き継いでからにしろ。おい下っ端。他に何か異状は?」

 

「え~……そうですね。特に異状はなさそうです。まだ霧が完全に晴れてないんで、遠くはよく見えないんですけ……ど……?」

 

「ん、おいどうした。何かあるのか?」

 

「嘘だろ……おい……」

 

「おい、どうした! 何が見える!」

 

 

 にわかに詰め所の中にいる兵士達に緊張がはしる。隊長が若い兵士に声をかけるが、震えるその兵士から反応は無い。

 

 返事が無いことにしびれを切らした隊長は、日が差し込み始めた窓の側にいる若い兵士を押しのけて、自身でそれを確認しようと望遠鏡をのぞき込む。

 

 そして、彼は見ることになる。

 

 霧が急激に晴れ、朝日を反射する水面の上。

 

 鋼を纏う巨獣に率いられた、数十メートルの巨体を誇るヒトガタの群を。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 背後に従えるのは、黒雲を足下に纏って宙に浮くがしゃどくろの群れ。数は呼べるだけ呼んで十八体。細々とした鬼などは今回は呼んでいない。

 

 そして、それらの先頭にいるのが他とは明らかに一線を画す存在。

 

 神の模造品、時雨の本来の姿であるジャガーノート・レプリカ。

 

 偽物とはいえ、その姿は現代を生きる者にとっては本物と変わらないのではないだろうか?

 そう思わせるにたるだけの威を持った姿をしている。

 

 鋼を思わせる鈍色に、血のような赤で彩られた胴体と四肢。胴体は幾百の盾によって覆われ、四肢の先には銀で紋様が刻まれている。

 そして何よりも特徴的な頭部。幾重にも枝分かれした二本の角を持つ頭部には目と鼻が存在せず、その代わりに赤で紋様が刻まれた平坦な顔と閉じられた口が存在するのみ。

 

 そして、今はその頭部の上に今回メガロメセンブリアに来た面々がそろっていた。

 

 私、さよさん、時雨、六火、白露、志津真。こうしてみると、まともな人間が一人もいないことに驚く。時雨にいたっては上半身裸で、腰から下は巨獣の頭部と同化している。

 

 

「さて……もう一度それぞれの役割を確認しておきましょう。志津真、あなたは全体を俯瞰しつつ式神の指揮を。

さよさんにはその補助、大まかな制御を頼みます。六火、白露、あなたたちは今度こそさよさんの護衛です。いいですね?」

 

「マスター、僕は? 蹂躙していいの?」

 

「駄目に決まっているでしょう。今回の目的は元老院議員の可能な範囲での抹殺です。一般人にまで被害をだしたら元も子もないでしょうに」

 

「む~、つまんない。……あ、じゃあアレは?」

 

「アレ?」

 

 

 時雨の視線をたどると、その先にはこちらに接近してくる数隻の連合艦。戦時中もっともよく見かけた巡洋艦クラスである。

 

 

「流石に動きが速いですね、優秀なのはいいことです。しかし……今は邪魔だ。時雨、好きにしなさい」

 

「ありがとマスター! それじゃ思いっきりいくね! ……『インドラの矢』発射体勢に移行します」

 

 

 ガパァッ……キュィィィィィィィィィィィィィィィ!

 

 

「ちょ、インドラってあなた……!」

 

 

 ジャガーノート・レプリカの閉じられていた口が開き、そこに周囲の大気中から膨大な量の魔力が集められ、圧縮されていく。

 

 時雨の声が急に機械的な口調になったと思ったら、『インドラの矢』ですって!? 時雨、あなたは確かジャガーノートが基なんですよね!? なぜにインドラ!? それになんで神話級の……!

 

 

ィィィィィィィ……ン。

 

 

「発射」

 

 

 キュガッ!!!!

 

 

「おぉう……」

 

 

 それはこの場にいる誰のうめき声だったか。

 

 発射されたインドラの矢、極太ビームは、射線上にいた巡洋艦を一隻残らず消し去った。

撃墜を免れた艦も大きな損害を受け火を噴き艦体を傾け、無事な艦であっても突然の攻撃に足並みを乱し右往左往している。

 

 チャージ開始から臨界まで七秒フラット。敵側からすればどうしようもないでしょうね。頼もしくある反面、空恐ろしくなります。

 ……それにしても。

 

「時雨、あなたなんて攻撃してるんです! これ絶対地面に向けて撃つんじゃないですよ? いいですね? 撃つときは必ず空へ向けて撃ちなさい。絶対ですよ?」

 

 

 時雨が「え~、マスターほめてくれないの~?」みたいな目で見てきますが今は無視です。いくら連合が嫌いでも、一般人を巻き込んでの旧約聖書の再現は駄目です。

 

 

「ええい、まったく……とにかく、連合も動き出したようですし、私たちも動きます。あなたたちは陽動として連合軍駐屯地と議事堂に向けて進攻してください。

時間は今からきっかり一時間。侵攻するだけでいいのでやり過ぎないように。

その後は事前に渡した超長距離転移符で各自離脱、場所は桃源に設定してあります。私はそれまでに元老院を可能な限り“潰して”きます」

 

 

 とりあえず、目標数は元老院全議員数二百三十四の内、半分くらいでしょうかね。

 

 

「さて、ではみなさん、ご武運を」

 

 

 私は背中から翡翠色の尾と角、翼らしきものを次々と展開し……デュナミスの言うところの大幹部戦闘形態へと移行。

 

 ジャガーノート・レプリカ。もとい時雨の頭部から飛び降り、水面ぎりぎりの所で一度停止。

 

 後方へと伸びた翼の一つ一つに風の術式を展開。効果は単純に、“風を前から後ろへと吹き出す”。

 

 それに加えて、虚空瞬動。気を込めて一歩前へ踏み込むことで、私は緑の流星となった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「それで、君たちはいったい何をしていたのかね」

「申し訳ありません!」

 

 

 どうしてこう誰も彼も無能なのか。朝早くに緊急の召集が元老院にかかったのでわざわざ出向いてみれば、霧に乗じて所属不明の勢力がこのメガロメセンブリアに侵入したという。

 まったく、なぜわざわざその程度のことで我々の予定が乱されなくてはならないのか。

 完全なる世界なき今、世界はこのメガロメセンブリア、つまりは我々元老院の物だというのに。

 

 

「それで、その所属不明の勢力とやらはどれくらいの数なのかね」

 

「は。確認できた範囲ですと……」

 

「ああ、良い良い。どうせ大した数ではないだろう。それより、この首都に駐留していた国際戦略艦隊の展開は済んでいるのだろう?」

 

 

 それにしても、随分と上手くことが運んだ物だ。はっきり言って予想以上、最高の想定がほぼそのまま現実になった、というところか。

 

 戦争の間に起きた諸々の問題や汚点は邪魔な小娘に押しつけることが出来たし、最大の障害たり得たその英雄どももへんぴなところでわざわざ民草一人一人を救おうとしていると聞いた。まったくもって非効率極まりない。

 彼らもまた邪魔な存在であるには違いないが、分をわきまえ静かにしてるというのならすぐに消しにかかる必要もないだろう。

 

 予想外と言えば、完全なる世界の幹部達が一人残らずかれら英雄に滅ぼされてしまったことだが……今となっては彼らの後ろ盾も必要無いのだ。

 むしろ居なくなってくれてせいせいしたと言うべきか。

 

 何せ、そのおかげで名実共に我々が最上位者となったのだから。

 

 ただ、黄昏の姫巫女を失ったのは痛手になったな。あれさえいれば、選択肢の幅が広がったのだがな。

 

 

「十三分前に完了しております。ですが……」

 

「ならなぜ我々を召集したのだ! 暇な身ではないのだぞ!」

 

「それは……。緊急時用のマニュアルに従い……」

 

「は、バカバカしい! なにがマニュアルだ、戦時ならともかく、今の世情でこのメガロメセンブリアが落ちるわけがなかろうが!」

 

「左様。万が一この建物内に侵入を許したとしても、ここには我々元老院の直轄部隊がおる。いくら霧にまぎれてとはいえ、むざむざ首都に侵入された君らと違って優秀な、の」

 

「はっはっは、違いない! この建物の中には数多くの立派な魔法使いも滞在している。彼らなら、たやすくその侵入者どもを捕獲できるだろうさ。無能な君らと違って、な!」

 

「ハハハハハハ!」

 

 

 まぁ、別にそこまで気にすることでも無いだろう。

 

 英雄は姿を消し、真実は消える。勝利者たる我々の敵となる物など、この世界に存在しないのだから。

 

 

 

 

 

「―――本当に、そうでしょうかね?」

 

 

 

 その瞬間、両開きの扉が、壁に埋め込まれた枠ごと吹っ飛んだ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 思いあがりも甚だしい。ここに来るまでに出くわした奴らが直轄部隊なんでしょうが、相手が悪かったですね。

 

 私は仮にも大戦の英雄の魔法を至近距離で食らっても無傷な男です。そんじょそこらの正義に陶酔するだけの魔法使いでは、はっきりいって火力不足なのですよ。

 

 

「き、貴様ァ! ここがどこだかわかっているのか!」

 

「無論です。あなたこそ自分の立場というものを考えなさい、老害」

 

「んなぁっ!? ろ、老害だと!?」

 

「我々元老院になんたる無礼かっ!」

 

「誰か! 誰かおらんのか!」

 

 

 己で戦う術を持たぬが故に、誰かを己の剣とする。それが悪いこととは言わないが、多くの物を求め勝ち取るにはそれ相応の力がいる。

 しかし、やはり其れはどこまで行っても結局己の力とはなり得ない。

 己で勝ち取ったのではなく、誰かの借り物の力で奪い取った物を、どうして何時までも己の物としておくことができようか。

 所詮は危ういバランスの上の砂上の楼閣にすぎないのですよ。

 

 

「無駄です。彼らはすでに戦闘不能です。今この場であなた方の命を握っているのは、この私なのですよ」

 

自分達の立場がようやく理解できましたか、やっと静かになりましたね。

 

 

「……なにが目的かね」

 

「目的……目的ですか? 何が目的かと、そう訊きましたか?」

 

 

 ほんのわずかだけ口の端をゆがめ、笑う。もしこの中に勘の良い者がいれば即座に逃げようとするのだろう。事実腰を浮かした者が何人かいるが、逃がすつもりなど毛頭ない。

 

 

「行け」

 

 

 ローブの袖から、幾百枚もの符が紙吹雪のように舞い散り、次々に元老院議員へと張り付いていく。

 飛ばした符は、爆裂符。いつか使った物とは違いまったくいじっていないので、発動すれば間違いなく期待どおりの威力を発揮してくれるだろう。

 

 

 

 その対象が、人であっても。

 

 

 

「貴様、何を……!」

 

「私の目的、お教えしましょう。あなた方元老院議員の抹殺ですよ」

 

「ま、待て! 貴様本気か!? われわれを害するということは、このメガロメセンブリアを、魔法世界の半分を敵にまわすのだぞ! 立派な魔法使いが正義の名の下に貴様の命が尽きるその日まで永遠に追い回す! 異能を持とうと、何であろうとだ! それでもいいのか!?」

 

 

「かまいませんよ。だって私は―――」

 

 

 

 ―――悪の秘密結社の、大幹部でしたから。

 

 

「貴様、完全なる……!」

 

 

 元老院議員のひとりが正解を口にしようとするが、待ってやる義理は無い。

 

 

 

「爆ぜろ」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 くっ……何がどうなって……?

 

 

 自身の記憶の最後にあるのは、自分を嘲笑する議員達と、背後から突然響いた爆音のみ。

 

 

「はっ……そうだ、議員の方々は!?」

 

 

 ちゃぷ……

 

 

「む……?」

 

 

 自分の上にある瓦礫をおしのけて何とか立ち上がろうと床に手をつくと、そこには浅くではあるが何らかの液体がたまっていた。

 

 疑念に満ちた自分の顔をまるで鏡のように映すその赤い色を見て、急激に意識が覚醒する。

 なぜ今まで気づかなかったのか逆に疑問に思う。

 

 この色は、この鼻につく鉄くさい臭いは、この大戦の間に、嫌になるほどなんども嗅いだではないか。

 

 

「ぎ、議員は……!」

 

 

 男は痛む身体をおして、こんどこそ立ち上がる。

 

 そこで彼の目に映ったのは、全てが真っ赤になった議事堂。床、壁、天井に至るまで、赤。果ては自分の服と鎧すらも深紅。そこに居たはずの議員達は、一人残らずいなくなっている。

 

 目に見える景色。鼻につく臭い。鎧の上に来ている騎士服を、意識を失い倒れている間に深紅に染め抜いた広く浅い真っ赤な水たまり。

 

 

 彼にとってこの状況がどのようにして生み出されたのか。理解することは、難しい事ではなかった。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 男の絶叫が、たった一人を除き誰もいなくなった会議室に空虚に木霊した。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 連合軍巡洋艦、大破三十四。中破、十一。消滅、七。

 

 MM国際戦略艦隊に大きな被害を出し、反面市民には全くと言って良いほど犠牲が出なかったこの不自然な事件は、連合の中枢たる元老院議員の内、地方に視察などで出ていた数名を除き議場にいた全員が殺害され、戦後最悪の事件となった。

 

 おまけに、その実行犯がほんの数人であったこと。さらにはその中のただの一人も捕まらなかった事実は魔法世界全土を震撼させ、恐怖させた。

 

 後にこの事件は「メガロメセンブリアの惨劇」、あるいは殺戮の現場となった議場の凄惨さから「鮮血事変」とよばれることになる。

 

 

 

 


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