麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第一話 闇より覚めて

 

 

 気がつくと、闇の中にいた。足場は見えないのに浮いているわけでもなく、地面のようなしっかりとした感触が足の裏から伝わってきている。

 

 前も後ろも、右も左も、ずっと闇だけが広がっている。音も無く、光もなく……もしかすると、ここが死後の世界なのかもしれない。

 

 想像していたのとは随分違う。寒くもなければ暑くもない。あの世らしくないとでも言うべきか。

 

 それでも、もしここがやはり死後の世界だと言うのならば、死んだのだろうか。春香の言ったように、何らかの原因で失敗したというのも否定はしきれない。

だが、今この状態が死んでいるのだとしても後悔はない。

 

 あのまま何もしなくても死んでいたことに変わりはない。それでも彼女は助けると言ってくれた。だからわずかな望みにかけて、彼女に自分の運命を託したのだ。

 

 もともと負けたところで失う物のない賭だった。分不相応な物を望む、勝ち目の薄い賭だった。それに負けたからといって、誰を恨むことができるというのか。

 

 

「――セイ」

 

 

 突然、背後から聞こえてきた自分の名前を呼ぶ声に、慌ててそちらを振り返ると、セイが誰よりも会いたかった人がそこにいた。

 

 

「春香!」

 

 

 確かに今、目の前に春香がいる。

 

 今いるこの空間がどういった場所なのかはわからない。

 

 だが、たとえどこであったとしても、目の前にいるのは間違いなく、意識が途切れるその瞬間まで一緒にいた春香なのだ。

 

 

「春香、ここはいったい何なのですか? それに、どうしてあなたもここにいるのです」

 

「……ごめん、セイ」

 

 

 春香から発せられたのは、短い謝罪の言葉。それで、それだけで、自分の今おかれている状況がはっきりとした。

 

 

「……そう、ですか。やはり、私は助からなかったのですか」

 

「……え?」

 

「なるほど、どうりで暗いはずです。……まぁ、死後の世界なら当然ですか」

 

「え? ええ?」

 

「気にしないでください、春香。どうせ助からなかった命です」

 

「いや、ちが…」

 

「それでも、最期に春香に会えて良かった」

 

「……」

 

「春香、私はやはりあなたのことが」

 

「えいやっ」

 

 

 ドスッ!!

 

 

「がほぁっ!? ぐ、げほっ、ごほっ。は、春香、なに、を・・・?」

 

 春香の予想外にかわいらしいかけ声と共に、見た目からは考えられない威力の拳が直撃してセイの肺から空気を吹き飛ばした。

 

「セイ。私が謝ったのは、肉体の再構成に時間がかかったことについて」

 

(……肉体の再構成?)

 

「では……?」

 

 

 春香は拳をぷらぷらさせながら、笑って見せる。

 

 

「ええ、セイは生きていますね。死んでなんかいません」

 

(生きている? 私が? それはつまり……)

 

「一緒に、いられるのですか!?」

 

 

 そう言った直後、春香の顔から笑顔が消えた。代わりに表れたのは、誰よりも側にいたセイも見たことが無いような、静かな怒りをたたえた表情。

 

 

「春香?」

 

「……すぐには、無理」

 

「な、なぜ!」

 

「……セイ、よく聞いて」

 

「……何でしょう」

 

「あなたの身体を治すのに……ううん、再構成するのに、百年近くかかったの」

 

「百、年? それはまた……」

 

「繰り返すけれど、再構成は成功しました。でも、やっぱり人ではなくなってしまったの。なるべく〈人〉に近くあれるよう努力はしたけれど……今のセイは半分精霊のような、何か」

 

「何かって・・・」

 

「続けますね。とにかく人の身体でなくなった影響で、たぶん老化はなくなったと思う。それから霊力・・・奴らの言うところの魔力も増えているはず」

 

 

 『奴ら』、という部分の響きに春香が侮蔑の感情を乗せていることに気づいたが、セイは止めようとはせず、話は続く。

 

 

「それで、まだ今は一緒にいられないことの理由なのだけれど……霊力が足りないの」

 

「……は?」

 

 

 あまりに予想外な理由に、変な声が出てしまったがそんなことは良いと意識の端に追いやる。

 旧世界、日本でも有数の霊地にあって、地脈の力を一身に受ける神木に霊力がたりないとは何の冗談だろうか。

 

 と、唐突に闇の世界が揺れる。はっきりと己の目で見たわけではない。ただ漠然とそう感じたのだ。

 

 

「……やっぱり、霊力がたらないか」

 

 

 そういう春香の身体は淡い光を帯び、徐々に透けてきている。綺麗な淡い緑だったはずの光が、なぜか今は灰色を混ぜたような濁った色をしていた。

 

 それだけでなく、気づかぬうちに自分の身体も光を帯びて透けてきていた。

 

 

「これは……待ってください春香! 何がどうなっているのですか!」

 

「今からセイを、社があったあの場所に送ります。セイなら……直接、今のまほらを見れば、それで理解できるはず」

 

 

 その間にも、春香の身体は色を失っていく。また会えたのに。また、一緒にいられると思ったのに。なぜ、という思いが募っていく。

 

 セイは自分でもわからないうちに、叫んでいた。

 

 

「春香……春香っ! また、また会えますか! いつか、ずっと一緒にいられるようになるのですか!」

 

 

 春香は、また微笑んだ。

 

 

「大丈夫、私たちはつながっているから。セイが頑張ってくれれば、必ず……」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 目を覚ました時、最初に視界に飛び込んできたのは、家々を燃やす炎の赤い色など混ざっていない夜の空。漆黒の中で変わらず輝く星々の群満天の星空だった。

 

 慌ててとび起き、自分の身体の異変に気づく。

 

 傷がないのはもちろん、限界がきていた肉体に力が充ち満ちて丈夫になっているし、五感もより鋭敏になったように感じる。

 春香が言っていたように、霊力も自分の記憶以上の物が躯の内にある。

 

 身に纏っている物は、元は白、しかし血で真っ赤に染まってしまった戦装束のままだった。ただし血は乾き色あせて褐色となっているし、取れてしまったはずの飾り紐や房、鈴などは直っているなど差違もある。

 術具としては唯一鍔の無い簡素な腰刀が背の側に差してあったが、やはり最期に使い切ってしまった符は全身を探ってみた物の一枚も無かった。

 

 それと驚いたのが髪の色まで変わっていたことだ。

 

 月明かりに照らされた今の髪の色は黒に近い暗い緑。昔はまごうことなき黒だった。もしかすると眼の色も変わっているかもしれない。

 

 と、ここまで確認してから、こんどは周囲を見渡す。周りの木々はあの時とたいして変わってはいないようだ。

 しかし、どうにも違和感がある。景色は変わっていないのに、昔ほど木々に生命力がない。

 麻帆良は霊地、土地に力があるから木々も生命力に満ちているはずなのにそれがない。せいぜい普通の森程度しかない。

 それだけではない。もっと漠然とした空間そのもに、今見える世界に違和感を感じる。

 何か、よくわからない力が場を満たしているような。どこか不快さを滲ませる、違和感とでも言うべきか。

 

 

「まさか……?」

 

 

 もしかすると、これは何らかの結界では無いのか?

 

 セイが得意としたのもまた結界。春香の言ったように、見ればわかるというのなら、そういうことではないのか。

 

 そう考えたセイは、かつて一族の里があった方へ歩き出した。神木が見守っていたはずの場所へ。神木そのものが立っている、その場所へ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 森を抜けた先は、セイが思っていた景色とかけ離れた世界だった。

 

 セイの記憶では、森を抜ければすぐに里に出るはずだった。まず眼に入るのは水を巡らせた堀と、石の基礎の上に木でもって組み上げ、術式を埋め込んだ上から漆喰で塗り固めた里をぐるりと囲む防壁だった。

 

 防壁の所々に作られた櫓には見張りが立ち、門の前には最低でも三人は常駐していて、気心も知れていたから長になってからも気軽に挨拶したものだった。

 

 

「…………」

 

 

 記憶の中にあるそれらは、跡形すら残されていなかった。魔法使いは、正式な宣戦布告もなしに戦争を仕掛けてくるような連中だった。

 

 何百年もの間、そこにあり続けた歴史的価値のある物だとしても、新しい拠点を作るのに邪魔な堀や防壁が残されていないのはしかたがないことなのだろう。

 

 もっとも、里は古代語でもって紡がれる大魔法によって全てが灰に帰するほどの勢いで燃えていた。それこそ魔法の詠唱にある、悪徳の果てに神の怒りに触れた古代都市のように。

 

 だから、魔法使い達が動かずとも、どうせたいした物は残らなかっただろう。可能性で言えば、石組みで造られていた屋敷や防壁の基礎くらいか。

 

 

「だからといって、わざわざ街まで西洋にあわせなくてもいいでしょうに……」

 

 

 今目の前には本当にここに里があったのか目を疑いたくなるような景観が広がっている。

 

 西洋の建物を外国、西欧からそのまま持ってきたかのような街並み。

 

 中央に噴水の据えられた石畳の広場。祭りでもやっているのか、奇妙な面やら飴細工やらの出店が軒をつらねている。

 

 広場と同じ石畳の道には闇夜を照らす瓦斯灯らしき物が数多くたち並び、遠くには橋がかけられた城のような建物まである。

 

 おまけに、あそこに見えるのは、確か鉄道とやらではなかったか。

 

 

「……麻帆良、学園祭……?」

 

 

 とりあえず広場に入り近くにあった看板に目をやると、自分が知る物とは少し違う文体で、しかし間違いなく日本語でそう書かれていた。

 

 学園祭。つまりは学校のお祭り。魔法使い達はここに、この麻帆良に、かの英国にあるという魔法学校とやらを作ったのだろうか?

 

 

「なんだい兄ちゃん、祭りが目当てで麻帆良に来たんじゃないのかい?」

 

 

 と、近くで奇妙な面を売っていた屋台の親父が話しかけてきた。

 

 

「そんな仮装してるもんだから、俺ぁてっきりここン学生さんだと思ったんだがなぁ。ま、いいや。兄ちゃん、なんかお面買ってくかい?」

 

 

 しばし悩む。おそらく今この地を管理しているのはまず間違いなく魔法使い、それにつらなる組織だろう。

 

 百年も経ったという当世で顔が知られているとも思えないが、念を入れて顔を隠しておくのにはちょうどいいのかもしれない。

 

 だが、悲しいかな。春香が再構成してくれたものの中に、金銭の類は含まれてはいなかった。

 

 

「いえ、持ち合わせがないので」

 

「なんだいなんだい、祭りの初日だってのに、もう金がないのか。スリにでもあったのかい?」

 

「あはは、まあそんなところで」

 

 

 これといった言い訳も思いつかず、そのまま話を合わせる。肩をすくめてそう言うと、親父は気の毒そうな顔をした。実際は金銭どころか何もかも、およそ思いつく全ての物を奪い取られたのだが。

 

 

「そうかそいつぁ災難だったなぁ。ん――……よし、そういうことなら面の一つくらいくれてやらぁ! この麻帆良祭に来て何も無しってぇのもあれだろ? どれでも好きなの一つ選んできな!」

 

「え、いや。そういうわけには……」

 

「いいっていいって。面の一つくらいたいしたこっちゃねえよ。せっかくの祭りだ、楽しまねえと損だろう? それに、こまった時はお互いさまだ。また来年買いに来てくれりゃぁそれでいいさ」

 

 

……なんともまぁ気前のいい親父さんである。ここまで言われると、受け取らないのは逆に失礼になってしまう。

 

 改めて、細い竹を格子のように組まれたものに掛けられた幾つもの面を見る。よくよくみると、面はどれも薄くて光沢のある、記憶に無いつるりとした素材で作られているようで、興味をひかれる。

 

 ただ、そのつくり、意匠自体はあまり好きにはなれない。

 

 流行りなのか、女の子の顔をした物や、何かで顔全体をおおったような面もある。微妙に作りが違うが、色ごとに五種類も用意されている。

 

 

「なんだい。どれも気にいらねえのか?」

 

「あ…すいません」

 

 

 どうやら親父に感づかれてしまったようだ。意外と鋭い。

 

 

「まぁこんなモンは五つ六つのガキどもの為のモンだから気に入るのが無ぇのもわかるがよ、ここに気にいったのがねぇのならあとは問屋がふざけて作ったこんなのしかねえぞ」

 

 

 そういって親父が屋台の中から出してきたのは、木で作られた狐の面。ただし、なぜか白でなく緋色で塗られ、苔のような濃い緑で模様が描かれた代物だが。

 

 

「はっはは、やっぱこんなのいらねえよなあ。若いのはどうしてもキラッキラしたのが好きだろうし、そもそも最近のガキどもは普通のキャラ物の面にも見向きもしねえしな……ったくそんなんでこんなもん売れるはずがねえってのになんで問屋のじじいも茶目っ気でこなもん」

 

「それをください」

 

「あ?」

 

「それがいいです。おねがいします」

 

 

 ぷらりぷらりと手で狐の面を弄んでいた親父は、目をパチクリとしていた。

 

 

「お、ああ。いいけど……本当にいいのか? こんなんで?」

 

「ええ、気にいりました。ありがとうございます」

 

 

 渡された面を顔にあて、後ろで紐を結び装着する。丁寧に処理された木彫りの面に、臙脂色の紐。塗りにも迷いが無く、親父はこんなもんと言ったがこれはなかなかに良い物だ。

 

 

「お、おおう。イロモンだと思ってたがよ、兄ちゃんみたいな物好きだと意外と似合うなぁオイ」

 

 

 もう一度、屋台の親父に礼をいってから歩き出す。

 

……親父と話している間もずっと探っていたのだが、この場を包む結界がどのような物であるか、ぼんやりとつかめてきた気がする。できればあっていてほしくない予想だが、それを確かめるためにも、やはり一度神木……春香のところへ行かなければならない。

 

 

「おーい! 兄ちゃん!」

 

 

 後ろから親父に呼び止められた。振り返ると、親父がこちらに向かって走ってきていた。

追いついた親父から渡されたのは、透明な不思議な容器に入れられたソバだった。容器の感じは先ほどのお面に似ているような気もする。

 

 

「兄ちゃんどうせ飯食ってねえんだろ? こんなもんでわりぃが、食ってくれよ」

 

 

 じゃあな、と言って屋台の親父は今度こそもときた道を走って帰っていった。

 

 結界のほかに、新たに手に入ったソバについても考えながら、またバントウに向けて足をすすめる。

 

 その途中で、気付いたことが一つ。

 

 

 

「……箸がない。どうしよう、これ」

 

 

 


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