関西呪術協会を出て、旅の進路を東に向けて早二年。
私の記憶にある物や本山の書庫で調べた物など、本州最北端青森までの裏に係わる一族や組織があった場所、数百カ所にのぼる地域をしらみつぶしに歩いて調べました。
綿密な調査の結果、各地で細々とですが末裔が生き残っていることが確認できましたよ。
さよさんに時雨、私の背中に千草ちゃんを乗せて、家族四人で巡る旅。
関西呪術協会の支援があったとはいえ、いろいろなことがありました。千草ちゃんもまぁ随分大きくなりました。
ええ、ほんとにいろいろありましたよ。名の知れた一族の生き残りが経営する田舎の旅館を見つけたと思ったら、夜に畳の裏や天井の隙間からこう蟲が湧いたり、表に紛れ込むことで生き残っていた組織を見つけて喜んでいたら、入れ違いでそこの次期当首が若い衆を引き連れて麻帆良に突貫していったというからそれを止めにいったり……ほんっとにいろいろありましたよ。
そんなことがありながらも、この二年で最終的に見つけることができた一族や組織は全部で八十七。
その中でいざという時、裏で組織として指揮系統を確率して動くことが可能なのは七守など約半分。実際に活動しているのがさらにその半分。
反魔法使いを掲げて今も細々とではあるものの抵抗しているのは、極々わずか。
私はそれらの全てと木乃芽さんの了承のもと交渉し、来るべき次の大発光の時の協力を取り付けました。代価は当座の関西呪術協会による支援などです。
ただ、幾つかの組織では無条件で協力すると言ってきました。そういった組織はどこもここ数十年の内に関東魔法協会に攻められた組織です。
理不尽な理由で家を焼かれ、身内を亡くした世代が多くいる組織ほど、協力的でしたよ。
私の玄凪という名前も大きかったんでしょうね。どこも名を出すだけで態度を改めましたから。
……それと、玄凪に連なる一族や、関わりの深かった組織はほとんど残っていませんでした。
関東圏での数少ない土着の生き残り、老齢の石呼壬という一族の長に訊いてみたところ、どの組織も最後の最後まで戦い続け、果てたそうです。長曰く、それだけ魔法使いに対する恨みが深かったのだろう、と。
玄凪は敵には容赦しませんでしたが、身内や仲間は大切にする一族でしたから恩義を感じていた組織も多かったのではないだろうか、と。
生き残りや子孫は居ませんでしたが、彼らの墓は残っているということなので案内してもらいました。
連れて行かれたのは、関東のとあるダム湖のほとりの隠蔽された旧日本軍施設。
そこから地下に潜って、天然の鍾乳洞を利用した地下通路、その幾つもの仕掛け扉を抜けた先に、それはありました。
ずっと先の天井の岩の割れ目から光がさす行き止まり。
光をあびて輝く、七メートル近い高さの黒曜石の正四角柱。
なんでも、まだ関東魔法協会に完全に東日本を掌握される前に軍内の土着勢力に関係を持つ一部将校達が、隠すようにしてここに作りあげたのだとか。
そこには複数の組織の者達の名が、細かい文字で一人残らず刻まれていたのですから。
きっと誰かが記録し、残し伝えてくれたんでしょうね。私がよく知る名も数多くありましたよ。
同年代で共に切磋琢磨し、親友でもあった近隣の組織の長の息子。
老齢であったが、様々な知識を惜しむことなく教えてくれたある一族の長老。
私に付き従い、焼け落ちる里を最後まで守ろうと戦い果てた、家族同然の部下達。
私を幼いときから好きだと言ってくれたのに、結局泣かしてしまった私の従姉妹。
そして、玄凪最後の長であった私の名前。
ここには私の大切な人達、大切であった人達が眠っているのだと。
そして、ここは私の墓でもあるのだと。
私はその後、巨大な墓石から自分の名前を削り取りました。
私はここに眠れない。
まだするべきことがあるのだから。
もう何度目になるのかもわからないその決意を、決して消えないように刻み込んで、私達はその場を去りました。
旅を通して私に最も私に大きな影響を与えたできごとでしたね。
それで、丸二年ぶりに関西呪術協会に帰ってきたのですが……
「なっ、なんなんですか、これは……」
「ひどい……」
鳥居と竹林を抜けた先。見慣れた本山の建物がどれも損傷し、酷い物では半壊している。ところどころ火が出たのか黒く焦げた部分もある。
「クロト殿!」
声のした方を見れば、顔なじみの術者が。私が符術を教え、大戦にも参加した実力派です。
その彼が、頭に血を滲ませた包帯を巻いている。
「いったい何があったのです! 関東の襲撃ですか! それとも今度は酒呑童子でも復活しましたか!」
おもわず男に詰め寄り問いただすが、男が答えるよりも先に、後ろで間延びした声がした。
「おーい、詠春いるかー?」
振り返った先にいたのは、どこかで見覚えのある赤毛。
初めてあった時にくらべれば大分ましになり精悍さもついたが、やはりどこかぬけた顔。
背丈も最後に見たときからは伸びたかもしれない。
だが、なぜこいつがここにいる? 最後にあったのは魔法世界。こいつがこの関西呪術協会にいる理由がない。
いや、こいつは今詠春といった。おそらくは青山詠春についてここまでやって来てしまったのだろう。
……いつか心配した通りになってしまいましたか。
と、ここでこのガキとの初めて出会ったときの事を思い出した。
出会いがしらに喰らいかけた雷の古代語上級魔法。次にあった時も殴りかかられたか、古代語上級魔法を喰らったような気がする。
崩れた建造物。
高威力の古代語上級魔法。
バカ。
三つのワード。唐突に思考が一本の糸を結ぶ。
もしも、仮定として。仮定としてではあるが、この本山で雷の斧などの古代語上級魔法を使ったらどうなるか。
というよりそれ以外でこの本山がどうにかなるとは考えづらい。
そもそも、ここの術者は一部を除いて目の前のバカと違い分別を持っており、大火力の術を本山で使ったりはしないのだ。
つまり。
「貴様……!」
「ん~? お前どっかでみたよーな……」
なるほど、このバカは人の顔を忘れているようですね。あれだけ吹き飛ばしてやったというのに。
……まあそのほうが好都合といえば好都合ですが。
「答えなさい。これをやったのはあなたですか?」
「あ~、俺と言えば俺なんだが、俺じゃねぇと言えば俺じゃねぇというか……」
「どういうことです?」
「詠春いねーか? そうすりゃ早―んだが」
む。どうやら何か理由があるようですが……
「……ま、とりあえずあなたを拘束します。大人しく縛につきなさい」
「はぁ!? なんでだよ!」
そう言いたい気持ちもわからないではないですが、この状況ではいそうですかと通すわけにもいきません。
私個人としても、こいつ嫌いですし。魔法使いですし。
「捕縛術・知識の鎖」
「うおあっ!?」
地面から大量の鎖がはえて、バカをがんじがらめのぐるぐる巻きにしました。
この術、魔法世界でアリカ王女をさらう仕事の後で考案した新しい術なんですけど、おもしろい仕様になってるんです。
出てくる鎖の数が対象の魔力もしくは霊力の多さに比例し、鎖の太さが相手の知識の量に比例するんです。相手が術者だった場合、力量が一目でわかるステキ仕様です。
で、こいつの場合極細なのに鎖の数が異常です。何千本あるんだろう。
「何しやがるっ! 放せこのヤロウ!」
……うるさいですね。
「時雨、黙らせなさい」
「わかったマスター! インドラの矢は」
「殺してどうする。気絶させなさい」
まったく、どうして時雨はことあるごとにインドラの矢を使いたがるんですかね? あんな物使ったら影も残らず蒸発してしまうでしょうに。
「しょうがないや。じゃあ、セイッ!」
ゴツッ!!!!
「ぷげらっ!?」
バカが静かになりました。なりましたけど、頭突きとは……いや、静かになったんですからいいんですけどね?
しかし時雨の頭突きはまともに入れば英雄も沈められるんですか……
「それじゃあ時雨、それ、担いでください。で、あなたは今いる最高幹部に奥に集まるように言ってください」
……それにしても。
「それにしても、木乃芽さんは何をしているんですか」
「そ、それなんですが・・・」
ん?
「今は、長や幹部の方々がおらんのです」
んんん?
元の二つの話を統合しました。