麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第三十話 木乃芽

 

 

「なるほどなるほど。魔法世界から青山詠春が紅き翼の仲間たちを引き連れて帰ってきて、宴会をしていたらその隙をつかれて外部の工作員の侵入をゆるしたあげく、二年前に一新したばかりのリョウメンスクナの封印を破られたと」

 

「……はい」

 

「この本山の惨状は紅き翼がリョウメンスクナと戦った時の流れ弾と、その前の宴会から発展した紅き翼どうしの喧嘩の被害が半々と」

 

「…………はい」

 

「で、その状況下で上の幹部連中が軒並み留守、最高幹部も九州の大きな会合でいない。当然連絡をとろうとしたら青山詠春に木乃芽さんが帰ってきたら自分が話すと口止めされたのでこの状況を伝えていないと。あっはっはっは、おかしいですねぇ」

 

「は、ははは……」

 

「馬鹿かぁっ!!!!」

 

「ひぃっ」

 

「この状況下で長に連絡を取らないなんて何を考えているんですか! 無能ですか? 無能なんですか? その頭はなんのためについてるんですか? ええ?

そもそも長の婚約者とはいえ一介の剣士である青山詠春の命令をなぁんできいてるんです? 指揮系統が違うでしょう? やっぱり無能なんですかね?

というかこれって情報の隠ぺい、つまり背任ですよね? 私が今この場で粛清しましょうか?」

 

「そっ、そんな!」

 

「それが嫌なら……」

 

「い、嫌なら……?」

 

「今すぐ木乃芽さんに連絡をとってありのまま全てを伝えなさい!」

 

「は、はいいぃ!」

 

 

 

 ――というのが昨日の昼の話。

 

 

 

 今は夜です。ちょうど月が下り始めたころ合いですね。

 

 奥の間には木乃芽さん、私、縛られたまま跳ねてる馬鹿の三人。

 連絡を受けて飛んで帰ってきた木乃芽さんは、会合を他の幹部に任せてきたそうです。

 

 その木乃芽さんは今、筆で人の形に切られた紙型―――ヒトガタになにかずっと書いてます。

 口元は笑ってるのに目は笑ってません。いえ、笑ってるんですけど澱んでいるというのが正解でしょうか。

 

 さよさん達と木乃芽さんと共に帰ってきた一部幹部は隣室に控えてもらい、今は青山詠春を木乃芽さんの名前で呼びつけて到着を待っているところです。

 馬鹿を拘束したことも伝えているのですぐにやってくるでしょう。

 

 と、廊下を走ってくる音が近づいてきて、部屋の前で止まりました。月明かりによって障子に映し出される影は二つ。

 

 ……二つ?

 

 

「入ってええよ」

 

 

 障子が開き、入ってきたのは二人の男女。一人は青山詠春。問題はもう一人の女性。

 

 豊かな金髪、強い意志を秘めた瞳。背丈も伸び、いつかのあの日よりも女らしい身体付きになったその人。そこにいたのは――

 

 

「……アリカ王女?」

 

「む? お主は……!?」

 

 

 アリカ王女は私の顔を見た瞬間、目を見開き驚愕を露わにしました。……なにか顔についてましたかね?

 

 ……ねぎかな? いやそれとも米粒?

 口元に手をやるが、特に何も付いてはいなかった。

 

 

「貴様、完全なる世界のクロト・セイではないか! MMに襲撃をかけたあと姿を消したと聞いたが、なぜここにおる!」

 

 

 ……そっちでしたか。

 

 

「あ~、なぜと言われても」

 

「詠春! なんとかしてくれ!」

 

「ナギ!? そんな……木乃芽さん、これはいったいどういうっ!?」

 

 

 収集がつかなくなりかけた時、不意にゴキッという嫌な音が青山詠春の首から聞こえ、その詠春はぱたりと畳に倒れ伏しました。

 

 ……いま何が起きたんですかね。私もちょっと場の霊力が動いたかな?という程度の違和感しか無かったんですけど。

 

 

「詠春……? 詠春―!」

 

 

 馬鹿が呼びかけますが、答えません。ピクピクしてますから死んではいないようですが……

 

 

「うるさいですえー」

 

「うごっ!?」

 

「ナギッ!?」

 

 

 ゴキッ! 木乃芽さんの声とともに、再び聞こえる嫌な音。そして静かになる馬鹿。

 

 

「あ、“ちょっと”やりすぎてしもた。あかんなー、うち。反省せな」

 

 

 そう木乃芽さんは嘯きますが、私の勘はわざとだと言っています。

 

 ……敵に回さないようにしましょう。

 

 

「私のナギに何をした!」

 

 

 アリカ王女……あ、そう言えば即位したそうですから女王? でも国は滅んだから……まあ呼びやすいので王女で行きましょう。

 

 まえにもこんな事考えたような……別にいいか。

 

 アリカ王女は悔しそうに唇を噛んでいますが、逃げたりはせずこちらを睨みつけています。

 私に加えて、馬鹿と詠春という魔法世界の英雄二人を無効化した正体不明の人物が相手ですからね。

 木乃芽さんって見た目は清楚な感じの和服美人ですが、結構中身は腹黒いというか……隙の無い人間ですからね。

 

 逃げられる確率は外部的要因が無い限りほぼ0。ならば会話から事態の好転の糸口を探る、といったところでしょう。

 しかし、なんでここにアリカ王女がいるんでしょう。紅き翼が助けたにしても、なぜ二年も動かなかったのか。機会はいくらでもあったでしょうに。

 

 

「コレよ」

 

 

 そう言って木乃芽さんが手に持った物をアリカ王女に見せる。そこには首の部分が折られたヒトガタが二枚。

 

 

「丑の刻参りって知っとる? 割と知られた術なんやけど、それに近いモンでな、ようはヒトガタと対象に繋がりもたせて、ヒトガタの動きを伝達する術式なんよ」

 

 

 殺しはせんよー、とにこやかに微笑みつつヒラヒラとヒトガタを弄る木乃芽さん。それに合わせて意識がないのに魚のようにビチビチ跳ねる男二人。

 

 見る間にアリカ王女の顔が引きつります。私の顔も引きつってるかも知れません。

 

 だってこんなにお手軽に人を呪えるんですよ?

 おそらく必要な触媒は相手の本名くらいでしょう。術者にも相応の技量とそれなりの準備が必要とされるのでしょうが、破格の費用対効果です。

 正直あのヒトガタを火にくべたり八つ裂きにしたりするとどうなるのか考えたくもありません。

 

 木乃芽さん、怖い人ですよ。結構。

 

 

「さて……うるさいのが黙ったところで話始めよか」

 

 

 木乃芽さんの空気が、さらに黒く重くなる。

 

 

「今回のこと、ちょいと腹にすえかねとる。リョウメンスクナとの戦いでの流れ弾はしゃあないとして、ケンカでこの有様は酷いと思うんよ。けが人でとるし。

酒盛りはええんよ? 詠春はんが自腹きったんやろから。で、リョウメンスクナを討ち取った功と、詠春はんの戦友なんを鑑みて、当面のナギ・スプリングフィールドの本山の出入り禁止っちゅうことにさいてもらうえ? もちろん謝罪の上でや」

 

 

 本音を言えば、顔も見たくないからとっとと出てけってとこでしょうかね。怖い怖い。

とにかくこれにアリカ王女は頷くことで了承の意を示しましたが、なぜか私の方を睨みつけています。だから私の顔に何かついてるんですかね?

 

 

「……一つ聞きたい」

 

「なんやの?」

 

「なぜクロト・セイがここにいる! 完全なる世界最後の大幹部格にして鮮血事件の主犯、数々の異名を持つ魔法世界史上最高額一千万ドルの賞金首だぞ!」

 

「セイはん、何しでかしたん……」

 

 

 木乃芽さんがどこか胡乱げな目つきでこちらを見てます。

 なにって……なにかしましたかね? 元老院をですとろいしたこととか?

 

 

「んー、セイはんはなぁ、ウチらの身内……でええんかな? 特別顧問の役についてもろうとるよ」

 

「特別顧問?」

 

「そや。もともとこの国の術者やから魔法使いよりも信用できるし、大戦の間も家の者にもえらい目ぇかけてくれたそうやし。魔法使いの都合で巻き込まれた家の者にな」

 

「それは……」

 

 

 アリカ王女がまた唇をかみます。

 彼女が悪いのではないでしょうが、魔法世界の出身であるということ、もともと背負い込みやすいということもあって何らかの責任を感じているのかもしれません。

 彼女の父であるウェスペルタティア王も完全なる世界の側でしたからね。

 

 ……私の主観ですが、あれは怖い人でしたよ。狂人というのですかね、ああいう手合いは。

 世界の成り立ち。己の立ち位置。完全なる世界の思惑。それら全てを知り、理解した上で完全なる世界に抗うでなく協力した。流れに身をまかせたのではなく、その流れにのってみせた。

 一つの選択ではあったのでしょう。王に必要なカリスマと能力を合わせ持つ人物で、世が世なら名君とたたえられたでしょう。

 しかし彼は振りかざすだけの力が正義とされる世の中に絶望し、世界に見切りをつけ、王国の重臣達までその狂気の渦に巻き込んだ。

 

 私は彼と一度だけ会う機会がありましたが、温厚で理知的、頭も切れる男で、正直今でも彼が本心から世界の崩壊を願っていたのかわかりません。

 

 今となっては言えることは彼が少なくとも“表面上は”紛う事なき狂人であったこと。あるいはそれ以上に役者だったかもしれないことくらいです。

 

 

 

 ――その後アリカ王女は、何も言わず深々と頭を下げて本山を後にしました。

 私にもなにか言いたいことはあったと思いますが、それでも最後まで何も言いませんでした。

 

 馬鹿? あれなら鎖を解いても起きないのでアリカ王女が担いで持ってかえりました。

 自分の夫を軽々です。前々から思っていましたがただのお姫様ってタマじゃないですね、あれは。

 

 

「さて、それでは私もお暇しましょう、か?」

 

「まぁ待ってぇな、セイはん」

 

 

 あ、あれ? なんでしょう? 身体が動かなっ!?

 ……木乃芽さん、その手にある三枚目のヒトガタはなんですか!? ま、まさか……!?

 

 

「――木乃芽さん。それ、なんですか?」

 

「見てわからへん? セイはんのヒトガタ。試しに作ってみたんやけど、やっぱり人やないからか、“カタ”をきちんと写せてないからか……効果は薄いみたいやね。動きを阻害するんで精一杯みたいやわ」

 

「あはは……なぜこんなことを?」

 

「深い意味はあらへんよー。けど時々定時連絡さぼっとったし、お仕置きがわりにええかなーって」

 

「そ、そんな! さ、さよさーん、助け……」

 

「無駄やよ。さよさんには後でこの術教える事で黙認してもろたから」

 

「なんですと!? ねぇ木乃芽さん、なんでじりじり近寄ってくるんですか?」

 

「んふふー、ほなこの二年間のこと、あらいざらい話してもらうえー」

 

「ちょ、やめっ……!」

 

 

 

 ―――結局、さよさんは助けてくれませんでした。

 

 

 

 私がいったい何をした……!

 

 

 


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