麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第三十四話 関東呪術協会の愉快な幹部たち

「……む」

 

 

 

 遠くから聞こえた爆音に、横たえていた身体を起こす。布団を脇に除け、隣で眠る己の妻を起こさないように、そっと立ち上がり、服を手に取る。

 

 帯を締め、羽織を纏い、短刀を腰に差す。

 

 それから、さよさんの髪をなでてから部屋を出る。

 

 戸を音もなく開き、そして、閉めた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 関東呪術協会仮本部。

 

 現在は関東魔法協会からぶんどった資金で正式な本部を用意している最中であるために仮の本部となっているこの場所。

 関東呪術協会の幹部であり、協会の参加組織の一つである古郷一族の長、古郷善一郎(ふるごうぜんいちろう)が経営している山奥の旅館を貸し切って使用しています。

 

 善一朗さんは悪い人では無いんですが、何分無類の酒好きなんです。繰り返しますが悪い人では無いんです。

 しかし、やはりと言うべきか今回も『あのにっくき魔法使いにしてやったわ!!』と宴会を開くと言って聞かず、鶴子さんや石呼壬の長、他の幹部も反対しなかったので結局宴会をすることになりました。

 

 何か問題があるのかって? ええ、一つには今も断続的に続くこの爆発音がそうです。酒をかっくらって寝た結果、むざむざ魔法使いの接近を許してしまいました。

 だから今は待って後日にしようと言ったのに。

 

 たぶん今は見張っていた人達が戦っているのでしょう。ここらはこの旅館以外何もないへんぴな所ですから、敵も味方も、多少派手にやっても問題ありません。

 

 え、他に問題が無いのかって?

 

 そうですねぇ……私、実は酒はそれほど強くはないんです。弱くは無いんですが、まぁ人並みです。だというのに、さよさんは私にさんざん酒を呑ませてから寝込みを……ごほん、やめましょう。

 

 緊急時には司令部として機能する予定の広間、宴会場につきました。はやく指示を出さなくては。

 

 すたんっと勢いよく戸を開く。本来であれば机を並べて各員と連絡が取れるようになっているはずの広間。しかし、そうはなっていなかった。

 

 転がされたままの、空になった一升瓶。

 

 浴衣のまま雑魚寝する幹部達。誰もが名のある強者だと言うのに。

 

 机の上には地図の代わりに食い散らかされた料理の残骸が並び、鶴子さんに至っては酒瓶に抱きついて眠っているではないか。

 

 自然とこめかみに青筋が浮かぶ。顔がひきつり、頬がひくつく。

 

 

「あなたたちは……!」

 

 

 怒鳴り散らそうとしたところで、服の裾を掴まれました。見れば、乱れた浴衣の胸元を直そうともせず寝転がったままこちらを見上げる少女が一人。

 

 

「……胸元がはだけていますよ、瀬乃宮嬢」

 

「長のえっち」

 

「怒鳴りますよ」

 

「ごめんなさい」

 

 

 仰向けの状態から即座に流れるような動きで土下座状態に移行した少女に、ため息をつく。

この少女、瀬乃宮桃(せのみやもも)は幹部の中でも最も若い。若干八歳で幹部などやっているのだ。

 

 軽く感じる性格も実は演技で、本当の彼女は寡黙で理知的な切れ者だ。だからこそ生き馬の目を抜くような世界でも幹部が務まっているのだが。

 

 

「……で、なぜ止めたんです?」

 

「だって、長ってば今までお楽しみだったんでしょ? だったら他の人達も寝かせてあげよう……ごめんなさい悪かったです勘弁してください洒落になんな痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 

 アイアンクローをかましてやると流石に畳をタップして静かになりました。マセガキめ。

 

 

「本当の理由は?」

 

「もう他の幹部さん達が四、五人行きました。古郷さんとか神里さんとか、後は七守のお姉様も」

 

「……つまり、行かずとも決着がつくと?」

 

「そうです。あ、でも、みぃんなほろ酔いだったから止めに行ったほうがいいかも」

 

「大丈夫でしょう。彼らだって大人です。限度はわきまえていますよ」

 

「……ホントにそう思ってます?」

 

「やはりまずいですかね」

 

「十中八九。昼間は朴木さんが山の中に罠をしかけてたそうですし」

 

 

 ……どうしましょうかね。凄く不安になってきました。後で見に行った方が良いですね。うん、そうしましょう。

 

 ……今すぐ行かなくて大丈夫か?

 

 

 

  ◆

 

 

 

 山の中をひた走る。

 

 やはり不安なので直接見に行くことにしました。

 

 

 

 結論。

 

 

 

 見に来て正解でした。

 

 

「イーコーちゃーん! 捕虜にするんですから、殺しちゃだめですよーーーっ!!」

 

『わぁっかってるよーっ! 今日は機嫌がいいから麻痺毒ーーっ!! だから多分死なないよー!』

 

 

 最初に見つけることができたのは、幹部の一人七守衣子(ななもり・いこ)。いつも拡声器を持ち歩くポニーテールの女子高生。

 

 麻痺毒だからいいという訳でもないと思うのだが、そこは彼女の個性なのだろう。まぁ、彼女の本来のスタイルからすればマシなほうですか。

 

 彼女の一族は、虫使い。特に彼女の場合は凄まじく型破りな術を使う。

 

 曰く、蟲怪使い。

 

 今も彼女がいる場所は、高さ十メートルほどの高所。彼女はいま、全長“七十メートル”近い大百足の頭の上にいるのだ。

 

 この大百足、彼女のお気に入りなのだが、何分でかいので声が届きづらい。だから拡声器を持っているらしいのだが、拡声器持つと性格が変わってしまうらしい。

 

 いつもは礼儀ただしい全国のどこにでもいそうな女子高生なんですが、今は酒の力もあって非常にやばいテンションみたいです。

 

 彼女、確か明後日学校があるって言ってたんですけど、大丈夫なんですかね?

 

 

「ほどほどにするんですよーー!!」

 

『わかってるよーー!』

 

 

 とは言いながらも、大百足で魔法使いを蹴散らしていく。規格外の巨大な虫に気圧された魔法使いの散発的な魔法では、大百足に傷一つ付けられない。

 

 

「他の人知りませんかーーーっ!?」

 

『朴木さんなら派手だからわかるんじゃないかなーー?』

 

「げ……。わかりました。適当な所できりあげるんですよーー」

 

『はぁーーいっ!!』

 

 

 

 ……さて、次にいきますか。

 

 

 

『さぁて……やっちゃうぞぉおおーーー!!』

 

 

 

  ◆

 

 

 

 私も大戦で死線をくぐりぬけ、その中でアクの濃い奴らとの出会いがありました。主に赤毛の馬鹿とか。

 

 そんな奴らに勝るとも劣らない変人が、今私の目の前にいる人物です。

 

 名を、朴木(ほおのき)。古い家柄がほとんどの関東呪術協会において、唯一といっていい科学者の幹部にして正体不明で経歴不詳な存在。

 

 それが性なのか名なのかもわからない怪しい人物だが、石呼壬に居候していたのがそのまま幹部になっていました。

 一般企業や大学の研究室とかからの引き抜き組をいつのまにかまとめ上げていたり、マトモなのを悪の道(マッド)に引き込んだりとなかなか油断できない人物なのですが、石呼壬の長の推薦があるので気にしないことにしました。きっと大丈夫な、はず。

 

 “彼女”はいつも黒いスーツの上から白衣を身につけ、白い包帯と白いハンチング、白いマフラーという重装備で目と口しか露出していないが、体型からかろうじて女性ということがわかっています。

高身長かつ白衣の上からでも存在感を主張する胸。顔を見た者がほとんどいないということもあり、結構な数のシンパがいるとかいないとか。

 

 

「や、長」

 

「どうも、あいかわらず派手ですね、朴木さん」

 

「そう? これは結果としてこうなっただけだよ」

 

「……機能美の追求でしたか?」

 

「うん」

 

 

 彼女が座っているのは、呪術協会という名前には不釣り合いな“機械”の上。

 

 自販機ほどの大きさの、暗色で塗装された装甲に覆われた四脚。全体的に角い設計の脚部とは違い胴体は流線型が多用され、先端部にはどういう理屈かはわかりませんが主砲が搭載、収納されているそうです。外部に取り付けられた丸いライトもこだわりだとか。

 

 操縦席にキャノピーの類は無く、胴体の天頂部はつるんとしています。

 朴木さんが操縦こそしているものの端末からの遠隔操作ですし、操縦席ではなく胴体部の端に腰掛けているだけなので、厳密には搭乗はしてはいないようにも思えます。

 一応中にちゃんとしたコクピットもあるそうですが、窮屈なので使わないそうです。客観的に自機を観察したいというのもあるとか無いとか。

 

 

「うおおおおおおお!!」

 

 

 それに呼び寄せられたのか、突然飛び出してきた魔法使いが一人。無詠唱で放たれた魔法の射手の数は二百ほど。しかしそれらは一つ残らず“何もない”ところで弾かれた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 その魔法使いは次の魔法を行使することはできませんでした。胴体先端部が開かれ、展開された主砲から放たれた青白い光の柱が直撃したからです。

 

 おお、一発で気絶してる。

 

 

「今回はなんでしたっけ」

 

「内装型の自動対魔障壁発生装置」

 

「結果は?」

 

「見ての通り。でも出力が足りないね。また動力炉を改良しないと。他にもやることは山積みだよ」

 

「……ほどほどにしてくださいよ」

 

「無論だとも。……“私の常識”の中でほどほどにしておくさ」

 

 

 ま、別にたいしたことではないでしょう。

 

 

「では私は他の方々を捜しにいきますから、ほどほどにしてくださいね」

 

「ん。じゃね、長」

 

 

 

「……本部の要塞化構想案、そろそろまとめておこうかな」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ああぁー、これは……」

 

「おう、長か! 呑め呑め!!」

 

「魔法使いどもはあらかた捕縛し終わったわ。残りは今日の見張り担当の奴らが掃討に移っとる。まぁわしらの勝利じゃな。連・戦・連・勝というやつか。うむ、酒がうまい!」

 

「酒がうまいじゃないでしょうよ」

 

 

 心配していた自分がいやになる。のこりの数人、古郷善一朗、神里甲里(かんざと・こうり)他、数人の幹部が、縛り上げた魔法使いをそこらに転がして酒盛りの続きをしているではないか。

 

 古郷善一朗は多様な道具を用いる術式使い。神里甲里は忍者の家系で銃器使い。

 まともに戦えば強いのだが、二人ともこよなく酒を愛しすぎている割と駄目な人間だったりする。

 

 それでも幹部。

 

 

「……私はもう帰ります。七守さんとか酔いつぶれて眠ってそうですし」

 

「なんじゃあ、お持ち帰りかぁー? 奥さんがおるじゃろぉー?」

 

「黙りなさいエロ爺!」

 

「かっかっか!! 間違ってはおらんぞ。なぁ古郷の」

 

「おうともさ」

 

「「かっかっか!!」」

 

「ハァ、もういいです。それでは」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「寝てますよ……」

 

 

 案の定寝てました。拡声器を枕代わりにおへそを出して、それはもうぐっすりと。まったく若い娘がはしたない。

 

 しょうがないので背に担ぎます。……しょうがなくですよ?

 

 幹部とはいえ彼女はまだ子供、風邪をひかせる訳にはいきません。それに、未成年者に酒を飲ませた咎人が誰なのか聞き出さないといけませんし。

 

 背中に当たる柔らかい物は無視です。気にすれば、さよさんが黒くなりますから。

 

 

 

「――燃える天空」

 

 

 

 視界を一瞬にして埋め尽くす炎。

 

 常時展開していた天球儀式結界の完成型のおかげでなんともないが、周囲を火で囲まれた。

 

 火。火。火。

 

 一面が炎。地面以外の全てが炎。

 

 結界は炎はもとより熱も今はシャットアウトしているが、このままだと酸素がなくなる。

 

 

「ん……ひぃっ!?」

 

 

 背中のイコちゃんが目を覚ましたらしく、抱きつく力が強くなった。

 

 このまま下手にパニックを起こされると余りよくないので、周囲の炎を冷静に消しにかかる。別に大きな魔法をあてて相殺する必要はない。

 

 ただ結界を拡げそこにあった炎を“圧し潰す”。

 残るのは、焦げた平らな地面だけ。そこには煙も残らない。

 

 

「ふん、防いだか」

 

 

 声のした方に目を向ければ、そこに居たのは銀髪の魔法使い。見慣れてしまった元老院のローブに、威圧するような二メートル近い銀の杖。

 先日の会談でメガロメセンブリアから派遣された魔法使いでした。

 どうやら予想以上に、手練れだったらしい。

 

 この分だと、イコや桃のような年若い幹部だとやられていたかもしれません。やはり私が見にきて正解でした。

 

 

「なさけないことだ。この程度の相手に私みずから動かねばならんとは」

 

 

 ふぅ、と大仰にため息をつく魔法使い。

 

 

「確か、貴様が長だったな。どうだ、その背の娘を寄越せばそこそこの待遇で迎えてやるぞ? 無論、牢の中での待遇だがな」

 

「いえいえ、イコはうちの大切な幹部ですし、渡す気はさらさらありません。嫁入り前の大切な身体ですし、何よりあなたのような雑魚にはもったいない」

 

「……なんだと?」

 

 

 目の前の銀髪の魔法使いは決して弱くは無い。むしろかなり強い部類だ。燃える天空クラスの魔法の途中詠唱破棄など並の魔法使いでは到底できない。

 

 それだけ、今回の元老院は本気だったのだろう。

 

 しかし。

 

 だが、しかし。

 

 

「な、なんだこれは!?」

 

 

 周囲に展開された術式に気づけないようでは、極限られた超一流には決して及ばないのだ。

 

 

「さて、こういう使い方は、どうなりますかね?」

 

「貴様、これは何だと聞いている!」

 

 

 叫ぶことができるだけでも、たいした物だと思う。現に、イコは声も出せず、背中から震えが伝わってくる。

 

 才能ある、これからの将来が期待された若者なのだろうが……メガロメセンブリアに毒され、性根が腐ってしまった以上、手心は加えません。

 

 

 

「天球儀式結界・白夜の落星天球儀」

 

 

 

 魔法使いを中心に、空間を覆い尽くすように展開された術式陣で構成された半径六メートルほどの半球。

 

 全ての陣が凶悪なまでの力を満たし、発動を今か今かと待っている。

 

 

「本当は、陣の一つも見えない隠密性も売りの一つなんですが……まぁ死者への餞です。うけとりなさい」

 

「待っ……!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 関東魔法協会からは多額の金銭と引き替えに捕虜の返還要請が、関西呪術協会からは最高幹部会への再就任の要請がそれぞれ関東呪術協会の仮本部に届いたのは、この夜から三日後のことだった。

 

 

 

 ――後日、相応の代価と引き替えに、全ての捕虜は関東魔法協会を通してメガロメセンブリアに引き渡された。

 

 たった“一人”の例外を除いて。

 

 

 

 




 にじふぁん時代を知っている人は気づいたでしょうが、あの人の名前を都合でにより変更しました。

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