天球儀式結界。
私の使う術式の中でも数少ない、私自身が一から造り上げた術式。
この術式、魔法世界の大戦、大分裂戦争の間は結局完成しませんでした。
一つの完成を見たのは、中南米の熱帯林、緑に沈んだ遺跡の中で古代の天文学、今よりも進んだ文明の叡智の一端を知ることができたからです。
その知識を解析し、理解し、取り込み、新たな天球儀式結界と、その発展形といえる物を幾つか造り上げました。
一つは従来通り、防御を目的とした天球儀式結界。
一つは、攻撃性に特化した白夜の落星天球儀。
そして、もうひとつ。己の最大の目的の鍵となるであろう術式の骨子。
今はそれは良い。
今話したいのは、長く使い続けた、防御用の天球儀式結界のことです。
この術式は、もとから防御のための術式としては世界でも最高クラスの術式と言えるのです。
自画自賛ですが、完成した今となっては破られることはまずあり得ないでしょう。無論神鳴流弐の太刀などの特効が付く攻撃はまた別の話になりますが。
とにかく、ごく一部の例外を除いた物理的要因に対する備えもあり、拳銃弾はもとより、対物ライフルを至近距離で撃たれてもこの身に届くことはたぶんありません。
でも、私にだって想定外ということもあります。
「セイさん、三時方向に戦車です! 距離は目視で千二百!」
「とーさまー、空からまた筒が飛んでくるよー」
「こらコウ! とーさまたちに頭出したらあかんて言われたやろ!?」
「はーい」
地下遺跡に潜って、地上に戻ってきたら戦争が始まってるってどういうことですかっ!?
◆
ことの起こりは三カ月ほど前の事。関東呪術協会の発足から五年がすぎ、関東魔法協会との小競り合いがありながらも組織が軌道に乗り、ある程度余裕が出てきたので、一時中断していた遺跡巡りを復活させることにしたんです。もちろん一家全員で。
……組織が落ち着くまでは大変でした。協会の本部を朴木さんが多層構造式要塞級機動戦艦にしたいって言い出してきかなくって。
魔法の秘匿をどうすんだって言ったら潜水でも世界転移でもバッチコーイな多重シールドをはるから光学ステルスくらいなんの問題もないって言い張るし……とにかく大変だったんです。科学はいつのまにそこまで進歩していたのか。
……結局、ゴーサインを私が所用でいない間に幹部会が出してしまって建造と相成りました。
なんとか機動戦艦は阻止しました。ええ、鶴子さんの指揮下に入った木乃根を全員動員して阻止しました。
で、去年完成しましたよ? 全長約五キロの超巨大構造物が四年で出来るってどーなんでしょーねー?
……どうしたもんですかね、阻止できたのは機動戦艦だけで、要塞なみの武装や多層構造は阻止できなかったんですよ。しょうがないので、大半の部分は地下に埋めることで隠しましたけど。
今は対外的には巨大な複合型の施設ということにしてなんとかごまかしてます。朴木さんと一緒に石呼壬にいた人達以外の開発班の面子はまだ割かしまともなんですけどね……
ほかにもいろいろあったんですよ? 大概原因は朴木さんですけど。
とにかく話を戻します。今回は前回行けなかった中東です。ここにはウルやウルクを筆頭に多くの遺跡があります。
場所の目星はだいたいついていましたから、潜るまでは何の問題もありませんでした。
問題は、潜ってからだったんです。まーた転移に引っかかって、暗い地下の大迷宮を彷徨うことになりました。
私とさよさん、志津真などは必ずしも食料を取らずとも問題はありません。しかし、子供たちはそうではない。
食料はダイオラマ魔法級を持ちこんでいるのでどうにでもなりますが、それにだって限りがあります。
この手の迷宮はたいてい一番奥まで行けば戻れます。それで最奥部にたどり着くまで一カ月。
珍しい経験でしたよ。迷宮の最初から最後までなんにもないなんて。コイン一枚拾えませんでした。
まあそれはしょうがありません。そんなにそんなに成功ばかりあるわけがありません。今までが上手くいきすぎてたんです。
だからって、これはひどいと思うんですよ。
「セイさん、二時方向からRPG! 一個中隊きてます!」
「ええい、面倒くさい……!」
どうも、地下にもぐってる間に政変があったらしくて、戦争が始まってました。
しかも、激戦地のど真ん中。砲弾やら対戦車ロケット砲とか空対地ミサイルとかがどんどん飛んできます。天球儀式結界の強度調査にはなりますが、失敗したら即死亡なんて冗談じゃない。
既に千草ちゃんが軽いシェルショックでダウンして、それに付き添わせる形で志津真も使えないし……はぁ。
兵隊は遺跡が何だと思ってるんでしょうね。ただの遮蔽物とか?
「しょうがありません。手持ちの転移符を全て使いましょう。ある程度安全が確保できたら長距離転移術式に切り替えて戦闘領域からの脱出をはかります。その後は……日本に帰ります。まったく、今回は完全に空振りですね」
転移符は高い。自分でも作れるが、結構面倒くさいので買うことにしている。おかげで今回の遺跡調査は大赤字だ。組織の予算じゃなくて個人の資金で来てるのに……今度まとめて作ろう。
「全員集まって……そう、あ、千草ちゃんもうちょっとこっちに」
「セイさん、口で言う前にセイさんが抱えてあげれば早いじゃないですか」
「……それもそうですね。よっと」
「うむぅ」
「よし、それでは行きます」
それから、数回の転移を行いました。符を使った転移が七回、術式使用の長距離転移が三回。それらを連続で行い、戦火は遙か彼方、安全と言っていいでしょう。
あとは陸路で隣国に抜けて、そこから飛行機で日本までもどりますかね。
「あの、セイさん」
「ん、どうしました? さよさん」
「これ……」
さよさんが指さしたのは、自身の足下。そこには。
「んん……?」
血だらけの青年と、傷だらけの少女が折り重なるように、あるいは青年が少女を抱きしめるように倒れていました。
「もしかして、連続転移中に、巻き込んだ……?」
◆
「困りましたねぇ……」
悪いこととはしりつつも、今更と言えば今更なので二人の持ち物を調べさせてもらいました。
そこからわかったのは、二人が四音階の組み鈴というNGO組織のメンバーであること。
「そうですね……」
二人を帰すことに異論はなにもない。連れて行くのも面倒なだけだし、さっさとかえしたい。しかし問題が二つほど。
一つは、彼らが“立派な魔法使い”を擁する組織であり、私達は賞金首であるということ。特に私は一千万ドルの賞金首。絶対問題になります。
二つ目は、青年の方が既に死亡していたということ。調べたところでは、青年が少女をかばったというような感じでした。
パートナー、だったのかもしれませんね。
ともかく、どちらかが死亡という状況で私がいけば、確実に私が殺したと思われる。どうするか……
ふと、大戦以来、遺跡調査の時はずっと腰に吊している物に、目がいった。
◆
四音階の組み鈴、キャンプ。
その中で周囲の者より一回り大きなテントの中で、代表者と数人が難しい顔をして机を囲んでいた。
理由は、行方がわからなくなっていた、彼らの仲間であり立派な魔法使いでもあるコウキと、そのパートナー、マナ・アルカナが見つかったということだ。
残念ながら、コウキは既に息がなかった。マナのほうも傷だらけだった。
問題は、マナの傷を治療し、死体であるコウキと共にキャンプに現れ、すぐに消えた謎の人物のことだ。
――後日、どんなに調べてもその人物に関することはわからなかったが、キャンプに現れた時の唯一の目撃情報として、バンダナを巻いて黒い眼帯を付けた傭兵のような男だったという情報だけがのこされた。