麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第三十六話 そして始まる物語。あるいは真プロローグ

 

 

 平成15年、2003年、正月

 

 

 

 関東呪術協会本部・天乃五環(あまのいつわ)第一層、大宴会場。

 

 全長約五キロ、全幅全高が一キロの巨大地下要塞。落盤対策の外壁も相まって円筒を横に倒したように見えるこの要塞は、幹部の一人朴木さんが造りあげたシロモノです。

もはや、オーパーツと言われても納得してしまう規模ですね。

 

 天乃五環は、上から順に一層、二層というふうになっています。

 この大宴会場が位置する第一層は地下にあるにもかかわらず地表に出ている部分から日光を取り入れることができ多くの樹木が植えられています。

 建造物も規模相応の数が建てられているため、要塞の内部というよりも地下に関西の本山をそのまま造った、と言われた方がしっくりきます。

 

 その天乃五環の第一層に造られた施設のひとつ、大宴会場に正装をして集まったのは、関東呪術協会の幹部達。

 組織の発足から、はや十数年。いなくなった者がいれば、新たに加わった者もいる。そして、私のように変わらない者もまたしかり。

 

 例年であれば、この日は互いの無事を確認し合い、簡単な報告と挨拶を済ませれば後は愉快などんちゃん騒ぎが常なのです。

 昨年、些細なことから始まった千草と煌(コウ)の兄弟げんかも記憶に新しい。最終的に第一層に大穴を開けてさよさんに鎮圧されましたが。

 

 そのことを考えれば、今年は“異様”と言っていいでしょう。なにせ、私やさよさん、千草ちゃんと言った関西においても地位を持つ者の他に、志津真や煌といった私の縁者までもが上座に集まっているのですから。

 

 それも、例年通りの紋付き袴といった正装ではなく、濃緑を基本とした“玄凪”式の正装。幹部でも、直接見たことのある者はいないでしょう。

 

 例年にない緊張感。クセの強い関東呪術協会の幹部でも、この状況で騒ぐ者はいません。

 

 皆が、ただ私が話始めるのを待っている。

 

 既に、幹部が全員そろっているのは確認している。

 

 呼吸を整えて、口を開く。

 

 全ての視線が、私に集中する。

 

 

「例年であれば、正月の元旦。この日は宴会とするところですが、今回は違う話をさせていただきたく存じ上げます」

 

 この話方だけでも、若い幹部は驚くでしょう。この話方を知っているのは、私が関東を回っていたときに直接相対した者だけです。

 

 

「これからする話は関東呪術協会の長、暗辺セイとしてだけでなく、玄凪の長、玄凪セイとしての話として聞いていただきたい」

 

 

 私が出した玄凪の名。古参はそれだけで理解しただろう。

 

 ついに、始まると。

 

 

「今年、麻帆良を奪回します」

 

 

 ――ざわり――

 

 空気が、動いた。

 

 ほとんどの者がそれを聞いた瞬間、声を上げ、周りの者を見、言葉を交わす。

 声を上げなかった者も、みじろぎするか、眉をあげるなど、なんの反応も見せない者はいなかった。

 

 ある程度場が落ち着いた頃を見計らって、再び口を開く。

 

 

「詳しいことを話す前に、一つ、言っておかねばならないことがあります」

 

 

 再び、視線が私に集中する。

 

 

「今回の件、協会史上発足時以来の最大規模の戦になるでしょう。……しかし、私は今回の作戦に限り、自由意志による参加とします。強制はしません」

 

 

 誰も、発言はしない。私の言葉に驚いているのか、それとも続きを促しているのか。

 

 

「無論、理由はあります。それは、この作戦において、私の組織としての立場よりも、個人としての目的が優先される事柄が多々あるでしょうから……いえ、いっそ私個人の目的そのものと言ってしまっても良いでしょう」

 

「当然、それを認められない者もいるでしょう。私自身、これが組織の長として許されることだとは思っていません」

 

「それ故の自由参加。参加しない者も、この作戦の事について口外できないように呪縛をかける以外は、一切の事を保証します。幹部の席もそのままです」

 

「このことは、前もってごくごく一部の幹部には話させていただきました。それについては詫びます。しかし、それ以外のご一同にも、今この場で結論を出して欲しいのです」

 

「今より三分間の間に、私に対して異存や疑念があり、参加したくない者は退出を」

 

 

 深々と、畳に付くまで頭を下げる。

 

 

「どうか、私に力を貸してください」

 

 

 もう二十年も昔、一人の女性が、地位も名誉も、それに見合うだけの誇りを持った一人の女性が、部下の非礼を詫びる為に、私に対してそうしたように。

 

 

 

 長い、三分間。

 

 

 

 全員が、賛同し参加してくれるとは思っていない。

 

 私自身も、それはしょうがないことだと割り切っています。

 

 麻帆良を奪回し、関東魔法協会を潰すという建前があっても、結局は私のわがままですから。

 

 関東魔法協会を潰すだけなら、やりようはいくらでもある。

 

 それをしないのは、私の目的、私がこうして今ここに存在できている理由。春香に関する事柄を、全ての計画の軸におきたいから。

 

 自分でも甘いと、いや、弱いと思う。

 

 完全なる世界の元大幹部、関東呪術協会の長という立場を得てもなお、私は弱いまま。むしろ昔よりも弱くなった部分すらあるかもしれない。

 

 目的のために、仲間を捨てられなくなった。

 

 本当に万全を期したいなら、真実を伝えるのをごく一部に限り、自由参加になどしなければいい。

 

 何も知らせず、ただ駒として扱えばいい。魔法使いを束ねるあの老爺なら、ためらいなくそうするだろう。

 

 組織の長としては、失格なのだろうが……後悔はしたくない。

 

 春香の為に、何かを犠牲にする覚悟はある。

 

 だが、そのために自分を信じてくれる者を駒として犠牲にしたのでは、彼女の隣に立てないのだ。

 

 それをすれば、きっと春香は、笑ってくれないだろうから。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 聞こえるのは、決して少なくない衣擦れの音。

 

 どれだけ減るのだろうか?

 

 どれだけ残るのだろうか?

 

 発足時には三十人に満たなかった幹部も、今となって百を超す。

 

 それだけいても、発足時に私が声をかけた面子はごくわずか。

 

 神里甲里を筆頭に引退した者も少なくはありません。

 

 そんな中では、半分も残れば良い方でしょう。

 

 三分と言っても、実際に時計を見て正確に三分間計るわけではありません。

 

 どれだけ時間がたったでしょうか。

 

 私としては三分のつもりでしたが、五分か、あるいは十分か。

 

 衣擦れの音がやんでからも、なかなか頭をあげられません。

 

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

 

 ゆっくりと、頭をあげる。

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 言葉が、出なかった。

 

 目の前の光景を冷静に理解している自分と、まったく理解できない自分が居る。

 

 目の前には、幹部達が全員そろっている。

 

 全員が部屋の上座の近くに集まり、身体の向きをこちらに向けて、先ほどまでの私と同じように頭を下げている。

 

 ただの一人も、欠けることなく。

 

 

「なぜ……」

 

 

 予想外の光景に、声が震えるのがわかる。戦場でも、こんなことは一度も無かったのに。

 

 幹部達が私の声に反応して、一人二人とそろそろと頭を上げていく。

 

 やがて全員の頭が上がった辺りで、幹部達が口々に自分の考えを述べてゆく。

 

 

「そうねー……私の場合は、恩返しかな? 昔、命を助けてもらったし」

 

 

 最古参の一人、今では娘もいる七守衣子が。

 

 

「そうよねー、長がいたから、私達の土地を、誇りを取り戻せたんだもんね」

 

 

 おなじく古参、大学を卒業してすぐの瀬乃宮桃が。

 

 

「随分と贔屓にしてもらったからな。長のわがままくらい、嫌と言うわけがない」

 

 

 白髪が随分と増え、年相応の落ち着きを持った古郷善一朗が。

 

 

「そうっす。水くさいっすよ。長は俺らの爺さんみたいな存在なんすから、」

 

「私も、長には良く無茶な発明にも予算を出してもらったしね」

 

「祖父からは、大恩にいずれ報いよと教わりました。今があるのも、全て貴方のおかげだからと」

 

 

 銃使いの孫にして忍者の末裔が、組織最高の科学者にして最悪のトラブルメーカーが、そして、いつも若い幹部達を自分と一緒に見守っていた、老幹部の後継者が。

 

 皆が自分に恩があると言い、協力してくれるという。

 

 自分勝手なわがままに、付き合ってくれるという。

 

 

 

「――――――っ……」

 

 

 

 こみ上げてくる熱いものを、留めることはできなかった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ……人前で泣くなんて、何時以来でしょう。さよさんにだって泣き顔なんて見せたこと無かったのに……

 

 ……恥ずかしいですね、早く話を進めてごまかしてしまいましょうか。

 

 

「こほん……さて、それでは具体的な話を進めたいと思います。実は、既に計画自体はほぼできています。第一段階として、麻帆良に私を含め幹部を数名送り込み、より詳しい、精度の高い情報を収集します」

 

「そのような事ができるのですか? 関東魔法協会との仲は最悪です。我々が幹部を派遣すると言っても、その実現は不可能だと思うのですが」

 

 

 おお、食いついてきました。なんとかごまかせそうです。

 

 

「確かに、その通りです。我々関東呪術協会では、何を言っても無視されるか、理由をつけた拒否されるでしょうね」

 

 

 実際は、ゴリ押しすれば出来ないわけではありません。それをしないのは、メガロメセンブリアの介入を防ぐため。

 潰す時は、増援を呼ぶ間も無く一気に潰す。あまり無茶をすれば、些細なミスから泥沼です。それは避けたいのですよ。

 

 

「では、どうするので?」

 

 

 そんなこと、選択肢はひとつしかないでしょう。

 

 

「無論、我々だけで駄目なら他から力を借りるまでです。既にわたりも付けていますし」

 

「他、とは……?」

 

「決まっているじゃないですか」

 

 

 

 この日本において、関東呪術協会と関東魔法協会にならぶ一大組織と言えば――

 

 

 

「関西呪術協会……西の長、近衛詠春ですよ」

 

 

 

 




 今日はここらで打ち止めです。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘批評など、よろしくお願いします。

 先長いなー。

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