すっかり人通りも無くなった深夜の麻帆良、世界樹前広場。そこに、普段であればあり得ない光景が広がっていた。
この世界樹前広場に魔法先生や魔法生徒が集まること自体はそれほど珍しくない、普段からもよくあることである。
ちょうど麻帆良の中心地に当たるここは、主に夜の警備の前の集合場所や打ち合わせ場所としてよく使われているのだ。
話が少し横道にそれるが、極東における魔法使いの拠点である麻帆良は常に人手不足である。というのは、十五年前の大事件、関東呪術協会の発足のせいだ。
麻帆良以外の東日本の拠点を関東呪術協会に根こそぎ奪われた。が、そこにいた人員はそう間を置かずに金銭などと引き替えに返還されたため、人がいないわけではなかった。
それにもかかわらず今の麻帆良が人手不足なのは、せっかく返還された人員の多くをメガロメセンブリア上層部が一度に引き上げてしまったせいだった。
連合の宗主国であるメガロメセンブリアはもともと大戦の影響が大きかった上に、元老院襲撃事件、俗に言う“鮮血事件”のせいで中枢たる元老院議員がほぼ全滅し、政治、社会ともにかなり不安定で、本国は治安維持などの名目として多くの人員を引き上げたのだ。
そんな事件からはや十五年。政治は落ち着いた。しかし人員は思うように増えない。その理由も、やはり十五年前の事件が原因だった。
当時独断で行動した、立派な魔法使い“銀杖のサーヴィンス”が死亡したこと。
以来、本国は尻込みしてあまり優秀な人材を置きたがらなくなったのだ。なのに、麻帆良は維持しろと言う。所属する魔法使いのほとんどが、表の仕事も持っていると言うのに。
苦肉の策として、近衛近衛門は魔法生徒の中でも実力のある者も夜の警備に組み込み、ローテーションをとることで十五年間この麻帆良を守ってきたのだ。
そして今この場には、通常であれば曜日ごとに振り分けられているはずの実力者達のほぼ全員がそろっていた。
当然、学園の戦力としてナンバーツーと言われるタカミチ・T・高畑も。
全員の視線が、つい今し方やってきた今宵の客人……招かれざる客人に向けられていた。
「さて……それではお主らがここに来た理由とやらを聞かせてもらおうかのう」
そして、夜の会合は始まった。
◆
「さて……それではお主らがここに来た理由とやらを聞かせてもらおうかのう」
まずは近右衛門がこちらに向かって言い放ちました。
この場にいるのはいずれも実力者でしょう。ぬらりひょんを筆頭に、元紅き翼タカミチ・T・高畑など、今の麻帆良のフルメンバー。
魔法生徒……子供がいるのは少し気に入りませんが、私も煌を連れてきてますから強くは言えないんですよ。
おや、来ないと思っていた刀子ちゃんもいますね?
「そう急がなくてもいいでしょう。挨拶くらいはさせてくださいよ。……久しぶりですね、刀子ちゃん」
「……お久しぶりです」
返事をした刀子ちゃんはなぜかまたなんともいえない微妙な顔をしています。……やはりちゃんづけは嫌なんですかね? でも千草ちゃんや他の子もちゃん付けだし、一人変えるのも違和感が……
「葛葉先生、お知り合いで?」
「昔、お世話になった方です。瀬流彦先生」
目の細い男性……瀬流彦と言うのですか。私の事を知らないということは、余り偉くはなさそうです。
しっかし刀子ちゃんもよそよそしくなったものです。小さい頃は鶴子さんと一緒に本山近隣の野山で野太を振り回して笑っていたのに。
彼女も、大人になったということですか。今はバツイチだそうですし。
「……ゴホン!!」
おーっと、近右衛門が青筋たててて怖いです。しょうがないんでやることはやってしまいましょう。どうせ時間がかかることではありませんし。
「では、私が、私達がここにきた理由をお話ししましょうか。近右衛門殿や刀子ちゃん。そこの……桜咲刹那ちゃん辺りも知っているでしょうが、私こと暗辺セイは関東呪術協会の代表であると共に、関西呪術協会は最高幹部会の一席を特別顧問としていただいています」
名前を出された近右衛門と刀子ちゃんは表情一つ変えませんが、刹那ちゃんはあからさまに狼狽して、隣の長身で褐色の肌を持つ黒髪ロングの少女と何か話しています。
彼女達の世代になると、私の名前は知っていても姿は見たことがないという者も多いんです。関東呪術協会の長としてのデスクワークが主な仕事ですし、今も技術吸収のためにあちらこちらをうろうろしてますから、関西には居ないことのほうが多いんですよ。
「そうじゃの、そのとおりじゃ。ようは、今回は関東呪術協会の者ではなく、関西呪術協会の者として来たと言いたいのかの?」
ぬらりひょんがまとめてくれました。楽ができて助かります。このままスパッといっちゃいましょう。
「私の役目は、ここ麻帆良における木乃香ちゃんの護衛としての追加人員です。当然、木乃香ちゃんが麻帆良にいる間は基本的にはずっといますよ」
「なっ……!?」
魔法先生と魔法生徒の間に、動揺が走る。
なかでも、長直々に護衛を頼まれた刹那ちゃんと、英雄の息子の来訪まで日がないということを知る近右衛門には衝撃でしょう。
特に近右衛門からすれば事態は深刻です。なにせ私達がいれば計画の邪魔になるのは目に見えてますからね。
……私は、悪意をもって木乃香ちゃんを巻き込むなら邪魔をしますよ。木乃芽さんにはなんだかんだでお世話になりましたから。
「ちなみに、これは関西の長である近衛詠春からの直々の依頼です。これが認められない場合、木乃香ちゃんは近いうちに麻帆良以外の学校に転校となります」
さて、どうしますかね、ぬらりひょんは。
詠春も今回ばかりは本気です。“あの件”で相当怒っていましたからね、彼。ぎりっぎり黒化はしませんでしたが、かなり危なかったらしいですからね。
ちなみにこの転校うんぬん、ブラフじゃありません。既にある程度用意はしてあって、交渉決裂の場合は本当に関西の学校に移れるように手配済み。
予定では島根の辺りです。十月になれば絶対神秘と係わりますが、悪い方にはいかないでしょうから。その辺向こうはしっかりしてますから。
「ぬぅ……しかし、それは本当なのかの? 婿殿からは、そのような話をまったく聞いておらんのじゃが。それに、ここに来て木乃香の護衛を増やすなどと言われても、すんなりと通すわけにもいかん。護衛なら既に刹那君がおるし、わざわざお主らである必要性もなかろうて」
「――私としても、理由をお聞かせいただきたい」
刹那ちゃんと、褐色長身の少女が前に出てきました。
こっちの少女もどっかで見たような……?
「……そちらは?」
「龍宮真名だ。刹那とはペアを組ませてもらっている。私は傭兵として麻帆良に雇われているのさ。依頼があれば二重契約にならない範囲で承ろう」
龍宮真名、ねぇ。龍宮……マナ。マナ……マナ……褐色で黒髪……?
「ああ、マナ・アルカナ」
「っ!? ……どこでその名を?」
おっと、いけない。
「先に刹那ちゃんの質問に答えましょう。一言でまとめると、刹那ちゃんが予想ほど護衛として機能していません」
「なっ、私がお嬢様を守るのに力不足だというのか!?」
「そのとおり。そしてその原因は、あなたですよ? 近右衛門殿?」
「ほ?」
どちらも、身に覚えはないでしょうね。ぬらりひょんにすれば自分が原因などと呼ばれる理由はわからないでしょうし、刹那ちゃんにしても彼女はけっして弱くはありません。
むしろ、あの年で神鳴流の師範代クラス、鶴子さんに教えを受け、詠春よりかの夕凪を譲られたことを考えれば、充分強いと言えるでしょう。
しかし――
「刹那ちゃん、あなたは防げなかったでしょう?」
「何をだ!?」
「お見合いですよ。木乃香ちゃんの」
場が、凍った。
まさか、誰もがそんな理由で大戦の英雄を含めた組織の長二人が動くとは考えていなかったでしょう。
お見合いなどと、たいしたことではないように聞こえるかもしれませんがそんなことはありません。
血縁を結ぶというのは古来よりこの日本でも大きな意味を持ちます。木乃香ちゃんは大戦の英雄である近衛詠春の娘にして古き血を継ぐ近衛の直系。極東最大の霊力を持つとも言われています。
そんな木乃香ちゃんを、祖父だからと言って自分の都合で親である詠春に一言の相談も無くぬらりひょんが勝手にお見合いさせていた?
普通に大問題です。戦争になりますよ。どうして緊急ダイヤルが機能しなかったか。そこにも疑問が残りますし。無論今は改善済みですが。
「関西呪術協会の長の娘を、関東魔法協会の長が勝手にお見合いさせる。それも本人の意志を無視して。何でも三桁近い回数だそうじゃないですか、近衛近右衛門殿?」
「ぬ、ぬぅ……」
「刹那ちゃんも、麻帆良にいる木乃香ちゃんの唯一の護衛が何をしているんです。それに、夜の警備など……護衛はどうしました。貴女の仕事は護衛であって迎撃や遊撃ではないでしょうに」
「それは……学園長が、お嬢様を守ることにもつながるからと」
……へー、それは良いことを聞きました。学園長が、ねぇ。
「とにかく、詠春からは近日中に書状が届く手はずです。その間も、ある程度の行動は認めてもらいますよ。文句があるなら……それこそ “大戦の英雄”を納得させられるだけの言い訳を用意することです」