麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第四十二話 麻帆良観光・後

 

 

 

 ある晴れた日の昼下がり、麻帆良の繁華街をひと組の男女が歩いていた。

 

 男の名前は本名を玄凪セイ、女の名前は玄凪さよという。見てわかるとおり夫婦である二人だが、今はわけあって玄凪では無く暗辺(くらべ)と名字を偽っている。

 

 玄凪の名を知られると厄介なことになるので、妻のさよにいたってはこの麻帆良に来てからはずっと認識阻害の眼鏡をかけている念のいれようだ。

 

 そんな二人だが、見た目は中の良い夫婦そのもの。腕を絡ませ、身体を密着させて町を歩いて行く。

 

 二人の格好はそろいのグリーンのセーターの上に、おそろいのグレーのマフラー。下は黒のデニム。ちなみに、二人で一つのマフラーを付けているわけではない。

 

 二人は特に会話をすることも無く目的地へ向かって歩いて行く。

 

 目的地は、昨日傭兵の少女から仕入れた情報のお店の一つ。安くて美味しいと評判の店らしい。

 

 今はまだ無理に何か話す必要はない。今日一日、時間はたっぷりあるのだ。

 

 まずは、お昼を食べて、それからは麻帆良を巡りつつ買い物をする。餡蜜の美味しいお店も既に把握済み。

 

 二人で歩き、二人で感じる。

 

 好きな人と一緒にいられる久しぶりの平穏に、二人の心ははずんでいた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 からんころんからん。

 

 入り口の戸を開けて入る時に、取り付けられていた木の板と棒が接触して客の来店を示す軽い音を鳴らす。

 

 

「ごめんくださーい」

 

「はーいいらっしゃいませー!」

 

 

 やってきたお店は、少女の情報の中では味が◎になっていた数少ない店の一つ。その名も「定食・天川」。

“店主と良いとこの出だった奥さんは若い頃に駆け落ちして麻帆良に来た”という注釈がありましたが、だからどうしたと言いたい。別に言いませんけど。

 

 

「何を頼みますか?」

 

「どれも美味しいって話でしたけど、悩みますね。私は……ハヤシライスにします」

 

「じゃあ……私、オムライスにしようかな」

 

 

 少し黄色くなったお品書きには、定食の他にも和と洋のメニューが載っている。それらをしばらく眺めた後で、私達はそれぞれに注文しました。

 

 注文した物が出来るまでのしばしの時間、店の中を見渡したり、たわいのない話をしたりする。

 

 内容はここ何年かの出来事。六年前の鶴子さんの結婚式や、鶴子さんの妹素子ちゃんが浦島の後継者と共に京都に失われた幻の妖刀ひなをもってきたときのことなど。

 幹部の朴木が嘘かホントか『長、少し異世界転移にチャレンジしてみる』と言って行方をくらましたこともあった。(この時のお土産は血と肉の味のするオレンジジュース。即日廃棄された)

 

 中でも、一番緊迫したのは東大付近に謎の飛行船団が現れた時のこと。厳戒態勢がしかれたが、蓋をあければ、ひなた荘のごたごただった。

 

 謎の飛行船団の正体はとある南の国の王立空軍だったそうですよ。指名手配犯の乗ったセスナ機を追っていたとかいないとか。政府には知らせてあったらしいが、正直ふざけるなと言いたい出来事でしたね。

 

 

「お待たせしましたー」

 

 

 ほんの少しの間話しているつもりだったのだが、どうやら思っていた以上に話し込んでいたらしく、料理が運ばれてきました。

 

 運んできたのは少し紫がかった藍色の髪をさよ以上に長く伸ばしたおかみさん。

 

 いつも明るい笑顔を浮かべており、それがこの店のリピーター増加にもつながっているとか。

 

 

「ん……?」

 

 

 一晩寝かせた濃厚なハヤシライスを食べ始めたのだが、なぜか向かいのさよがオムライスに手を付けていません。

 

 何故かと思い覗き込んでみれば、出てきた料理、オムライスの上にケチャップでハートマークが――

 

 

「せ、セイさん」

 

「なんです?」

 

 

 ケチャップのハートを崩してから、とろとろのオムライスにスプーンを入れて――

 

 

「あ、あーん?」

 

「っ!!」

 

 

 それを、さよさんは少し頬を羞恥からか赤く染めて、そのまま私の口の前まで持ってきました。

 

 この時間、少し遅いとはいえまだ昼時、店内には少なくない客がいます。いつの間にかその視線が集中しており、厨房の方の店主夫妻は仲良くサムズアップ。

 

 間違い在りません。私は――はめられたのです。この私が、ただの一般人に!

 

 出会って二十年近いが未だに初々しい反応をするさよさんは可愛いと思いますが、それとは関係なく汗がにじむ。

 

 オムライスが嫌いな訳じゃない。

 

 卵アレルギーな訳でもない。

 

 しかし、いくら何でもこの状況は辛すぎる。

 

 

「…………」

 

 

 さよさんも、頬を赤くしたままじっとこちらを見てるので、退くことも、ごまかすことも許されない。

 

 選択肢は、一つだけ。

 

 

 

 食べないわけには、いかないでしょう!

 

 

 

「…………っ!!」 

 

 

 それを、口に含み、咀嚼する。固唾をのんで、こちらを見守る店の客と店主夫妻。

 

 

「……美味しいですね。さよさん」

 

 

 さよさんと二人、真っ赤になって続けるのでした。

 

 

  ◆

 

 

 

「ぷっ」

 

「くくくく……」

 

「あはははははははははは!!」

 

 

 同刻、情報収集を目的として放たれていた朴木謹製のスパイカメラでその様子を見ていた幹部達は、天乃五環で大爆笑していた。

 

 後日、このことを知ったセイによって天乃五環に血の雨が降ったことは言うまでもない。

 

 

 

 


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