麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第三話 目に映るは

 

 セイは泣き続ける少女をどうにかこうにかなだめて、今はその少女と二人で世界樹をめざして歩いていた。なんでも遠回りにはなるが抜け道があるらしい。

 

 道すがら歩きながら彼女と会話したことでわかったことがいくつかある。

 

 まず、彼女の名前は相坂さよといい、ずっとここ麻帆良で幽霊をしていること。どうして幽霊になってしまったのかは覚えていないこと。

 

 この麻帆良学園都市は明治初期……つまり一族が滅ぼされてからすぐに建てられたらしいということ。彼女は魔法を知らなかったことなどである。

 

 幽霊だからと互いの身の上話もしたので、今では下の名前で呼び合う程度には仲良くなった。

 

 

『へー、セイさんは人じゃなかったんですね。驚きです』

 

「いや、さよさん。あなただって幽霊じゃないですか。人のことは言えないでしょう」

 

『いいんです。私はれっきとした幽霊ですから。よくわからない何かなんかとはちがいます』

 

「いやいやいや、そんなにかわらないでしょう?」

 

『いいえ、全然違います』

 

「いやでも……」

 

『違います』

 

「……そうですか」

 

 

 どうやら何をいっても無駄なようである。しかし、どうして何十年も麻帆良にいて魔法を知らないというのはどういうわけだろうか?

 

 夜の間もずっとおきているのなら、詳しいことは知らずとも目にする機会があっても不思議ではないはずなのだが、そんな覚えはないという。

 

 

『そういえばセイさん、ずっと気になってたんですけど、その狐のお面はなんなんですか? 最初っからずっとつけてますけど……』

 

「あ、これですか?」

 

 

 さよさんをなだめる間も、そういえば面をつけたままだった。

 

 顔を見られたくない、というわけではく、単に忘れていただけだ。ちなみに、数十年ぶりの会話が楽しいのか、彼女からよく話しかけてくる。

 

 

「これ、さっき屋台の親父さんがただでくれたんですよ。なんでも、問屋さんが茶目っ気でつくった物だとか」

 

『え、もらったんですか?』

 

「ええ、そうです。それなりに良い物ですよ」

 

『……なーんだ、実は呪われていて外せないとかじゃないんですか』

 

 

 さよは宙に浮いたまま、あからさまに肩を落とす。

 

 なんですか、呪われていて外せないって。

 

 

「そんなわけないでしょう。小説の読み過ぎです。ほら、普通に外せ……ない? あれ?」

 

 

 そういって面を外そうとするが、紐をきつく結びすぎたのか、とれない。にわかに嫌な汗がにじむ。

 

 

『もしかして……』

 

 

 さよが期待に満ちた目でこちらを見ている。足をとめて必死に結び目と格闘すること数分、無事ほどくことができた。

 

 

「何を、期待しているのか、知りま、せんけど……そんな、わけ……ないでしょう。ふぅ、ほら、ちゃんと外せました」

 

 

 外した面と素顔をさよに見せる。

 

 

『なるほど……お面の下はそうなってたんですか。想像していたのとは全然違いますね』

 

 

 いったいどんな想像をしていたのか気になるが怖いので聞かないでおく。

 

 

「ところでさよさん、世界樹広場にはまだつかないんですか? けっこう歩いたとおもうんですけど……」

 

『もうすぐですよ。次の角をまがればそこがそうです。しかし世界樹の精霊さんですかー。初めて会いますね、どんな人なんですか?』

 

 

 どんな人か、と改めて問われると、少し困る。

 

 

「そうですね、やさしくて、美人ですかね」

 

『……美人ですか?』

 

「美人ですね」

 

『……』

 

 

(おや、黙ってしまいました。……?、急に首筋のあたりがぴりぴりと……?)

 

『あ、見えました。先に行きますね』

 

 

 そう言ってさよが一人先に世界樹の方へ飛んでゆく。セイは空を飛べないので普通に煉瓦の階段を下りていく。見えないというのは便利なことだ、とつい思ってしまった。

 

 ふと、首筋のひりつきがなくなった。もしや、さっきのはさよが原因だったのか?と考え、まさかと思い頭を振る。

 

 

(……しかし、ようやくたどり着きましたね、春香)

 

 

 神木。またの名を世界樹。感覚の上では数時間ぶり、しかし現実では百年近い時間が流れていたという。

 

 感慨深い物を感じて、その幹に手を添える。やはり、このバントウもほかの木と同じく、生命力が弱まっている。それでも、幹から春香の存在を感じることができたことに安堵する。

 

 春香は、確かに「つながっている」と言っていた。もしかすると、この状態でも呼びかければ応えてくれるかもしれない。そう思い、幹に手をあてたまま、心の中で彼女の名を呼ぶ。

 

 

『春香』

 

返事はない。しかし一度ではあきらめない。目をつぶってもう一度。

 

 

『春香』

 

 

 やはり返事はない。もしかすると、彼女は休眠のような状態に入ってるのかもしれない。それでも、確かめておかなければならないことがあるから、もう一度、呼びかける。

 

 

『春香』

 

『……セイ?』

 

 

 三度目にして成功。目を開く。いつの間にか汗をかいていたことに気づいた。

 

 

『セイさん、どうかしたんですか?』

 

「いいえ、なんでもありませんよ、さよさん」

 

 

 そう言いつつ、さらに春香に呼びかける。

 

 

『春香、いくつか確かめたいことがあります。人の姿をとることはできますか?』

 

『少し、待って。ほかの世界樹に力を借りれば、何とか・・・』

 

 

 すると、石畳の隙間から光りの粒が現れ、それが春香の姿を形づくった。しかし、春香の姿はいつもと違い透けていて、向こう側が見えている。それでも、その美しさは少しも損なわれていなかった。

 

 

「セイ、さっきぶり」

 

「ええ、そうですね」

 

「まさか数時間で違う女の子を連れてくるとは思わなかった」

 

「はい? ああ、さよさんはそんなんじゃないですよ」

 

「あら、もう下の名前で呼んでるの? 手が速いのですね」

 

「……春香」

 

「うふふ。わかってますよ、それくらい。少しからかっただけです。セイの場所は私の隣です。……よろしくお願いしますね、相坂さよさん」

 

『は、はい! よろしくお願いします』

 

「……ふざけるのはこの辺にしときましょう。春香、いくつか確かめたいことがあります」

 

「ええ、そうでしょうね。私も話したいことがあります」

 

 

 春香に、この数時間での麻帆良における仮説を話す。

 

 

「まず、この麻帆良は、英国にあるという魔法学校のような物ではないのですか?」

 

 

 春香は、すぐに首肯する。

 

 

「そうです、そのとおり。ただし正確には魔法学校じゃない。魔法学校という物はあくまで魔法使いを教育し成長させさらなる高みへ導く為の学校の事を言う。けれど、ここは学校自体は魔法使いが活動するために、隠れ蓑として作られた普通の学校。生徒や教師に魔法使いが紛れてはいるけれど」

 

「では次に、霊力が足りないというのは何らかの術式に……この麻帆良全域を包む、大規模な結界に消費されているからですか?」

 

「ええ。正確には、私と地脈の両方から」

 

「……では最後。この麻帆良を包む結界は……」

 

 

 できれば外れていて欲しい推論。それほどまでに、危険な結界。

 

 

「認識阻害結界、ですか?」

 

「……ええ、玄凪においては〈禁呪〉とされた認識阻害。それが、今の麻帆良には張られているわ。それだけでも無いのだけれど」

 

『あの……』

 

 

 ここまで黙っていたさよが、禁呪という言葉に付きまとう不吉な響きに反応したのか、話に加わってきた。

 

 

『認識阻害結界、ですか? それって、そんなに危ない物なんですか? 禁呪って……』

 

「……そうですね、簡単に言うのならば、人の心を弄ぶ術、と言っていいかもしれません」

 

 

 認識阻害結界。

 

 これは陰陽師達が使う人払いの結界とは違い、範囲内の不特定多数の対象者の精神そのものに強力に作用する。

 

 人払いの結界もひとの精神に作用するものだが、これはあくまで一定範囲から人を遠ざけ、裏の世界に巻き込まないようにするための物だ。

 

 しかし、認識阻害結界は違う。「一般人を巻き込んだ」上で、それを異常と思わせないための結界なのだ。

 

 自分たちの都合のみのために西洋の魔法使い達が編み出した、人を、人の心を歪める結界。そして、やがては世界を歪める結界でもある。

 

 

『そんな……ひどい』

 

「しかし、それが現実です」

 

 

 さよに、そう言い放つ。冷たいようだが、これも世界の真実の一端である。できればさよには、彼ら西洋魔術師達にいいように流されてはほしくない。

 

 

「それで、春香。私はこれからどうすれば?」

 

 

 麻帆良の現状を理解した上で、春香に問う。百年近く意識がなかったのだ、これからどう動けばいいのか皆目見当もつかない。

 

 おまけに服と腰刀、狐の面以外は、符も金銭の類も全くない。

 

 そんな状況で、何をすればいいのか。

 

 何をしようと、すればいいのか。

 

 

「……とりあえず、二十二年後、次の大発光までは麻帆良ですることはありません」

 

「ない、とは……なにも?」

 

「ええ、少なくともこの麻帆良においては。今のこの地は……見たとおり、魔法使いの拠点ですから。セイ一人ではどうしようもありません」

 

 

 春香の言葉に何か返そうとして、詰まった。

 

 彼女に向けていた視線を転じる。

 

 小高い丘に立つ神木。祭りの灯りに照らし出された、西洋風の建造物群。人も、街も、変わってしまった。

 

 それが厳然たる結果。言葉一つ返せない理由。

 

 

「……セイには〈力〉を集めて欲しいの」

 

「力……?」

 

 

 転じた視線を、再び向ける。

 

 

「セイ自身の力も強くなってるはずだけど、それだけでは、もうどうにかすることはできないと思う。

だから世界各地を巡って、自分を鍛え、人を集めて、それから……〈科学〉に後押しされた“今の世界”をその目で見てきてください。

山の頂を越え、海を渡り、砂原の果てまで。そして“門の向こう側”へ……あなたの見る全てが、きっとあなたの力になるから」

 

「力、ですか……」

 

「そう、力を。セイには、セイにしか頼めないこともあるから。だから、その時に障害になる柵(しがらみ)を払う意味も兼ねてね」

 

 

 セイの知る春香らしからぬ思わせぶりな口調。それを問う前に、春香の視線はさよに向いた。

 

 

「……さよさん、私たちの前に来て、目をつぶってくれるかしら」

 

 

 さよは突然呼ばれたことにきょとんとしつつも、言われたとおりに目をつぶる。

 

 

「セイ、手を」

 

 

 セイもまた言われたとおり、彼女の手をとる。

 

 

「いい、セイ。一度しかできないから、しっかり感じてて。私と心をあわせて」

 

「あわせるって、どうすれば……?」

 

「……私のことだけ考えて。難しいことは全て私がやるから。……いきます」

 

「春香、いったい何を――!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

――それからのことは、あまりよく覚えていない。

 

 記憶がはっきりしないのだ。

 

 光りの中で春香と二人、何かの流れに乗っていたような気がするのだが。

 

 しかも、なぜか幽霊だったはずのさよさんが肉体を持っている。彼女自身もいったい何が起きたのかわかっていないようで、呆然と自分の手のひらを見つめている。

 

 今の彼女は幽体の時と同じ遠い異国の水兵服を元にした制服を着ている。ただ、なぜか首には白い狐のお面を吊していた。

 

 

「いったい、何が……」

 

「地脈を使いました。それで、相坂さんの魂を柱に肉体の再構成を」

 

 

 春香をみる。身体から光の粒子が離れていき、先ほどよりもさらに透けてきている。

 

 

「セイに見せたのは、世界に走る地脈の一端。そしてより深くの〈霊脈〉です。常に其処に在り、けれど流れ続けるもの。

半分精霊のような何かであるあなたの、新しい可能性、拠り所であり、力そのものにしてその先にあるもの。これが二十二年後の計画の要。

……詳しくはこれに記しました。今度は、伝えないという訳にはいきませんから」

 

 

 手渡されたのは、桜色の油紙に包まれた書状。手渡しだからか封も何も無い。

 

 そう言う間にも、春香はどんどん色を失っていく。

 

 

「今行ったのは、相坂さんの身体の再構成。彼女には謝っておいてください。私の都合で巻き込んだと。今の彼女には言っても理解が追いついてこないでしょうから」

 

 

 あまりのことに頭がついてこない。もう胸まで消えてしまった彼女が、言う。

 

 

「もう時間がないから、最後に言っておきますね」

 

「……ええ、聞きましょう」

 

「相坂さんは決定的な意味で巻き込んだのが私だから良いですけど、これ以上増やしたら承知しません」

 

 

……

 

………

 

…………

 

 

「はぁっ!? ちょっと何言ってるんですか! だからさよさんは違うと……!」

 

『あ、どうやらさっきの相坂さんの肉体の再構成でここの魔法使いに感づかれたようです。せっかく作ったおそろいのお面ですから、それで上手く顔を隠して逃げ切ってくださいね?

それでは二十二年後に、きっと。……大好きです、セイ』

 

 

 そう言って彼女は完全に光の粒子になってきえた。

 

 

「……お面はそういうことでしたか。しかも最後に丸投げですか! ええ、ええ! 昔からたまにそう言うところがありましたよねまったく! ……さよさん、お面をつけてください!」

 

「え? ひゃわっ!? ななな何を!?」

 

 

 さよに面を半ば強引につけさせて、その手をしっかり握りしめる。

 

 

「さ、急いでここを離れますよ。まごまごしていると、見つかってしまいますからね」

 

 

 

「――ほほう……何故にそうも急ぐのかのう? せっかくの祭りじゃというのに。ゆっくりとしていけば良かろうて」

 

 

 背後から聞こえて来たしわがれ声に、遅かったことを悟る。どうやら当代の魔法使いはそれなりに優秀らしい。

 

 

(……手遅れでしたか。さよさんがいるので、強行突破も難しいですかね)

 

 

 覚悟を決めて、声の聞こえてきた方を見る。そこには二十人程度の男女と、先頭の……

 

 

「ほ、どうかしたのかの?」

 

「……」

 

 

後ろにかばうようにしているさよも、言葉が出てこない。当然である。なぜならば……

 

 

「……ぬ」

 

「む、なにか言ったかの」

 

「ぬらりひょん、か!?」

 

 

 目の前に、日本の妖怪の総大将とも呼ばれる妖怪がいたのだから。

 

 

 

 


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