麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第四十九話 アルバイター

 

 

 

 始まりはいつだって些細なことだ。

 

 詠春が暴走しかけたのもそうだし、セイがさよという伴侶を得たのもそう。多くのことが偶然の上になりたっている。

 

 もっとも、始まりが偶然だったとしても、それが原因で起きたことは確実に世界に影響を与える。

 

 湖に投げ入れた小石がやがて大きな波紋を起こすように、蝶の羽ばたきがどこかで竜巻を引き起こすように、どんなに小さな出来事でも、それは多くの人間に影響を与える可能性を秘めている。

 

 この日、麻帆良における一人の少女が話した他愛のないうわさ話も、きっとそんな小さなきっかけだったのだろう。

 

 

 

  ◆

 

 

 

  その少女の名前は、釘宮円。先日、採用倍率が百倍を超えるバイトに“幸運”にも採用された女子中学生である。

 

 彼女がアルバイトに参加するのは主に夕方の部。チアガール部に所属しているため、部活の無い日にアルバイトをしている。

 

 彼女以外にもアルバイトの人員はいて、彼らの多くは朝と昼、朝と夕というように二つ、あるいは三つの時間帯すべてでバイトをしている者もいる。むしろ、円のような夕方の部が主な者の方が少ない。

 

 もっとも、彼女以外の者は皆裏の関係者、それも潜入に特化した者達が偽装としてアルバイターを装っているのだが、釘宮円自身はそんなこと知るよしもないし、彼ら彼女らも普通の女子高生にばれるようなマヌケではない。

 

 とにかく、少女・釘宮円はアルバイトとしてはよくやっていた。

 

 他のアルバイトとの仲も悪くなく、店長である暗辺セイ他、黒兎志津真の覚えも良い。

 

 理由は、アルバイター達は若く円と年が近いのと、夫妻も若く(見える)接しやすかったのと、彼女を通して夫妻達が近衛木乃香の学校での普段の様子を知ることが出来たからだ。

 

 もちろん近衛木乃香には監視を付けてぬらりひょんがこりずにお見合いをさせたりしないか見張らせているが、あくまで学友からの視点というものは、それはそれで貴重な物なのだ。

 

 この日も、今日の分の営業が終わり、黒兎堂の店舗である四両編成の路面電車が車庫に戻る途中、円は他のアルバイター達や店長夫妻と他愛のない無駄話に興じていた。

 

 

「それで、ネギ君高校生の服を吹っ飛ばしちゃったんですよー!?」

 

 

 その話を聞いて、アルバイター達は『まっさかー』とか『うっそだー』などと言って笑っているが、そんなことはとうの昔に全員知っている。

 

 ネギは木乃香に並ぶ最重要監視対象であり、どれだけ魔法バレしたかなど事細かに記録されているのだ。ちなみに、ネギは現在木乃根のブラックリストで詠春を抑えて堂々の一位。ぶっちゃけ鶴子やセイが止めてなかったら暗殺しかねないレベルなのである。

 

 それでも、彼らはプロ。そんな様子はまったく表には出さない。

 

 しかし、そんな彼らでも平静を保てないようなことが。それは、ささいな質問からだった。

 

 その質問をしたのは、他でもないセイだった。

 

 

「しかし、円ちゃんも何時までもバイトしていて良いのですか? もうそろそろ学生は試験でしょう?」

 

「あ~……でもまあ私なんかは一応赤点はとってないですからね。でもバカレンジャーはやばいかなー」

 

「バカレンジャー?」

 

「あ、ウチのクラスで特に勉強できない五人組で、明日菜なんかは木乃香と特に仲良いですよ」

 

「……明日菜……ああ、あのオレンジの髪の。……ちなみに、木乃香ちゃんは?」

 

「木乃香は……百位くらいかな? 学年が七百人くらいですから勉強はできますよ」

 

「そうですか! いやそれはいいことですね。彼女のお父さんにも良い報告が出来ますよ」

 

 

 傍目から見ても嬉しそうに微笑むセイ。木乃香は人望のあった木乃芽の娘ということもあり、関西の幹部からは実の孫や娘、妹のように可愛がられており、それはセイも例外ではない(一説ではこれが木乃香を麻帆良にやったとき内乱が起きかけた理由であるとも言われている)。

 

 

「あ、それでですね、最近面白い噂があるんですよ?」

 

 

 そして、次の彼女の一言で状況は一変する。

 

 

「都市伝説みたいなモンなんですけど、図書館島の深部に読むと頭が良くなる魔法の本があるとかないとか」

 

「魔法の、本……?」

 

「そうなんですよ。ま、きっと噂は噂でしかないんでしょうけど、木乃香なんかは図書館探検部ですから、探してたりするかもしれませんね」

 

「そう、ですか」

 

 

 そこで、円もやっと車両の仲の空気がおかしいことに気づく。

 

 アルバイター達やセイの視線が、全て自分に向いている。

 

 

「あ、あれ? そんなに食いつかれるような話でしたっけ? それとも私、なにか変なこと言いました……?」

 

「あ、いえ……流石に魔法の本はないかと……」

 

 

 セイが気まずそうにそう言うと、円も自分が言った噂に周りが呆れているのだと気がついた。

 

 

「ご、ごめんなさい! なんか変なこと言って……」

 

「別に気にするほどのことでもないですよ? 少し驚いただけですから」

 

 

 周りも、それに同調するようにうなずく。

 

 その後、車両は車庫のある暗辺邸に到着しアルバイトは全員解散となったのだが、バイトチーフだけは残された。

 

 車内にいるのは、セイと、バイトチーフのみ。

 

 

「……どう思いますか?」

 

「おそらく、近右衛門が何か企んでいるのでは」

 

 

 彼の名前はバイトチーフこと荻原鈎助(おぎはらかぎすけ)。関東の神里配下の中でも部隊長格の人間で、空里の副官でもある。ちなみに、空里が銃火器を好んで扱うのに対し、彼は近接を好む傾向がある。

 

 

「……ネギ少年の監視を、半分ほど木乃香ちゃんにまわしなさい。あと、木乃香ちゃんの監視を担当している者に噂についても情報を集めておくように指示を。

それと、木乃香ちゃんが“魔法の本”とやらを探しに動いた場合、私の指示を待たずに行動してかまいません。

原則としてまず報告が第一ですが、急を要する場合は手を出すことも許可します。その場合は撤収までいれて十五分で済ませなさい」

 

「はっ!」

 

「それと、本部の神里さんに動員要請をかけておいてください。動員は二小隊までで精鋭を。装備は隠密・潜入特化。地図作成装備も持ってくるように。

開発班には九番艦を軽装空挺仕様、十番艦を特装三番で発進準備命令。準備が完了次第前回と同じ麻帆良北西十五キロで待機するように。

ただし、今度は最初からステルスをかけておいてください。今回はデモンストレーションではなく本番であるとも」

 

「はっ! 了解しました」

 

 

 ビシィッ!! と擬音がつきそうなほどキレのある敬礼をする荻原。

 

 

「……それ、どうにかなりませんか?」

 

「それ、とは?」

 

 

 荻原は怪訝そうな顔をする。

 

 

「いえ、いいです。忘れてください」

 

「はっ!」

 

 

 再び敬礼をし、車両から降りようとする荻原の背中にセイが声をかける。

 

 

「ああ、そうだ。もし……まぁ十中八九動くでしょうが、その場合の君たち麻帆良潜入組の事ですけどね」

 

「はっ!」

 

「事が起きた場合は、潜入組を集めてですね」

 

「はっ!」

 

「――――して、――――――してください」

 

「はっ……はい?」

 

「いいですね?」

 

 

 セイはとてもイイ笑顔で念をおす。

 

 

「は、はっ!」

 

 

 威勢のいい返事をして、荻原は今度こそ車両を降りて立ち去った。一人残されたセイは、天井を見上げて呟く。

 

 

「しかし、何も無いのが一番なんですが、そうもいかないんでしょうねぇ……」

 

 

 見上げた先には、黄色く丸い白熱電球。

 

 

「……そろそろ、ちょっと仕掛けてみますかね」

 

 

 セイは電気を消し、電車の扉を後ろ手に閉めた。

 

 

 

 


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