麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五十二話 真祖と人外

 

「さて、まずは会談に応じてもらったことに感謝します。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

 

 

 

 やぁ、どうもセイです。部下にだけ仕事をさせるのもアレですからね。私も少し動いて衆目を引くことにしました。

 

 目の前にいるのは、この麻帆良における最強の一人、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルです。

 

 六百年生きた真祖の吸血鬼で、六百万ドルの賞金首だったそうです。ちっさいですけど。

 

 

「一々フルネームで呼ぶな、仰々しい。エヴァでかまわん。貴様には私も興味がある。それで、なんのようだ?」

 

「では私もセイで結構。そうですね……お呼び出しして申し訳ないのですが、別段コレと言ったようはありませんね。強いて言うなら、少し話がしたかった、というところですか」

 

「うん?」

 

「まぁ、先に目的だけ言ってしまえば、相互不干渉ですかね」

 

「……つまらんな」

 

 

 そう言って、エヴァはすこし眉を歪ませました。見るからに不機嫌です。いや、そりゃつまらないかもしれませんが、事実この会談自体囮の一つですからね。

 

 

「つまらん、せっかく来てみればそんなことか。実力も何もわからん相手にどうこう言われるつもりはないぞ」

 

「笑う死書という名を知っているのなら、私のことも少しは調べたのではないですか」

 

「……チッ、私は自分の目で見た物でなければ信用しない主義だ」

 

「あーー……そうですか」

 

 

 あ~、本格的にへそを曲げられたかもしれません。そっぽ向かれてしまいましたよ。ここは少し場を和ませますか。

 

 

「煌」

 

「はい」

 

 

 私の一声で、控えていた煌が動き出す。前もって準備されていたポットなどを使い、手際よく紅茶を入れる。その流れるような手際に、エヴァもほう、と感心している。

 

 

「たいした物じゃないか、茶々丸と良い勝負だ。貴様の執事か何かか?」

 

 

 カップを取って一口含む。うん、美味しい。でも茶葉はわかりません。私は日本茶の方が好きです。紅茶も嫌いじゃないですけどね。

 

 

「いいえ、私の息子ですよ」

 

「むすっ!? ゲフゲフ……息子だと!?」

 

「うわっと、大丈夫ですか!?」

 

 

 私と同じく煌の紅茶を飲んでいたエヴァがむせました。白いテーブルクロスに紅茶が広がりますが、それもすぐに煌が処理しました。

 

 

「ええい、大丈夫だ。……貴様、指名手配されているのによくもまあ色恋にうつつを抜かしている暇があったな」

 

 

 色恋、ねぇ。

 

 

「それがまぁ、私の行動する理由みたいなもんですからねえ」

 

「は?」

 

 

 ここでエヴァが表情を大きく崩しました。

 カップを持ったまま、ぽかんとしてます。でも事実ですからね。

 

 

「まて、色恋が理由だと?」

 

「そうですよ。極端に言ってしまえば、大戦に参加したことすら色恋に起因する、と言って良いでしょう。無論それだけじゃありませんが、まぁ大きな柱の一つではありますか」

 

 

 大戦で戦ったのも、関西の幹部となり、関東呪術協会を起こし、世界の遺跡を巡ったのも、全ては麻帆良を、春香を取り戻すためだ。

 

 その思いは、たとえ異世界に飛ばされて千年経っても捨てなかった。

 

 ふと、世界樹を見上げる。春香は、今何を思っているのでしょうか。

 

 

「ぷっ、くくく……ふ、ふふ。なるほど! 思っていたより、随分とたいした男じゃないか」

 

「……なにがおかしいのです?」

 

 

 エヴァが、なぜか腹を抱えて爆笑してます。多少こらえようとはしているようにも見受けられますが……何故に?

 

 

「これが笑わずにいられるか! 好いた女のために世界を敵にまわしたと言うのだろう、お前は!」

 

 

 グっと紅茶を飲み干し、カップを机に叩きつけるように戻す。

 

 

「良いだろう。相互不干渉くらいでいいならいくらでも結んでやろう」

 

「それはそれは」

 

「ただし!」

 

 

 椅子から立ち上がり、私に向かってびしっと指をさす。

 

 あれ、なんか嫌な予感。凄く悪い顔してるし。

 

 

「先にも言ったが、私は自分の目で見た物でないと信用しない主義だ。貴様の実力、確かめさせてもらうぞ」

 

「……ここで?」

 

 

 ここは世界樹前広場。今が夜で尚かつ結界のおかげで人がいないとはいえ、麻帆良の中心地。建物への被害が大きくなると、隠蔽ができなくなってしまいます。

 

 

「まさか。流石にタカミチや魔法先生共が見ている場所でどうこうするつもりはない」

 

今の所、結界を張っているので会話までは聞き取れないようにしてあります。何もばれないように完全にシャットアウトしても良いのですが、それだと囮にはなりませんから。

 

「場所はこちらで用意する。ついてこい」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ほう、これは……」

 

「どうだ。なかなかの物だろう?」

 

 

 目の前に広がるのは、中央にオベリスクが立つ円形の広場。はるか下には南国の島のような砂浜もあります。

 

 エヴァ所有のダイオラマ魔法球、エヴァンジェリン・リゾート。

 

 これは凄い。なかなかの規模です。

 

 ……開発班が知ったら福利厚生とかいって似たものを造りかねませんね。うっかり話さないようにしましょう。

 

 

「ま、もっとも貴様ならこれに比肩する物を持っているかもしれんがな」

 

「いえ、私はこういうリゾート風な物は持っていませんよ。一応生活用と鍛錬用に二つもってますが」

 

「ほう?」

 

 

 エヴァの目が光りました。

 あー、またいらん興味を引いてしまったかもしれません。こういう時は興味をそらすのが一番です。うん、早速始めるとしましょうか。

 

 

「さて、それでは始めるとしますか」

 

「ふん、せっかちなことだ。……せっかくだ、改めて名乗ろう! 我が名はエヴァンジェリン・A・K・マグダウェル! 六百年の時を生きる誇り高き悪にして不死の魔法使いだ!!」

 

 

 おお、小さいですけどかっこいいです。こう、威厳という物が感じられるんですよね。

 

 溢れ出る魔力や威圧感も凄まじいですし、古強者というか……大戦で戦った魔法使いの大半とは比べものになりません。

 

 まあ、大半は兵士なわけですし、比べるべくもないのですが……それでも魔力というだけなら赤毛の馬鹿もといナギ・スプリングフィールドなどエヴァに匹敵する相手がいなかったわけではないです。それでもあれには威厳とか覚悟とかそう言う物は皆無でしたから。

 

 見かけが同じ子供でもナギとエヴァでは格が違います。比べるのもエヴァに失礼ですね。

 

 さて、しかし名乗られたからには私も名乗り返さねばならないのですが……どう名乗った物ですかねぇ。

 

 笑う死書。まぁ無難なところですか。一番有名といえば有名ですし。でもちょっとマンネリぎみか?

 召喚大師。ちょっと気に入ってはいますが少しマイナー。ゼフィーリア近隣では有名ですが、他の所ではちょっと……

 また出たよあのゴーレム軍団!これが一番連合の将兵の間では有名なんですが、使いたくないですね。

 

 完全なる世界客員大幹部。これは……元ですし客員でしたからねぇ。

 

 となると……さて、どうしますか。

 

 

「どうした? 名乗りあげ位なら待ってやる。早くしろ」

 

 

 ん~、そう言われても、関西や関東の役職を名乗るのは自慢みたいでいやですし、他に何か……あ、アレで行きましょうか。

 

 

「では……」

 

「む」

 

「――改めまして。“人外”、クロト・セイと申します」

 

「……人外? ふん、随分と皮肉が効いているな?」

 

「ええ、まあ。……ですが、そんなことはどうでも良いことでしょう?」

 

 

 にぃ、と笑い、麻帆良に来てからは日常的に自ら封印、隠蔽していた霊力を解放する。

 

 たったそれだけのことで、世界が変わる。霊力があふれ出し、それが周囲の空間に作用して霊力の流れをつくり、虚ろに存在する精霊へと干渉し周りの世界を静かに侵蝕していく。エヴァの魔力との境目で、霊力と魔力がせめぎ合う。

 

 ここから先はある種の異界となるだろう。相手は真祖。自分は人外。のぞき見られる心配のないこの場なら、手加減も遠慮も必要はないし、油断して良いという物では無いだろう。

 

 なにせ、初めて相手をする真祖の吸血鬼。きっとその強さは自分の予想の上を行くはず。

 

 エヴァもこちらを見て笑っています。いいですね、私も久しぶりに全開で行きましょうか。この間関西で少年と戦った時は軽い運動にしかなりませんでしたからね。

 

 

「くくく……いくぞ! 人外!!」

 

「来なさい、吸血鬼!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ケケケ、コリャスゲーナ」

 

 

 椅子に座った人形、チャチャゼロは空を見て呟く。

 

 少し前に自分の妹が調べた賞金首が自分の主と戦っている様子を地表から眺めていたのだが、凄まじいの一言に尽きた。

 

 空の上で、自分の主と件の客人が戦っている。

 

 主が気に入るほどの存在。生半可な相手ではないとは思っていたが、やはり凄まじい。

 

 自分も戦ってみたい。己の手で切り裂いてみたいと思うが、あの様子では自分が行ったところで瞬殺だろう。

 

――キュガッ!!

 

 

「ウオッ!?」

 

 

 また空に光りの柱が走った。どういう魔法か知らないが、上位古代後魔法を真正面から吹き飛ばしている。

 

 光の線を引きながら空を舞う金と翡翠の二つの流星。不規則な動きの金の流星の後には大きな氷の華が咲き、直線機動の翡翠の流星から放たれた光の柱がそれをぶち抜き、細かな氷片となって光を反射し、七色に輝きながら蒼い海へと落ちていく。

 

 見ているだけなら美しくもあるのだが、ある程度魔法について見識のある者ならぞっとする光景だろう。

 

 本来であるならば、並の魔法使いが詠唱をしてやっと発動可能な大魔法を、それぞれ“雲を引く”ような速さで飛行しながら“無詠唱”で発動しあっているのだ。

 

 それも、連続で。

 

 しかもおそらく、これでもまだどちらも本気ではない。

 

 ……人形の自分が言えることではないのだろうが、人外魔闘だ。

 

 

「ケッ。ドッチモタノシンデヤガルナ、コリャ」

 

 

 暇だ。空の上はあんなに楽しそうなのに、自分はすることがない。これが地上での戦闘……もう一つの魔法球、レーベンスシュルト城かそこから繋がる格エリアならまだ自分の出番もあった。しかしああも空中戦闘ばかりでは自分では手の出しようがない。

 

 妹は妹で、客人の連れてきた執事と何を思ったか競い合うように黙々と機械のように精密な動きでスイーツを作り続けている。

 

 ケーキ、チョコ、焼き菓子と続き、今二人は凝った造りの大きな飴細工を作っているらしい。執事が片翼の意匠で、妹は月の意匠。どちらも大きさはニメートル近い。

 

 どちらの髪も緑系統の色なので、兄弟にも見えなくない。本当の兄弟とも言える自分がそう思うのだから不思議だ。

 

 チャチャゼロは、再び空に視線を戻す。

 

 今度は一度に二本、大きな光りの柱が交差するように空に走る。

 

 数瞬遅れて今度は三本、徐々に本数が増えていく。

 

 

「……別ニドッチガ勝ッテモ良インダガ、ハヤクオワラネーモンカナ。錆ビツイチマウ」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「どうしました! それでも真祖の吸血鬼ですか!」

 

「やかましいわ! 貴様こそ人外を自称した割にたいしたことがないのではないか! さっきから直線機動ばかりっ、翼は飾りか!?」

 

 

 また一つ自分に向かって走る光りの柱を回避する。

 

 自らの二つ名、不死の魔法使いは魔法使いでは泣く子も黙る程の悪名だ。

 

 そんな自分が、現状で拮抗している。実に驚くべき事だ。

 

 こちらは闇と氷。向こうはおそらく純粋に魔力を攻撃に返還しているか、あるいは攻撃速度から光か雷。次点で炎だろう。

 

 

「クク……」

 

 

 少しずつではあるが、次第に押されつつあるのは自分。新しい手札を切れば話は違うが、今はまだこのまま行きたい。今のままで楽しみたい。

しかし相手はそうではないらしく、正体不明の光の柱も一度に放つ数が増えてきている。

 

 

「ククククク……」

 

 

 オマケに相手はまだまだ本気を出していそうにない。涼しい顔して杖どころか魔法具一つ使うでなく空を飛び、これだけの大魔法を行使し続けられるのだから、本気なわけがない。一度に出せる光線が増えつつあるのもその証拠。

 

 珍しいことに、始まってからこの方ずっと空戦。その上これだけの高速飛行を可能とするのだ。きっと近接戦闘にも相応の腕を持っているだろう。

 

 あるいは、ここしばらく学舎に縛り付けられた自分よりも強いというのもあるかも知れない。

 

 

「クハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 相手が自分より強い? すばらしいことではないか。誰が予想しえた? 自分か? あるいは自らの従者か?

 

 答えは否だ。誰が予想しうるものか。真祖の吸血鬼たる自分が“拮抗している”など!

 

 強いてあげるなら今もなお高速飛行を続ける目の前のあの男くらいだろうか。

 

 目の前の相手は強者だ。魔法世界の龍種のような、自然界における絶対的なソレだ。

 

 相性が悪いのもあるが、相手は自分と同等かそれ以上。認めたくはないが格上の存在だ。それも、ナギのように逃げる出なく真正面から相手をしてくれるだけの自覚を持った強者だ。

 

 吸血鬼となって六百年、長き生の中で久しく無かった、戦いに生きる者としての“壁”が目の前にあるのだ。

 

 

 

「凄まじいな、セイ! だが私は貴様を越えて見せよう! 我が刻んだ生にかけてな!!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ふふ、ふふふ。

 

 ははははははははは!!

 

 いや楽しい! 久しぶりに空を飛ぶのが、純粋にただ戦うということがこんなに楽しい物だとは!

 

 流石不死の魔法使い、高速飛行と白夜の落星天球儀を単発や二連射とはいえ使っているのに全くあたりません。かすりもしませんよ!

 

 ここしばらくずっとストレスがたまってましたから、霊力を解放するのがとても気持ちいいです。身体の中を余す所なく霊力と気が巡り、自分が思い描いた通りに空を思う存分飛べる。

 

 ああ、なんと楽しい。エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル、彼女は違う。大戦の英雄、紅き翼の連中などとは違う。

 

 彼女の一挙手一投足からは“意志”が感じられる。自分の信念を持ち、自身の信ずる柱に従い生き抜く者だけが持つ力強い魂の輝き。

 

 幾度も戦場を駆けたのだろう。血風をくぐり抜けてきたのだろう。

 

 他人の死など、飽きるほど見てきたのだろう。己が与えた死も含めて。

 

 私はまだ彼女と会って間もないので、彼女の詳しい人となりは知りません。

 

 ですが、きっと彼女は我が儘な、それこそ周りから見れば悪と見なされるようなことでも平然とやってのけるのでしょう。

 

 だが、もしもそれが己の信念から外れない物であるならば、それでいい。

 

 それでこそ“人間”だ。

 

 所詮人は求める獣。正義などとうわべを飾らず、悪を自覚し、悪たる誇りを持っていずれ自らが消え去るその日まで、己の咎から目を背けることなく、自分に正直であり続ける。

 

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 

 

 その生き様の、なんと貴く美しきことか!

 

 

「契約に従い我に従え氷の女王! 来れ永遠の闇、とこしえのひょうが!」

 

 

 エヴァが今までの高速飛行から少し速度を落とし、手を天に掲げ詠唱を始めました。エヴァほどの魔法使いが始動キーまで使うのだから、かなり大きなものが来るはず。

 

 コレで決める気ですか!

 

 

「全ての命ある者に等しき死を! 其は安らぎ也! おわるせかい!」

 

 

「……む」

 

 

 おかしい。

 

 

 ここは高空。氷系の中でも破格の威力の“おわるせかい”でも、この高度と速度で使えば発動まで数瞬要し、その間があれば私が回避可能なのはエヴァも気づいているはず。

 

 ならば、なぜ――?

 

 

「術式固定(スタグネット)!!」

 

 

「なっ……!?」

 

 

 莫大な魔力と氷精の冷気がエヴァの掲げられた手に集中し、その余波だけで周囲の気温が下がっていく。

 

 

「掌……握!!」

 

 

 エヴァはそれを握り潰すようにして、己が身の内に取り込む。

 

 

「なんとまあ。それを私などに使いますか!」

 

 

 そこにいたのは、先ほどまでのエヴァでは無い。全てを凍てつかせる純白の冷気をその身に纏い、まるで童話に出てくる雪の女王のような姿。

 

 白一色の姿は気品を感じさせるようにも思えるが、その本質は違う。あの白は者皆全てを凍らせる、慈悲無き極寒の白。

 

 その前には正義も悪もなく、ただ死が待つばかり。

 

 人魔融合。こんなことを可能とする術式は私が知る限りただ一つ。

 

 

「噂に名高き大禁呪“闇の魔法”(マギア・エレベア)。そうでしたね、それはあなたが編み出したとされる魔法でした」

 

「貴様は魔法世界で色々と動き回っていたそうだが……“コレ”はせいぜい魔族や長命種におとぎ話か伝聞として残っていた程度だろう? 誇っていいぞ。私も使うのは久しぶりだ。だがこの私にここまでさせたからには……倒させてもらうぞ」

 

 

 エヴァの手に純白の冷気が集まり、絶対零度の刃を創り出す。

 

 あれは、“断罪ノ剣”ですか。あれも相当な術式らしいんですがね。

 

 

「たしかに究極技法に匹敵する禁呪に断罪ノ剣。それに加えて闇の魔法。相乗効果は計り知れないでしょうね」

 

「ほう、それだけか?」

 

「ええ、それだけです。ここまで来れば貴女も私も、やることは一つでしょう?」

 

「無論」

 

 

 発動するのは、もちろん白夜の落星天球儀。ただし、今度は先ほどまでのような縮小版ではない。ダイオラマ魔法球という限られた空間の中で発動可能な限界まで術式を展開する。

 

 ……そういえば、いつのまにか背中のは完全に翼っぽくなってたんですよね。羽も翼膜もないんですが、より大きく、幅広く。一つ一つの見た目は手に見えなくも無いですかね?

 

 

「ハハハハ! なるほど。その姿、確かに人から外れているな! 人外を自称するわけだ」

 

「そうですとも。貴女と同じ、人外ですよ。吸血鬼」

 

 

 すぅ、と息を吸い呼吸を整える。滅多にしなくなった詠唱。かんだりしたら格好が付かない。

 

 

「――四天は巡り、

五行は環をなし、

われは六方を定めて界と成す。

環を成すは何ぞ。

天に七星、地に六星。

其は降りそそぐもの。至高の月より至る億千万の光条!」

 

「貴様、これは……!」

 

「白夜の落星天球儀。攻撃特化の私の切り札です。……まあ、魔法使いが使う多重障壁の魔方陣を全て攻撃に転用したような物だと思ってください。消費する霊力や諸々の都合で他の者は使えませんが……私が使うとどうなると思います?」

 

 

 一つ一つが二十メートル近い巨大な陣。膨大な数のそれらが他の陣と重なり、繋がるごとにまた一つ新たな魔術的な意味合いを成立させていき、最終的には私を中心として巨大なパラボラアンテナのような形に陣が完成される。

 

 一つ一つが儀式級の大魔法に匹敵する威力を持った術式陣。それらを星図に見立てて自在に展開、解体、再展開させ組み合わせることにより意味を持たせ、より大きな、決戦級の術式陣を超高速で複数展開し発動させる。これが超高域から近距離まで全領域対応の攻撃特化の結界術、白夜の落星天球儀です。

 

 ダイオラマ魔法球の三分の一ほどを埋め尽くさんまでに展開された陣を見て、流石のエヴァも顔を引きつらせているかと思ったら、笑ってるじゃないですか……!

 

 

「……流石だよ。化け物め」

 

 

 化け物? この程度で?

 

 

「……お互い様です」

 

「ククク……」

 

「フフ……」

 

 

 

「「ハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 

 ――そして、笑いは唐突に止む。まるで示し合わせたかのように。

 

 

 

 ――さぁ、決着をつけましょう。

 

 

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」

 

 

 

 ――光が、奔る。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ヤッベェ!!」

 

 

 滅多に、それこそここ百年は一度も無かった主の本気。それに加えて禍々しく変身した客人の異常な魔方陣。

 

 二つがまともにぶつかり、その余波で目を開けていられない程の光が四方八方に散っているのだ。今までは退屈だからとのんびり傍観していたが、このままでは自分もまずい。消し飛ぶ。

 

 

「オイ! イッタン支塔ノホウニ逃ゲルゾ!」

 

 

 しかし、執事と妹は動かない。動こうとしない。

 

 

「オイ、ドウシタ!」

 

「「あ」」

 

「ア!?」

 

 

 執事とメイド、二人そろって言葉を紡ぐ。

 

 

「「飴細工が、粉々に……」」

 

 

 この状況で何を馬鹿な! 一発殴りたいが時間がない。

 

 

「チッ、モウシラネェゼ! 自己責任デナントカシヤガレ!」

 

 

 ボケた妹を見捨てて、自分一人ゲートがあるので構造上壊れることのない支塔の方へ避難しようとしたときだった。

 

 ピシリ。ビキッ!バキバキバキ……

 

 

「オ、オオ……?」

 

 

 ゆっくりと足場が、主塔が傾き、海の方へと向かっていく。

 

 

「ウオァ、主塔ガ折レル? テカ砕ケル!? マジカアァァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 

 

 


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