地下で近右衛門(のゴーレム)が魔法のステッキ(という名のシュトゥルムファウスト)で粉砕され、とあるダイオラマ魔法球の内部が真祖と人外の死闘でほぼ崩壊した、次の日。
「一生のお願いだ、マナ。助けてくれ」
夜の女子寮、その一室。一人の少女が、同室の少女に土下座していた。
「一体全体どうしたんだ刹那。そんな恰好をして」
「……これを見てくれ」
なぜか普段とは違う白を基調とし腋と背中を出した装束に身を包んでいた刹那が、神妙な顔をしてルームメイト、マナに懐から一通の手紙を取り出した。
マナは黙ってそれを受け取り、読み進める。やがて読み終わったそれを無言のまま丁寧に元のように折りたたみ刹那に返した。
「なるほどな……事情はわかった」
「……助けてくれるか、マナ」
「刹那……」
マナは、フッと笑みを浮かべる。
そして、背を向けた。
「刹那、命あっての物種という言葉を知っているか? 生憎と私も傭兵でな、金の為なら命も張るが絶対に死ぬとわかっていることに首を突っ込むわけにはいかないんだ。自分で何とかしてくれ。じゃあな」
がしっ。
「……なんの真似だ?」
ベッドに戻ろうとしていたマナを、刹那が後ろから腰に手をまわししっかりとホールドしていた。
その目は、決して獲物を逃がさない狩人の物だ。
「それはないだろう、マナ。傭兵だろう?」
「何度同じ事を言わせる気だ? 命あっての物種だ。依頼と言われても断じて断る。そもそも傭兵は勝てない戦はしないんだ」
「……お前は私に死ねと言うのかーー!」
「私だって死にたくはないんだーー!」
刹那がマナに見せた手紙の内容を簡単にまとめると、このような感じである。
――ちょっと私のとこまで来なさい。あれだけ言ったのに木乃香ちゃんが裏に関わってるじゃないですか。貴女だったら止められましたよね? というわけで『黄昏』でちょっと強めの修行します(強制)。Byセイ。
……これである。この内容では、流石のマナも断らざるをえない。というか断るにきまっている。前回はひどい目にあわされたのだから。
足下から這い寄る蟲。木々をなぎ倒し追ってくる蟲。枝葉の上から振ってくる蟲。
幸い肌に当たることなく終わったが、記憶に残ったのは蟲、蟲、蟲……トラウマ物である。
「……ふっ、だがもう遅い、残念だったな」
「なっ……これは!?」
二人の足元に突如現れたのは転移の陣。よく見れば、自分をホールドする刹那の手には、見なれた一枚の符が。
「魔法球内部に転移できる、特別製の転移符だ。悪いが、地獄まで付き合ってもらうぞ、マナ!」
「……っ!」
陣が、強く光を放つ。
「くっ……謀ったな、刹那ァ!」
「死なばもろとも、だ!」
――気がつけば、空飛ぶ島に、下界に広がる深い森。永久に夕暮れを写し続ける魔法球、黄昏。その上層に二人は、いた。そして、その背後には――
「……随分と活きがイイじゃあないか」
「っ! あなたは!?」
「馬鹿な、闇の福音だと!?」
「そうとも。この私がじきじきに貴様らを鍛えてやろう。……光栄に思うがいい」
金の髪をなびかせた、吸血鬼の真祖(大人版)がそこにいた。
◆
時間は、エヴァンジェリン・リゾート最期の日までさかのぼる。昨日のことだが。
「うん、修行?」
「ええ、そうです」
レーベンスシュルト城。エヴァンジェリン・リゾートとはまた別のエヴァ所有の魔法球内部に存在する巨大な城で、元は十九世紀ごろまで暗黒大陸の奥地に実際に建っていたエヴァの居城である。
「めんどくさい。なぜ私がそのようなことをせねばならん」
「私が勝ったからですね」
「ぬぐ……私とてまだ出来ることはあったのだぞ」
セイとエヴァ、二人の死闘の決着は、意外とあっさりしたものだった。一言で言うなら、セイのごり押しである。
真正面から突貫したエヴァに、正面と斜め上下左右全方位からの一斉砲撃を浴びせかけての飽和攻撃。
拡散させれば地方都市一つをたやすく瓦礫にできるだけの火力を集中されてしまっては、流石のエヴァもどうにもできなかった。
というより“闇の魔法”を使っていなかったらチリも残さず消滅である。生きていただけでなく多少焦げ目が付いただけで済む辺り流石真祖ということか。
とにかく勝負が終わり、原形をとどめていないエヴァンジェリン・リゾートからこちらの魔法球に移り紅茶を飲んでいたところで、セイから提案があったのだ。
曰く、修行させている弟子(?)がいるので、手伝って欲しいと。
「だが、弟子をとったのは貴様だろう。なら最後まで貴様が面倒を見るのがすじという物だ」
「そのあたりは考えてますよ。あくまで手伝いですから。煌、アレを」
「あ、はい」
昨日と違い、今日は茶々丸とともに脚立まで使った巨大な飴細工を作っていた煌が、頭の三角巾を取って脚立から下り、執事の正装である燕尾服の袖口からポスターのように丸められた紙を取り出す。
「これは……」
「超速成幹部候補養成特訓メニューです。あなたには6日目をお願いしたい」
「……ほう、なかなか面白そうな面子だな」
そこに書かれたメンバーの名前に目を落とし、エヴァは興味深げに目を細めた。
「ふん、良いだろう。だが、報酬はもらうぞ」
「ええ、貴女に施された登校地獄、私が責任を持って解除させていただきましょう」
それを聞いたエヴァは、紅茶に口を付けた状態で硬直し、ゆっくりとカップをソーサーに戻してから、
「……なんだとぉっ!?」
セイに、つかみかかった。
◆
「と、いう訳だ。わかったか、貴様ら?」
「待て、待て待て待て待て、待ってくれ。今の貴女は、全盛期の……?」
「その通り。正真正銘、外でもフルパワーが可能な“闇の福音”だ。無論学校の外にも出られる。まァ学園内では結界のせいである程度抑えられてしまうが……とにかく、外には出られる。幻術が使えるようになったからいつまでもロリなどと呼ばれることもない。今年の修学旅行が楽しみだ」
「……しかし、登校地獄はサウザンドマスターが施した物で、学園長でもとけなかったのでは?」
「ああ、そのことですか」
エヴァがいきいきと二人に説明している様子を、それまでは静観していたセイが話に入る。彼の席の周りには煌だけでなく茶々丸もおり、向かいの席にはなぜかチャチャゼロが座っていたりする。
「別に難しい事じゃありません。魔法は数学と同じで、方程式があって答えがあるんです。登校地獄、実際の効果、かけられたときの状況。これだけそろえば元の登校地獄と比較し、歪んだ結果をもたらす原因である方程式の歪みを打ち消す形で霊力を流せば……まぁそうなります」
「……無茶苦茶だな、あなたは。流石関東の長か」
「いえいえ、それほどでも。……さて、それではそろそろお待ちかね、特訓メニューの発表いきましょうか」
この言葉にマナは顔を引きつらせる。
「私もなのか!?」
「嫌ですか? ……んー、私が直接呼んだ訳では無いですし、じゃあ今回は免除で。さ、刹那ちゃん、発表しますよ。『一週間であなたも幹部候補! 超速成幹部候補養成特訓メニュー2003』!!」
セイの言葉にあからさまにホッとした顔をするマナ。逆に刹那の顔色は悪い。
そして発表された内容は、以下のような物である。
――1日目、激闘! 誰が来るかな? 幹部達と愉快に鬼ごっこ二十四時!
――2日目、煌に学ぼう! 明日からあなたもあくまで執事!
――3日目、ファイエル! ジャージ忍者包囲網!
――4日目、実験! 朴木と開発班の愉快な新兵器!
――5日目、避けろ! さよさんのオールレンジアタック!
――6日目、生き残れ! VS真祖の吸血鬼!
――7日目、ラスボスじゃない、隠しボスだよ! 決戦・東の長のセイ!
「無理です! 死にます! 初日から!」
紙に書かれた余りに余りな内容に刹那は顔を真っ青にして取り乱す。
「まったく、最近の子供はすぐに無理無理と……家の子はみんな四つ目くらいまではクリアしますし、大丈夫ですよ。ねぇ?」
「無論だ、死にはしない。……死には、な」
「ひ……い、いやっーー!」
球内時間でこれから一週間、外の時間で七時間で終わる、関東呪術協会でもっとも過酷な訓練と言われる特訓メニューが幕を開けた。
◆
奥の建物から出てきた幹部に連れられ、地表の深い森に下りていった刹那を見送った後、エヴァが思い出したようにセイに訊ねる。
「……ところで、坊やや地下の連中はどうするんだ?」
「さて、デスメガネが回収するんじゃないですか? うちの部下も行ってますし、危険はないはずですけど……もういっそ、彼にはしばらくこちらにいてもらおうかな」
◆
「へっくし!」
――神里空里、部隊撤収後も、麻帆良残留(居残り)決定。