天乃五環の下層付近。そこには多くの投光器に照らされる中で鎮座する巨体があった。
薄雲級という名を与えられた、硬式双胴飛行船である。
フロート部は正面から見るとやや潰れた楕円形で横風に強い設計になっており、右胴船首下部に備え付けられているのが操船を担当する艦橋。左胴船首下部が戦闘情報を集約するいわゆるCICで、こちらは隙間無く装甲で覆われている。
双胴の間にはフレームが渡されており、船体後方下部にはコンテナ部と、その間、フレームにつり下げられる形でLRC春雷が吊される形で据えられており、特にその基部で多くの人員が動く船体の上で整備活動に勤しんでいた。
その薄雲級の二つの艦首のちょうど間付近で、図ったように二組に別れて言い争う一団がいた。
頭に黄色の安全メット。全員が同じ型、ただし色が微妙に異なるツナギを来た一団である。
その内の一人。首元から顔一面を覆えるタイプの防塵マスクを吊した女が叫んだ。
「ええい、この分からず屋めっ! なぜわからんのだ!」
薄雲級の、艦首を指さして。
「左右非対称(アシンメトリー)故のこの美しさが!」
「そうだ! 防弾ガラスと特殊フィルムの複層構造で強度、景観、安全性と要求されうる全ての条件で求められる以上の物を達成した全面硝子張りの右! 対照的に無骨かつそれ故に機能美を求め単色で味気ない装甲板で覆われ、しかし端々でちらりと赤く輝く安全灯が見る者に強くその存在感を印象づける左! 何が嫌だというんだ!?」
「何が、だと?」
もう一方の、その中でも安全メットに三つもヘッドライトを付けた男が言う。
「俺たちは左右非対称が嫌だって言ってるんじゃない。左右非対称でありながら重量をほぼ均等に納めたこの設計が実に浪漫溢れる素晴らしい物だということもわかっている」
「なら!」
「だからこそ!! 敢えて俺たちは言うのだ! 完全な左右対称(シンメトリー)バージョンがあってもいいじゃぁないかとっ!!」
ヘッドライトの男は更に、相手の防塵マスクの女に掴みかかりそうな勢いで続ける。
「全面硝子張りの艦橋? 良いじゃないか、昔懐かしいゲームの飛行船その物だ。一部の隙も無く装甲板が張られた艦橋? それも良い、飛行船という一昔も二昔も前の古い時代を象徴するような物でありながら近代兵器のような格好良さがある。
だったら……だったらどちらかで左右を統一しても何の問題も無いはずだ!! 両方硝子張りでも夕日に輝く硝子の美しさは損なわれん! 両面装甲貼りでも大海を行くイージス艦のような格好良さがあるっ! なぜいけない!?」
「薄雲級はそうあるべくして造られたからだ! 古さと新しさ、その両方を壊すことなく絶妙なバランスで両立したこれこそあるべき完成型だ! それをわざわざ左右対称に戻そうと、しかも、それをネームシップの薄雲でやろうとはどういうつもりだっ!!」
「言い換えてしまえばそれは中途半端だ!! だったらネームシップ、つまり一番艦を改造、否改良しより良くしようとするのは当然のこと!」
「そうだ、それにそれだけじゃないぞ。俺たちには既に次の改修案が完成している。これを見ろ!」
ヘッドライトの男の後ろにいた男の一人が、バッと図面を拡げ掲げ見せる。
それが何を意味するのか気づいたのか、防塵マスクの女と、その後ろに立つ者達が表情を凍らせる。
「それは……廃案になったはずの!?」
「まさか!?」
「そんな、それは禁じ手だろう!?」
「くく……流石主義主張こそ違えど我らが同胞、一目でわかるか。そう! 硬式双胴飛行船改修案、薄雲級硬式三胴飛行船化改修計画ver.2・5だ!!」
「正気か貴様っ! 双胴だからこその薄雲を三胴にするなど……はっ! そう言うことなのか!?」
「そうとも……これが私達の左右対称の行き着く先! 左右の艦橋は装甲仕様に。新造する中央艦は艦上方に来るよう配置し、艦橋は当然全面硝子張り。重量の関係で中央艦は艦橋としての機能と最低限の飛行能力のみとなるが……格好良かろう!!」
「くっ……! 確かにそれはかっこいいことは認める。だが、薄雲となれば話は別だ! お前達は近いうちにきっと後悔するぞ。私達はそれを認めるわけにはいかんのだ!」
「何を……!」
「何だ……!?」
ヒートアップしていく一団。しかし、彼ら彼女らは舌鋒を交わすことに熱中しすぎ、一つ大切なことを忘れていた。
薄雲級が置かれているこの場所は格納庫であり、彼らが普段頭を付き合わせている会議室では無いことを。
当然格納庫には安全の為の監視カメラが設置されているわけであり、その映像は統合部、ひいては――
「どいっつもこいっつも仕事をほっぽり出しやがって……!!」
統合部部長、多岐その人に伝わるのである。
彼らがどうなったのかはわからない。
だが、少なくとも薄雲他全ての飛行船は元の左右非対称のままである。
悪ふざけといえばそれまでですけども。