麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第七十三話 庵

 

 

「はー……」

 

 

 

 数年ぶりの実家。山の上に建つ、大きな大きな家屋敷。

 

 白にも似た淡い桃色の花を満開に咲かせた桜を横目に、着いてすぐ着物に着替えるために刹那と別れた近衛木乃香はのんびりと廊下を歩いていた。

 

 

 ――最初、家に帰るつもりやなかった。別に家に居づらいだとか、そういった理由があるわけやない。

 

 家にはお父様がおるし、小さかったウチを可愛がってくれた人らもぎょうさんいてる。

 

 けど、今回は修学旅行であんまり時間がとれんから、寄るんは無理やと思とっただけ。

 

 三日目の今日、せっちゃんがウチの手ぇ引いて急に走り出した。今までせっちゃんはウチのこと他人みたいに接してくるから嫌われてしもたんかとも思うてたけど、そうやなかったみたいでほっとした。

 

 けど、その時のせっちゃんは少し怖かった。見たこともないような目ぇしとったからや。

 

 なんかぎらぎらしとって、今にも爆発しそうな……ウチの知らんせっちゃんやった。

 

 それからせっちゃんに抱えられてシネマ村の壁を飛び越えて、そっからイベントに巻き込まれたんやけど……あれ、ほんまにイベントやったんやろか?

 

 よく覚えてへんけど、なんか蒼い光が……

 

 木乃香が、自分の記憶に疑問を抱いたとき、廊下の向こうから声がかかった。

 

 

「――木乃香お嬢様」

 

 

 あれ、この声は……

 

 

「……千草さん?」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「……千草さん?」

 

 

 廊下の反対側から歩いてくる近衛木乃香を待ち構えていたのは、千草だった。

 

 本山の中の反対派。その人員は千草のような最高幹部だけではなく、下級の巫女や術者などにも多くいる。

 

 千草はそんな彼ら彼女らから情報を集約し、木乃香が着替えのために刹那や学友達から離れた一瞬の隙をついて、木乃香に接触を図りにきたのだ。

 

 何せ、刹那はともかく他の面子が本山に入ってすぐどんちゃん騒ぎをするだけのお気楽さ。正直、もう少し警戒心を持てと敵ながら忠告したいくらいなのだ。

 

 とにかく、木乃香に会いに出向いたのは千草一人だ。もしこれが小太郎や月詠、一葉では、万が一刹那に出会ったとき即座に戦闘に陥ってしまう。

 

 だが、千草ならその心配がない。千草が関西の融和反対派であることは関西に所属する者なら周知の事実だが、千草は今日一度として“表だって”動いていないのだ。

 

 故に、刹那にはたとえどんなに怪しくとも千草が黒幕である確証はなく、絶えず他の最高幹部、もしくは幹部の誰かが黒幕である可能性がつきまとうのだ。

 

 しかも、千草自身が京都・本山担当の最高幹部であるから、幼い頃の木乃香はもとより、刹那のことも知っている。

 

 故に、接触することに何のおかしな点も存在しない。だからこそ、万が一この場に誰かが居合わせたとしても、千草を糾弾することなどできはしないのだ。

 

 

「お久しゅう、お嬢様」

 

「もう、千草さんにお嬢様ら言わんといてて言うてるのに……」

 

 

 くすくすと笑い会う二人。タイミングを見計らって、千草が“用件”を切り出す。

 

 

「お嬢様、ちょいと着いてきてもろてええやろか」

 

「え? どっか行くん? せやったらせっちゃんも呼んで……」

 

「できれば、お嬢様お一人でお願いしたいんやけど……」

 

 

 ついに千草自身が動き出した理由。それは――

 

 

 

「お嬢様のお母様……木乃芽様の庵を、見せておきたいんです」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ここが、そやの?」

 

「ええ、そうです。近衛木乃芽様の庵です」

 

 

 後ろに木乃香を引き連れた千草は、木乃芽の庵の中を歩いて行く。

 

 この庵はほかの建物からは離れた場所にあるので、木乃香がいなくなったと気づいたとしてもすぐここに来るということはない。

 

 

「さて、ここが木乃芽様が一番よう使っとった部屋です」

 

 

 千草は戸を開き、木乃香を中に招き入れる。

 

 落ち着いた色合いの家具に、中央に置かれた炬燵。

 

 生前、皆から慕われた木乃芽が私生活用にしていた一室は、今も昔と変わらぬ姿を保っている。

 

 木乃香は興味深そうに部屋の中を見て回ったり、本棚を探ったりしている。

 

 そして、その様子を千草も昔を懐かしむような気持ちで眺めていた。

 

 

 

 この私室に小さかった自分が来ると、いつも木乃芽はにこにこと笑って迎えてくれた。

 

 夏にはスイカを切ってくれて、縁側に座って食べた。

 

 冬には炬燵に肩まで入って、寝っ転がってみかんを食べた。

 

 食べてばかりだと苦笑しつつも、あの頃が関西にとって一番穏やかな頃だったと千草は思う。

 

 

 

 昔から、この部屋で多くのことが決められてきた。

 

 いつも木乃芽は夜は執務用の部屋ではなくこの部屋で書類を持ち込んで片付けていた。

 

 内密な話をするのにもよくこの部屋を用いていた。

 

 

 

 それは、木乃芽が亡くなる前も後も同じこと。

 

 ここで、木乃芽とセイとさよの話会いでどうするかが決定されていた。

 

 木乃芽が亡くなった後、セイが関東呪術協会の発足を決めたのもこの部屋だった。

 

 そして、自分達反対派が近衛詠春を追い落とし、組織を掌握すると決めたのも、この部屋。

 

 

 

 思えば、この部屋が本当の意味での本山の、ひいては関西の中心だったのかもしれない。

 

 本当に重要なことは、全てここで決められてきた。

 

 ここから全てが動いていた。

 

 全てが始まっていた。

 

 そして、これからも。

 

 今から、自分もそれをする。

 

 懐から、数枚の符を取り出した。

 

 そしてそれを使おうとしたとき、木乃香の何気ない所作が――生前の木乃芽と重なって見えて、一瞬符を使うこと躊躇した。

 

 

 

 そして、思う。

 

 

 

 ――木乃芽様は、自分を恨むだろうか?

 

 

 

 答えは出ない。記憶の中の木乃芽は、決して答えてはくれない。

 

 

 

 ……どちらにせよ、自分はもう選択した。だから、千草は符に力を込める。

 

 

 

「……お嬢様」

 

「ん? なんやろか、千草さ……」

 

 

 

「――お休みなさいませ。しばしの間、どうか良き夢を」

 

 

 

「え――?」

 

 

 

 本山の、庵に続く細くて暗い並木道。

 

 そこを、一陣の風が通り抜けていった。

 

 その後に、木々のざわめきだけを残して。

 

 

 

 




 旧版の頃に指摘して下さった方がいたが、千草の口調の京都弁がおかしいそうな。

 しかし京都の人間ではないのでご勘弁を。

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