麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第七十四話 「告げる」

 

 

 

「一葉、傷はもうええんか?」

 

「はい。ご心配おかけしました」

 

 

 木乃芽の庵の一室に、数人の男女が揃っていた。

 

 その一番前に座る千草は、数時間前まで寝込んでいた一葉に声をかける。

 

 今回の件では一葉は直接的な戦闘ではなく主な仕事は千草の補助になる予定だが、それでも戦闘がないとは言い切れない。

 

 たとえどんなに万全の準備を期したとしても、かならずどこかに穴がある。

 

 絶対などありえない。それは、今までの経験からも言える事。

 

 

「ほな、ええ。……さて、皆の衆。いよいよや」

 

 

 既に日は傾きつつあり、障子越しに外から差す日が部屋の中を黄色く染める。

 

 部屋の中には、車座で座る千草を含めた男女。

 

 千草の後ろには一葉と月詠。右隣には刀久里鉄典がいる。

 

 残りの人影の数は十。その内一つはセイで、残りは反対派、あるいは中立派から反対派に移った最高幹部達。

 

 千草と刀久里、セイ以外は皆いずれも遠方にいるため式紙を利用した姿写しであるが、ここには反対派の最高幹部、全十二名が揃っているのだ。

 

 彼らは皆表情はとても穏やかだ。しかし、その瞳の奥には強い光が宿っている。

 

 皆、動くと決めた者達。

 

 そこに至るまでには、彼らなりの理由と歴史があったのだ。

 

 そんな彼らの中央には、近衛木乃香が寝かされている。

 

 額と胸、それと両の肩に符が貼り付けられてはいるが、これらは木乃香に害をなすような物ではない。

 

 これら四枚の符の役目は木乃香の位置を隠すためのジャミングと、睡眠、それから霊力の吸収。

 

 

 

 そして、“意識の転送”の四つ。

 

 

 

 現在刹那や詠春の周りで活動して居るであろう木乃香は、この日のために用意した式紙。

 

 木乃香本体を眠らせ、一時的に式紙の方へと意識を移しているのだ。

 

 本体はこちらで確保しつつ、ぎりぎりまでそれに気づかせない、経験豊富な刀久里が提案した方法である。

 

 この策なら、あくまで身体が偽物なだけで意識は本物のため、刹那や詠春でもそう簡単には気づけない。

 

 ジャミングは万が一バレた時のための保険。あえて木乃香を本山から動かさずに、かえって混乱をさせ、初動を遅らせるねらいもある。

 

 

「――刀久里はん、武器は手にいれられたん?」

 

「おう。今さっき武器庫から何本か“盗って”きた。流石本山、ええもんが揃うとるわな。あ、あと後ろの嬢ちゃんにも儂が使わんのを渡しといたさかい」

 

 

 盗ってきたという数本の野太刀を後ろの壁に立てかけた老爺は笑う。千草が自分の後ろに視線を向ければ、月詠が黙礼していた。

 

 彼女の腰に吊されているのは、それぞれ桜と雲の蒔絵が施された二本の小太刀。

 

 刹那にへし折られた得物に替わる、彼女の新しい力。

 

 それが獣の牙となるか、人の振るう刀となるかは千草にもわからないが。

 

 

 千草は月詠に視線を送ってから、再び顔を前に向けた。

 

 

「……水無原はん、そっちはどないやの。手はず通りに動けるん?」

 

『ええ、ホテルも既にチェックアウトしましたし、いつでも動けるように手はずは整えています。後はそちらのタイミングを待つばかりですね』

 

 

 青年、水無原冬雅は仮の姿のまま薄い笑みを浮かべる。おそらくは、彼が一番死に近い所にあり、そしてそれを彼も充分過ぎる程に理解している。

 

 それでも、彼は笑うのだ。自分に何かあっても、千草たちならやり遂げると確信しているが故に。

 

 

「……他に、まだ用意ができとらんっちゅうもんもおらんな? この期に及んで、まっさか怖じ気づいた言うもんもおらへんな?」

 

 

 それは、最終確認だ。答えなど分かりきっている。それでもやるのは、一つの儀式のような物。

 

 今まで漫然と続けてきた日常に、自分の意志で別れを告げるのだという自覚を持つための、そんなちょっとした儀式。

 

 当然、反応する者は、いない。

 

 

 

「――よし」

 

 

 

 千草は、懐から扇子―――の形に変えて小さくしていた七支刀をとりだし、左の掌にパンと打ち付けた。

 

 

 

「機は熟した。今こそうちらの手で、二十年前の大戦から続く全ての歪を断ち切る時。ウチらの役目は、最高幹部として成すべき使命を果たすこと」

 

 

 千草は、木乃香に貼られた符の内、額の物に手を伸ばす。

 

 

「二十年前は魔法使いの勝手な都合に巻き込まれた。十五年前は木乃芽様の死を悼む暇もあらへんかった。―――けどな」

 

 

 そして、ついにその符に手が届き、

 

 

「今度は、ウチらから始める番や」

 

 

 符を、ためらいなくはがした。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「―――馬鹿な! 木乃香が消えた!?」

 

「はい! 本山の中のどこを探せども、いらっしゃいません!」

 

 

 関西の長、近衛詠春がその報告を受けたのは千草が木乃香から符を剥がしてすぐだった。

 

 巫女の話では、護衛についていた刹那の前から突如として、それこそ桜吹雪に紛れるようにして消えて行き、後には人型の符が一枚、残されただけだったという。

 

 タイミングが良かったのか悪かったのか、ちょうどそのとき周りには刹那しかおらず、木乃香の学友達には見られていなかったらしい。

 

 

「急いで動員をかけなさい! 本山常駐の千草さん……いえ、巫女頭に連絡を!」

 

 

 詠春は焦りを覚える。この京都で、本山の内部で事を起こせたということは、きっとこれは関西融和反対派の仕業。おそらくは、千草も関わっているはず。

 

 目的はおそらく今回のネギが持ってきた親書による融和の阻止。そのための人質にでもする気なのだろう。

 

 刹那が今も木乃香を見つけようと走り回っているそうだが、術で木乃香を探そうにも術による妨害で本山内に居ることしかわからないらしい。

 

 関西呪術協会総本山。その敷地は周囲の結界もふくめると山幾つ分にもなる。

 

 おまけに、今は夕暮れ、黄昏時だ。これから世界は夜を迎える。

 

 そうなれば、捜索は困難を極める。

 

 だが、詠春にも諦めるつもりなどさらさらないのだ。

 

 

「私は今から神鳴流道場へ行きます! 指示はそちらへ……!?」

 

 

 走り出そうとした詠春。その足を止める物が、夕焼けの朱に染まる空にそびえていた。

 

 

 

『―――――告げる』

 

 

 

 空から響くのは、よく聞き慣れた女性の声。

 

 空には、見たことのない七支刀を地面に突き立て、柄頭に両手を乗せた千草が立体投影されていた。

 

 その大きさ、およそ二百メートル。本山の結界がなければ世間を騒がす大ニュースだ。

 

 

「やはり貴女かっ! 天ヶ崎千草っ!!」

 

 

 詠春が、空に吠える。

 

 

『ウチ、天ヶ崎千草を筆頭に――』

 

 

 だがこの時、詠春はまだ知らない。

 

 

『関西呪術協会。最高幹部会の』

 

 

 この千草の巨大な立体投影は、本山にだけ映されたものではないということに。

 

 

『融和反対派“十二”席は』

 

 

 それは、近畿、中国、四国、九州……各地の一定以上の規模を持つ全ての関西呪術協会の支部で映し出されていた。

 

 

『長と、長を筆頭とする最高幹部会融和派を、組織の上に座する者として不適であると判断したが故に』

 

 

「……“十二席”だと!?」

 

 

 数瞬間をおいて、詠春が驚愕を露わにする。十二席。それは、長を含めて十九席しかない最高幹部会において、過半数を超える。

 

 

『最高幹部に与えられた権利にして、課せられた義務を果たすために』

 

 

 そして、千草は沈みゆく太陽を背負い、こう告げた。

 

 

 

『――――力でもって。歪を正すことを、今ここに宣言する』

 

 

 

 





 英霊が 召喚されると 思ったか。

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