麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第七話 西の総本山

 

 

 

「さて……ほんならこれから関西呪術協会、緊急最高幹部会……始めましょか」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 どうも、セイです。昨晩は千蔵老人の計らいで、本山の一室をかりてさよさんと二人同じ部屋で休みました。

 

 最初は男と女、「男女七つにして同衾せず」という言葉があるくらいです。武士じゃありませんが、そう言う関係でもありませんからね。できれば別室にしてほしいと頼んだんです。

 

 しかし、千蔵老人の付き人で私たちを部屋まで案内してくれた神鳴流の剣士の片割れいわく、監視しづらくなるのでまとまっていてほしいとのこと。

 こう言われると諦めるほかありません。怪しさ満点の私たちが屋根のあるところで泊めてもらえただけでも御の字です。

 

 ただ、布団がひと組しか用意されていなかったのには断固抗議しました。本山の規模から考えて布団が一組しかないなんてことはありえませんからね。

 これには剣士の方も眉をしかめて「あの方は……」とつぶやいたあとすぐに布団をもうひと組用意してくださいました。

 

 とにかく、一晩明けた今朝、私は千蔵老人に連れられて関西呪術協会の総本山、その広い屋敷の廊下を歩いています。さよさんには、部屋で待っていてもらいました。

 

 ふと、庭に目をやります。庭には桜が数多く植えられているようですが、残念ながら季節が違うのか、視界を埋めるのは緑の葉桜。花を見ることはできません。

 

 しかしいずれ春が来て花がさけば、さぞや美しいことでしょう。

 

 

「おう、ここや」

 

 

 千蔵老人が、立ち止ります。千蔵老人は昨日と同じような和服ですが、私は元の装束に着替えました。狐の面も首から吊るしています。

 さすがに西洋かぶれで西の長に会うわけにはいきません。……いや、乾いているとはいえ血染めの服というのも問題なんですが他に無いですし……黙っていれば鼻がきく人以外はわからないでしょうし。

 

 と、控えていた巫女さんふたりが音もなくふすまを開きました。

 

 千蔵老人はためらうことなく部屋に入っていき、私もそれに続きます。部屋の中は奥に向かって伸びており、何畳あるのかすぐにはわからないほどの広さを誇ります。

 

 室内には既に十八人の男女が座っていました。いずれもが常人ならざる霊力や気を宿しているようです。その中で空いているのは、二席。

 

 私が一番入口に近く、中央に据えられた席に。千蔵老人はそこそこ奥の席に腰をおろしました。こういうものはどこも様式美、新参者は下座に座るのが一般的です。席、他に空いてないですし。

 

 そんなことを考えていると、部屋の一番奥、上座に座っていた女性が口を開きました。

 

 

「さて……ほんならこれから関西呪術協会、緊急最高幹部会……はじめましょか」

 

「いや、待ってくださいよ長。何普通に始めようとしてるんです」

 

 

 そう言って長と呼ばれた女性を止めたのは、私の前にいる丸メガネをかけた男性です。服装から察するに、陰陽師でしょうか? 他にも何人か似た装束の人がいますし。

 

 

「はい? どないしたんです天ヶ崎はん。何かおかしなことでもありましたやろか?」

 

「いやいやいや、おかしいことだらけでしょう。急な最高幹部会を開く理由は不明、しかも部外者がいる。

もとから京都にいる私らはともかく、狭雲さんや橘さんは夜に連絡貰って九州からとんできたそうじゃないですか。いったいなんなんです?」

 

 

 数人が同意するように首を振ります。しかし覚悟はしていましたが、結構な視線がつきささっています。

 敵意は感じませんが、けっして好意的な物でもないのも確かです。

 

 

「ん~、そやねえ。でも、私もよくわからへんのよ。言いだしたん私とちゃうし」

 

「はああ!? あなたじゃないって、じゃあ誰です!?」

 

 

 長と呼ばれた女性は、あはは~、と笑う。

 

 

「千蔵のじいちゃん」

 

「千蔵さんが? なんのために?」

 

 

 部屋の中がいっきに騒がしくなりました。というか千蔵さん、長に話通してないってどういうことですか。

 

 

「なんじゃい千蔵、おどれついに引退か?」

 

「ちゃうわい阿呆。そこに座っとるやつのことで長の許可がほしいんでな。ま、皆呼んだんはついでやな。ついで」

 

「おい、おい、待てや千蔵。ついでてなんや……」

 

 

 先ほど橘と呼ばれた千蔵と同世代の老人が座布団からのっそりと立ち上がります。格好は作務衣の上に羽織を纏い、手にはいつ抜いたのか、抜き身の野太刀が握られています。

 

 

「おまん、人を夜中にたたき起して九州からこっち呼んだんや。まっさかくだらん用事やないやろなぁ・・・」

 

 

 部屋の中の空気が悪い方向へと動きます。長は変わらず笑ってますけど、橘老人、目がやばいです。白黒反転してます。あれが噂の本気になった神鳴流でしょうか。

 

 他の出席者も、あくまで止める気はなさそうです。天井を見上げたり、前に置かれた湯飲みに手を伸ばしたりと我関せず……というよりは、長の女性が止めない以上は自分達が止める必要は無い、ということなんでしょうかね。

 

 

「おうよ、とびっきりの話や」

 

「……なら、話せ。くだらんかったら斬る」

 

 

 物騒な野太刀はいったん鞘に戻され、橘老人は元の席に座りなおしました。

 

 部屋のどこからか、安堵のため息がもれます。場が落ち着いたのを見計らって、千蔵老人が話し始めました。

 

「さて、ほんなら始めよか。わしがそこにおるそいつに頼まれたんは、ざっくり言うて“ここ百年の世界の歴史”……ようは本山の書庫に入りたいゆうことやな。んで次が、“魔法世界に至る方法”。この二つ」

 

 

 ん? 魔法世界のくだりで長の表情が少し動きましたね。

 

 

「いや、だからですね千蔵さん。そもそもこの人誰なんですか」

 

 

 天ヶ崎、という男性が千蔵老人に訊きます。そういやまだ紹介されていませんね。

 

 

「ん、おう。聞いて驚け。本人いわく、“玄凪”斉。あの玄凪のもんらしいわ」

 

 

 この一言で、騒々しいながらも和気あいあいとしていた空気は一瞬で消滅し、場がきりりと引き締まりました。

 

 

「“玄凪”言いました? 千蔵のじいちゃん」

 

「おうよ。ちなみに実力はわしんとこの部下が確認済み。まぁ十中八九ほんまもんでまちがいないやろ」

 

 

 空気が、澱む。私に向かう視線がより胡乱げな物に。敵意、疑念、怖れ、興味……その他の多用な感情。それらは全て私を見定めようとしているのか。

 

 さよさんを連れてこなくて正解でした。仮に純粋な観察対象としてであっても、ぶしつけな視線に晒されて良い思いはしないでしょうから。

 

 それに、いまこの場にいる関西呪術協会の幹部たち。特に千蔵や橘といった年かさの者たちが出す威圧感は、他の若い幹部をも圧倒しています。それだけ、玄凪の名は意外でしたかね。

 

 

「玄凪、・・・なるほど、玄凪か。逃げりゃあええのに、土地にこだわって“犬死に”したゆう、東の」

 

 

 橘老人が、そう言いました。

 

 

 ――決して、聞き捨てはならない言葉です。

 

 

「……いま、なんとおっしゃいましたか?」

 

 

 本来、こういった場で許しも無く口を開くべきではありません。しかし、

 

 

「聞こえたとおりや。若造」

 

 

 ……

 

 

「…………」

 

「どうした、若造、怖気づいたか」

 

 

 ……犬死に、と。なるほど、犬死にですか。この爺、私たちの最期を犬死にといいましたか。

 

 

「――さい」

 

「ん?」

 

 

 

「表に出なさいっ!!」

 

 

 

 ……許しませんよ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 どうも、長です。おはつに~。

 

 ……

 

 ふざけてる場合やあらへんね。顔には出してへんけど、むこうさんえらい怒ってはるわ。威圧感がじいさん連中と同じくらいやないの。

 

 橘のじいちゃんのわるいくせやね。わざと人怒らせて実力はかろうとしはる。千蔵のじいちゃんが実力確認済みや言うてるのに。

 

 ……自分の目で見な納得せえへん人やさかい、しゃあないか。でも、いくらわざとやゆうても、言ってええことと悪いことがあると思うんやけど……

 

 

「……さい」

 

 

 お、むこうさんもやる気かな? できればあんまり本山壊さんで欲しいんやけどな、ま、玄凪はもともと結界に特化した補助主体の一族や言う話やったと思うし、橘のじいちゃんが張り切りすぎん限り大丈……

 

 

 

「表に出なさいっ!!」

 

 

 

 ひぅあっ!?

 

 あかん、あれはあかんよ。

 

 結界特化? 補助主体? 式神任せの典型的な後衛術者?

 

 書庫にあった史書は絶対間違っとる! だって、怒鳴り声一つでこの場の空気呑み込んでしもたやん!!

 

 なんやのんあれ! 真言でも言霊でも無い、ただ言葉に感情と力が乗っただけやのに、一瞬気圧された!

 

 ここにおんのは、全員が関西呪術協会の名だたる幹部やのに!

 

 しかも、霊力桁はずれやし……!!

 

 なんの呪具の補助もないのに目視できる強さの霊力て何やのん! ほんまにウチらとおんなじ人間か!? 土地神の類やないやろな!?

 

 

 ……あかんわ、えらいもん怒らせてしもたかもしれん。詠春はん、もしかしたら、もう私ら会えへんかも……

 

 

 

 


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