「……話には聞いとったが、実際に見るとまたエラいなオイ」
「ですね。まさかこんなことになっているとは……」
翌朝。
争乱の夜が明け、朝日が照らす本山の敷地内に二人の男が肩を並べていた。
最高幹部、刀久里鉄典と水無原冬雅の二人である。二人とも表情には強い疲労が見て取れるが、どちらもやり遂げたような晴れ晴れとした顔をしている。
二人が見ているのはスクナの封印があった、湖跡……そう、跡である。
術式の最後で崩落した湖の底から水が流れて行ってしまい、湖は完全に干上がった。というか、もはや湖全体が底の見えない深い鍾乳洞のようになっており、どこまで続いているかもわからない大空洞になってしまったのだ。
もしかすると奥の方で霊脈が露出している可能性もあるため急ごしらえの結界が張られているが、幹部達の新しい頭痛の種であることは間違いなかった。
「……終わってしまいました、ね」
「そうやのう。まぁいろいろあったみたいやが」
封印を施した柵にもたれかかるような体勢の冬雅がつぶやき、刀久里がそれに返した。
「九州方面とかは、結構てこずったらしいですよ」
「九州ぅ? どっちや、北? 南?」
「北です。向こうの統括支部の裏太宰府の防衛機構を抜くのに手間取ったとか。あそこの責任者は狭雲さんですし」
「おー、あいつかぁ。あいつももう結構な古株やしなぁ。橘おらんようになってからは南の桜島深部もあいつがかけもって面倒見とるからな、ストレスたまっとったんやろ」
「かもしれませんね」
「出雲の出張所は? 出雲から苦情とか来とらんかい?」
「来てませんね。逆にあそこは一番早かったみたいですよ、陥落するのは。なんでも無血開城だったとか。……そもそもあそこは出雲の勢力圏内なんで、ほとんど人員置いておけませんし」
そんな二人に、背後から近寄る影が一つ。
「お二方、皆さまお揃いです。そろそろ」
「あなたは……」
「んおっと、一葉のお嬢ちゃんか。それもよう似会うとるぞ」
「……どうも」
影は、一葉だった。服装はこの本山にあってもいつもの白のシャツに黒いチノパン。ただし、以前にはなかった銀の彩りが追加されていた。
揺れる耳と尻尾。一葉は本山にいる間は、それらを隠すことをやめていた。今度の戦いで吹っ切れた物があるらしい。
「うおっし、ほんなら最後の締めといこうかのう」
刀久里がパンと手を叩き、三人は朝日の中を歩きだした。
◆
「すまん、遅れた」
室内に入って来た刀久里と冬雅。一葉はこの場に入ることはできないので途中でわかれたためにいない。刀久里が悪びれる様子もなくそう言うと、室内からはいくつもの気の抜けたため息が聞こえた。しかし咎めるようなものは一つもない。
この場にいるのは、“一人”を除いて全員が関西の最高幹部だった。それぞれの持ち場で、それぞれにやり遂げた者達がそろっているのだ。
この場にいる最高幹部は刀久里と冬雅をいれて四人ほど。
千草は霊力が不安定で寝込み、月詠はその看病。セイはひっ捕らえられた学生たちの方へ説明に行っている。
「……!」
「そないに睨むなや。睨んだところでどうにもなるまいよ。あがいた結果がそれや。素直に話しきき」
部屋の中央、唯一の例外である刹那が動きを封じられた状態で座らされていた。
木乃香を取り戻した刹那だったが、その後京都に帰還した水無原冬雅に捕捉され、さらには嵐山方面や月詠・千草両名のバックアップに回っていた京都の術者が合流し、退路を塞がれ力及ばず捕まってしまったのだ。
「さぁて嬢ちゃん。嬢ちゃんも言いたいことはいろいろあるやろうが、儂らから伝える事もまぁよーうさんあるわけやから先にこっちの用件済まさせてもらうわ。ええか? よう聞けよ」
刹那の正面に腰を下ろしあぐらをかいた刀久里はニィと頬をつり上げ、こう言った。
「現最高幹部会の決定として……木乃香お嬢様ともども嬢ちゃんを、いったん、麻帆良に戻いたるわ」
「っ!?」
その言葉を聞き、刹那は目を剥いた。驚きと疑念が同時に浮かび、それを当然のように見て取った刀久里はなお笑みを深くする。
「おーう、思った通りのええつらしとるな? カッ! 何、それほど難し話や無い。むしろわからへんか? ようはやな……」
刀久里が刹那に語った話。それに、刹那は絶句することになる。
ここからしばらくは短い話。