麻帆良で生きた人   作:ARUM

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挿話 童姿

 

 

 

 天乃五環。その中でも五キロを超える全長を生かし、農業などの食料生産を一手に担うのが第三層である。

 

 景観の為にあえて石で組まれた水路や品種交配の為のビニールハウス、酪農の為の牧草が生える緑の草原。

 

 所々にある天地を繋ぐ柱はエレベーターや上の二層を支える柱である。なお、天乃五環において緑があふれるのは、ここ三層と一層のみである。

 

 

 

 そんな三層で、白い少女達が歌っていた。

 

 同じ顔、同じ服、同じ色。

 

 人を構成する全てが同じ少女達。いずれは世界から受ける全ての刺激から個性を生み、確たる個として成長するであろう少女達。

 

 白エヴァ。

 

 先日、TE-X-9 White-Evangelineの型番が正式に登録され、天乃五環内だけではあるがとりあえずの自由が約束された少女たちである。なお、個別の名前は現在公募中でまだ無い。

 

 本人達はまだAIの成長が不完全なのか言葉足らずだが、日々天乃五環を上に下に歩き回っている。

 

 それに、最近は麻帆良にいる固体との情報共有の影響か、少しずつ興味の方向性など、個体差が出始めつつあるようだ。

 

 それでも、やはり天乃五環にいる八機は一緒にいることを好んでいる。

 

 今も、八機が皆手を繋いで、千分の一秒もずれることなく同じ歌を歌っている。

 

 先日、開発班の一人に教わった歌。

 

 それは、一人の少女と人の言葉を話したりする二輪車の旅を描いたとあるアニメのエンディングテーマ。

 

 旋律が、緑の中を抜けてゆく。

 

 そんな彼女たちに、近づく二つの影があった。

 

 

「よー…? ……だぁれ?」

 

「しらないひと?」

 

「しらないこだ」

 

「でーたべーすにもないよ?」

 

「でも、けいほうがならないね」

 

「うーーーってやつ?」

 

「そう。それだよ」

 

「まっかになるやつ」

 

「…………なんでだろう?」

 

「なんでだろうね?」

 

 

 

 次々に発生する思考を全て口にする白エヴァ達。近づいてきた小さな人影は、かぼそい声で彼女らに何事かを呟く。

 

 

 

「……あそびたいの?」

 

「いっしょに?」

 

「いいのかな?」

 

「いいんじゃないかな?」

 

「いいよね?」

 

「うん。いいよ」

 

「じゃあ、あそぼう!」

 

 

 白の少女達の輪の中に、新たに小さな人影が加わった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「あーーーーーー……生き返る」

 

 

 三層右舷側の無人駅のベンチ。そこに、開発班の統合部長にして本部長補佐の一人、多岐宗介がいた。手に持つのはマッチの箱。加えるのは細巻きの葉巻。目の前には駅などで良く見る円柱形の灰皿。

 

 三層には、他の階層と違って外周を鉄道が巡っている。というのも、三層は一番広い。そのため、遠くの区画まで移動するにはかなり時間を要するのだ。

 

 四層以下は関わりのある部署や班どうしが隣接するように配置されているのでそこまで大変でもないのだが、三層は何せ一つの班の担当する区域の一つ一つが広い。そのため、移動だけでも結構な時間を食う。

 

 そのため、物資の移動もまとめてできる列車を造り、外周部を走らせているのだ。

 

 路線も何本かあり、一番多いところでは五本のレールがずらりと並ぶ。ただ、時たま幽霊列車の噂が流れたりして騒動を呼んだりもするが……多岐は、それもいいと思っていた。

 

 三層は、農耕による生産のための階層である。

 

 そのため、環境がなるべく外に近づけられているのだ。

 

 偽物だが、陽もあるし、風もある。

 

 そして何より、静かだ。

 

 多岐がいるこの駅は駅の中でも特に人のこない駅で、線路も一本しか通っていない。

 

 途切れることのないコンピューターの電子音も、ディスクを読み込むガリガリという音も、金属を削る甲高く不快なドリルの音も、マッド共の三段構えの魔王のような笑い声も……何も無い。

 

 時折、たたん、たたんと一定のリズムを伝えながら列車がやってくること以外、まずだれもこない。

 

 それに、三層は夏の昼間のような明るさでも、適度に調節されたこの天乃五環において不快なまでの暑さはない。

 

 無人駅の屋根が造る濃い影の中で、風が抜け、はき出した煙が風に流されていく。

 

 その白い筋を何も考えずにただ眺める。

 

 それが開発班の秩序と理性、あと良心を担う多岐の休息風景なのだ。

 

 

 

 

 

 

「どーーーーん!!」

 

「ぐぼふぁっ!?」

 

 

 

 しかし、そんな休息もけして長くは続かない。それも開発班クオリティ。

 

 側面からの突然の強襲に多岐の小さな身体は吹き飛び、襲撃者と共にごろごろと転がっていく。

 

 やがて、ホームの端から落ちる寸前で何とか止まることができた。

 

 

「ぐほっ、げほっ! けっ、煙が……! ン何事だちくしょう、俺の平穏を邪魔する馬鹿野郎はどこのどいつだっ!?」

 

「ぴぃっ!?」

 

「ああ!? ……白エヴァ? なんだってこんな所に?」

 

 

 多岐は見た目こそ幼い子供のようだが、本部長補佐である。上に行けば行く程実力が上昇していく開発班全体で見てもNo,2の役職である本部長補佐ともなれば、関東の各幹部や関西の最高幹部にもひけをとらない。真正面からでも立ち向かえる。

 

 たとえば先日白エヴァをぶっ飛ばした三城那三は役職的には大班長となるが、彼女であっても“本気モード”の多岐には決してかなわない。

 

 最初期の開発班。暴走するマッドをたった一人で鎮圧してきたのが、多岐宗介という男なのだ。

 

 そんな男の喝を浴びて思わず悲鳴を上げ、両手え頭を隠し縮こまったのは、白エヴァの内の一人だった。

 

 いつも一緒に行動しているのに一人でいるのは珍しい、と思いながら多岐はとりあえず自分の上で硬直する白エヴァを下ろして立ち上がり、問いかける。

 

 

「なんで突っ込んできたんだ? いくら何でもどつかれる覚えはねぇぞ?」

 

「あぅ……」

 

「もう怒ってねぇから。な? 話してみ」

 

「……ほんとに、おこらない?」

 

「おう、本当だ」

 

「えっとね」

 

 

 緊張が解けた白エヴァは、頭にやっていた手を下ろし、多岐に近寄ってきた。

 

 それでもまだ少し引け腰のままだが、多岐に突っ込んだ理由を話し出した。

 

 白エヴァの話しによるとどうやら白エヴァと誰かの子供を交えてかくれんぼをしていたらしい。それで、その子供がちょうど多岐に後ろ姿がよく似ていたのだという。

 

 話を一通り聞き終えた多岐は、また無謀なことをする、とため息をつく。

 

 かくれんぼをしているのは白エヴァ全九機の内天乃五環にいる八機とその子供の九人だが、たったそれだけでこの三層でかくれんぼは余りに無謀。

 

 なにせ、この三層の広さは天乃五環の最大全長と全幅とほぼ同じ。つまり、縦五キロ、横一キロという広さ。

 

 かくれんぼなので白エヴァ同士の相互通信もオフにしているらしく、見つかるとは思えない。

 

 

「いままでに誰か見つけられたのか?」

 

「んーん、まだ。たきさんのこともざっちゃんだとおもってとつげきしたの」

 

「……ざっちゃんて誰よ?」

 

「ざっちゃんはざっちゃんだよ?」

 

「……はぁ」

 

 

 何を当たり前の事を聞いているのかと首をこてんとかしげる白エヴァに、やはり話が通じないと嘆きつつも多岐は手を差し出した。

 

 

「???」

 

 

 差し出された手に、白エヴァは頭を今度は逆方向に倒して不思議そうな顔をしている。

 

 白エヴァは、差し出された手の意味を理解できていないのだ。

 

 

「この三層でまじめにかくれんぼなんざやってたら一日が終わっちまうだろうよ。だから手伝ってやる」

 

「いいの?」

 

「もう休憩って感じでもねぇからなあ……」

 

「ありがとー!」

 

「うおっとと」

 

 

 白エヴァは、勢いよく多岐に抱きついた。その顔に浮かぶのは見た目相応の華やかな笑み。もしも本物がこの光景をみたらどんな反応を示すだろうか?

 

 

「さーて、それじゃーとっとと終わらすか」

 

「おー」

 

 

 両手を上に突き上げてやる気を全身で示す白エヴァ。それを見て、多岐はふと思い出したことを白エヴァに訊ねる。

 

 

「あ、そういや“何番”だ?」

 

「んー? あー、ななばんだよ」

 

「七番か……そのうち名前も考えてやらにゃあな。でもま、今は探すとするか」

 

「あい!」

 

 

 

~~以下、ダイジェスト~~

 

 

 

「あー! いたー!」

 

「みつかっちゃった。……あー! たきさんだー!」

 

「げぶあっ! なんでどいつもこいつも飛びついてくる!」

 

 

  ◆

 

 

「おー、白エヴァじゃねえか、そっちの子供はお友達かい……って多岐さん!?」

 

「おーし良い度胸だ覚悟しやがれ馬鹿共―」

 

「ちょっ、多岐さん勘弁っ! アイアンクローは洒落にならなっ……アーーーーーッ!!」

 

 

  ◆

 

 

「みーつけたー!」

 

「あうー。……あっ、たきさんだー!」

 

「ふん!」

 

「へぷっ!?」

 

「ははは! 二度もやられるものかよ!」

 

「どーーーーん!」

 

「グッハァ! 背後からだと!?」

 

 

…………

 

………

 

……

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ひーふーみーよーいつむーななやー……おし、全員居るな」

 

 

 多岐が白エヴァとかくれんぼの鬼を初めてから数時間、三層の人工照明が外に合わせて真っ赤な夕焼けに移行しつつある頃には、白エヴァが全員揃っていた。

 白エヴァからすれば多岐といういつもはいない新要素が紛れ込んだとても楽しい物だったが、多岐からすれば白エヴァを見つける度にタックルされたり、自分のことをうっかり子供と間違える開発班員を粛正したりとなかなか忙しい物だった。

 

 現在地は天乃五環三層船尾付近、全長五キロの端も端。天乃五環は船首が北を向いているので、夕日代わりの光源は今は左舷側から照射されていることになる。

 

 多岐は、よく身体がもったと思う。途中電車を使いもしたが、右舷の端から左舷の端に移動するだけでも一キロある。齢四十を数えた肉体には辛い。主に筋肉痛が。

 

 一応見た目子供な白エヴァが側に居るためタバコも吸えず、筋肉痛明日来るかなー、それとも明後日かなー、などと考えつつ左舷から来る郷愁を誘う赤い光をぼんやりと見ていると、白エヴァの一人が今日一日で随分とくたびれてしまった白衣の裾を引っ張った。

 

 

「たきさん。まだざっちゃんがみつかってないよ」

 

「ざっちゃん? そういや言ってたな……」

 

 

 ざっちゃん。

 

 白エヴァ達が言う謎の九人目。かくれんぼの途中で聞き込みをしたり、本部長補佐の権限で天乃五環のセキュリティシステムにアクセスしても影も形も見えない存在。

 

 白エヴァ達の話を整理して得ることができた情報は、自分と同じ蒼系統の髪を結い、背丈は白エヴァや自分と同じくらい。他にも綺麗な着物を着ているなど、どれも常にインスピレーションに飢えている開発班の人員の記憶に残りそうな物ばかり。

 

 それなのにその子供を見た物はおらず、鉄壁のはずのセキュリティにもひっかからない。

 

 少し薄ら寒いものを感じ、場合によっては先日麻帆良から撤収してきた神里空里と防諜に関して話し合う必要もあるか、と多岐が決めたときだった。

 

 

「あっ! ざっちゃんみ―っけ!」

 

 

 白エヴァの一人が、水路にかかる橋の下を指さしていた。ちょうど西日で影が濃くなっており多岐の位置からは見えづらいが、確かに着物の端が見えた。

 

 白エヴァはそれに近づき橋の下に潜ると、一人の少女と一緒に出てきた。

 

 結い上げた髪に、着物を着込んだ少女。なるほど確かに白エヴァが達の言っていた情報と一致する。背丈も多岐と同じくらいだ。

 

 

「おー、これで終わりか。んじゃ今日はもう解散な。ちゃんと帰れよー」

 

「はーい!」

 

「またねー」

 

「またあそぼうねー!」

 

 

 暗くなっていく中で、白エヴァ達は手を振って中央エレベーターシャフトの方へと歩いて行く。しかし、ざっちゃんと呼ばれた少女はそれをじっと見て手を振り続け、動こうとしない。

 

 

「……帰らねぇのか?」

 

 

 多岐の言葉に、少女はびくりとして多岐の方を見た。

 

 それから、なぜか多岐の前で右往左往しはじめた。とうぜん、少女を見ている多岐の頭も右に左に揺れ動く。

 

 

「……私のこと、見えてるの?」

 

「そりゃあ見えるが?」

 

「どうして?」

 

「んん?」

 

 

 なんのことだ?と続けようとする多岐よりも速く、少女が言葉を紡ぐ。

 

 

 

「私の姿は、子供にしか見えないはずなのに……」

 

「――――……」

 

 

 

 





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