「会長、今度模擬レースしてくれませんか」
生徒会室。
寒さに震える日も減り、少しずつ春が近づいて来ることを感じる日々の中、僕は会長に模擬レースを受けてもらいに来ていた。
「ふむ、良いぞ」
会長は顎に手を当てて少し悩む素振りを見せたあと、そう答えた。
「え、良いんですか?
忙しかったりしませんか?」
あっさり許諾してくれたので聞き返してしまうのはしょうがないと思う。
中々失礼なことを言っているとは思っている。
「何だ?
テイオーがやらないなら私もやらないが……」
「やります、やります!
勝負させてください!
時間とかは会長の都合が良い時間なら僕はいつでも良いので、会長が決めてください!」
「ふふっ、何時に無く騒がしいやつだな。
時期的にはそうだな……
早くても一ヶ月後ぐらいだがそれでも良いか?
詳細が決まり次第、また後日伝えるよ」
「はい、分かりました。
1ヶ月後でも2ヶ月後でも3ヶ月……はちょっと遠いけど、何ヶ月でも待ってます」
まだ今年はデビューしないので焦る気持ちもあるがまだ余裕はある。
会長は忙しいだろうし、勝負して貰えるだけでも凄いことだ。
「あぁ、予定を確認して早めに決めるよ。
それにしてもテイオー。
最近また練習量が増えてきたんじゃないか?
余り無理しすぎたら駄目だぞ。
怪我になってからでは遅い。
自分のことだから分かっていると思うが、休憩も大切にすることだ」
「ありがとう、会長」
「なんてことのない年長者からのおせっかいだ。
やりすぎには気をつけて、これからもトレーニングに励むんだぞ」
「はーい」
気の抜けた返事をする。
会長の有り難いお言葉を頂戴したところで生徒会室を出てトレーニングに向かう。
分かっているよ会長。
無理は駄目だって。
それは会長、貴女を超えるためなんだ。
無理は承知。
誰に止まれと言われようとも止まらない。
いや、止められない。
生憎、
それしか知らない。
そうやって戦うしかないのだ。
ジャージに着替え終わった更衣室で、バッグのポケットに入れておいたキャンディーの包を外して、トレーニングまでの道のりで楽しむ。
1日のうちで4番目ほどに楽しいタイミングだ。
因みに1番ははちみーを舐めながらマックイーンさんと寮に帰っているときだ。
そんなふうに楽しみながら歩いていたときだった。
「「あ」」
鉢合わせしてしまったのだ。
「よぉ、トウカイテイオー!」
「こ、こんにちは。不審者さん」
「だから不審者じゃねぇって!
なぁ、それよりも聞いてくれよ!
遂に俺のチームメンバー5人揃ったんだよ!」
それは目出度いがどうしてこんな人の下にヒトが集まったんだろう。
「何か犯罪とかしたんじゃ無いんですか?」
「し、してるわけねぇだろ。
ちゃんとした勧誘だっつうの」
露骨に目を逸らされたので怪しすぎる。
多分襲いかかって入らないとお前の命の保証はしないぜ、みたいなことを言って無理やり入れたのだろう。
「勧誘のポスターや看板があったので見ましたけど、結構酷かったんですけど本当にちゃんとした勧誘ですか?」
そうなのだ。
チームスピカの勧誘ポスターや看板は見るに堪えないような恐ろしいダサさのデザインをしていた。
あれを見て入ろうと思うやつはまともな感性を持ってないだろう。
確かにこの人のトレーナーとしての能力はありそうだが、そんなのは会ってから初めて知ることだ。
「お前はどうしてそこまで疑い深いんだよ。
それで、どうだ。トウカイテイオー。
うちに入らないか?」
「嫌ですし、前には見学
「お、じゃあ今から見学してくか?
丁度これからトレーニングするんだよ」
逃れようとしたが揚げ足を取られてしまった。
正直めちゃくちゃ逃げたいが僕が前言っていたことでもあるし、少しの間だけ見てこの約束を早く無くしてしまおう。
「少しだけですよ」
「よっしゃ、ならこっちだ。
ついてこい……って言ってもお前もいつもいるトレーニングコースなんだけどよ」
はぁ……まぁ少しだけだから良いか。
自分をどうにか納得させて沖野さんに付いていく。
今は何処のチームにも入るつもりは無いのに、ついてく原因になった過去の僕を恨む。
まぁ、変質者ではあるがこの人も別に話してて辛い人ではないので、そんなに拒絶反応は無い。
僕は別に話が出来ない訳ではなくて、話すきっかけが作れないのだ。
向こうから話しかけてくれればちゃんと話せるし、話すことがあれば話せる。
因みにクラスで話しかけられたことは無い。
「トレーナー、おせぇじゃねぇか!
……って、おい!
何でこいつがここにいるんだよ!?」
茶髪のボーイッシュなヒトが僕に指をさして出迎えてくれた。
周りをよく見ると見たことある顔もある。
「あ、テイオーさん!
この前はありがとうございました!」
「こちらこそ先日はどうも」
この前の転入生だ。
名前は確かスペシャルウィークさんだったはずだ。
近くにはサイレンススズカさんもいる。
どうしてこんなところに入ってしまったのだろうか。
さっきの茶髪のヒトと転入生とスズカさん、あと2人近くに集まっているので、それが今のスピカのメンバーだろう。
ここで1つ恐ろしい真実へ僕の脳味噌は辿り着いた。
沖野さんに近づいて周りには聞こえないようなボリュームで話す。
「沖野さん、サイレンススズカさんを脅してリギルから連れてきたんですか……?
やっぱり犯罪やってますよね。
早く返してきた方が良いですよ」
「だから違うっつってんだろっ!
誤解を招くような言い方は止めてくれ……。
それよりも……」
いきなり背中を叩かれた。
何をするんだ。
「紹介するぞ!
知ってるやつもいるが、こいつはトウカイテイオーだ。
今日は見学希望で来たので、よろしく頼む。
ってな訳で練習開始だ。
お前ら今日も頑張って行くぞー」
「「「おー!」」」
見学
まるで僕が見学したいみたいじゃないか。
「じゃあこの後のメニューは、スペとトウカイテイオーで勝負な。
アップしたら始めるぞ」
「「え?」」
ん?
この流れ前にもやらなかったか?
「ちょっと待って沖野さん、僕は見学に来たんですけど……」
「まぁまぁ、そんなこと言うなって。
俺のチームはまだまだ実績が無くて模擬レースを主催してもヒトは集まらないし、呼んでも貰えないからな……」
悲しい現実を明かされ、同情しそうになる。
「可哀想ですけど、それとこれは別の話では……?」
「そうですよ!
いっつもいきなり何ですか!
デビューのときもいきなりで、もうちょっとどうにかしてくださいよ!」
僕の言葉にスペシャルウィークさんも合わせてくる。
「あ〜お前らそんなかっかすんなって!
スペ、お前には戦った経験が少ないし、トウカイテイオーはどうせ同世代に敵なんていないから良い機会だろ!?
ほらほら、散った散った。
さっさとアップしてこい!」
なんか無理やり通された。
いきなりだったから驚いてしまったが、別に悪い話では無い。
予定には無かったことだが、丁度良い機会が回ってきたと思う。
なぁ、
『そうだね!
ボクたちが今どれくらい出来るかカイチョーと戦う前に試させて貰おー!』
そうだな。
せっかく貰った機会、存分に使わせて頂こう。
「わかりましたよ、沖野さん。
じゃあ、アップしてきますね」
「お、テイオー。
やる気があって良いことじゃねぇか。
存分にアップしてこい!
それとスペ。
お前はちょっとこっちに来い」
そう言って、沖野さんはスペシャルウィークさんを手招きしている。
どうやらあちらで作戦会議するようだ。
ならその間、僕は勝負が出来る身体にしておこう。
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「スペいいか?
俺も正直あいつの実力を読み切れて無いが、お前と同じか、それより少し下だと考えている。
でも、もしかしたらお前より強い……ってことも普通にありえる」
トウカイテイオー、あいつは
とにかく成長速度がえげつない。
一学年、二学年上の奴らともある程度いい勝負が出来てしまうであろう仕上がりの早さだ。
そして、元々のポテンシャルの高さも相まって、
まだまだ伸びしろはあるので、どんどん強くなっていく。
あいつの世代で勝てるやつは今の所考えられない。
「テイオーさんってそんなに強いんですか?
この前、私に『僕は弱い』みたいなことを言っていたんですけど……」
「スペ先輩、何言ってるんですか。
あいつは学校側主催の模擬レースでは負け無し、一年の頂点にいるウマ娘っすよ!」
「そうよ、しかもリギルのグラスワンダー先輩といい勝負をしたって噂もあるんだし、弱い訳が無いじゃない!」
「えぇっ!? グラスちゃんと?」
ウオッカとスカーレットがスペの言葉に反応する。
あいつの自己評価は低い。
それも当然だ。
あいつは、全てシンボリルドルフを基準に強さを測っているからだろう。
デビューもしてないウマ娘と皇帝で比べたらどちらが強いかは目に見えている。
リギルのグラスワンダーと戦ったという話は俺も耳にしたが、その真偽は分からない。
おハナさんに聞いても答えてくれなかったので真相は闇の中だ。
「いいか、スペ。
お前から作戦勝負に出るな。
あいつと作戦勝負をしたら必ずお前は負ける。
落ち着いて普段通りの走りで勝て。
あいつが仕掛けるのは、恐らく最終直線だ。
そこで、お前の全力を出し切れ。
あいつはここぞという時に伸びる。
それに喰らいついていけ。
分かったな?
それじゃスペ、お前もアップしてこい!」
「はい!」
相変わらず、元気のいい返事だ。
スペもコースに向かって走って行く。
「おい、トレーナー。
何であのテイオーとスペで勝負させようと思ったんだ?
別に今日初めて会った訳ではなさそうだし、もしかして前から決めてたのか?」
「それは私も気になってたわ。
それに、トレーナーさんとテイオーの接点が全く見つからないもの」
ゴルシやスカーレットから質問が来る。
確かにこいつらの疑問は真っ当だ。
あんな一匹狼と俺に絡みがあることがそもそも周りからみたら有り得ないだろう。
「あいつとは一回話したキリだ。
そん時に勧誘してたんだが、その時はメンバーがゴールドシップしかいなかったから、メンバーが集まったら見学するって約束をしたんだ。
それで今日がその約束って訳だ。
そして、あいつの実力も詳しく知りたいし、丁度スペには対戦相手が欲しかったんで、見学させるときに勝負に誘えば一石二鳥ってな訳だ」
「でも、それってテイオーに断られたらどうするつもりだったのさ」
「あいつは押しに弱いだろうから、勝負に乗らなかったらすぐに土下座でお願いする予定だった。
それであいつは受けてくれるはずだ」
なんだかんだ言ってあいつは良いやつだ。
可哀想なやつが土下座してたら、ちょっとぐらいは話を聞いてもらえるだろう。
案外早く引き受けてくれたのは、想定外だったが。
「プライドとかねぇーのかよっ!?」
「無ぇな!
それよりもお前らもあいつらの走りを見て、しっかり学べよ」
「分かってるわよ。
何しろスペ先輩と
目を離すわけ無いじゃない!」
そうだ。
テイオーがどれだけ強いのか、周りもよく分かっていない。
それは同世代では圧勝してしまい、
唯一と言っても分かるのは長距離では圧勝というほどでもないことから、長距離適正が無い(と言っても中距離やマイルよりだが)ということだけだ。
そうだとしても、長距離でも負けていない。
あいつは皇帝を目指す過程で、絶対に3冠を狙っているはずだ。
そして、自分の一番の壁が菊花賞であることも分かっている。
だからこそのあの練習量だ。
スタミナが無ければ増やすだけというシンプルな解決策を行っている。
それが結局のところ、あいつの場合は根本的解決に繋がると分かっているからだ。
「……テイオーにスタミナも有ったらどうだったんだろうな」
そんなことになったら手を付けられない。
それこそ
「沖野さん、アップ終わりました。
僕はもう何時でもいけますよ」
噂をすればなんとやら、テイオーがアップを終えて戻ってきた。
俺を見つめる深青色の瞳はさっきとは違い、明度が増しているように見える。
「おう、ちょっとスペが戻ってくるまで待っててくれ」
「分かりました。
気になっていたんですけど距離はどれぐらいでやるんですか?」
確かにそうだ。
距離は長ければ長いほどスペに有利が向くかもしれないが、テイオーにリズムを崩されて上手く走れない可能性もある。
無難に2000mぐらいが丁度良いだろう。
「あ〜今回は2000mでやる。
スタートの合図はゴールドシップ、お前がやってくれ」
「……って、おいおい、アタシかよっ!
別に良いんだけどよ。
それじゃ、テイオー!
スタート位置まで競争しようぜ。
もちろん全力な」
「すみません、僕、今から真剣勝負するんですけど……」
「なんだよ、ノリわりぃーな。
まぁいいや、行くぞー!」
そう言ってゴルシがスタート地点の方へ走り、その後をテイオーがスタスタと駆け足で行く。
思ったよりもテイオーとゴールドシップとの相性は悪くは無さそうだ。
そんなことを思ってからしばらくすると、スペも戻って来た。
「トレーナーさん、アップ終わりました!」
「おう、スペ。
スタート位置はあそこに今、ゴールドシップがいるところだ。
向こうに着いたときにゴールドシップには、準備が整ったら何時スタートしてもいいと伝えておいてくれ」
スタートの位置を教えると共に、さっきあいつらが走って行ったので伝え忘れたことをスペに託す。
「はい、分かりました!
スズカさん、私頑張るんで観ててください!」
「分かったわ、スペちゃん。
頑張ってね」
「はい!
それじゃあ、行ってきます!」
俺の隣で静かにしていたスズカと少し喋ったあとスペがスタート位置に走っていく。
ゴールドシップとスペが話し始めたがしばらくすると、ゴールドシップがこちらに手を大きく振ってきた。
多分『合点承知!』ってことだろう。
様子を見守っているとテイオーとスペがスタンディングスタートの構えを取り始めた。
どうやら始まるようだ。
ゴールドシップが手を大きく上げたのを見てズボンのポケットからストップウォッチを取り出す。
振り下ろしたタイミングで計測を開始した。
次回は、勝負スタート。
沖トレ視点で始まります