走る、走る。
だが、すぐに止まって、ジャンプを挟み、走りを一度リセットしてから、もう一度走り始める。
走り方を変える練習をし始めたが、意識しないと前の走りにすぐ戻ってしまう。
どうにかして身体に覚えさせて無意識的にやれるようにしなければ駄目だ。
『ねー、ねー!
そんなに熱心に覚えなくて良いんだよ?
使うときはボクが代わりに走るからさ?』
いや、覚える。
心配してくれてる
これは選手としての死活問題だ。
今までの走りでも勝てるときもあるかも知れない。
だが、
そんなときが来てしまったら僕はどうすればいい?
『……』
ごめん。
僕は勝ちたいんだ。
そのためにまずはこの走りを身につけて会長に挑む。
そこでその先の道のりを知るんだ。
闇雲に走り続けるのはもう限界だ。
どんなに遠くともゴールが知りたいんだ。
『ホントに?
ホントのホント?
それが……それが、どんなに遠くても?』
そうだ。
それがどんなに遠くとも、殆ど見えないようなゴールでも、一筋の光が欲しいんだ。
だから許してよ。
今のままじゃ、光が射してくる位置まで行けないと思うんだ。
『しょうがないなぁ〜……。
絶対に怪我だけは、怪我だけは駄目だよ!
それでも怪我するかも知れないから、怪我したと思ったらすぐ辞めること!
あとあと〜、チームも早めに決めようね!
それからそれから〜……』
あ〜はいはい、分かりましたよ。
怪我に気を付ければ良いんだよね。
分かってるって……
……私は……私は、二度と、二度と間違えない。
絶対に怪我はしないよ。
『ホント〜?
今でもかなりオーバーワークだから絶対に気をつけてね!
あと、チームっ!
誰かに見てもらわないと僕ったら本当に危なっかしいんだから、ちゃんと決めてよ!』
分かりました、分かりました。
あ、意識をしていなかったらまた走りが前までの方に戻ってる。
まだまだ先は遠そうだ。
走り方が分かっても、まだそれはレベル無しからレベル1になっただけだ。
0から1にするのが本当に難しいことなのだが、僕の求めるゴールはそこで終わりではなく、使いこなせるようにならないといけない。
少なくとも無意識でこの走りが出来なければならない。
分かってはいたが、今まで生きてきてずっと走ってきた走り方はそう簡単には変えられない。
なんせ十年弱、いや前世も足せばそれ以上か。
それだけ使い慣れていたものをいざ変えようとしているのだ。
例えるなら、生まれてからずっと右利きの人が左利きにしようとしているのと、恐らく似ている。
なんにせよ根気よく行こう。
こういうことは反復練習あるのみだ。
とにかく走っているときは新しい世界を見ているようで楽しい。
同じコース、それもどれだけ走ったか分からないようなもはや生活の一部となったコースでも新鮮だ。
停滞していた世界に新たな風が吹き込んで僕のいる世界に輝きをもたらしてくれた。
『だからといって走りすぎて身体壊さないでよね〜』
本当に心配性だな、
もうちょっと走るだけで終わるからさ。
『ねぇ、今の周りの様子見えてる?
とっくに暗くなってコースには誰もいないじゃん。
また明日の朝走れば良いんだし、そろそろ帰ったほうが良いんじゃない?』
周りを見渡すと確かにもう真っ暗で誰もいなかった。
どうやら走ることを楽しみすぎて何も見えてなかったようだ。
まぁ、あと一周走ってダウンして終わるか。
一周だいたい2000mとちょっと。
それを今できる最大限で走る。
右手のストップウォッチの右上のボタンをスタートしてから少し後のゴール時に2000mぴったりになる地点で押す。
速度が上がって出来るようになったことと出来なくなったことがある。
単純に最高速度が上がったからタイムが縮まった訳ではない。
むしろ前よりタイムは遅い。
大きく問題は2つある。
まずはただただ僕がこの走りに慣れていないという点だ。
上手くいけば最高速度は上がったが、やっぱり走りが崩れることが多い。
走りが崩れると元に戻すために少し速度を下げなくてはならず、平均速度は変える前を下回るはずだ。
問題その2は、速度が上がってコーナリングが上手く行かないことだ。
今までなら全力でも内に沿って走れたが、遠心力のかかる量が多くなり、体勢的に前より不安定なことも加えて今までの感覚ではよろけてしまう。
これも練習したらいいのだが、こっちは最終直線しか使ってくれない
僕が自分でどうにかしなければならないだろう。
一周が終わりストップウォッチを止めて少し流す。
記録を見る。
「2.12.5……か。
まだまだ伸びしろがあると考えたら良いのか。
このままだとただの弱体化だな」
前の僕なら調子が良いときは3秒台を切るのに後少しぐらいな記録だった。
まずは今までの僕を超えよう。
それにしても楽しい。
こんなに走ることが楽しいのはいつぶりだろうか。
あぁ、楽しいなぁ。
『ねぇ、ホントに大丈夫?
疲れすぎて頭おかしくなっちゃってるし、早く帰って寝よ?』
そうだね、早く帰って寝ようか。
ストレッチとかも部屋に戻ってからやるとして取り敢えず帰ろう。
寮に荷物全部おいてから練習にきた過去の自分に最大限の感謝を伝えつつ帰路につく。
走ることを止め、気を抜いたら、ここまでの疲労が一気に来た。
走っていたときは興奮していて気が付かなかったが溜まっていた疲労は尋常じゃなかった。
立って歩くだけでも辛い。
「……オー! ……イオー! テイオー!!テイオー!!」
何やら声が聞こえる。
声の方を向くとそこにはマックイーンさんがこっちに走ってきていた。
「テイオー! 貴女、いったい何時まで走っていましたの!?
門限はとっくのとうに過ぎていますのよ!」
あぁ、もうそんな時間なのか。
「マックイーンさんこんばんは」
「こんばんはですわ! ええ、こんばんは!
貴女、わたくしには『あと
そのあと少しの少しが長すぎますわ!」
「ごめんなさい……」
マックイーンさんがなんか怒っているが、内容が全部右から入り左から抜けていくので取り敢えず謝っておく。
「フジキセキさんからテイオーが戻ってきていないみたいだと同室の子に聞いて、わたくしに何か知らないかい? と聞きにこられたとき、本当に心配したんですからね!」
「ごめんなさい……」
「はぁ、全く……。
無事なら良いのです。
ほら、寮に帰りますわよ」
マックイーンさんが促すので帰ろうとするが、一歩目で少しふらついてしまう。
それをマックイーンさんが受け止めてくれた。
「ちょっ、ちょっと大丈夫ですの?」
「流石に、走りすぎた……
肩貸してくれない……くれませんか?」
いけない年上にタメ口でものを頼むのはまずい。
それにしてもちょっと疲れすぎてて、脳が上手く回んない。
「全く仕方ありませんね……
ほら、こっちにきなさい」
ありがとう、マックイーンさん。
マックイーンさんは優しいなぁ……
僕より
「ふふっ、貴女が弱ってるところは何気に初めて見るような気がしますわ」
そりゃあ、そんなところは誰にも見せたくないからね。
僕は強いボクでありたいんだ。
「貴女もわたくしも同じですね」
そうかなぁ……。
マックイーンさんは、いつも優雅で素敵だから。
弱いところ何て想像出来ないよ。
「ほら、玄関まで着きましたわよ」
「部屋までお願い……」
「しょうがないですわね……。
分かりましたわ、今日だけですわよ」
優しすぎる。
今まで生きてきてこんなにも優しくしてくれたヒトはいたかなぁ……。
少なくとも僕は甘えることが少なかったから、こんなことしてもらえる機会は殆ど無かった。
「それならテイオーは周りをもうちょっと頼ってみてはいかがですか?」
今でも結構周りに頼るようになったけどなぁ……。
今までだったらこんなふうにはしてもらってないし、会長にも頼ってばっかだし、ボクにも色々助けて貰ってるし……。
うん、思ったより成長してるかも。
「そうなのですね。
ほら、部屋まで着きましたよ。
そろそろ自分の足で立って下さい」
「ありがと、マックイーンさん」
突然、前から大きな音がした。
「あっ! テイオーちゃん!
ホントに何処行ってたのっ!
マヤすっごく心配したんだからねっ!」
部屋の扉が開きマヤノが出てきた。
もーぷんぷんだよ! と頬を膨らませているので全然怖くはないが、とても申し訳ない気分になる。
「ごめん」
「そーゆーことじゃなくて!
最近のテイオーちゃんは楽しそうだけど張り詰めすぎだよ。
昨日も疲れ果ててご飯とお風呂済ませたら倒れるように寝ちゃって。
マヤ、テイオーちゃんが何処かで疲れすぎて動けなくなって倒れてるかホントに心配だったんだからね!
マックイーンさん、ありがとう!
テイオーちゃんったら全然ヒトに興味無いけど、会長さんとマックイーンさんのことはたまに話すんだよ。
どうかこれからもテイオーちゃんと仲良くしてあげて下さい!」
僕がかまってもらってるみたいな言い方止めてくれ。
マックイーンさんの方が追っかけで僕がかまってあげてるんです。
「勿論ですわ、わたくしにとっても大切な友達ですもの。
これからも仲良くさせて貰いますわ。
さて……テイオーのことはマヤノさんに任せて、わたくしからフジキセキさんに伝えておきますわ。
……テイオー、少し休んだらどうですか?
わたくしから見ても最近の貴女は何処かおかしいですわ。
練習に真剣に取り組むところが、貴女の良いところの一つとも理解してます。
しかし、流石にここ最近は行き過ぎですわ。
このままだとテイオー、
──デビューする前に身体を
「あ……、あ、え…………、あ、」
その言葉に
必死に頭で否定する。
違う、
まだ先がある。
あの頃とは違う。
そう否定したいが、否定出来ない部分が沢山視えてくる。
何処までいけば良いのか分からないゴール。
才能の限界を超えるための自分を肉体的にも、精神的にも追い込めるトレーニング。
仲間からの忠告の数々を振り払って進んだこと。
いや違う。
変われたはずだ。
現に結果はついてきている。
ゴールもいずれ分かる。
ボクたちには才能がある。
仲間からの忠告も振り払って無いじゃないか。
そう思っても分かっている。
全部受け止め難い現実から逃げるための
だってそうじゃないか。
結果と言ってもまだ本番のレースでは無い。
ゴールも会長と走っても、もしかしたら分からないかもしれない。
才能があるのは僕でも無くボクだ。
会長の言葉はどうした?
あんなに心配してくれていたのに練習は日に日に増えているじゃないか?
『そうだよ、
やっと気がついてくれた。
君は何も変われちゃいない。
でも、変わろうとし続けてるよね?』
そうだ、そうだよ。
私は、ちょっと急ぎ過ぎている。
バカの一つ覚えのように同じことをやっても結果は変わったりはしない。
『そうだ、君は変われるんだよ。
まずは落ち着いて一歩、またその後に一歩で良いから
……ついでにボクの走りは覚えなくても良いんだよ?』
それはちょっと難しいかな。
でも、張り詰めすぎてたかもしれない。
ボクが言ってたようにチーム探しでもしようかな。
少し落ち着こう。
「て、テイオー……?
どうしたのですかっ!?
ご、ごめんなさい、貴女がそんなに傷つくとは思わなくて。
わたくしただ、ただ! 貴女が心配で……」
「テイオーちゃんっ?
大丈夫……っ?」
心配してくれる声が意識の底に引きずり込まれていた僕を呼び起こす。
「ごめんなさい、マックイーンさん。
僕はもう大丈夫です」
「本当ですか……?
本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。
心配かけてごめんなさい。
マヤノもごめんね」
「ホントに大丈夫?
テイオーちゃん無理しなくて良いんだからね?」
二人にこんなに迷惑をかけてしまって申し訳ない。
表情と声色から本気で心配されてることが分かる。
優しい友達に恵まれて僕は幸せだ。
いつまでも座りこんだままではいけないので立ち上がろうとするが、力が上手く入らない。
その様子を見て大丈夫?と、また心配されてしまう。
「あの……すみません。
立つのを手伝って貰うことは出来ないでしょうか……?」
大丈夫と言ったそばから情けないが仕方ない。
マヤノとマックイーンさんが片手づつ引っ張って立たせてくれる。
「テイオー、心も体も相当疲れているでしょう?
今日はもう寝て下さい。
見てるだけでハラハラしますわ。
……あと、さっきから心の声が漏れてましたわよ」
「え……?」
「そうだよ、テイオーちゃん!
テイオーちゃんなんかいつもより表情が顔に出てて、めちゃくちゃ疲れてる顔してるのにさっきまで少し笑ってるから怖かったよ!
今もなんか清々しい顔してるし、思ってたより情緒不安定だったんだね」
「え……!?」
明かされた衝撃の事実。
僕がギャグ漫画にいたら驚きのあまり目が飛び出ているだろう。
それに追い打ちをかけるように僕のお腹からぎゅるるる〜と音が出た。
恥ずかしすぎてこの現実を見つめることが出来ない。
するとマヤノに手を掴まれる。
「テイオーちゃん!
ご飯、食べに行こっか!」
「ソ、ソウデスネ」
ボロボロな僕には圧に耐えきれず、条件反射で頷く。
「じゃあ、わたくしはこれで失礼しますわ。
テイオー、また明日、コミュニケーション力が弱くて元気ないつものテイオーを待っていますわ」
全く、一言余計なお嬢様だ。
僕も好きでそうなっている訳ではないんだぞ。
でも、普段通りに振る舞って日常に戻そうとしている心遣いがとても沁みる。
「ありがとうございます、マックイーンさん。
また明日」
「ええ、また明日。
おやすみなさい、テイオー」
因みに食堂に滑り込みギリギリセーフで晩ごはん食べていた僕は、食べ終わった後、待ち構えていた寮長にこれで2回目だよねと言われ、3回目は無いって圧をかけられてしまった。
マヤノに助けを求めるも、悪いのは全部テイオーちゃんだから仕方ないでしょ! と、正論で返されてしまった。
はい……おっしゃるとおりです……