新学期が始まった。
新入生が入ってきた。
だが僕の生活に特に変わったこともない。
練習もチームに入ったが、スピカは基本的に自由なのでたまにチーム内で併走することが出来たぐらいであまり変わっていない。
それ以外も一人で三食食べ、帰りにはちみーを舐め、帰ってからゲームして……といったふうに通常営業だ。
そういえばチームに入ったことを伝えたときのマックイーンさんの反応は面白かったな。
最初のほうなんてドッキリだと思ってたみたいで、
「テイオーがチームに入る訳がございません。
もうちょっと分かりにくい嘘をついたらどうですか」
なんて言っていたのに、話していくうちに真実味が増していく中
「え、本当ですの……?でも、あのテイオーですよ……?」
と信じられないものを見るような目に変わっていくのはいつ思い出しても面白い。
マヤノに言ったときは過剰なぐらいに「すっごーい!」「良かったね!」と言われた。
「最近のテイオーちゃんは何だか初めて会ったときのテイオーちゃんとは別人みたいだね!」
とも言われた。
会長に言ったときも沢山喜んで貰えたけど、
「私はテイオーと同じチームで走りたかったよ……」
としょんぼりされてしまったので「え、えーと、その〜……」とあたふたしてたら良い笑顔で、
「冗談だ。スピカで頑張るんだぞ」
と応援してもらえた。
さて、その快調な会長様との勝負の約束の時まであと少しだ。
僕の方の調子は良い。
調子は、だ。
走りはまだまだ安定しない。
一応、形にはなった。
だからといって実際のタイムはほとんど上がっておらず誤差の範囲内だ。
ボクの走り方なのにどうしてボクが走ってるときと違って格段に速くなっていないのか。
それは"僕"は"ボク"では無いからだ。
僕であっても練習し続ければ確実にタイムは少しずつ上がって行くだろう。
でも、それだと会長との勝負に間に合わない。
しかし、タイムを上げるには練習量が必要だ。
でも、僕はもうこれ以上練習すると身体に負荷が掛かり過ぎる。
つまり時間が足りなかったのだ。
この勝負に挑むには早すぎて、皇帝の実力の欠片を感じることが出来ないかもしれない。
そんな焦燥感が僕を襲う。
最後の最後の一手は、一応
まだそれはやりたくない。
でも、時が来たら絶対にそのカードを僕は切る。
結局それは遅いか早いかの問題で、いつかそうなる時は来るのだ。
僕が強くなろうとする限り、避けては通れない。
□ □ □ □
時間は早く流れ、気付けば会長との約束の時はもう明日に迫っていた。
「明日、派手に負けるところを見に来てください。マックイーンさん」
「テイオー……貴女、いつもの絶対に負けないという強気の姿勢はどうしたのですか?
まぁ、その目を見たら勝つことを諦めている訳ではないことは分かりますけども」
スピカのみんなには明日リギルで模擬レースしてもらうってことだけ伝えて練習をしていた帰り、マックイーンさんにも模擬レースをやることを伝えておく。
「それで相手は……シンボリルドルフさんですか?」
「凄い、マックイーンさんにも分かるんだ」
「当たり前です。
貴女があの方のことを重要視しているのは気付いておりましたし、それに少し学園内で噂にもなっていたので」
「噂?」
僕と会長が戦うことは僕と生徒会メンバー、リギルのトレーナーのおハナさんしか知らないはずで、このメンツは基本口が堅いので情報は出回らなかっただろう。
「はい、シンボリルドルフさんが最近トレーニングの内容が違っていて、まるでレース前のようだ、と。
何処かレースに出場する訳でもなく来たるべき戦いに備えているとしたら誰かと模擬レースでもするのではないかという内容です」
確かに会長はトゥインクルシリーズを引退してから、レース前以外身体能力を維持し続けるための基本トレーニングしかしていないと言っていた。
そんな会長が練習がいつもと違えば噂になるのも当然か。
「どうしてその相手が僕だと思ったの?」
「ほとんど勘ですわ。
しかし、貴女に負けを確定させるような相手なんて数が絞れますわ。
そして貴女の交友関係と照らし合わせたら自然と見えてきます。
応援してますわよ。
貴女が格好良く散るところをしっかりと目に焼き付けておきます」
「!……マックイーンさんは酷いなぁ。
そこは普通、勝つように応援するところじゃないですか?」
「貴女が派手に負けるところを見に来てくださいと言ったのでしょう?
もちろん勝てるように応援しますわ。
しかし、そんなに簡単に勝てる相手ではございませんし、なにより貴女が勝ってしまえば貴女がもうこれ以上強くならなくなりそうで少し怖いのです」
会長に勝てたらどうなるのか、勝てると一切考えていなかったので全く想像していなかった。
マックイーンさんは、それに、と付け加えて
「次に負けるところが見れるのはわたくしとの勝負の後ですので、貴女の珍しい負け姿をしっかりと観に行きますわ」
わたくし以外に負けないで下さいと伝えるマックイーンさんと僕は最高にライバル関係なのではないだろうか?
「マックイーンさんもあんまり僕以外に負けないで下さいね。
僕が勝ったときにあのマックイーンに勝つなんて……って評価されるぐらい凄くなってて下さいよ」
「勿論ですとも。
それに勝つのはわたくしですわ」
少しずつ遅くなる日の終わりにこれからのお互いの活躍を誓い合った。
全てはいつか来る約束の勝負の時のために。
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そして翌日の昼すぎ。
昼食を軽く摂取して、会長との勝負に備える。
勝負は3時からの予定なので、後一時間とちょっとある。
足に疲労を溜めない程度のジョグをして身体をほぐす。
ここのコース場はリギルが今日は貸し切っているようで周りにはヒトはいない。
勝負は始まる前から始まっているとよく言うが、それはレースでも同じだ。
体調やアップ、食事などレースで如何に全力を出し切れるかの調整が俗に言う始まる前の勝負だ。
身体の動かし方を一つ一つ確認して動きが悪いところが無いか確かめる。
この身体との付き合いはもうだいぶ長くなってきたが、ここ一年で何というかこの身体に僕が馴染んできた気がする。
こうやって動きを確かめているときにも細部まで自分の意思のまま動かしやすくなっている。
やはり
人間としての感覚を忘れ、ウマ娘としての感覚になったとでも言うべきか。
その時は近づいている。
□ □ □ □
「よっ!おハナさん」
「……あなた、今日は何の用?」
テイオーの応援にコースまで来たところ先客がいたようで挨拶する。
「そりゃあ勿論
今日はうちのチームメンバーのためにありがとうございますねぇ〜」
「先に目を付けていたのは私だったんだけどね……。
それにこの話を貰ったのはスピカに入る前だし、私はただ場をセットしただけだから感謝されるような事でもないわ。
どう、あの子と上手くやってる?」
「まぁ、ぼちぼちって感じだ。
基本的には今までの練習で上手く伸びていたからそれをやらせている。
変に俺が縛るよりはテイオーのやりたいようにやらせた方が伸びそうだからな。
時々テイオーはトレーナーに教えて貰うためのチームじゃなくて、レースに出るためだけのチームが欲しかったから入ったんだろうなって思っちまうよ」
俺が今のところ何かしてやれたことは特にない。
テイオーはチームに入ってからというもの、たまにあるミーティングや誰かに併走付き合ってと言われたら付き合う程度で入る前とは大して何も変わっていないだろう。
スピカの自由な雰囲気が決め手の一つにはなっているんだろうなと思うと、嬉しくもあり、しかし同時に少し寂しくなる。
「あら、随分弱気ね。
──あの子のこと、ちゃんと見ておきなさいよ。
誰だって一人で生きていけるほど強くない。
それはあの子だって同じはずよ。
貴方が目を離している隙にボロボロと崩れ落ちていることだって有り得るわ。
特に今、ほとんどのことを自分一人で回しているとなれば余計に気が付きにくい。
……あんな才能の塊、私ならずっと手の届く位置に置いて完璧に育てたいのにね。
それが多分、あの子には合ってなかったのでしょうね」
「忠告ありがたく承りましたよ。
俺がたとえ今必要じゃなくとも、必要なときにはちゃんと手を伸ばしてやるのがトレーナーとしての役目だからな。
まぁ、俺は俺らしいチームのやり方であいつらを支えていくさ」
何時でも頼ってくれとはテイオーには伝えている。
完璧なテイオーだからこそ何処か一つ崩れてしまっても別に耐えられてしまうだろう。
そして少しずつ壊れていることに誰も気が付けないまま、いきなり堤防が決壊するように一気に全てが崩れてしまうことは容易に想像出来る。
出来ればそうなる前に周りに頼って欲しいものだが……。
「相変わらず貴方らしいわね。
それでこの勝負、貴方はどうなると思うのかしら?」
おハナさんのその言葉にこの勝負の行く末を考える。
「普通に考えたらテイオーが勝つのは不可能だ。
もとより本人たちもそれは分かっているだろう。
問題は
トウカイテイオーという挑戦者がシンボリルドルフという皇帝に届く可能性を秘めているか。
それを見つけに行くのだろう」
「そうでしょうね。
それはルドルフからも聞いているわ。
『テイオーはいつか私を超えると言っていてね』と。
あの子のあんなに楽しそうな顔を自分のレースのことで見たのは久々だったからとても印象に残ってるわ。
私はリギルのトレーナーとしては届いて欲しく無いけど、ルドルフのトレーナーとして届いて欲しいわね。
何時までも王座で一人きりは可哀想でしょ?」
「……そうだな。
とにかくこれからのレースで分かるだろう。
トレーナーとして見届けなきゃな」
□ □ □ □
「ルドルフちゃん、今日は楽しそうね」
そう皇帝に話しかける怪物も楽しそうだ。
「そうか?マルゼンスキー。
いや、そうなのだろうな。
私はどうしようもなく楽しみだ。
今日、テイオーが何処までの輝きを魅せてくれるのか。
そしてこれから私たちのいるところまで来てくれるのだろうか、とな」
皇帝は嬉しかった。
皇帝をいずれ継ぐのではないかと呼ばれる帝王の登場が。
一時期は沢山いたライバルたちも落ち着いていた日常に現れた新しい風を。
「ルドルフちゃんはテイオーちゃんがここまで来てくれるって信じてるんだ」
「そりゃあそうさ。
テイオーは才能も有り、努力もした。
後は運が味方してくれさえすれば、いずれ必ず辿り着くはずさ」
皇帝は臣下の頑張りは知っていた。
その頑張りは報われるべきだとも思っていた。
「レースに絶対は無いわよ?」
「それはどうかな?
どうやら私にはあるらしい」
皇帝はターフに立てばそこには絶対があった。
今では絶対の象徴は皇帝だ。
「ふふっ、そうね。
楽しんでおいで、ルドルフちゃん」
「あぁ。
君にも良き挑戦者が現れるといいな」
「えぇ、その時を私も期待してるわ」
勝負の時。
皇帝は挑戦者が待つターフへと舞い降りた。
怪物は今日も来たるべき時を待ち望み爪を研ぐ。
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お互いの準備も完了し、定刻となった。
広いコースの上には今、僕と会長しかいない。
「会長、今日はよろしくお願いします」
「あぁ、テイオー。
お互い良い勝負にしよう」
そう握手を交わすとスタート役のエアグルーヴさんのいるスタートラインでスタートの合図を待つ。
「会長、テイオー、準備はよろしいですね」
「ああ」「はい」
「それでは、位置について」
来るぞ。
始まるまでのこの一瞬の間、空気が静まり、音が世界から消え、集中力は極限まで高められる。
「よーい、スタート!」
その合図とともに静寂な世界から、自分の足音と呼吸音しか聞こえない音が遠い世界へと飛び込む。
今回のレースの距離は2400m。
どちらかと言うと僕にとっては長めの距離だ。
距離が伸びれば伸びるほど日々の努力が物を言う。
単純な実力差が勝敗を決める。
短距離も努力が必要だが方向性が違うと思っている。
短距離は才能を努力で磨き上げて、長距離は才能の上に努力を積み重ねる。
つまり何が言いたいかと言ったら、たとえ僕の才能が皇帝と同じだったとしても、今の時点でまともに戦えば勝てるわけが無いということだ。
後手に出たら勝負にすらならない。
まずはハナをとって1コーナーへ入る。
思ったより簡単にハナをとらせてくれたのは、会長が僕と勝負した上で叩き潰そうという考えの上だろう。
後ろの圧を感じながら2コーナー。
まだゴールは遠い。
会長も仕掛けるのはまだ先だろう。
仕掛けられる前に飛び出なきゃ駄目だ。
『今日のカイチョーなら多分4コーナーの入り……ううん、3コーナーの途中で仕掛けるんじゃないかな』
なら僕は3コーナーに入る手前で……いや、それでも駄目だな。
向正面に入ったらペースを上げてスパートに入るまでに徐々に最高速に近づけて行こう。
『体力は?』
持たない、最後の坂でもう切れるだろう。
そこからは気合いだ。
そして最後の坂の時点で抜かされていなければ合格点だ。
はは、僕らしくない逃げ戦術ってやつだな。
コーナーが終わり直線になった。
あと3分の2だ。
ここから僕はペースを上げる。
ピッチはそのままストライドを気持ち大きくして前へ前へと進む。
後ろから聞こえていた足音が小さくなる。
ここで出来る限り差を広げろ。
練習によって増えた体力を惜しみなく、だが効率的に使い身体を突き動かす。
脳内でリズムを刻みながらピッチが上がりすぎず、下がりすぎないように駆ける。
直線もあと少しで終わる。
ちらっと後ろを見て会長との距離を確かめる。
だいたい2バ身ほどか……?
まだ駄目だ。
せめて向こうがラストスパートに入る前に7〜8バ身は無いと最終直線勝負にすらならない。
さっきのアップの時のボクとの会話を思い出す。
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『カイチョーと最終直線で勝負するためにはどうしたら良いかって?』
うん、勝負にすらならなかったら僕がどれぐらい皇帝と実力が離れているか遠すぎて分からないからね。
『そうだなぁ……。
まず最高速で現時点で負けているボク達が最終コーナーで会長より後ろにいる時点でもう無理だし、前にいたとしても少しぐらいの差なら一瞬で抜かされる。
カイチョーが上がってくる前に5バ身ぐらい、いやもうちょっと必要だね。
7バ身は欲しいかな』
苦しいな。
『仕方ないよ、君はまだ成長過程。
完成形と言っても良いカイチョーと勝負するにはそれぐらいの差が必要だね。
もっともその差をどうやって創るのかっていう大きな大きな問題があるんだけど……』
それは……本番なんとかするよ。
『くれぐれも身体を壊すぐらいのことは今回は止めてね。
まだ、これは模擬レースなんだ。
道は始まったばかりなんだよ』
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ボク、道は始まったばかりって言ったよね。
でもここで道が見えなくなるのは嫌だ。
だから、
『分かってるよね、覚悟は良いの?
これで君は走り、皇帝を超える使命に縛られるんだよ?』
当たり前だ。ここでやらなきゃ後悔する。
『なら、良いよ。
それに今回はこの身体は君の物だ。
君が進みたい道へ使って。
でも、今限界は超えちゃ駄目だ。
まだ身体に力が馴染みきってない。
許容量を超えたらすぐに壊れるからね。
でも、いつか大丈夫になるはず。
──ありがと、また会う日まで』
そう言うと僕と
元人間だからこそ分かることがあった。
ウマ娘の身体も本質的には人間とほとんど変わらない。
でも決定的に違うのはここではない平行世界の馬の名を受けて誕生することだ。
そしてその馬の名を冠した魂を通して前世にいた馬と同じレベルの力をウマ娘の身体で出力する。
僕はトウカイテイオーという身体で動いているが、私自身はトウカイテイオーでは無い。
恐らくトウカイテイオーは向こうの世界で物凄く強かったのだろう。
私と言うフィルターを通しても周りと戦えるほどの力があった。
ボクと初めて話した時、『君とボクの存在が少し近くなったからこうして会話出来るようになった』と言っていた。
最近はボクも簡単に僕の身体を動かせるようになった。
もうほとんど僕とボクという存在に差が無くなってきたってことのはずだ。
趣味が増えるたび、走り方のマネが上手くなるたび、性格が明るくなるたび、僕はボクになっていく。
ドッペルゲンガーはお互いに存在を歪め合う。
ぼくたちは生きていく上で相容れない存在となり始めてきたんだ。
さぁ、こっちにきて。
すべてのちからをくださいトウカイテイオー。
わたしは、ぼくは、ぼくたちは、いや、
──
ボクは最強無敵のトウカイテイオーだ。
だから力をもっと寄越せ!
この身体はボクの物だ!
『──これからは君がボクだ。
ボクは君の力であり続けるよ』
あぁ、ありがとう。
ボクは勝つよ。
今は無理でも君の力を使いこなす。
そして、今度こそ夢を。
君の夢の分も背負って走るから。
今までありがとう。
そして、よろしく。
僕は
そして表面上の制御を全て
一瞬、頭が痛くなり様々な情報が通り過ぎるように流れてくる。
そして少しすると五感から来る情報が増える。
足に込められる力も多くなったと直感的に分かる。
今まで意識して走っていたフォームが無意識的に行えるようになっていく。
行くよ!ともう一人のボクに宣言するが反応は、無い。
でも分かる、ボクならもっちろん!勝ちを狙って行くよ!と言うって。
勝利への歩みを進める。
負けるなんて有り得ない。
──ボクたちの最強伝説はここからだ。
次回ちょっと説明回&決着。
マックイーン視点は話が一段落したら計画してます