トレセン学園には予想通り簡単に入学出来た。
面接で落とされないか心配だったが「この学校で走る意味を見つけたい」みたいなことを言ったら、通っていた。
もしかしたら筆記と実技だけで通ったかもしれないが、入学してしまえば結局のところ関係無い。
入学してから特に変わったことはこれと言ってない。
毎日授業を聞き流して、放課後トレーニングを一人で黙々としたあと、学園外を走り回るだけだ。
学園外を走り回っているときにふと見かけたウマ娘に人気らしいはちみつドリンクを飲んでみたが、美味しくてやばい。
一度飲んでから毎日朝か夕に摂取している。
あまり気づいていなかったがこの身体になってから信じられないほどの甘党になった。
特に、最近前までより力がついてきてから、その傾向は高まってきた。
そうでも無ければこのバケモノを飲むことはできないだろう。
学校生活も慣れてきたもので友達が出来たかというと出来ていない。
クラスの皆が周りの子に恐る恐る声をかけながら友達の輪を広げている中、僕は何もしなかったし話しかけられなかった。
ちょっとさみしい気もする。
こちらから話しかけようかと思ったこともあったが、皆レースへの意気込みというか、勝つために来ているため温度差を感じてしまって無理だった。
まぁ、前世でもほとんど出来ていないので、特別なにか変わったようなことでもない。
そんな僕でも唯一話すようになったのは、同室のマヤノちゃんぐらいだ。
そのマヤノちゃんとも僕から話しかけることは少なく、だいたい向こうから話しかけてくる。
「テイオーちゃんは走ってるとき以外はいっつも悩んだような顔をしてるよね〜! 何かで悩んでるのか分からないけど……怖くて決心してないような目をしてる……かも?」
マヤ分かっちゃったかも! と同じ部屋になってから少し経った頃に言われた。
一瞬ビクッとしたが、そうだなと言ってこの話を終わらせようとする。
う〜んなんだろう、過去になんかあった感じ? とボソボソ言いながら思考に耽るマヤノちゃんに心を見透かされていくようでなんだか怖くなり、ほらもう寝よ? と催促する。
はーいと返事が帰ってきたので、部屋の電気を消してこの話は有耶無耶にしておいた。
でも、あの天才ちゃんには有耶無耶にしたこともバレているだろう。
幸いマヤノちゃんは、この日の後にこの類いの話は振ってこなくなった。
そんなこともありながらある日、新入生全体で入学後初となる選抜レースがあった。
レースがあると聞いたときは、そこそこの力で走って勝てなくても良いやと乗り気では無かった。
勝つ気持ちで行って、負けてしまうのが怖かった。
今回の選抜レースは左回り1600m
スタートと反対側にあるゴールを目指す。
1600m、トゥインクルシリーズの有名なレースばかりを見ていると短く感じるが、得意な距離が違い、まだ個人に合った距離がはっきりしていない段階でレースとして行うには丁度いい距離だ。
係の人の案内で続々とスタートラインに並んでいく。
僕も周りの様子を見ながら大外にある今回のスタート位置に行く。
スタート前ということで緊張した空気が漂うなか、明らかに僕だけ集中力が無いというか気が抜けていた。
なんだか僕だけ勝ちたいという気持ちが無いまま乗り組んだ、まるで戦場に周りのみんなは実銃なのに、ゴム銃で乗り組んで行ってしまったような感じだ。
スタートの合図が出た。
それに合わせてちゃんと前に走り出す。
前に二人抜け出して行く。
これが所謂逃げ戦術かと考えながら、僕は直感的に3番手集団の最後尾に付けていた。
下り坂が始まりそのまま3コーナーに入る。
先頭の二人のスピードはまだ落ちて来ない。
僕がいる集団の隊列がコーナーに入った途端、だんだん縦長になってきた。
スピードを落とすのが嫌だったので僕は外にずれて、ちょっとだけ集団内の順位が上がる。
下り坂が終わって4コーナーに入る。
先頭のスピードが少し落ちてきたようだ。
それでもまだ3番手集団とは5バ身ほどある。
コーナーも終わりに差し掛かり集団の前の方がスパートに入ったようで、集団の速度が上がる。
僕もそれに合わせるようにスパートに入る。
先頭の二人はスパートする余裕は残っていないのか、後方との距離はもう2バ身ほどだ。
僕はスパートに入ったのは良いものの、周りと速度はそれほど変わらず、このままだと1着は無理だな。
そう思っていた。
『勝たなきゃ、
ふと、
その瞬間、身体が引っ張られた。
一歩目を踏み出す。
姿勢が切り替わった。
二歩目を踏み出す。
足と腕の動かし方も切り替わる。
三歩目を大きく踏み出す。
大地を大きく踏み締めて一気に加速した。
今、
僕ではない
それは一歩一歩のストライドが大きく、足を高く上げた特殊な走り方だ。
速度が一気に上がる。
坂に入ったが勢いは衰えない。
周りの娘たちを抜き去り先頭に立つ。
坂が終わり残り300m全力疾走している。
そしてゴールしていた。
結果は圧勝だった。
僕にはゴールした実感が全く無かった。
何が起きたか分からなかった。
突然、声がしたと思ったら、身体を乗っ取られて、動きが変わった。
おそらくさっきのは、僕のこの世界に生まれてから走ってきた経験による走り方では無い、トウカイテイオー本来の走り方だろう。
そんな呆然としている僕の周りで、レースに勝てず悔しがっている娘たちに申し訳無くなってきて、静かに観客席の方に移動する。
客席に座ったところで、ポケットに入れておいた棒付きキャンディを咥えて糖分を少し補充して、さっき起こったことに頭を回す。
少し足が痛む。
今の自分の力を超えるスピードを出したからだろうか?
それともそもそも足に負担をかけるような走り方だったのだろうか?
前世の故障したときのトラウマから今日は足のケアをしっかりしよう、と思っていると、次のレースが始まった。
お、マヤノが出ているようだ。
なんでもすぐに分かっちゃう天才の走りはどんな走り方なのか気になるところだ。
スタートは良かったと思ったが、どうやら後方で様子を見るつもりのようで、僕と同じように集団の最後尾につけている。
3コーナーに入ったところでマヤノは動き始めた。
どんどん抜かしていき4コーナーに入るころには、あとは先頭の逃げだけといったところまで順位を上げていた。
そして、今まさにその逃げていたウマ娘も抜いて、先頭に立って直線に入った。
凄い。
いつもは子どもっぽいなぁとか思っていたが、走っている姿はとてもさまになっていた。
マヤノちゃんはそのまま先頭を維持したままゴールした。
ゴールしたあと何やらキョロキョロとして何かを探しているようだが、僕と目が合うと観客席に乗り込み僕の隣まで走ってきた。
「テイオーちゃん! テイオーちゃん! さっきの凄かったよ! ねぇねぇ、どうやったらあんなにバビューン! ってできたの?」
いきなりテンションが高い状態で話しかけてくるものだから言葉につまる。
「ま、マヤノも凄かったよ」
「ぶ~ぶ~!
マヤはね、テイオーちゃんなんかやる気無さそうだからあのレース負けちゃうかも〜って思ってたのに、いきなりバビューン☆って飛び出して、ゴールまでシューって行っちゃったからびっくりしたよ!」
僕にも分からないけど、分からないってそのまま伝えるか?
自分じゃない自分が出てきたみたいなことを本気で言えばいいのか……?
うーん、なんか急に頭おかしくなっちゃったやばい奴みたいで、とても言いにくい。
「それでそれでっ! ……って、テイオーちゃんっ! 聞いてるの!? 今、テイオーちゃんのことを聞いてるんだから、ちゃんと答えてよ〜」
「ごめん、マヤノ。考えごとしてた」
「ほら〜! やっぱり聞いてないじゃん!」
ごめんごめん……だからごめんってば、とマヤノの機嫌を直そうと謝っているといつの間にか最後の選抜レースも終わっており、今日はお開きのようだ。
僕は足の様子を確認するために軽く走ろうと思い立ち上がる。
「マヤノ、僕はこれから少し走るけどどうする?」
「う〜ん……マヤはいいかな〜。
その様子だとテイオーちゃんはいっぱい走りそうだから、先に戻ってるね!」
誘ったのに断られたみたいな返しに、ちょっとさみしくなる。
別に誘ったわけでは無かったけど、マヤノの練習嫌いは相変わらずのようだ。
マヤノがトレーニングに出ているのは最初の一回しか見ていないような気がする。
それでも選抜レースで勝っちゃうもんだから、やっぱり才能ってことなんだろう。
マヤノが元気よくこっちに手を振って、じゃあね〜と言ってきたので右手を軽く振っておく。
僕は一人でトレーニングコースに来た。
選抜レースの後ということもあり、トレーニングコースにはダウンをするウマ娘たちはいても、本気で走るようなウマ娘はいない。
僕も取り敢えず一周軽くジョグする。
さっきの痛みはもう感じないが、ああいったことを無視していると、いつの間にか積み重なって痛い目を見るのだ。
コーナーの終わりが近づき一周がもうすぐで終わる。
ふと、さっきはここらへんで切り替わったなと思い、ちょっとした出来心で速度を上げる。
そしてさっきの動きを思い出して、一歩二歩三歩と、あのときの動きをなぞって進もうとする。
だが、そう簡単に成功はしなかった。
二歩目で姿勢が崩れてスピードが落ちる。
前傾姿勢になっていたのでそのまま転びそうになるが、なんとか転ばずジョグに戻る。
練習中に転んで怪我をした日には、もう目にも当てられない。
ウマ娘はどれだけ力が強くても、身体の強度は人間より若干強いだけだ。
どれだけ調子が良くても、全力疾走のときに転んだらあの世に行ってしまう、なんてことはやはりあるらしい。
死ななくてもトラウマになって走れなくなるウマ娘も多くいるようで、授業でもトレーニングでも散々気をつけろよと言っていたことぐらいは覚えている。
しかし本当になんだったんだろうか。
コースを外れてストレッチをしながら考える。
うっすらと聞こえたときに言っていたことで頭に残っている"無敵のトウカイテイオー"。
もしかしてトウカイテイオーは前世の世界の方では無敵の存在だったんじゃ無いのか? と思えてくる。
しかしながら、その魂を受け継いだのがこんなので申し訳なくなってくる。
その予想が正しいなら常に勝っていたトウカイテイオーが自分の魂を受け継いでいるのにも関わらず、不甲斐なく負けそうな僕を無理やり勝たせるために出てきたのでは無いだろうか。
そのことがトリガーなら今の僕だったら毎回出てきちゃいそうだな。
でもそれで勝ってもどうなんだろうか……それは勝負に対する侮辱じゃ無いのか?
う〜んモヤモヤする……
こういったときは走るのに限るな。
幸い今日はまだトレーニングコースが閉まるまで時間はある。
足もレースが終わった後ほど痛まないので、そんな本気で走らなかったら大丈夫だろう。
そう思って、僕はまた軽く走り始めた。
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あれからかなり走っていたようだ。
空も赤く染まり始めている。
今日はもう充分走ったので練習は終わりにして、はちみーを買って部屋に戻ろう。
最後にストレッチは忘れない。
やるかやらないかでは次の日の身体の調子に関わる。
ストレッチを終えコースをあとにし更衣室に向かう。
更衣室で体操着から制服に着替えて鞄を持って外に出ようとする。
ん? 外に人の気配があった。
誰かを待っているのだろうか。
いやでも、選抜レースのあとにこんな時間までいるやつなんて僕しかいないよな。
取り敢えず悩んでいてもしょうがないので、扉を開け外に出る。
「ちょっと話をしても良いだろうか?」
どうやら僕を待っていたようだ。