※明日は無理です。
スペちゃんを探して三千里。実際はそれほど歩いていないが、長くて先の見えない地下通路をスピカの皆でぞろぞろと歩く。
さっき控室に行ってみたが空室だったので、アップしていると判断したからだ。
そして歩くこと数分、真剣な面持ちでジョグをするスペちゃんを見つけた。
……話しかけにくい。皆で顔を見合わせ、誰が声をかける? という雰囲気になり、スズカさんの方に視線が集まる。
スズカさんもそうなることはなんとなく想像していたようで軽く頷く。
「スペちゃん」
そう一言。足音ばかり鳴り響く地下通路に声が広がる。
すると真剣な表情から一転、笑顔でこちらに走ってくる。
「スズカさん! それに皆も! どうしたんですか?」
「ふふっ、スペちゃんが心配で皆で来ちゃったわ」
「スペっ! お前なら出来る! 全員ぶっ潰してやれ!」
「スペ先輩! オレ、先輩が先頭でゴールするって信じてます!」
「スペ先輩、一番を取ってきて下さい!」
皆ここに来るまでに言うことを考えていたのだろう。思い思いの言葉を一言ずつ伝えていく。
「スペちゃん、夢を叶えてね」
そして僕も。
「ほら、マックイーンも」
「え、えっと……応援してますわっ!」
少し間が空いてしまったので肘で突いて次だよと伝える。まぁ、馴染みもまだまだ少ないからこれからもっと仲良くなるだろう。
「私、頑張ります! だから、見てて下さい!」
胸をピシッと張ってはつらつと答えるスペちゃんに、あ、今日は勝つなと何の根拠もない勘が働く。
「ええ。ゴールするところを楽しみに待ってるわ。
ごめんね、時間取っちゃって。
頑張ってきてね、スペちゃん」
「はいっ! 行ってきます!」
そう言ってスズカさんとの会話を終えると、走りながら後ろを向きながら元気よく手を振り、しばらくすると前を向いてアップに戻っていった。
「さて、アタシたちは急いでトレーナーの元に戻るぞ!
あんまり場所取りさせんのは、周りのやつらにも迷惑だしな」
行きと違い、ボク達も走って戻っていった。
□ □ □ □
「おっ、帰ってきた。
思ったより早かったじゃねぇか。
ちゃんと応援出来たか?」
「ええ」
「そいつは良かった」
スタンド席に帰ってくると、もうすぐダービーが始まるということもあって、大勢の人たちが出走を今か今かと待ちわびていた。
周りでは今日は誰が勝つのかという話が白熱していた。そこでよく出てくる名前が、スペちゃんとエルコンドルパサーさん、あとはセイウンスカイさんやキングヘイローさん辺りだ。
正直、他にも日本のクラシック級における最強バたちが集っており、誰が勝つかとは簡単には予想できない。だからこそ、この中で勝つことで日本一のウマ娘に近づける。
だが、ボクはスペちゃんが勝てると思ってる。
過去の僕が競馬をやっていたなら単勝一万円入れちゃうぐらいには、勝つと思ってる。……一万円だと、どれぐらい勝つと思ってるか分かりにくいな。
まぁ、それだけ信じているのだ。我らがスペシャルウィークが勝つということを。
それは人気にも表れた。並み居る強豪の中、堂々の一番人気。ボクの一押しのウマ娘です(実況解説)。
わぁぁあああ!! と歓声が上がった。
その声たちに釣られ、コースを見ると遂に入場が始まったようだ。
一人一人出てくるたびに大きな声が上がるが、一際その中でも目立っていたのは、やはりエルコンドルパサーさんとスペちゃんだ。
今回、二人の人気は皐月賞バのセイウンスカイさんを差し置いて1番と2番だ。
「仕上がりは見る限り、皆さん良好ですね」
「スペも完璧の完璧。あとは運が味方するかだ」
レースのシステムが安定してきたあたりから言われ続けていることがある。
皐月賞は、最も
ダービーは、最も
菊花賞は、最も
このことを知ったのは学園に入ってからしばらくしてからのことだが、知ったときに三冠バが物凄く強いんだということも改めて分かった。
クラシック三冠の冠は毎年必ず3つ用意される。
ただしその3つ全てを冠するには、才能も、努力の成果も、勝利の女神も、全てを味方にしなくてはならない。
今日は日本ダービー。勝利の女神は誰に微笑むのか……なんてね。
『ゲートイン完了、スタートの準備が整いました』
アナウンスとともに、ざわついていた空気が少し静かになる。
『スタートしました!』
だが、スタートと同時に周りの熱気がどんどん上がる。
ちょっと耳にきついな……。感覚が上がったことで不便になったことの一つだ。
ウイニングライブも客席側だとそこそこきつい。
そんなボクはさておき、レースは澱みなく進む。
先頭はキングヘイローさん、続いてセイウンスカイさんとなっており、我らがスペちゃんは中団につけている。
そしてその後ろにぴったりとエルコンドルパサーさんがマークしている様子だ。
先頭も変わらず、中団に大きな動きもないままレースは進む。
スタンド席でみんな自分の応援する子が何処にいるか必死に目を凝らしながら、今後の展開に注目する。
するとエルコンドルパサーさんが仕掛けた。
スタンドから、大きな歓声が上がる。
それを見たスペちゃんも仕掛けた。
一人、また一人、どんどん二人は追い上げあっという間に先頭集団も追い抜き、事実上の二人の対戦となる。
周りからは「スペ」や「エル」と言った悲鳴にも近い声があちこちから聞こえるが、情報が多すぎてきついので耳からの信号をシャットアウトする。
状況としては先に仕掛けたエルコンドルパサーさんが前にいてスペちゃんが不利な状況だ。
まずい。
エルコンドルパサーさんはNHKマイルに勝ったりなど、スピード面で優れている。
いくらスペちゃんと言えどこのままじゃ、追いつくことは出来ない。そう思いかけていた、次の瞬間だった。
──世界が、止まった。
白黒の世界。一度だけ来た世界。
だが、すぐに引き戻され、時は流れ出す。
あの世界で今、色があったのは──スペちゃん?
そこから何が起きたのか、あまり上手くは言えなかった。だが、あれは今まで見たスペちゃんの中で一番速かった。
勝利の女神さまは、居るような気がした。
『ゴール!!!!
最後、スペシャルウィークがならんだぁ!!!』
実況の興奮した声でボクの世界に音が戻ってくる。
勝ったのはどっちだ?
皆そう思っているようで、ソワソワしながら判定の文字から着順が出るのを待つ。
今のはどっちが勝ったに決まっているという論争が激化するが、その結論は中々現れない。
「写真判定でこんなに出るの遅いことってあったっけ?」
「有るには有る。めちゃくちゃレアケースだが同着か疑わしいときだ。
G1で一着同着はまだ無い。でも、皆が注目してる中でこの遅さは相当入念にチェックされているはず。
俺としてはスペに勝っていて欲しいが……」
もちろんボクだってそうだ。スペちゃんには勝っていて欲しい。
皆その気持ちは同じようで浮ついた感じになっている。
でも一番この結果が待ち遠しいのは、ターフの上で掲示板を見つめるスペちゃんとエルコンドルパサーさんの二人のはずだ。
『大変長らくおまたせしました』
実況でも解説でもない人のアナウンスが入る。
そのことに全員が、今から結果が発表されることを察する。
『審議の結果、只今のレースは
同着という言葉が聞こえた瞬間に大地が割れるような歓声が響き渡る。
慌てて耳を塞いで周りの様子を見ると、皆凄く納得した顔で二人の健闘を讃えている。
G1、それも日本でとても重く見られている日本ダービーで一着同着。
勝利の女神が作ったにしては都合の良い話だが、こんなことも有っても良いのだろう。
□ □ □ □
「「「「カンパ~イ!!!!」」」」
「さぁ! どんどん食え! 今日はどれだけ食っても良いぞ!」
日が落ちてからだいぶ経ったが、スピカの部室は大盛りあがりだった。
「皆、応援ありがとうございました!!
最後、諦めそうになったけど、皆さんの声を頂いてなんか力がぐわーって上がって一着取れました!」
「最後のスペ、ホントにヤバかったぞ。
ほら肉食え、肉。お前のためにトレーナーが身銭を切って奮発したんだから、食ってトレーナーの思いを引き継げ」
「ありがとうございます!!」
「いや、俺死んでねーよ!」
笑い声が飛び交い、楽しくスペちゃんの勝利を祝う。
このチームに入って良かったとつくづく感じる。
ふと静かだなーと思い、マックイーンを見ると端っこでこちらの様子を微笑みながら見ていた。
「マックイーン、こっちに来ないの?」
「いえ、
それにまだ入ってから日も浅いですので、少し輪に入っても良いものかと……」
「なんだ、そんなこと気にしてたの?」
「そんなことって……」
「そんなの誰も気にしてないって。
まぁ、そんなに言うなら気にしないけどさ。ほらボクとは仲良く食べようよ」
「えぇ、ありがとうございますわ」
少しボクも輪から離れてマックイーンと二人で話しながら食べる。
ボクやマックイーンが勝ったときには、こんなふうにボク達が中心でパーティしてくれるかな?
その後もパーティーは楽しい雰囲気が続き、
「テイオー! なんか一発芸やれ!」
「えっ? ボク!?」
ゴルシの突然の無茶振りに密かに練習していたルービックキューブを15秒で6面完成させてみせて変な空気にさせたり、
「スズカさん……もう食べられませんよ〜〜」
「はいはい、スペちゃん」
スペちゃんが食いだおれてスズカさんに介抱してもらったり、
「スペ──っ!! ホントにお前は凄いやつだ!! 俺が認める!! お前は日本一のウマ娘だぁぁ!!!」
「……すぴー」
一人酒に酔ったトレーナーさんが号泣しながらスペちゃんを褒めまくっていた。本人は寝てたが。
そんな楽しいパーティーも終わりを迎え、絶賛片付けをしているわけ何だが……。
「テイオー、お前一人だけの予定だったが二人増えたぞ! 良かったな!」
「ゴールドシップさんは口よりも手を動かしてくださいまし」
「ひぇー、マックちゃんが怖いよー。テイオー助けてー(棒)」
「えぇ……」
成り行きでゴルシとマックイーンとボクの3人で片付け中だ。
スペちゃんはそこでお腹を膨らませてなんとも幸せそうに寝てる。
スズカさんはトレーナーさんの介抱をしている。
ウオッカとスカーレットの二人と言えば、二人も大食い勝負の激戦の上、腹を大きくしてノックアウト中だ。
という訳で隅っこで食べてたボクとマックイーン、それに加えてゴルシの3人ってことだ。
「全く……皆さんはしゃぎすぎですわ」
「良いじゃねぇか、チームメンバーの喜びを分かち合うことは大切だぞ?」
「そうですけれども、流石にこの惨状はどうかと思いますわ」
確かに地獄だ。まだ誰も吐いていないのが救いなレベルには。
「でも、楽しかったね」
「ああ、そうだな」「そうですわね」
また、こんな機会があると良いな。
出来ればボクの勝利によって。
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