シャニマスレ◯プ!プロデューサーと化した野獣先輩 作:ここあらいおん
今から約20年前。
科学技術が著しい進化を果たした一方、大規模な戦争による大量殺戮が世界中で相次ぎ、“人類史上最悪の時代”とも謂れた20世紀の末。
混沌とした時代であった20世紀晩期、東洋のとある小さな島国に「野獣先輩」と呼ばれるホモビ男優が居た。
周囲の共演者たちとは一線を画す、迫真に満ち溢れた演技。
老若男女問わず生理的拒絶反応を起こす甲高い喘ぎ声。
修羅さながらに後輩を追い詰める、鬼畜外道な人間性。
その卓越した才能を武器に淫夢ファミリー最高戦力とも呼ばれた野獣先輩だったが、後に訪れる新時代(世界的淫夢大流行時代)の到来と共に人々の前から姿を消し去り、時の流れと共にその存在は「都市伝説」という名の伝説と化していくこととなる。
––––そして物語は、2020年4月東京下北沢から始まる。
Prologue シャイノグラフィ
「……どうしたものか」
「どうしたものですかねぇ」
東京郊外に拠点を置くとあるアイドル事務所。
窓から差し込む春の日差しとは対照的に、シワひとつないスーツを着た男と、若い女性の二人だけの部屋はどんよりとした空気に包まれていた。
一年ほど前に芸能事務所として立ち上げた283プロダクション、その社長である天井努は深刻な問題に直面していた。
事の発端は数ヶ月前、自身が偶然帰宅途中に見かけた少女––––浅倉透に声をかけたことだった。
中性的ともいえる端正な顔立ち、どことなく漂う並々ならぬオーラ。
この業界に身を置いている人間であれば、誰もが惹かれるであろうほどの素質を素人ながら兼ね備えていた浅倉に、天井は一瞬で心を奪われ、そして躊躇いもなく声をかけた。
「アイドルに興味はないか」
「君なら間違いなくトップアイドルになれる」
数日にも及んだ熱心なスカウトは実を結び、思わぬところで思わぬ才能の原石を見つけた天井は浅倉を283プロに招き入れることに成功。だが浅倉が283プロにやってきたことがキッカケで嬉しい誤算と、良くない誤算が同時に生じてしまった。
嬉しい誤算だったのは、浅倉がアイドル活動を始めたことで彼女を慕う幼馴染の市川雛菜と福丸小糸が芋づる式で283プロにやってきたことである。二人とも動機が「浅倉がやるから自分もやりたい」という決して褒められた内容ではなかったものの、天井は二人の直談判をすんなりと受け入れた。浅倉ほどではないにせよ、二人からもそれなりのアイドルとしての素質を感じ取り、ここで見す見す逃すのは惜しい人材だと判断したからだ。
アイドルの素質を持った子が何も動かずとも勝手にやってきてくれた、こんな美味しい話はそうそうない。だがその結果、想定外だったアイドルが浅倉のみならず、二人も増えてしまうことになってしまった。
一人だったらまだどうにでもできる。
既存のユニットに追加メンバーとして組み込むことだってできるし、比較的ユニットの人数が少ないプロデューサーに預け、ソロで活動させることだってできたはずだ。
だがそれは一人だからこそできることで、それが三人になってしまうと話は当然変わってくる。現状どのユニットのプロデューサーも自分たちのところのアイドルだけで手一杯であり、他のユニットを掛け持ちで見たり、一気に3人の新人アイドルの面倒を見れるほどの余裕なんてものは持ち合わせていなかったのだ。
これが天井の頭を悩ます、浅倉が引き起こした良くない誤算だ。
数日熟考した結果、天井は三人を既存のユニットに組み込むのではなく、新たなユニットを結成させることに決めた。
そうなると当然3人の面倒を見るプロデューサーも必要になる。何かと資金力に乏しい立ち上げ一年目の新興プロダクションにとっては痛い人件費がのしかかることとなるが、これも一種の先行投資だと捉え、新たに一人のプロデューサーを採用するにした。したのだが––––。
「……まさか過去にホモビ出演歴があったなんて、さすがにたまげますよね」
求人サイトの募集を介して面接に来た男の内定が決まって数日、事務員である七草はづきがインターネット上で何気なく新プロデューサーとなる予定だった男、TDNの身辺調査を行ったところ、過去にホモビ男優として活動していたことが発覚。それもその界隈ではそれなりに知名度があった名俳優だったようで、この過去を重く受け止めた天井は彼の過去を年頃のアイドルを担当させるのは不適切だと判断し、泣く泣く採用を見送ることにしたのだ。
こうして再び求人サイトで新プロデューサーを募ることになったわけだが、その作業は難航を極めていた。
端的に言うと、283プロは清々しいほどにお金がなかったのだ。
創設一年目で20人のアイドルと複数人のプロデューサーを抱えているだけあって、想像以上に人件費が予算を逼迫。人手不足でもあったが、それと並行して資金繰りの問題が発生していた。
かと言って将来を担うアイドルの卵を預かる人間だけに、誰でもかんでも採用するわけにもいかない。
求める人材レベルは高いくせ給料は薄給––––……、そんな募集条件と給与だけでブラック企業だと一目で分かる案件に食らいつく阿呆な有能なんているはずがない。万が一いたとしても、それは英語力堪能で体力も礼儀もある体育会系出身、されど過去にホモビに出演した過去のあるTDNのような、何かしら大きな地雷を抱えた理由ありの人材だけなのだ。
こんな本末転倒になるくらいなら、そもそも浅倉に声をかけるなという話になるのだが、業界人としてあの才能を放っておくことなんてできるはずもなく。
––––はたして、どうするべきか。
天井の下に一通の応募メールが届いたのは、そんなどうしようもない現実に絶望しつつあった時だった。
不自然な静寂に包まれていた部屋に、インターホンの音が一度だけ鳴り響く。
玄関に通ずるモニターの方へと向かうはづきの後ろ姿を見て、天井はいつの間にか時計の針が約束の時刻を指していたことを知った。
「……社長、本日面談予定の方が来られたみたいですよ」
「分かった。玄関を開けてここに通してくれ」
はづきは来訪者に対してモニターの画面越しに応対すると、一度だけ天井の方を向いて頷いてから部屋を出た。その横顔が心なしか困惑したような表情にも見えたが、天井は何も触れずに退室するはづきを見送った。
そしてはづきが部屋を出た数分後、二度部屋のドアがノックされ、
「おっす、お願いしま〜す!」
クッソ汚い声と共に、汚物の擬人化のような風貌の男が天井の前へと姿を現した。
☆★☆★
常識はずれの挨拶と、妙になれなれしい声。
来訪者の入室と共に部屋の空気が一瞬でガラリと変わる様を天井は直に感じた。まるで一ミリも動かなくなるまで張り詰められたギターの弦のように、部屋中にほとばしる緊張感と圧迫感。様変わりした空気の重さに呆然とするあまり、息をつくことさえも忘れ、慌てて唾を飲み込む。
天井の今日までの芸能界でのキャリアは決して短くはない。そのキャリアの中で天井は大勢のアイドルの卵たちと出会い、そしてその中の幾つかは思わず言葉を失くすようなほどの煌めきを持つ者たちもいたはずだった。
だがこの男を一目見た時に天井が感じた衝動は、そんな煌めきたちがか細い光だったと思ってしまうほどの輝きを兼ね備えていた。
––––この男は一体何者なのか。
その正体が、ネット上に蔓延る幾千幾多の研究者たちが総力を上げても特定できなかった伝説のホモビ男優だと、天井は当然知る由もなく。
「そ、それでは早速面接を始めさせていただく!」
「おう! いいよこいよ〜」
男がパイプ椅子に着席したのを確認して、天井はわざとらしい咳払いを挟んだ。男はやはり緊張感のかけらもない言葉を発していたが、完全に彼の異様な空気に飲み込まれていた天井にはそんなことを気にする余裕すらもない。
「名前は田所浩二、さん……。では最初に年齢を教えてもらえるか」
「45歳です」
「45歳? もう働いてるの?」
「学生でした」
「あっ……、ふーん」
年齢に似付かないフレーズが飛び出し、慌ててプリントアウトしていた彼の履歴書に目を通す。履歴書の職歴の欄の上部分には“株式会社CO◯T”などという見慣れない社名が書かれていて、その下から現代まではアゼルバイジャンといったこれまたあまり馴染みのない国名と語学学校と思われる英語が記載されていた。
TDNの不祥事のせいで誰も望んでいない陽の光を浴びしてしまった『真夏の夜の淫夢』、通称“淫夢”。そんな淫夢が社会現象になり始めた2010年、ホモビを見て嬉々と喜ぶ日本国民に愛想をつかした田所は独りアゼルバイジャンに亡命していたのだ。これがいつまで経っても日本国内で野獣先輩が発見されなかった原因だった。
ちなみに彼の亡命を助けたのは、とある某動画配信サイトである。
淫夢ブーム到来時、主に野獣先輩をオモチャにした動画が星の数ほど投稿されたのを見て、田所は何度も某動画配信サイトの本社に動画を消すよう依頼したことがあった。だが動画配信サイト側は淫夢ブームが自身たちのサイトの知名度を爆上げする起爆剤になると判断し、田所の依頼を却下。その代わりに今後の生活費を支払い続ける条件を提示し、田所を日本人と殆ど縁のないアゼルバイジャンへの亡命を促したのだ。
ちなみにちなみに、田所がこうして日本に帰ってきて就活をしているのは、語学留学の名目でアゼルバイジャンに半永久的に滞在し続ける田所の生活費を、近年運営が傾き始めた某動画配信サイト側が工面するのが厳しくなったからである。
(履歴書だけ見ればなんの変哲もない、ただのプー太郎じゃないか)
当然田所の素性を知らず、この履歴書と自分が感じた衝動のギャップに疑問を感じていた天井。だが僅かな経歴の下に書かれた特技の欄が彼の目を一気に引き寄せた。
「この特技に書かれている、『演技』というのは? 俳優や舞台経験でもやっていたのか?」
「やってましたねぇ!」
待ってましたと言わんばかりに、水を得た魚のようにイキイキと話す田所の様子を見て、これがただのハッタリではないことを察した。
職種も書かれていないため唯一の職歴である株式会社CO◯Tが何の会社なのかは分からないが、初見で感じたあの衝動––––、もしかしたら田所は現場経験者のある業界人なのかもしれない。微かにだが全く正体が掴めなかった田所の姿が見えてきた気がして、天井は切り込んでいく。
「出演作品は?」
「それは……、会社的にダメみたいですね」
「なら出演した作品のジャンルとか、それくらいならいいだろう」
「そうっすね〜。やっぱり王道を行く純愛物とかですかね」
「純愛物––––、か。分かった。じゃあここで何か一つ、君の演技力を見せてくれ」
「いいっすよ。ほらほら、見とけよ見とけよ〜」
「ファッ!?」
天井は自身でもこの要求が度がすぎた無茶振りだと分かっていただけに、田所のあっけらかんとした態度は予想もしていなかった。
拍子抜けして思わず変な声を出す天井。そんな天井の前で何故か服を脱ぎ始めて上裸になる田所。
「良いっすか? はーい」
窓から差し込む優しい日差しが、ガッチリと鍛え上げられた田所の胸筋に影を作る。
呆然としたまま田所を見上げる天井は、次の瞬間、今までのつぶらな瞳が野獣の眼光へと姿を変えていく様を見た。
「……お前のことが好きだったんだよ!」
それはまるで女の子の特権と言わんばかりの大胆な告白。古今東西、世界中で使い古されたフレーズだった。
だが田所が言い放ったその言葉は、パステルよりも繊細で、モノクロームより純粋で、プリズムより多彩な色を持っていた。透明になるほどまでに使い古されたフレーズは田所によって鮮明なシャボン玉色へと姿形を変え、そして光空から一直線に落ちてくる流星になって天井の肺の底へと降り注いでくる。
(こ、こいつは本物だ––––)
たかが演技。そして相手は45歳無職のれっきとした男。
それなのに彼の言い放った言葉は天井の胸を激しく刺激する。それこそ、田所の言葉が可憐な美少女の口から溢れ出る大胆な告白のような錯覚さえも感じさせるほどに。
繰り返しにはなるが、この業界での天井のキャリアは決して短くはない。それ故に、天井の目はこの迫真の演技力が常人離れしたモノだと見抜けないほど、節穴ではなかった。
「––––採用だ」
これだけの演技ができるのであれば、きっと田所の実力は本物なのだろう。
天井は光空から降り注いできた流星を、ギュッと手に掴んだ。