シャニマスレ◯プ!プロデューサーと化した野獣先輩 作:ここあらいおん
シーズン0 : 羨望と渇望
東京某所のとあるオフィスビルの一室。
夜になっても決して灯りが消えることのないこの煌びやかな建物の上層階から、夜の東京の街なみを一人の男が死にそうな顔で見下ろしていた。
整った中性的な顔立ちとは裏腹に、悲壮感漂う表情の男。
ヨレヨレのシャツに曲がったネクタイ、何より目の下にできた真っ黒なクマが男の悲壮感をより一層漂わせている。
「––––木村さん? 外なんか眺めて何をしているんですか?」
「ぬっ!?(震え声)」
木村と呼ばれる男は、突然背後から聴こえてきた声に、肩を震わせながら振り返った。振り返った先にはまるで恐怖とは縁のなさそうな、朗らかで人当たりの良さそうな笑顔を向ける三つ編みの女性が木村を見つめている。
「せ、千川さん……」
「まだお仕事終わってないですよね? もしかして、飛び降りようとでも思ってました?」
「な、なんで死ぬ必要があるんですか(正論)」
「ですねぇ、良かったです」
木村の言葉を聴いて安堵のため息をついた千川は、「それではお先に」とだけ言葉を残して部屋を出て行った。
その小さな魔王の背中を見送ると、部屋は静寂に包まれる。その静寂が、木村を押し潰すかのようにどっと負荷を増してきた。木村だけになったオフィスでチラリと時計に目を向けると、いつの間にか日付を跨いでいた時計の針は、丑三つ時を回ろうとしていた。
「あぁ、逃げられない(カルマ)」
木村は東京上空に広がる漆黒の闇に負けないほどの深い絶望をひたひたと感じながら、断末魔と共にその場で膝から崩れ落ちる。
男、木村の半生は散々たるものだった。
学生時代に安易な気持ちでホモビに出演した黒歴史がクソデカ枕屍先輩が有名になったせいで世間に知れ渡り、木村の人生を大きく狂わせた。
ネット上では人権がない人間として杜撰に扱われ、次第に普通の生活が送れなくなるほど知名度が増すと、何処に行っても不名誉な淫夢ファミリーの肩書きだけでその人間性を判断されては敬遠される毎日。自身が「淫夢の木村」だと身バレをする度に職を変え、そうこうしている間に木村はまともな職歴を持たないまま歳だけを重ね、その結果流れ着いたのが低賃金・重労働などで有名な346プロダクションだったのだ。
「やめたくなりますよ〜仕事」
ホモビに出演した前科があり、尚且つ短いスパンで転職を繰り返してきた中年男性が安定した職に就くことは、それこそ数ある研究者たちが導き出した「野獣先輩女の子説」を論破することよりも遥かに難しい。むしろ、こうして正社員で雇ってもらえる会社があるだけでも有り難いと思わなければならないくらいだ。
そんな事、かつて二人の鬼畜な先輩に死ぬほど辱めを受けた木村でも理解していた。
だが、いかんせん仕事がキツい。キツすぎる。
毎日のように本来の就業時間の倍の時間働いても残業代は一円も出ず、有休はおろか休日出勤なんて当たり前。加えて木村の仕事は自社のアイドルを指導するプロデューサーであり、それに従い当然未来ある若者を導く教育者としての責任も伴ってくる。
どう考えても、その莫大な仕事量と背負う責任が、木村が毎月もらっている給料の額に見合わないのは明白だった。特に最近の忙しさは超人的なもので、もう最後に休んだ日のことが思い出せないほどに木村は仕事に追い込まれていた。
「……まぁ、大会(G.R.A.D.)近いから仕方ないね」
色々と思う節はあるがここを辞めると最後、今後もまともな職に就ける保証もない。
そう自らに言い聞かせて、深夜の誰もいないオフィスでパソコンに向かう。近々ソロアイドルが実力を競い合うオーディション番組、Grand Repute AuDition––––、通称“G.R.A.D.”の開催が予定されており、木村が担当するアイドルも優勝を目指して参戦することが決まっていた。ここ最近はその打ち合わせや準備などで忙殺されていたが、ここを越えれば少しはラクになれるはず。
そして何より、プロデューサーとして大舞台で結果を出すことができれば、G.R.A.D.は昇進もしくはボーナスアップの絶好の機会となるかもしれない。
少しでも今の奴隷の立場から脱却するためにも、木村にとってこのG.R.A.D.はとても大きな意味を持つオーディションでもあったのだ。
何が何でもオーディションを勝ち抜くためには、当然他社のアイドルよりも優れていなければならない。ちょうど今日(正確には昨日)、運営本部から参加者の名簿データが添付されたメールが着ていたことを思い出し、木村は未読になったままのメールをクリックした。
「……浅倉透、283プロ?」
PDFにまとめられたG.R.A.D.に参加するアイドルたちとその所属事務所の名簿の中で、木村は見たことのない名前を見つけた。気になって283プロの名前で検索をかけると、動画配信サイトに丁度1週間前にアップされたばかりのライブ動画が最上位に出てくる。
興味本位で何気なくクリックしたその動画を見て、木村はど肝を抜かれた。
「なんだこれ(ドン引き)、汚ねぇアイドルだな……」
木村の目に飛び込んできたのは無観客の会場で、カメラに向かって恥ずかしげもなく汚い語録を話す4人組のアイドル。
本来、清廉潔白でなければならないはずのアイドルたちが、汚らしい淫夢語録をステージ上でやりたい放題言いまくっている。まさにアンチテーゼともいえるその立ち振る舞いは、見ているこっちが頭を抱えてしまうほどに見ていられないカオスな光景だ。
(もう終わりだよこの国は––––、ん?)
ネット上のホモガキのみならず、今時の女子高生が淫夢語録を使う世の中はいよいよ末期だなと、今後の日本の行く末を案じていた時だった。
ふとG.R.A.D.の参加者名簿に記載された、283プロの責任者の名前を見て木村は思いっきりたまげた。プロデューサーとして書かれていた名前は、かつて木村のア◯ルをしつこく掘りまくった先輩だったのだ。
G.R.A.D.編 浅倉透
「ねぇ、浅倉さん」
感謝祭から二ヶ月が経過した、とある夏の日。
猛暑が厳しい中、冷房の効いた教室で生真面目にマスクを着用するクラスの委員長に声をかけられ、頬杖をつきながらボンヤリとしていた透は我に返った。
透の視線が捉えたのは、委員長の手に握られていた冊子で、表紙には「2年4組特別カリキュラム」と書かれている。まるで自分には縁のなさそうな冊子を見て、透は首をかしげた。
「え、なに?」
「今度、クラスの特別カリキュラムで“野獣先輩の生体論”について発表するでしょ? そのナレーションを浅倉さんにお願いしたくって」
「あぁ……」
そういえば先日のホームルームでそんな話をしていたような気がする。
まるで興味がない事には殆ど関心を示さない透だが、何故かこの事は薄らと覚えていた。だが記憶にあるのは教壇に立って一生懸命にクラスメイトに協力を呼びかける委員長の姿で、不思議なほど肝心の内容は殆ど記憶にない。
「––––いいよ」
だけど透は自身も無意識のまま、咄嗟にそう返事をした。
あまりにもその返答があっさりしすぎていたからか、委員長も一瞬戸惑った様子を見せるも、すぐにパッと表情を明るくして思わず手を叩く。
「……わぁ。浅倉さん、ホント……!」
「1919円ね」
「え? ふふふっ、1919円でいいの?」
「じゃあ810万円」
「はぁ~~~(クソデカため息)。あほくさ」
呆れたように溜息をつくも、委員長の頬は緩んだままだ。その表情につられて、透も笑う。
それから委員長は透に特別カリキュラムの簡単な内容と今後の流れを説明し、最後にこう付け加えた。
「でも浅倉さん、忙しいんだもんね。あんまり負担かからないようにするから」
常日頃からアイドルと学業の両立で忙しい透を気遣って、委員長はそう言ったのだろう。
だがその言葉を聞いた時、透の心臓が大きく脈を打った。
冷房の意味がなくならないよう、しっかりと閉められた窓の外からは夏の音が聴こえてくる。セミが限りある生涯で奏でる人生の音色、唸るような暑さの中で東京のアスファルトの上を駆け抜けていく車のエンジン音。それらの音から思い浮かぶ街の情景には足早に歩く人たちがいて、透は何故かそんな人たちに羨望の想いを抱いていた。
「ううん、忙しいじゃん、委員長のが。勉強とか」
突拍子なことを口にした透に、委員長はまたも戸惑いの表情を見せる。言葉の意味を上手く汲み取れないまま、その場凌ぎのように「勉強は浅倉さんだって」と返すも、透に「やってないやってない」とあっさりと否定されてしまった。
確かに透は勉強をしていない。課題だって基本的に提出期限を守らないし、授業中も寝ているかスマホでBB先輩劇場を見ているかのどちらかで、真面目に勉強をしている姿なんて一度も見たことがなかった。
「どうやってなるの、2番。あれ、1番だっけ」
「2番……? 学年順位のこと?」
「ん」
透が言う“2番”が、前回のテストの学年順位だということに気付くまでほんの少しの時間を要した。
透の会話はいつも言葉足らずの場合が多い。時折唐突に脈絡のない会話を広げることも多く、そんな掴み所のない言動が多い透を、「不思議ちゃん」と比喩する人間も少なくはない。
だがそんな透には物凄い吸引力で人を引き寄せる不思議な魅力と、高校生になった今でも損なわれていない清廉さがあり、それが透の周囲に人を集める最もたる所以だった。だからこそ委員長を含む、周囲の人間は透がアイドルになった話を聞いても不思議とそこまでの驚きはなかった。透なら狭い学校の枠組みを超えて、もっと大勢の人の関心と興味を集められそうな、いつかそんな人間になる予感がしていたからだ。
「成績は、そんな……! そういう大変とは違うっていうか––––」
「え、そうなの?」
「そ、そうだよ(適当)」
「へー、そうなんだ」
まるで他人事のような素振りを見せる透だったが、その様子に嫌味は一切感じられない。そこらの高校生よりアイドルの方がよっぽど忙しいはずなのに、透は自らの立場に胡坐をかくような真似は一切しない。
それどころか、委員長を見つめる眼差しはキラキラとした子供のような純粋な憧れの色を灯している。遥かに現役高校生でありながらアイドル活動もおこなっている透の方が大変な立場の人間のはずなのに、だ。
ちょうどその時、予鈴を告げるチャイムが鳴った。
「あ、そうだ(唐突)。早く帰って宿題しなきゃ(使命感)」
委員長は次の授業が提出期限だった課題の存在を思い出し、慌てて席を立った。
次の授業の先生は寛容な先生で、提出期限に厳しい先生ではない。何なら透はこれまで一度もその先生の課題を提出したことがなかったが、何もお咎めがないほどだ。
だからそんなに慌てるなんて必要ないのに、透はそう疑問に思ったが委員長は慌てて自分の席に戻って課題に取り組んでいる。その様子を、透は心底羨ましそうな眼差しで見守っていた。