シャニマスレ◯プ!プロデューサーと化した野獣先輩   作:ここあらいおん

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こんなん書いてたら頭おかしなるで


第1章 W.I.N.G.編(樋口円香)
シーズン0 : 夜に待つ


 窮屈な階段を抜けて地上に降りると、ここにやってきた時は明るかったはずの空が真っ黒に染まっていた。

 昼間の温もりは跡形もなく消えており、冬が置いていった微かな寒さが鍛え上げられた田所の強靭な肉体を襲う。冷たい北風が全身に鳥肌を走らせると、途端にどっと疲れが押し寄せてきた。

 

「ぬわああああああん疲れたもおおおおん」

 

 口からとっさに溢れる過去の名言。幸い周囲には人の気配はなく、このクッソ汚い語録は誰かを不快にさせたり、はたまた田所自身に疑いの目を向けるような事態も起こさず、季節外れの冷たい風に拐われていった。

 しかし、最近までアゼルバイジャンで悠々自適なニート生活を送っていた田所だ。

 就職を賭けた面接だけでも気を張り詰めると言うのに、その後事務所内の設備の案内、そして自身が今後担当するアイドルたちの説明など、今日だけで多くのイベントが一気に起こったのだから、いくら週3回身体を鍛えているからとはいえ、気疲れしてしまうのも致し方ないことなのかもしれない。

 疲れ切った身体は、彼の自宅のある下北沢までの帰路を何倍も遠くに感じさせたが、追憶の記憶となってしまった大学時代の水泳部と空手部を掛け持ちしていた頃と同じような疲労感はどこか懐かしく、そして心地よく感じられて、またあの頃のような充実した時間を過ごせるかもしれないという前向きな思いも含んでいた。

 

「––––あの、すみません」

「ヌッ?」

 

 重い足を動かそうとした矢先、誰もいないと思っていはずの周囲の何処からか聞こえてきた女の子の声がその足を止めた。

 田所が振り返った先、事務所が入った建物の一階にあるペットショップの入り口の前では前髪をピンで留めた赤髪の女の子が田所を見つめていた。田所を見つめるその瞳は、間違っても好意的とはいえない色を宿している。

 

「283プロダクションの方でしょうか」

「そうだよ(王者の風格)」

 

 問いに対し、食い気味で答える田所。

 女の子はそれがつい数時間前に決まった彼の職業だとは知らず、目を細める。そして人を疑うような色を残しつつも、今度は少しだけ声色をあげて続けた。

 

「急にすみません。私、アイドルに興味があるんです」

「あぁ〜いいっすねぇ」

「よかったらお話を伺えないでしょうか?」

「んぁ、大丈夫っすよ。バッチェしてやりますよ〜」

 

 田所特有の独特な言い回しに若干引き気味の女の子。だが対照的に田所は突然現れた女の子に対して好意的な眼差しを向けていた。

 暗闇で気付かなかったが、よく見れば女の子はついさっき事務所で見た自身の担当アイドルたちに負けないくらい端正な顔立ちをしていた。気怠げなタレ目の奥に潜む瞳は真っ直ぐな眼光を持っていて、そのアンバランスな目元が妙に魅力的に映る。目元だけじゃない、身体全体のスタイルも決して悪くなく、なにより女の子の持つクールな雰囲気がノンケではない田所の琴線さえをも激しく揺らすのだ。

 45歳にしてようやく掴んだ定職。

 そしてその早速舞い込んできた、プロデューサーっぽいイベント。(田所のイメージ)

 仕事意欲に満ち溢れるあまり、田所は数時間前に採用されたばかりの新人社員なのに関わらず、既に独断と偏見でこの女の子を283プロにぶち込んでやる気に満ち溢れていた。

 

「事務所の中は……、ちょっと」

 

 先程までの疲れなんてなんのその、すぐさまプロデューサーと化した田所は早速事務所の中へと女の子を案内しようとするも、あっさりと拒否されてしまった。

 それならどうしたものか––––……。

 暫く考え抜き、ふと先日見かけた屋台のラーメン屋の存在を思い出した。

 

「あっそうだ(唐突)。なんか腹減んないすか?」

「はぁ? なんですかいきなり」

「この辺にぃ、美味い屋台のラーメン屋きてるらしいっすよ」

「……意味が分からないんですけど」

「じゃけん、今からいきましょうね〜」

「おっ、そうだな––––っじゃなくて、なんでラーメン屋なんですか!?」

 

 淫夢語録の特徴の一つとして、ホモガキだけではなく無意識のうちに周囲の人や聞き手の人間を伝染させる恐ろしい感染力が挙げられる。淫夢を知らないのに、知りたくもないのに自然と汚らしい語録を使ってしまう––––、そんな凄まじいまでの感染・影響力がこの島国に住む人々を下品な淫夢で笑う低俗な民度に染め上げたもっともたる原因だと言われているほどに。

 そして不幸ながらもよりによって田所に声をかけてしまったこの少女もまた、例に漏れず。

 女の子は訳がわからないまま、そして少しだけ声をかけたことを後悔しながら、田所に引き連れて行かれるように美味しいと噂の屋台のラーメン屋に向かうことになった。

 

 

☆★☆★

 

 

 樋口円香は動揺していた。

 円香はアイドル志望の夢見る少女を装って、事務所から出てきた人間に声を掛けた。幼馴染である浅倉透、市川雛菜、福丸小糸の3人が最近になって所属することになった283プロが、彼女らに悪どいことや騙すような真似をしていないかを確かめる為である。

 煌びやかなイメージが強い反面、何かと良くない噂やトラブルが後を絶たない芸能界。

 円香はそんな世界に突然行ってしまった幼馴染たちの身を案じていた。だからこそ、こうして円香自身も283プロの人間と接触し、悪意のある事務所かどうかだけでも確かめたかったのだ。

 そのはずだったのだが、よりによって円香はこのステハゲ男に声を掛けてしまった故に、こうして訳も分からぬまま屋台のラーメン屋にやってきている。普段は決して他人に流されるようなことがない円香だけに、完全に相手のペースに飲まれ、自身でも意味が分からないままこうしてラーメンをすすっている状況は摩訶不思議かつ、妙な恐怖を感じさせるものだった。

 散々美味しいと謳っていたわりにあまり美味しくなかったラーメンを完食した後、ステハゲ男は勝手にベラベラと喋ってくれた。やれ本人の資質に合わせた仕事やの、やれ本人が挑戦したいと思う仕事を極力やらせてあげるやの、口から溢れてきた言葉はまるでカンペを丸読みする三流俳優のようで、あまりに都合が良いと言わんばかりの内容ばかり。だけども自由かつ、自分の好きな芸能活動ができる––––、そんな甘い話をされたら、いくらこんな小汚い男の口から出た言葉だとしても世間を知らない年頃の少女はすぐに信じ込んでしまうだろう。

 だが円香はそんな安易な高校生ではない。年齢に不釣り合いな円香の現実主義の思考は、甘い戯言や絵空事のような夢には決してなびかなかった。

 この世に生を受けて17年、円香は決して長くはないその時間の中で、誰よりも自分を客観視することができるようになっていた。

 自分が社会的にどんな立場の人間なのか、そして自分には何ができて、何ができないのか。

 誰よりも自分のことを理解しているからこそ、この男の言葉の真偽を見抜くことができる。

 

「資質や希望? 本当に?」

 

 ステハゲ男の言葉を、強調するかのようにあえて復唱する。

 円香は自身を決して突出した人間だとは思っていなかった。

 才能なんて便利なものはないし、今まで時間をかけて努力をして培ってきた一芸なんてものもない。そんなごくごく普通の高校生が競争激しい芸能界で、自分のやりたいことや好きなことだけをさせてもらえるなんて到底考えられなかったのだ。

 

「やりたくない仕事を無理やりさせたりとかは?」

 

 仮に自分のようなアイドルがいたとして。才能も実力も、素質もないそんなアイドルが芸能界で生き残っていくにはどうすればいいか。

 素人ながらもその答えは容易に想像がついた。誰もがやりたがらない仕事を率先してやっていくしかないのだと。

 

「まぁ、多少はね?」

「––––ほら、やっぱり」

 

 予想以上にあっさりと本性を表したステハゲ男の言葉に溜息で返す。

 いくら綺麗事を並べたところで実際はこの男の言うように、やりたくない仕事を強要させられることはあるのだ。そして円香には幼馴染たちが嫌がる仕事をやらずに芸能界で生き残れるほど、何かしらの才能に秀でているとは思えなかった。

 

「俺もやったんだからさぁ、当たり前だよなぁ?」

「は、なにそれ。貴方もアイドルやってた経験でもあるんですか?」

「ないです(食い気味)」

「……意味わかんない」

 

 いまいちどころか、思い返せばこれまでの会話も終始噛み合っていなかった気がするが一応本来の目的は達成することができた。やっぱり283プロは甘い言葉で幼馴染たちを騙していたのだと、そのことが分かった以上円香はこんな意味不明なステハゲ男の相手をする必要はない。

 円香はここで全てのネタバラシをした。自分はアイドル志望なんかじゃなく、ただ幼馴染である浅倉透や市川雛菜、福丸小糸らが心配でこのステハゲ男に接触したこと。そして283プロは思っていた通り胡散臭い事務所だったということ感想も併せて。

 

「ありがとうございました、もう結構です。最後にあなたの連絡先を頂きたいのですが」

「しょうがねぇなぁ〜(悟空)。ほれ、見とけよみとけよ〜」

「『810-1919-1919』、なんですかこの汚い番号……。うわっ、本当に繋がった」

 

 冗談みたいな電話番号がステハゲ男のスマートフォンに繋がったことにドン引きしつつ、円香は席を立った。美味しくなかったラーメンのお代を支払い、お釣りを受け取って最後にもう一度だけ意味不明なステハゲ男の方を見る。ステハゲ男もまた円香を直視していて、互いに見つめ合ったまま数秒の沈黙が流れた。

 

(あれ、何してんの私……)

 

 野獣の眼光のような視線に睨まれた円香の頭の中に浮かび上がってくる違和感。

 目的は済んだはずなのに、帰ろうとしているのに帰ろうとしない自分。

 まるでこの男からの何かを期待しているかのように、留まろうとする自分がそこにはいた。

 意味が分からなかった。年頃の高校生に甘い言葉をかけて芸能界事務所に引きずり込むような下衆野郎に何を期待しているのか。

 かき乱されたようにぐしゃぐしゃになった頭の中をリセットするように、一度瞼を閉じる。そして円香は「何かあったらこの番号に連絡します」とだけ言い残し、ステハゲ男に踵を返そうとしたその時––––……、

 

「あ、おい待てぃ」

 

 今まで一度も口にしなかった江戸っ子のような口調で、ステハゲ男が円香を呼び止めた。

 

「お前さっき金払ってる時俺の方チラチラ見てただろ」

「はっ? 見てないですよ」

「嘘つけ絶対見てたぞ」

「なんで見る必要があるんですか」

 

 唐突に因縁をつけ始めたステハゲ男に対し、円香はすかさず疑う余地のない正論で応戦する。

 だがステハゲ男の表情はピクリとも動かなかった。その表情を前に、円香の背中を嫌な汗が流れていく。この男の鋭い眼光に、自身さえも分からなかったこの違和感の正体を見抜かれているような気がしたのだ。

「あっお前さ、さっきハラ……払い終わった時にさ、なかなか出ていかなかったよな」

「い、いやそんなこと……」

「そんなにアイドルになりたきゃ、ならせてやるよ」

 年頃の女子高生にステハゲなんて勝手なあだ名を好き放題付けられている田所であったが、その正体は伝説のホモビ男優。

 いくら若人が必死に虚勢を張ったところで、幾多の壮絶な撮影をくぐり抜け、そして老若男女問わず日本中の人々のハートを奪った百戦錬磨の男を欺くことなんてできないのだ。

 田所はとっくに全てを見抜いていた。

 アイドル志望として自身に近付き、最近になってアイドルを始めた幼馴染たちが騙されていないのかを確かめに来た円香だったが、最初に口にした言葉が彼女さえも気付かなかった胸の奥に潜む本心だったということに。

 

 

––––急にすみません。私、アイドルに興味があるんです。

 

 

 仲の良かった幼馴染たちが揃ってアイドル活動を始めた。

 その話を聞く過程で、きっと自分も彼女ら3人のようにアイドル活動をしてみたくなったのだろう。だがこの性格が災いして、素直にその思いを誰かに伝えるどころか、円香自身でさえも気が付くことができなかった。

 だからこうして密偵のフリをして、283プロに近づいたのだ。「幼馴染が騙されていないかを確認する」という建前を言い聞かせ、そうすることで自分が283プロに所属したいと思える理由を正当化できると考えて。

 円香が用いた、この建前(幼馴染たちの監視)と本音(自分もアイドル活動をやってみたい)戦法は実は田所が大学生だった頃から既に主流となっていた作戦で、実際に大学在学中に加入していた空手部の後輩や水泳部の後輩も同様の手口を使っていた。

 そういった経験値があるからこそ、今の円香をどう導くべきなのか、田所はプロデューサーとして差し伸べる術を既に過去の経験から学んでいたのだ。

 

「ほらほらほらほら、やっとけよアイドル〜」

「ちょっ、近付かないで気持ち悪いっ!」

「よく考えろよ、ほらぁ。逃げんなよ〜」

 

 相手が拒絶反応を起こしていたとしても、その壁をぶち壊して迫り続ける。

 例え鬼畜外道と罵られても、これほどまでに迫らなければ相手は心を開いてくれないのだ。逆にこうすることで相手はいずれ折れて、頑なに見せようとしなかった本音を曝け出してくれる。

 まさに過去に心より深い位置にある“何か”で、繋がり合うことのできた木村や遠野のように、円香もきっと––––……。

 

 

 

「分かった、分かりましたから!」

 

 野獣と化した田所のしつこいセクハラまがいの勧誘に、とうとう円香が折れた。

 

「アイドルやりますから!」

「やったぜ」

 

 寂れた屋台のラーメン屋に円香の悲鳴と野獣の勝ち誇ったかのような勝利宣言が響き渡った。

 

 

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