シャニマスレ◯プ!プロデューサーと化した野獣先輩 作:ここあらいおん
「諸君、狂いたまえ」
「FOO〜↑ 気持ちいい~」
乱暴に開かれたドアの向こう側からやってきたのは、ホモ特有のねっとりした声と上裸でタオルを首元にかけたままの田所だった。まさに風呂上がりのような格好の田所を見て、せこせこと真面目にパソコンと向き合っていた事務員のはづきは悲鳴に近い声をあげる。
「ち、ちょっ! 田所さん! 事務所のシャワーはアイドル専用だから勝手に使わないでくださいって言ったじゃないですか!?」
「FOO〜↑ 上がったらビールですよ~、先輩~」
「事務所でビールはマズイですよ!」
「ビール!ビール!」
「アッー! ほんとにやめてくださいってばっ!」
年頃の女性アイドル専用のシャワー室を無断で使用し、おまけに仕事場でビールを飲む人間の屍にとってはづきの警告もなんのその。やりたい放題の田所は冷蔵庫から取り出したビールを片手にソファに座り込む。はづきも口では止めるよう言いつつも、自分の席から動こうとはしておらず、それは一種の諦めの表れのようにも見えた。
ここ最近、283プロでよく見られるようになってきたこの異様な光景。そんな光景を、部屋の隅からドン引きするように眺めていたアイドルが4人。
「ねぇ、あの人が私たちのプロデューサーなんだよね」
「あは〜♡ 雛菜、あの人本当にヤバいと思うな〜」
「ひ、雛菜ちゃん! そ、そんなこと言ったらダメだよっ!」
幼馴染たちを283プロに引き込んだ浅倉透、彼女を追っかけるようにしてやってきた市川雛菜と福丸小糸。田所が採用を決めた円香を含めたこの4人は幼少期から幼馴染として仲の良かったグループであり、不運にもプロデューサーと化した田所に担当されることになってしまった不幸な新人アイドルだ。
4人とも田所と会ってからまだ日が浅いとはいえ、『見る抗うつ剤』とも呼ばれた伝説のホモビ男優の奇想天外な言動や身にその異様な雰囲気から明らかに只者ではないことを語感で察していた。おまけに円香が半ば強引にアイドルになることを強要された話も聴いていただけに、当然抱いている印象は最悪に近い。
––––アイドルとプロデューサー。
本来は信頼関係が最も大事な要素になるはずの両者の関係性。だが現実問題として事務所内で物理的に保たれている距離以上に、彼女らと田所の心の距離は開かれている。
まぁ本格的な淫夢ブームが到来した現代とはいえ、尊敬の眼差しと同じくらい軽蔑の眼差しを向けられてきた田所にとって、彼女らから向けられる白い目くらいは痛くも痒くもない話ではあるのだけれども。
「……でも、樋口はプロデューサーと一緒に出るんでしょ? あれ、なんだっけ」
透の言葉に、今まで一言も発してこなかった円香の眉毛がピクリと反応した。そしてソファでビールを飲んでご満悦のステハゲの方を一瞥して、明らかに不機嫌そうなため息をつく。
「––––“W.I.N.G.”、ね」
「おー、それだ」
新人アイドルの祭典である“Wonder.Idol.Nova.Grandprix”、通称“W.I.N.G.”。
大規模なアイドルコンテストであり、新人アイドルにとっては登竜門とも云われている “W.I.N.G.”に、283プロからは円香がエントリーされることになっていた。
円香を“W.I.N.G.”にエントリーしたのは社長である天井だった。
天井は283プロの新プロデューサーとして採用された日に新たなアイドルを独断で連れてくる常識はずれのスカウト技を見せつけた田所に度肝を抜かされたものの、“W.I.N.G.”を利用することによって、田所のプロデューサーとしての力量は勿論、ポテンシャルが未知数である円香の今の実力を図る絶好の機会になるのではと考えた。
要は自分で連れてきたアイドルを“W.I.N.G.”の舞台で優勝させることで、自分たちの力を証明してみせろ、と。
円香からすれば全くもって迷惑な話ではあるが、そのような経緯があって二人には283プロでの初仕事として、“W.I.N.G.優勝”というミッションが天井より課せられることとなったのだ。
最も、その“W.I.N.G.”本戦に出場するためには二週間毎に開催されるオーディションを勝ち抜く必要があるため、当面の目標は『W.I.N.G.優勝』というより、『本戦出場』になるわけではあるが。
「大丈夫そ?」
「……何が?」
円香に問うた透の瞳は笑っている。
その瞳に向けて一応そう返事はしたものの、質問の意味に円香は気が付いていた。透の言葉が意味するものは、“W.I.N.G.”のことではなくあのヘンテコな男と上手くやっていけるかどうかだ。
「……ほんと、最悪」
これじゃ答えになっていないと分かっていながらも、出てくるのは円香の心の中で渦巻く本音。
円香はこれから暫く続く地獄のような日々に、憂鬱な気持ちを抱くことしかできなかった。
☆★☆★
「はえ〜すっごい。外面だけは良いって、はっきりわかんだね」
「それはどうも」
「よし、じゃあこの写真を取引先にぶち込んでやるぜ」
都心のスタジオで円香の宣材写真を撮り終えた日の帰り道。
土曜日の昼下がりの時間帯でまばらな空席が目立つ列車内で、田所は実物の円香からは想像もできないような素敵な表情をした宣材写真を見て、感心するあまり皮肉とも本音とも言える言葉を同時に溢してしまった。だが人が二人ほど座れるほどの隙間を空けた円香にその声は届いていたはずだが、リアクションは一切見せず、窮屈そうな眼差しで車窓の外を眺めているだけ。田所と出会ってから一貫して見せている、彼女なりのコミュニケーション拒否の構えだった。
「レッスンの調子はどう? 慣れた? 慣れない?」
「……それなりに」
「生活リズムも変わって大変だろ? まぁW.I.N.G.近いから仕方ないね」
「…………」
円香が明らかに田所を避けているのは明白だ。
しかしその意思表示が無言なのをいいことに、田所は執拗にコミュニケーションを取ろうとしている。
どうにかして会話をしようとする田所と、どうにかして会話を途切れさせようとする円香。
両者の相反するコミュニケーションの取り方は、側から見れば二人がプロデューサーとアイドルの関係には見えないほど冷え切ったものだった。
(これもう分かんねぇなぁ)
男ではなく女の子……、しかも歳の離れた現役女子高生の扱いに苦労する田所。
283プロに田所と円香がやってきて早一週間。両者の関係は最悪の一途を辿り続けていた。
いかんせん初対面の円香に対する田所の強引かつ汚い振る舞いは強烈かつトラウマを植え付けるレベルのものだっただけに、こうして円香が心を閉ざすのは致し方のないことなのかもしれない。
だがその原因に田所自身が気付けていない上に、円香の頑固な性格も災いしてプロデューサーである彼の全てを拒絶している。そういった事情もまた、この最悪なムードに拍車をかける要因の一つになってしまっていた。
「あ、そうだ(唐突)。ほら、見ろよみろよ」
電車を降りて事務所に帰る道中、ふと人集りの向こう側に立つある人物を見つけた田所が円香に声をかけた。少し離れた距離を歩いていた円香もまた、鬱陶しそうな表情で田所の視線の先を追う。
二人の視線の際……、そこでは可愛らしいフリフリの衣装を着た名も知らないアイドルのトークショーが開かれていた。
「は……? こんな路上で?」
人集りにすら気付いていなかったのか、円香は少しだけ驚いたように冷え切った目を見開いた。
田所がこのトークショーが近くのCDショップが定期的に開催しているイベントなのだと説明すると、今度は目を細めて人集りの真ん中でマイクを握るアイドルを見つめる。だが興味深そうな視線を向けていたのもほんの束の間、細めた目の奥に潜む円香の瞳はすぐに普段の冷え切った瞳の色へと戻ってしまった。
「素敵ですね」
そう口にしたものの、その言葉とは裏腹に瞳は大勢の人に囲まれたアイドルを軽蔑するような目をしていた。
「私の想像通り。笑っておけばなんとかなる、アイドルって楽な商売」
「ふぁっ!?」
「別に否定してませんよ。おかげで私のような素人でもやれるんですから」
「……うーんこの」
円香の冷徹とも言える台詞に、田所は言葉を詰まらせた。吐き捨てるように口にした円香の言葉を、まるで検討外れなことだとは思えなかったからだ。
かつて、田所が共演したホモビ男優だちの中には、それはもう悲惨なレベルの演技をする者たちもいた。
セリフも棒読みで感情が微塵もこもっていない。
プロ意識のカケラもない彼らの演技は言うなれば学園祭のステージレベルの代物で、間違ってもこの世に商品として送り出すには到底レベルが達していないクオリティだった。
だがそんな悲惨なクオリティでも、それなりの値段がついた商品として販売され、適当な演技をしたホモビ男優もまた、当然のようにギャラをもらっている。
そういった現場を田所は見てきただけに、円香の意見が全くもって間違っているとは思えなかった。
だけど田所は知っていた。上手い下手関係なしに、真剣に向き合った演者の姿は観る者の心を強く打つことを。あのカオスな演者たちの中で一人、迫真の演技をして見せたが故に淫夢ファミリー最強戦力とも言われるほどにのし上がった田所は身を持ってその事実を経験しているのだから。
「……あのさぁ」
円香には適当なホモビ男優たちのような、くだらない演者にはなってほしくない。
そういう想いがあったからこそ、田所は円香の言葉を否定した。取り繕った笑顔を作ればいいわけではない、ダンスやトークのレベルはまだまだだとしても一生懸命やることに意味があるのだと。
だがそれでも円香の瞳の色は一向に変化の兆しを見せない。
「つまり未完成でも商売になるってことですよね」
––––頑張ることに意味があって、その姿は何よりも美しく、観る者の心を捉える。
円香はそんなご都合主義の話をすんなりと受け入れるほど幼くもなく、また円香の思考が根底から覆されるようなほどに田所のことを信頼もしていなかった。
「社会ってもっと厳しいものだと思っていました。私の勘違いで何よりです」
「お前精神状態おかしいよ……」
「では教えてください。アイドルとは?」
鋭い眼光でグッと見上げながら、円香はそう尋ねる。
思わぬ質問をぶつけられ、田所は開いていた唇を閉ざした。ホモビ男優界隈を超え、今ではアイドルと呼ばれても過言ではない田所自身でも、『アイドル』という存在意義を問われると咄嗟にまとめて言葉にするのは難しく、答えに詰まってしまったのだ。
––––誰かを笑顔にできる人。
––––誰かを元気付けれる人。
きっと一概にアイドルと言えども、多種多様なアイドルがいて、またアイドルは観る者の捉え方によっても存在意義が変わる、変則的な存在だ。
だとすればどうすれば田所の抱くアイドル像を円香に伝えることができるのだろうか。
暫く頭を悩ませた結果、田所は彼なりに分かり易いと思った例え話で円香に伝えることにした。
「え~とそうですね。あの、伸縮性のある、ボクサー型の、っていうんですかね。ちょっとスパッツに近い感じ……」
似ているけど実際は全然違うボクサーパンツとスパッツのように、アイドルもまた似て異なる存在だ。
円香の言うようにアイドルが例え笑っているだけでなんとかなったり、未完成でもやれる安い商売に見えたとしても、実際はそれ以上に奥深くて、多くの人に勇気や元気を与えることができる素敵な商売なのだと。
そのことを安物のボクサーパンツのような風貌をしていても多くの高機能を兼ね備えているスパッツに見立てて話したつもりだったが、
「は?」
田所の存在の全てを否定し拒絶している今の円香には、その想いは届かなかった。
そのまま円香はアイドルに向けていた軽蔑の眼差しを今度は田所へと向けて、その場を離れていってしまった。