シャニマスレ◯プ!プロデューサーと化した野獣先輩 作:ここあらいおん
「おい、アレ見ろよ。噂の283プロだぞ」
「ほんとだ、やべぇよやべぇよ……」
どこにでもいそうでどこにもいなさそうな汚い男と、全く前評判のなかったアイドルがかなりの高得点を叩き出して予備オーディションを勝ち続けている。
円香と田所が一歩一歩W.I.N.G.本戦へと通ずる道を歩んでいく間に、二人の存在は次第に業界の中で広まり始めていた。
283プロは立ち上げてから一年ちょっとの新興プロダクション。まだ実績も皆無なだけに、業界人といえどもその名を知っている者は決して多くはない。そんな無名プロダクションからエントリーしたアイドルが破竹の勢いで予備オーディションを勝ち続けているのだから、こうして巷で話題になるのは致し方ないことなのかもしれない。
「円香、ほらいくどー」
「私は一人で帰るんで。勝手に帰って、どうぞ」
「あぁ〜たまらねぇぜ〜」
「なんだあの二人の会話は。たまげるなぁ」
「色々とダメみたいですね」
実際はオーディションを勝ち抜いていることより、何処かで見たことあるような顔のプロデューサーと、そのプロデューサーに容赦無く辛辣な言葉を浴びせるアイドルが繰り広げる意味不明なコミュニケーション術の方が話題になっていたりするのだが。
そんな風に自分たちの知らないところで変に噂になっていることを全く知る由もなかった二人だったが、円香は無事に三次オーディションを通過。
田所が円香の本心にようやく辿り着いたのは、まだそのことを知らない、三次オーディション終了後の車内でのことだった。
「ねー、今日オーディションキツかったね」
「……」
「今日調子はどう? ベストを出せた? 出せなかった?」
「…………」
いつもと変わらない、ねっとりした口調で一方的に世間話を振っていた田所は、円香の様子がいつもと違うことに気がついてバックミラーを覗き込んだ。バックミラー越しに見える円香は頬杖を付きながら窓の外を眺めていて、物思いに耽ているように見える。
円香の視線の先に何が映っているのかまでは分からない。
だが、細めた目の奥はいつになく澱んでいて、今の円香の瞳に映っている景色は決して綺麗なものではないのだろうと田所は思った。
「円香?」
「え? あぁ……、今日の感想ですか?」
「そうだよ」
名前を呼ばれて、円香は我に返った。先日、街でファンだと名乗る女子高生に声をかけられた時と同じく、自分の瞳の奥の色を隠すように慌てて平静を装いながら。
「別に……。強いて言うなら、もっと居心地のいい控室が良かったですね」
「他のオーディションの参加者と同じだったから、狭かったり騒がしかったりするのはしょうがないね」
「––––空気の話です」
円香の言葉と同時に信号機が赤に変わり、田所はゆるやかにブレーキを踏んだ。二人を乗せた車の前を、大勢の人々が通り過ぎていく。
再度田所がバックミラーを覗き込むと、ミラー越しに円香と視線が交錯した。だが田所を見つめる円香の瞳は、その澱みを隠せていない。
「手の震えが止まらない子、何度も深呼吸している子……。オーディションが終わって大声で泣き出す子もいましたね」
「そう……(無関心)」
「失敗した、悔しい、情けないって、まだ結果も出ていないのに」
止め処なく円香が喋る。
いつの間にかフロントガラスの前から人々の姿が綺麗さっぱり消え去り、赤だったはずの信号が青になっていたことに気が付いて田所は慌ててアクセルを踏む。無人の交差点を通過する際にもう一度だけバックミラーを見たが、円香は変わらずに澱んだ瞳でミラーを睨んでいた。
「緊張すると力出ないからね。ベスト出せるようにね」
「……」
「まぁ、円香なら大丈夫でしょ」
「…………本当に?」
バックミラーに向かってそう尋ねた円香の声は、半信半疑などではなかった。まるで自分が三次オーディションに落選することを確信しているような、そんな声色だったのだ。
「本当にそう思ってます? それ、あなたの本心ですか?」
決して事実に反した気休めの言葉などを掛けさせないよう、鋭く問い詰める。その圧力に押され、黙り込んだ田所は思わずバックミラーから視線を逸らした。
三次オーディションでの円香の調子は決して悪くなかった。だが一次、二次オーディションとは違って、三次オーディションからはライバルも強くなってきている。厳しい戦いになっているのも事実だった。
円香は高校生らしからぬ現実主義な性格で、端的に言えばませた子供だ。
故にプライドも高く、気休めや情けをかけられることを極端に嫌がる。未だ数週間の付き合いとはいえ、田所もそんな気難しい円香の性格を把握していただけに、ここで安易な言葉を選択するのか最善の策ではないことだと分かっていた。
田所が見た限り、円香が今日の三次オーディションを勝ち抜く可能性は五分五分だった。
要は審査員の捉え方や評価基準次第で合格にもなるし落選にもなる。円香含めて圧倒的な個性を放つ参加者がいなかっただけに、非常に合否の判断が曖昧で難しいオーディションだったのだ。
暫く円香は言葉を待っていたが、田所は今掛けるべき最善の言葉を見つけきれなかった。
沈黙の時間が長くなるにつれ、車内の空気は重量を増していき、嫌な空気へと変わり始める。そんな空気を破ったのは、意外にもずっと田所の言葉を待っていた円香自身だった。
「……前に見たアイドル、覚えてますか?」
「ん? カンノミホ?」
「いえ、あのショップイベントで安っぽい笑顔で歌っていた人」
「あっ、そっかぁ……」
まるで見当違いな有名人の名を口にした田所にツッコミを入れるわけでもなく、円香は黙々と話を続ける。
「……今日のオーディションにいました」
「はえ〜。どうだった?」
「…………」
特に深い意味もなく田所は訊いたはずなのに、円香は何故か口を閉ざしてしまった。
らしくない顔で何か言葉を探すように、視線を周囲に泳がしている。だけどこの狭い車内にも、そして過ぎ去っていく窓の外の景色の中にも、円香が今日のオーディションで見かけたあの日のアイドルを上手く形容するヒントなんかどこにもなくて、結局円香は自分自身が見た光景をありのままの言葉で伝えることしかできなかった。
「控え室で泣いてたの、その子です」
バックミラーに向かってそう話した円香の瞳は、あの日と同じだった。
動画配信サイトで配信されていた円香のオーディション風景を視聴し、ファンだと言ってくれた女子高生を見送った時に見せた、何かに怯えて、不安と恐怖に支配され、恐々とした瞳。
一見冷め切ったようにも見える円香の瞳だが、その中にはビー玉のような煌めきも僅かにだが残されていた。だがあの時も今も、その純粋な一面は真っ黒な闇に支配されているかのように光を失っている。
二度同じような光景を見て、田所はようやく円香が怯えているモノの正体に気が付くことができた。そして田所は円香の恐怖心と不安を取り除くべく、ハンドルを事務所ではない別の方向へと切った。
☆★☆★
今日は珍しくおしゃべりウ◯チが静かだなと思っていた円香が下ろされたのは、本来向かっていたはずの事務所から少し離れた場所だった。行き先も何も言わないまま駐車した田所はエンジンを切ると、一度だけこっちを振り向くと円香に降りるように目線で目配せし、そのまま無言で車から降りる。
口から出る言葉だけではなく、とうとう行動まで狂ってしまったかと円香は思いつつもその後を着いていくと、田所が足を止めたのは普段から利用しているレッスン場が入った狭いビルの入り口だった。
「あの、何処に行くんですか?」
「こ↑こ↓」
「ここ、レッスン場ですよね? 今から?」
「当たり前だよなぁ」
「今日のスケジュールはオーディションで終わりのはずなんですが。時間外労働を強要させる気ですか、ミスター・サイクロップス先輩」
「そうだよ(断言)」
「えぇ……(困惑)」
至極当然のように開き直る田所に圧倒され、円香は流されるようにレッスン場にやってきた。意図が全く汲み取れないながらも、とりあえず着替える為に更衣室に行こうとした矢先に、田所から「演技指導だからその必要はない」と言われて止められてしまった。
「あの、本当に意味が分からないんですけど」
「ほんとぉ?」
「……もしかして煽ってるんですか? あったまきた(冷静)」
唐突にレッスン場に連れてこられて、おまけに誰もお願いしていない演技指導を始めると言い出した田所。ただでさえオーディションでの疲れもあるというのに、田所の言動の全てが意味不明すぎて次第に苛立ちを覚え始める。
意味も意図も分からないまま振り回され、我慢の限界点を突破した円香が「こっちの事情も考えてよ」と叫ぼうとした瞬間。コンマ数秒の差で、田所が先に口を開いた。
「ほんとは怖いんダルルォ?」
「は? 怖い?」
「ビビってんのか円香? 自分の限界なんかに」
「なっ––––」
田所は気付いていた。円香の綺麗な瞳を曇らせていたモノの正体に。そして円香もまた、その正体に薄々勘付いていたものの、こうして自分以外の他人に悟られているとは思いもしていなかったのだ。
円香が恐れていたもの––––、それは自分の限界だった。
自分の限界を知ってしまうこと、身の程を初めて知った時に味わう挫折や屈辱、現実。誰かの期待を背負い、そしてその期待に応えられなかった時に向けられる失望と哀れみの眼差し。自分には何ができて、何ができない、そんな明確な線引きを知ることを、夢破れ敗北者としての自分を受け入れざるを得ない現実を、円香はずっと恐れていたのだ。
光り輝くステージとは裏腹に、アイドルの世界の裏側は残酷な世界だ。常に自分の限界を試され、いくら努力を重ねたところで実力のない者だと判断されれば容赦無く淘汰されてしまう。強く願えば願うほど、必死に努力をすればするほど、夢破れた時に感じる敗北感は大きくなるだけなのだ。
そんな精神のすり減る世界に身を投じ、実際に幾多のオーディションを経験してきたからこそ、円香は自分の限界を知るのが怖くなったのだろう。
そして今日のオーディション終了後、控え室で泣き崩れたアイドルの姿に、円香は自分の未来を重ねてしまった。遅かれ早かれ自分もあのアイドルのように現実を知る時が来るのかもしれないのだと。
それは円香が田所どころか、親しい幼馴染たちにも決して見せなかった弱みでもあった。
だが田所は一部の過激派淫夢厨から後輩を昏睡させレ◯プする鬼畜外道野郎と言われる反面、空手部では荒ぶって暴走するポッチャマ先輩のフォローをしつつ、ひ弱な後輩への気遣いも忘れない先輩の鑑としての側面を見せつけたホモの中の男。そんな後輩想いな田所の前にとって、まだまだケツの青い女子高生の悩みを見抜くことなど朝飯前だったのだ。
「そんなに限界を越えたいのなら越えさせてやるよ」
円香の根底にある恐怖心の正体が分かった以上、プロデューサーとして田所がしてあげれることはその恐怖心を取り除いてあげることだけである。その為に、田所は自分が持っている技術の全てを、円香に継承させることで敗北に怯えない“本物”の実力を備え付けようと考えたのだ。
そう、田所の唯一無二の得意分野であり、ネット界で田所は元々劇団員だったのではないかという諸説が乱見されるほどに恐れられた、迫真の演技力を。
「ほら、俺が手本見せてやるから見とけよ見とけよ〜」
「はぁ……」
とりあえず田所の演技を見てそれを真似するように指示された円香だったが、この時は田所の本気を知らなかっただけに、正直鬱陶しさの方が勝っていた。
訳のわからない名言製造機男にまんまと図星をつかれた挙句、トレーナーではないプロデューサーが直々に演技指導をするなんて言いだしたのだから、プライドが高い上に田所の全てを拒絶している円香がそう思うのも当然っちゃ当然のことないのかもしれないが。
だがそれも次の瞬間、まるで天地がひっくり返ったかのように、円香は田所への印象を覆されることとなる。
「ハァハァ、イキすぎぃ、イクゥ、イクイクゥ……、ンアッー!」
普段は全く見せない、まるで女の子のような表情で叫ぶ田所。
その姿を見た円香に、雷のような衝撃が駆け巡った。衝撃が全身を駆けると胸の奥から得体の知れない何かが込み上げてきて、胸があっという間に優しい気持ちに満たされて一杯になる。円香はこの時になって初めて「感銘を受ける」という言葉の意味を身を以って知ることができたほどに。
田所のセリフ自体の意味は全く分からない。
イキすぎてるのかイキすぎてないのか、そもそも何がイキすぎてるのか全く見当もつかない意味不明なセリフだった。
だが、それは円香が生きてきたこれまでの人生で一度足りとも経験したことのない感動を与えた演技だった。
「はい、やってみて、どうぞ」
「え、私もやるんですか?」
「そうだよ。あくしろよ」
いつの間にか可愛らしい女の子の顔からいつものステハゲの顔に戻っていた田所に催促され、円香は慌てて意識を取り戻す。
想像以上の田所の演技力に魅了されるあまり心を奪われてしまった、なんてことを円香が正直に言えるはずもなく。円香はわざと気怠けに溜息をついて深呼吸をすると、つい先ほど見た田所の姿をもう一度だけ連想し、トレースした。
「……い、イキスギィ」
「はぁ〜全然だめ。辞めたら? この仕事」
「なっ––––!」
険しい目と厳しい言葉を浴びせられた円香だったが、自分自身でも分かっていた。同じ台詞を言っているはずなのに田所と自分の演技力には雲泥の差があることを。
だとすれば、どうすれば田所のような演技が自分もできるのか。
田所のような衝撃を与える演技をするのに、自分には何が足りていないのか。
煽られるような言葉も着火剤となり、円香の闘争心に火がついた。何度も一度だけ見せた田所の演技を脳裏で再生して、繰り返し試行錯誤を重ねていく。
「はぁはぁ、いきすぎぃ!」
「もっと舌使えよ、ほらほらぁ〜」
「いっ、いきすぎぃ!」
「ちょっと歯ぁ当たんよ〜(意味不明)」
「イクイク、アァー!!!!」
☆★☆★
レッスン場を出ると、外はいつの間にか夕暮れ時を迎えており、二人の影は伸び切っていた。慌ててスマートフォンを見て、この時初めて円香はレッスン場に来てから三時間も経過していたことを知らされた。
三時間もレッスン場にいたことに気が付いた途端に、一気に疲れが押し寄せてくる。だけどその怠さ以上に妙な充実感が円香の疲れた身体を満たしていて、円香は未だ経験したことのない不思議な感覚に包まれていた。
(この人、ただのステハゲじゃなかったんだ)
初めて見た田所の“本気”に、すっかり印象を改めさせられていた円香。
結局三時間もレッスン場にこもっていながら、円香は一度たりとも田所のような演技を披露することはできなかった。だけど不思議と悔しい想いはなく、胸に詰め込まれているのは好奇心ばかり。
ボンヤリと空を眺めながら思う。今はまだ難しいのかもしれないが、この人のような迫真の演技ができるようになったら時、自分はどんな世界にいるのだろうかと。
その世界に辿り着けるのか、そしてその世界がアイドル界ではどのレベルなのかは未だ分からない。だけど今は自分の限界点を知ることを恐れていたはずなのに、その限界点から見える景色の方を見たいという好奇心の方が何倍も強くなっていた。
「あ、そうだ。これから活動時間外で拘束される時は特別手当を頂きますので」
後部座席ではなく助手席に乗り込んだ円香がシートベルトをしたのを確認して、田所は車を走らせる。最初の信号で車が停車した拍子に円香がそう提案すると、田所は「ええやん」と何故か肯定した。
「なんぼなん?」
「そうですね、三十分で五万とか?」
「十四万!? うせやろ、ぼったくりやんけ!」
「……いや、誰も十四万とか言ってないんですけど」
信号が変わって青になる。
円香と田所を乗せた車は、夕日に向かって再び走り始めた。 その助手席に座る円香の口角が、僅かに上がっていたことに二人とも気付かないまま。