シャニマスレ◯プ!プロデューサーと化した野獣先輩 作:ここあらいおん
最近シャニマスは何かと炎上系のニュースが多いですよねぇ……。
こんな時だからこそ、シャニマスの魅力を伝えたい……ッ!という気持ちで初投稿です。
屋上へと続く扉を開くと、田所はすぐに漆黒に包まれた闇の世界の隅で一人佇む円香の姿を見つけることができた。
円香は錆びたフェンスに両肘をついたまま、田所の方を一瞥することなくボンヤリと夜の街を見下ろしている。もうとっくに桜の花は散ってしまったというのに、未だに残り続けている朝晩の気温をぐっと下げる春風が屋上を駆けて行って、円香の髪を激しく揺らした。乱れた髪の隙間から見えた瞳はまるで夜空を翔ける流星のように、一直線の軌道を描きながら何かを捉えているようだった。
今の田所には円香の瞳が見据えるモノの正体は分からない。だが円香の視線の先に存在するモノが決して曖昧なモノではないことだけは、なんとなくではあるが察することができた。
「……なんですか」
初めて田所と円香が283プロの前で出会った頃から変わらない、円香の低い声が二人だけの闇の世界に響く。円香は依然として遠くにある「何か」を見つめたままだったが、闇に姿を隠していた田所の存在には気づいていたらしい。
社長に促されて円香に会うために屋上に来てはみたものの、実際本人にどうやってW.I.N.G.本戦に行けなかったことを伝えるべきか何も考えていなかった田所は咄嗟に言葉を詰まらせてしまった。
真剣にアイドル活動に向き合った上でのこの結果は、彼女の努力を根底から否定する非情な現実だ。自分の限界点を知ることに異様なまでの恐怖心を抱いていた円香にとって、この敗北はどれだけの時間を費やしても乗り越えられない大きな挫折になりうる可能性だって大いにありうる。
万が一そうなってしまった場合、プロデューサーとしてアイドルを導く存在の田所はどのように接することで円香を立ち上がらせることができるのだろうか。 “W.I.N.G.優勝”という目標はおろか、本戦にすら到達できなかったこの事実を、どのような言葉で円香に伝えれば少しでもショックを和らげることができるのか––––。
いくら世界一イキ顔を見られた伝説のホモビ男優といえども、そんな難題を解決する答えを僅か数ヶ月のプロデューサーキャリアで見出すことなんてできるはずがない。それ故に、田所は円香が直面した現実をありのままに伝えることしかできなかった。
「あのさぁ円香、W.I.N.G.の最終予選のことなんだけど––––」
「あぁ、そのことですか。ダメだったんですよね?」
「ヴォエ!?」
あまりに淡々とする声で先手を取られ、思わず自身の排泄物を塗られた時に出るようなえずき声がでた田所。だがそんな汚い言葉にはまるで動じず、円香はずっと遠くを見つめていた。
「……自分のことは自分が一番分かっているつもりです。落ちるだろうなって予感はしてました」
「あ、そっかぁ」
あっさりと自身の敗北を受け入れた円香の声色に、後悔や悲壮感は一切感じられない。普段と何も変わらない落ち着いた様子で、非情な現実を受け入れているようだった。
W.I.N.G.予備予選の結果に気付いていたことには勿論、あれほどまでに怯えていた自身の限界点を知ってしまったのに関わらず、落ち着き払った態度を見せる様子に田所はどことない違和感を感じていた。もっと悔しがったり落ち込んだりと、普段は決して見せない年相応のリアクションを予想していただけに、直面した現実から目を背けずに全てを受け入れようとする円香の態度は田所にとってあまりにも予想外なリアクションであったのだ。
あっさりと屋上へやってきた目的を片付けられてしまい、田所は自分の身の置き方が分からなくなる。自然と言葉が詰まり、沈黙が闇夜の世界を覆う中で冷たい風が二人の頬を叩いた。
「……あなたは何故、私をアイドルにしたんですか」
「ぬっ?」
独り言のように綺麗な唇から溢れた円香の問いかけ。その視線は遠くの「何か」ではなく、咄嗟に訊き返した田所へと向けられていた。
「は?(困惑) 自分からアイドルになりたいって言ってたじゃん……、言ってたくない?」
「そ、そうだよ(開き直り)」
いつの間にか円香の中では自分はスカウトされてアイドルになったのだと、記憶が捏造されていたようで、田所にマジレスを返されて恥ずかしさのあまり視線を虚空へと逃す。星の見せない東京の上空には、頼りない月明かりだけが瞬いていた。
雲に覆われて弱りきった灯りを見上げながら、円香がポツポツと不安を漏らしていく。
「……アイドルなんか本当はなりたくなかった。期待なんか背負いたくない、必死になんかイキたくない」
「円香……」
「自分のレベルなんか試されたくない。何度も……、何度も……。そんなのが私は、怖かった」
円香の口から次々と溢れる言葉たち。それは以前田所が感知した円香の本音を、誰にも打ち明けてこなかった不安を、明確に言語化した言葉であった。
アイドルの世界は媒体越しに見られるような煌びやかな世界だけではない。常に誰かと比較され続け、自分の明確な実力や立ち位置を嫌というほどに突きつけられる勝負の世界だ。どれだけ努力を重ねたところで成功の保証なんてものは一切なく、血の滲むような努力よりも生まれ持った才能がモノを言う残酷な世界でもある。
誰かに応援されることは、即ち自分ではない他人の期待を背負うことでもあり、その期待に応えられなければ当然期待は失望と変わり、そして心ない批判へと姿を変えていく。常に誰かの期待を背負い、それに応えていかなければならない人生は、想像以上に過酷な旅路なのだ。
失敗、挫折、炎上––––。
例えそれが小さな子供や大人になりきれていない高校生が相手だろうが、時に現実は一切の容赦無く牙を剥いて襲いかかってくる。
円香も小さな子供ではなく、大人の入り口に片足を突っ込んだ高校生だ。世の中の仕組みを、自分は何ができて何ができないのかを嫌でも気付く歳になって、その上で勝負の世界で試されることを怖いと感じるのは致し方ないことなのかもしれない。散々ネットでおもちゃにされた挙句、自分の恥ずかしい姿を数えきれない人に見られてもこうして平然と生きていける田所が異常なだけで、そういった不安が付き纏うのは至極当然のことなのだから。
「––––だけど、あの日の演技を見てその恐怖が薄らいでいった」
雲の切れ目から月が顔を覗かせ、遮るものがなくなった月明かりが円香の表情を照らす。
気怠けな垂れ目に、特徴的な泣きぼくろ。月明かりに当てられて煌めく前髪をまとめたヘアピン。
それは数ヶ月前に初めて田所が出会った時と何も変わらない表情だった。だけどその眼差しはあの時よりも何倍もの希望を、そして何かを強く渇望するような、そんな強い欲求を秘めているように田所には映っていた。
「初めは社長に言われた“W.I.N.G.優勝”というミッションを果たせればいいと思ってた。それも、適当に笑っておけばなんとかなるって思ってた」
だけど、今はそんなんじゃない。
そう区切ると、円香のか細い人差し指と親指をピンで止められた前髪へと伸ばした。前髪を触る間、視線は虚空を慌ただしく泳いで、円香は慎重に言葉を考え抜くように時間をかけている。
「……怖いけど、自分の限界にイってみたい。その限界の先にある世界を見てみたい」
あの日、二人きりのレッスンルームで見た田所の迫真の演技。
田所の本気のイキ顔と、円香のハートを心底震わせた衝撃が脳裏のフィルムに焼き付いていることを確認し、円香は月下の光のもとで新たな目標を宣誓する。
「––––W.I.N.G.にはイケなかった」
「…………」
「でも、イこうとした」
円香はそっと目を閉じて、月を仰ぐ。その口元は微かに上がっていた。
「熱意があればいいわけでも、技術があればいいわけでもない。勝ち上がったところで将来の保証があるわけでもない。なんでそんなものに挑んでいたんだか……」
再び肌寒い風が吹いて、円香は乱れた髪を強引に耳へと掛けた。その拍子に開かれた目は、真上で八の字を描いている眉毛とは正反対に笑っている。
「ふふっ、でもこうして負けたことが悔しいって思えるってことは……、ねぇ? どういうことだと思います?」
W.I.N.G.に出場することはできなかった。それは即ち、今の円香の限界がここまでだったということを示す結果である。
だけど、円香はその現実を知ってもなお、前向きにその結果を受け入れようとしていた。自分の限界を知った今でも怯えることもなく、今はまだ手を伸ばしても届かない遠くの世界を真っ直ぐに見据えている。それは今までに見せたことのない、意欲的な眼差しだった。
もしかしたら円香にとってこの挫折は、結果的に良い経験になったのかもしれない。W.I.N.G.出場で満足するのではなく、そのもっともっと先の世界に興味を持ってくれるのなら、今はそれだけでアイドルを続けるモチベーションになるのかもしれないのだから。
その遠くの世界を見せたのは間違いなく田所だ。だからこそ、田所には円香をその場所へと導く義務がある。田所は改めて覚悟を決めて、円香の問いに答えを出す。
「そんなにイキたいのならイかせてやるよ」
「……はい。私を限界の先にイカせてください」
田所の誘いに、円香は初めて出会った頃からは想像も付かないような優しい表情で笑う。
春が終わろうとする季節の変わり目の夜に、新人プロデューサーの田所と新人アイドルの円香は、新たな未来を誓い合った。二人の距離感は依然としてソーシャルディスタンスが保たれていたが、心は間違いなく近づいていた。
☆★☆★
社長とはづきは既に退勤していたようで、円香をビルの下まで見送って戻ってきた事務所は無人だった。
とりあえず溜まった事務作業だけでも終わらせて帰ろうと、田所はパソコンを起動させる。パソコンが立ち上がるまでの間にテレビを点けると、薄型テレビの中ではよく見かけるベテランの女性ニュースキャスターの姿が映っていた。
「––––では、次のニュースです。本日、東京都で新たに確認された陽性者の数は……」
どうやら最近巷で流行っている妙な感染症のニュースをやっていたようで、心なしかニュースキャスターの声色が沈痛な声にも聴こえた。だが田所はそのニュースをあまり重くは受け止めておらず、あくまでBGMの一環として聴きながしらパソコンでの事務作業に没頭していったため、テレビから発信される情報には一切耳を傾けなかった。
きっとこの時、田所だけではなく日本中……いや、世界中の殆どの人がこのニュースを聞き流していたのだと思う。後にこの感染症によって世界がとんでもない様相を呈することになるとは想像もせずに。
田所だけの事務所内には、今後の未来を危惧する専門家たちの警告が、誰の耳に届くこともなくひたすらに響いていた。
WING円香編終了。
次回、感謝祭・福丸小糸編。