シャニマスレ◯プ!プロデューサーと化した野獣先輩 作:ここあらいおん
シーズン0 : 異変と異常
––––春。
厳しい寒さを和らげる優しい日差しや日本の象徴でもある桜と共に訪れるこの季節は、大勢の人々の人生を動かす、まさに“ターニングポイント”ともいえる季節でもある。
旅立ちと別れ、始まりと終わり––––。
雪解けが進んだこの季節には数えきれないほどのドラマが含まれていて、この少女––––福丸小糸もまたその例外になく……、むしろ例年に比べて今年はより一層その意味合いを強く感じていた。
この春、小糸は中学校を卒業し、高校へ進学。
新たなステージで小糸を待っていたのは、幼少期から親睦を深めてきた浅倉透、市川雛菜、樋口円香ら三人の幼馴染たち。
幼馴染たちの中で一人違う中学校へと進学し、三年間離れ離れになっていた小糸にとって、その胸中では環境が変わる不安よりも幼馴染たちがいる場所に「戻れた」といった安心感が圧倒的な割合を占めていたのだ。
それに加え、年明けに唐突にアイドルとなった浅倉透を追っかけて自身もアイドルの世界に身を投じたことも相まって、今年の春は例年にないほどに忙しく––––、されど未だかつてないほどの期待と希望に満ち溢れた春となっていた。
(やっぱみんなと一緒に過ごせるのは最高やなっ!)
孤独感に誘われていた中学三年間とは打って変わり、自分が本来いるべき居場所に戻れたことへの幸せを噛み締めていた小糸。
そんな小糸が妙な違和感に気が付いたのは怒涛の春が過ぎ去り、夏の足音が近付いてくるのを感じ始めた五月の暮れの頃のことだった。
この日、兼ねてから休みを合わせていた四人は惜しくもW.I.N.G.本戦目前で出場機会を逃した円香を慰める会(透の提案)という名目の下、透の自宅に幼馴染四人で集まっていた。
慰める会と言いつつも、特別何かをするわけでもない。繰り広げられているのは、いつもと同じような雰囲気でいつもと何ら変わりない、他愛のない会話ばかりだ。されど四人で過ごす何の変哲もない時間と空間こそが、小糸にとっては何にも変え難い大切な時間でもあった。
そんな至福の時間に潜む違和感を、ふとした拍子に小糸の五感が感知したのだ。
「ねー、W.I.N.G.惜しかったねー」
「……」
「まぁ、アイドルになってまだ日が浅いから仕方ないね」
円香を慰めようとフォローの言葉をかける透の口調から見え隠れする、得体の知れない違和感。
(あれ、透ちゃんってこんな喋り方してたっけ……)
普段はあまり感情を出さない、淡々とした口調が特徴的だった透が、妙にねっとりとした話し方をしている。円香と喋っているのは紛れもなく透本人のはずなのに、小糸はその姿がまるで透の姿形をした違う誰かが喋っているかのように感じられたのだ。
一見、何も変わらない四人が過ごす日常の一コマに見えるものの、疑う余地のない現実に組み込まれた明らかな異常が違和感を生み出している。
その異常に小糸が気付いた途端、いつからか日常の一コマに潜んでいた違和感たちが次から次へと小糸の前に姿を現し始めた。
「あは〜♡ ウーバーで頼んでたお寿司届いたよ〜」
「は?(威圧) 雛菜、いなりがないやん」
「あ、ホントだ。いなりだけ入ってない」
「いなりが食べたかったから注文したのに」
(円香ちゃんってこんなにいなりに執着心持ってたっけ……)
「透先輩〜、このクソデカ枕どうしたの〜?」
「あぁ、それ? ネットで買ったんだ。いい……よくない?」
「はえ^〜♡ この辺がセクスィ〜、エロい!」
(雛菜ちゃんに至ってはなんかキャラ崩壊してるよ……)
次から次へと小糸の目に付く、言葉では言い表せない違和感たち。
透も円香も雛菜も、間違いなく何かがおかしい。小糸の知っている三人とは決定的な何かが違うのは確かなのだが、肝心なその違和感の正体が分からなかった。
だが、それも仕方がないことなのかもしれない。常日頃からホモビを視聴するような特殊な趣味を持たない人間にとって淫夢は無縁の世界の話なのだから。
しかし、淫夢が日の当たる場所に姿を現して十年弱。
その爆発的な感染力で日本列島を瞬く間に世界有数のホモビ国家へと染め上げた淫夢文化は、今となっては小糸のようなホモビとは無縁の世界で暮らす人々の日常の中にまで侵食してしまっている。
故に、こうして淫夢を知らない人でも、ホモビに出てくるようなセリフを無意識に口走っている自覚が一切ないのに、見ず知らずのうちに語録を使ってしまうようなステルス感染を巻き起こしていた。
「––––いと」
(なんか変だよみんな……)
「––––……小糸? どうしたの、さっきからぼーっとしてるけど」
「んにゃぴっ!? ……じゃなかった、ぴえっ!?」
283プロのプロデューサーに就任した田所からまずは円香に、そして円香から幼馴染たちへとあっという間に伝染していった淫夢語録たちは、ものの二ヶ月足らずで純白だった四人をしっかりと淫夢色に染め上げた。
当然、三人と共に過ごす時間が長い小糸にも淫夢の魔の手が及ばないはずがない。自身も淫夢に毒されている自覚はないようだが、実際は小糸もまた三人同様にしっかりと骨の髄まで淫夢に染め上げられてしまっていた。
「小糸はさ、感謝祭で何かやりたいこととかないの?」
「え? か、感謝祭っ!?」
「あ〜、小糸ちゃんもしかして今までの話聴いてなかったの〜?」
「せっ、センセンシャル……」
目に付いた異常ばかり気を取られていたが、いつの間にか三人は梅雨明けに開催されるステージの話をしていたらしい。テーブルを挟んで小糸の対角線上に座る透の手に握られたノートには、それぞれが発案したと思われるアイデアが箇条書きで記されている。
(感謝祭かぁ……)
“感謝祭”とはまさにその名の通り、ファンとアイドルの交流を目的としたライブイベントだ。なんでも小糸らが入社する前に283プロからデビューした幾つかの既存のユニットの活動が認められ、毎年他社と合同で開催されている“ファン感謝祭”に招待されたそうだ。
合同ライブになるため283プロに与えられた時間は限られており、なおかつ当然ステージのメインは招待された既存のユニットたちになる。だが今回は特別にノクチルのデビューステージとしての枠も確保してもらうことができたらしく、ユニットとして初めてリリースする新曲を一曲だけ披露することになっていた。
田所からは感謝祭のステージは極力アイドルたちの希望に沿った内容にしたいと聴いている。どうやら三人はその感謝祭のステージの演出やコンセプトをどういったものにするかについて、アイデアを出し合っていたようだった。
「でも感謝するって言ったら、対象はファンや友達とかだよね〜?」
「それなら家族もじゃない?」
「おお、さすが。樋口は家族に沢山迷惑かけてるって、それ一番言われてるからね」
「それ、浅倉にだけは言われたくない」
幼馴染たちの何気ない会話の中から飛び出した単語を聴いて、小糸の胸がちくりと痛む。
だけど小糸は先程妙な異変に気付いた時と同様に、なるべく胸の内を悟られない様に極力自然な笑みを取り繕って、必死に隠すことしかできなかった。
☆★☆★
天井社長から授かった“W.I.N.G.優勝”というミッションを遂行し損ねた田所が次に挑むミッションは、多くのプロダクションが参戦する“感謝祭”のステージで、283プロの新ユニットとなるノクチルの初ステージを成功させることだった。
田所が入社する以前から在籍していた透、雛菜、小糸の三人は既にソロでのアイドルデビューを果たしていたが、円香を含めたユニットとしての活動は感謝祭が初めてとなる。それだけにユニットとしての今後の活動を勢いづけるためにも––––また、円香のW.I.N.G.予備予選での失態でプロデューサーとしての手腕が疑われ始めているのも相まって、この感謝祭のステージでは絶対に失敗が許されなかった。
だが、失敗が許されないミッションを抱えてる時に限って、あまりよろしくない問題が山積みになって行手を阻むのが現実の嫌なところ。感謝祭でのステージの雲行きを怪しくさせる幾つかの問題を、田所は既に抱え込んでいた。
一つはノクチルが四人組のユニットであることだ。
古代エジプト文明が栄えた遥か昔より、迫真空手部然り、黒塗り高級車激突サッカー部然り、 ACCEED三銃士然り、世間に受け入れられるユニットは三人組という確固たる方程式が存在していた。
だがノクチルはその勝ち確ともいえる方程式に反し、四人組ユニットだ。三人組ユニットではないが為に、これまでの淫夢ユニット成功の方程式が通用しなくなる。
(いやーキツいっすねこれは……)
前例がないだけに果たしてどのようなプロデュースで四人を導けば、三人組ユニットのように幅広く世間に受け入れられるのか––––。貴重な田所の成功体験が適用されない且つ絶対に失敗が許されないミッションなのに関わらず、闇の中を手探りで進んでいく様な試行錯誤のプロデュース路線に舵を切らざるを得なかったのだ。
そして、二つ目の問題。それは––––……、
『本日、新たに東京都内で確認された新型コロナウイルスの陽性者数は過去最多の––––』
「……なんだか大変な事態になってきましたよね。都内じゃもうマスクがどこも売り切れだそうですよ」
「明日からテレワーク導入だからな。必要なものは忘れずに今日中に持ち帰るんだぞ」
昼夜問わずテレビで報じられている感染症のニュース。
外国で突如発生したこの感染症は瞬く間に日本にも進出し、そしてものの数週間でこれまでの日常をガラリと変えてしまった。
日に日に増加していく感染者の数と、募っていく人々の不安。メディアでは根拠のない情報と憶測が飛び交い、秩序と調和があっという間に乱れた東京都内は未だかつてないほどの混乱が生じていた。
感染症自体のニュースはちょうど円香がW.I.N.G.の予備予選で敗退した頃あたりから度々報じられていた。まさかここまで世界中で混乱を招く事態に発展するとは想像もしておらず、いくら外国で感染症による死者が増えようが、いくら日本で初めての感染者が確認されようが、それは対岸の火事の出来事で自分には関係のないニュースだと、誰しもがそう捉えていたのだと思う。
だが結果として感染症の広がりに歯止めが効かず、こうして連日都内で多くの感染者を記録するようになると、平穏だった日常は急速なスピードで変わり始めていった。政府からの不要不急の外出自粛要請が発令されると、お店はどこもシャッターが下り、仕事も殆どの企業が自宅でのリモートワークに切り替えられると、世界一人口密度が高いと称されていた東京の街からは人流は途絶え、活気のないゴーストタウンと化した。
そんなご時世なだけに、人と人が触れ合うイベントなど開催できるはずがない。
予定されていたイベントが相次いで中止を余儀無くされると、アイドルたちの出演イベントのスケジュールが書き込まれていた事務所のホワイトボードはあっという間に真っさらになっていく。
ノクチルが参戦する感謝祭は幸い二ヶ月先なのもあって、主催者側から正式な中止の通達はきていない。だが誰の目にも開催される可能性より中止になる可能性の方が圧倒的に高いのは明らかで、またそれもいつ正式に発表されるかが分からない状況だ。仮に開催されたとしても、当初の予定通りにイベントが進むとは考えにくかった。
要は田所とノクチルの四人は開催されるかどうか定かではない、それもどのタイミングでレギュレーションが変更するかも分からない感謝祭に向けて、あくまで開催される“前提”で準備を進めないといけないのだ。
尺の問題や演出や設備の制限、それらが全く不透明なまま、ステージを創りあげるのは決して容易いことではない。準備の面でも、アイドルらのモチベーションの面でも、だ。
「あ〜もうめちゃくちゃだよ」
そう嘆いても現状が変化するわけでもなく。
田所は行末が全く見えない未来を、ただただ茫漠と好転する様に祈ることしかできなかった。