苦手な方はご注意を。
「邪魔だァッ!」
その大声を合図に館の扉を猛スピードで蹴り壊して何かが外から入り込んできた。
蹴り壊された館の扉は木製だったこともあり、片方は砕け散り、もう片方は昨夜と戦闘中だった竜胆の上半身目掛けて飛んでいく。
「くぅっ……!?」
それに気付いた竜胆は上体を反らし、紙一重で扉を回避したが、館の扉はそのままの勢いで壁にぶつかると、壁の一部を抉り抜き、周囲には扉だった木片と小石が散らばった。
そして、昨夜は外から入ってきたものが一体何なのか、それが見えなかった。
竜胆の目線は既にそれがいる……またはあるであろう場所へと向いており、昨夜も竜胆の目線を辿り、何が飛んで入ってきたのかを確認してみる。
それはやってしまったという顔をしている柊だった。
扉を蹴り飛ばした本人もそんなことになるとは思わなかったのか、少し焦りながら竜胆の顔色を伺っていた。
咲夜は目の前で唐突に起こった出来事に、数秒ほど動きが止まるが、すぐに切り替えて館へ侵入してきた柊に向けて、大量のナイフを投げ付ける。
「……」
そして、竜胆は黙ったまま、すぐさま昨夜から距離を取り、柊から五十センチほどの場所まで飛び退いた。
「いぃッ!?」
柊は飛んでくるナイフよりも近付いてきた竜胆に反応して少し後ろに下がっていた。
「危ないじゃないですか、姉さん! あの威力、当たったら死んでますよ!? しかもこんなにボロボロになって!」
「い、いやぁ~悪い悪い、あんなことになるとは思ってなくてだなぁ……」
竜胆の目線は柊を捉えたまま、そして柊を説教しているが、ほんの数コンマ、視界を昨夜に向けると、手に持っている二丁銃を用いて、一秒にも満たぬ時間で自分達に向かって飛んでくるナイフを一本残らず撃ち落とす。
「くっ……!」
「十六夜さん、その距離でただナイフを投げただけじゃ、目隠ししていても撃ち落とせますよ。 あと姉さん、この勝負……いえ、異変を終息でき次第、説教の続きです。
ですから、今はそこで休んでいて下さい」
「竜胆……」
竜胆は柊にそう言うと柊を昨夜の攻撃から庇えるように柊の前に立ち、目線と銃口を咲夜に向ける。
それを見た柊は大人しくその場で休む。
「その調子だと俺がいなくても大丈夫そうだな! ここの頭は俺に任せとけ! じゃッ!」
「あ、ちょっ……! 姉さんっ!?」
……訳もなく、柊は竜胆が一人でも大丈夫と知ると階段を駆け上がらず、一階の左奥にある通路へと走り始めた。
……もちろん、すぐに異変を終わらせるための行動ではあるが、その行動の八割は後にある竜胆の説教から逃げるためだ。
「……姉さんの方向音痴には困りますね」
「!? その通路はッ!」
その道は少し前に咲夜が館の主の元へ案内した通路ではなく、全く別の通路であるが、柊はそのまま進んでいく。
竜胆は柊が道を間違えた時点でただ方向音痴で進んでいることを理解しましたが、それを見た咲夜はすぐに柊を止めるために能力を行使した。
すると、咲夜と咲夜が触れているもの以外のものが静止する。 それは竜胆や柊はもちろん、時間や空気さえも例外ではない。
幻世『ザ・ワールド』
「私が時間を止めました。 この通路の先には行かせません!」
そう言うと咲夜は柊の前に移動し、静止している柊に向け、百を越える数のナイフを投げる。
そして、投げた全てのナイフは他のものと同じように咲夜の手から離れた瞬間、空中で静止した。
その能力は“時間を操る程度の能力”であり、時間を加速、減速、停止、また空間操作などが出来るが、時間を戻すことだけは出来ないというものであり、非常に強力な能力である。
空気も時間も止まる世界では常識的に考えれば動けはしない、動けたとしても動いた反動などで大怪我は避けられないだろう。
しかし、それは彼女自身が触れていなければの話である。 空気や物質、生物であっても昨夜に触れてさえいれば動きは止まらないのだ。
それに停止した世界での彼女の活動限界は存在しない、あるとしたら自分だけの時間とも言える、寿命くらいだろう。
だからこそ時間を止める上でのデメリットなど実質、昨夜にはない。 この世界では寿命が尽きない限り、彼女は無敵なのだ。
「そして、時は動き出す……」
そして動き出した時間では、時間の止まっていた柊の目にはいきなり目の前に大量のナイフと彼女が現れたように見えるのだ。
「な……!?」
突然、目の前に現れた大量のナイフを見て慌てた柊は急所だけには刺さらぬよう防御体勢に移る。
「ちっ……!」
そして、離れた場所にいた竜胆は昨夜がその場から消えたことを目視すると、すぐさま柊の向かった通路へと視線と二つの銃口を向ける。
反射的に柊に襲い掛かろうとしているナイフを撃ち落とすため、引き金を引いていた。
周囲には数秒という僅な時間の間だが、無数の発砲音と金属同士のぶつかり合う音が響き渡り、竜胆の周囲には硝煙が立ち込めていた。
「く……ってぇ……!」
だが、竜胆の撃ち落としたナイフは狙いの外れたものを含めても八割ほど、残りの二割は柊の腕や足などに突き刺さっていた。
それだけで済んだのは柊が急所を守りつつ、咄嗟に避けていたからだ。
避けていなければ、さらに二割ほどのナイフが柊に刺さっていただろう。
「くっ、仕留めきれませんでしたか……! ならば次で!」
そう言って彼女はまた時間を止めようとする。
しかし、その瞬間に彼女は胸部を両腕で守るように構え、首を傾げるようにして頭を右に傾けた。
それは彼女に死のイメージを与えるほどの鋭い殺気が向けられたからであり、その予感と判断は間違っていなかった。
すると次の瞬間、一発の発砲音と共に銃弾は彼女の左頬を掠め、胸部を守っていた両腕には強烈な衝撃が走り、勢いを殺し切れなかった彼女はそのまま廊下の壁に叩きつけられてしまった。
「かはっ……!?」
「へぇ?」
そして、次の瞬間、周囲には壁が崩れる音と共に土煙が立ち込める。
すぐに昨夜は壁が崩れ落ちる前に壁際から離れ、ほんの数秒の時が過ぎるとその土煙を払うようにして紅蒼の眼を鈍く輝かせ、一つのシルエットがゆっくりと近付いてくる。
「あの速度をやり過ごすとは人並み外れた反射神経と目を持っているようですね」
土煙を抜け、姿を表したのは竜胆ただ一人であり、柊の姿は見当たらない。
そして、通路の壁が崩れたことにより、外からは赤い霧が入り込み、その手前には壁が崩れたことによって瓦礫の山が出来ていた。
「く……! 一瞬でこの距離を詰められるなんて……!」
「天狗ですから、速さには自身があるんです。
それともうこれ以上の切り札が無いのなら、諦めて降参することをおすすめします。 まあ、しないとは思いますが」
そういうと竜胆の目線は泳ぎ、暫くして瓦礫の小山をじっと見ていた。
それに気付いた昨夜も少し瓦礫の小山を見るが、ただの瓦礫だと思い、また竜胆に目線を戻す。
「よく分かってるわね、もちろん降参なんてしないわ。
だからそんな脅しをしたって無駄よ、借りに脅しじゃないとしてもね」
「そうですか……それではもう加減はありませんのでご了承を、そして死なぬように最大限の努力をお願いします。 あなたには……」
竜胆がそう言うと室内だと言うのに突然、並みの人間なら吹き飛ぶほどの風が起こり、昨夜は目を閉じてしまった。
次に昨夜が目を開けると、先ほどまで竜胆の立っていた位置に竜胆は見られず、周囲に立ち込めていた砂煙や足元の小石はなくなっており、瓦礫の小山のあった場所には、土などによって薄汚くなった柊が座って身体中に刺さっているナイフを一本ずつ抜いていた。
「……はぁ、今日はっ……! 厄日だなっ……! こういう日は……っ! 大人しくっ……! しとくのがっ……! 得策なんだがな……ってぇ」
何が起きたのか。
それは一瞬の出来事であり、人間である昨夜には理解が出来ていなかった。
その時に理解出来たのは、瓦礫の小山の中には柊が下敷になっていたということだけだった。
「……能力を行使する間も与えず、近距離で攻撃し続けるのが有効みたいですからね」
しかし、背後から聞こえた声によって彼女は理解した、これは双林 竜胆が起こした突風であり、全力の始まりだと。
声がした背後を振り返えると、背中を向けて竜胆が立っていた。
すぐに昨夜は飛び退いて竜胆から距離を取ると身構え、竜胆は昨夜を正面に捉えるようにゆっくりと振り向いた。
「さて、そうは言ったもののこれ以上あなただけに裂ける時間もありませんので、やはり一撃で仕留めさせてもらいます」
「そう、出来るものならしてみッ……!?」
昨夜は何があっても対応できるように構えた状態で話していたがその最中、急に身体が宙を浮き、腹部に激痛が走り呼吸が走ると同時に呼吸が出来なくなる。
「言いませんでしたか? 裂ける時間もないと」
決着は一瞬で一撃だった。
昨夜の視界に映ったのは右手はこれ以上浮かぬよう背中を支え、左拳を腹部からゆっくりと離していく竜胆だった。
そして、彼女はその光景を最後に意識を手放した。
「……うわー、喋ってる最中に殴るとかありえねー」
「時間稼ぎであればまだ付き合ってましたよ、ですが私たちは時間を稼がれる身ですからね。 躊躇も遠慮もなくぶちかまさせていただきました」
そう言うと竜胆は意識を失って倒れる昨夜を優しく支え、ゆっくりと地面へ寝かせた。
「上手く加減が出来て良かったです」
「ほーん、加減出来なきゃどうなってたんだろうなぁ?」
「分かりきったことです。 それは腹部を貫き──と───、───などが飛び散r……」
「もういい、分かった、良くやった」
竜胆のあまりにも生々しすぎる発言を遮るように柊はそう言うと、立ち上がり、また廊下の奥へと傷口から血を滴らせながら歩を進める。
「あとは私に任せて休んでください。 そんなにボロボロだといざという時、逃げることも戦うことも出来ませんからね」
「まあ、ボロボロなのはそうだが、まあそこは何とかなるってほら、新しい血液の生成は早いし……」
「それとこれとは話が違います、怪我の治りが異常に早いわけでもないんですから。 最低でも止血をしてからにしてください」
「わかったわかった、後でやるって」
「姉さん、やるんですよ、今! ここで!」
竜胆にかなりの圧を掛けられた柊は渋々、地面に座り込むと服を千切り、その場で止血と応急処置を始めた。
「ところで姉さん、この通路は館の主のいる場所には繋がってません、こんな時にまで方向音痴を発動しないで下さい」
「んあ? 方向音痴じゃねぇよ、直感だ、直感。 なんか嫌な予感がしてるんでな。 それに館の主との戦いで仲間とかが応援に来たら負け筋になるからな」
柊はそう言いながら止血をしているが、実はそんな直感なんて曖昧な理由はない。
もちろん単純に方向音痴が炸裂していたのだ。
先程の理由はただの見栄であり、そして、言ってしまったからにはもう進むしか選択肢が無くなってしまったのだ。
「……本当ですか、私にはこの先には何も感じませんが……むしろ反対方向から妖怪の匂いがします」
「だぁから直感だって言ったろ? 俺は確認しねぇと気が済まねぇの! そっちは竜胆に任せっから、何にもなけりゃ無いで手伝いに行ってやるさ」
「……いえ、何も無かったのなら館の主を頼みます。 もし私たちを時間稼ぎや封印など出来る手段があったとしたら厄介ですからね。 いざという時はお願いします」
「おいおい、こっち、怪我人な、しかもジューショーの。 その時は俺が変わってやるからお前が変わりに主と戦えよ」
「重症の姉さんには任せられません、せめて主の行動パターンの把握……いえ、足止めを」
「なーにちゃっかり俺で相手を観察しようとしてんだよ! 俺を殺す気か!?」
そんな会話をしながらも柊は止血などを終わらせて、立ち上がった。
「まあ、何はともあれ俺はこっちで、お前は反対方向、後のことは早い者勝ちだ! 距離的にも怪我人のハンデとしては十分だろ?」
「えぇ……もう分かりましたよ、好きに動いて下さい。 私は私で異変を止めるために好きなように動きますから」
そう言いながらも、怪我をしている柊は歩いて、負傷のない竜胆は風のように走り、各々の目的の場所へ向かった。