赤い月光が照らす部屋、レミリアは赤い霧が幻想郷の全てを包み込むその瞬間を待ち望み、静かに空を見上げていた。
例え、これが罪だとしても彼女の我儘だとしても、五百年近く過ごした時を無駄にすることは出来ない。 私を慕ってくれる者たちのためにも。今まで辛い思いをしたあの子のためにも……。
───もうすぐよ、フラン。
部屋の扉を開かれる音が聞こえ、レミリアがゆっくりと後ろを振り向くと、そこには桜色の狼天狗の柊と妹であるフランドールの姿があった。
博麗の巫女ではなく、狼天狗が自分の前に立ったこと、そしてフランドールが地下室から飛び出していたこと。
多少、驚くことはあったが、レミリアが表情を崩すようなことではなかった。
「……そこで何をしてるの、フラン。 大人しく部屋に戻りなさい」
「いや、私はもうあの部屋には戻らない! 私はお姉様をやっつけて、外に出るわ!」
「今は貴女に構っている時間は無いの」
レミリアにそう言われたフランドールは俯くが、それを見た柊はフランドールの肩に軽く手を置くと前に進み出る。
「実の妹にその言い方、わn……ァチ、熱ッ!?」
そして、前に出た瞬間、フランドールは赤い炎で自分の三倍程ある『魔剣レーヴァテイン』を作り出し、レミリアに斬りかかる。
その巻添えとして隣にいた柊は服の袖が灰になった。
そんなフランドールの姿を見たレミリアは笑みを浮かべると己も紫のレーザを収束し、それに見合う輝きと威力を持つ『魔槍グングニル』でフランドールの魔剣を受け止める。
しかし、強大な力のぶつかり合いによって生じた爆風は轟音と共に館の天井に穴を開け、レミリアとフランドールはそのまま上空へと舞い上がる。
一方の柊は上から降ってくる落石に潰されないよう避けまくっていた。
「ふっ! ちくしょう、この俺は完全に無視か……っよ!」
「姉さん、大丈夫ですか!? えっ?」
そして、そんな轟音を聞いた竜胆が慌てて柊の元に駆け付けるが、天井のなくなった館の空を見るなり、突然の出来事に唖然としてしまった。
「え、姉さん、あれは誰が戦ってるんですか?」
「ん? 館の主とその妹。 さっき寝巻と戦った後に金髪の小さい女の子がいたろ? あれが妹」
柊にそう言われて目を凝らしてみると確かに火炎と弾幕が飛び交う空には魔槍を持つ館の主の姿と魔剣を持った先程の少女の姿が見えた。
「えぇ……この異変、兄弟ゲンカに巻き込まれた結果とか言いませんよね?」
「さあ? まず過去の異変について聞いたことが無いから知らね。 にしても、兄弟ゲンカか……俺らも昔はよく喧嘩してたなー」
「それはそうですが、呑気にしてる暇はあまり無いと思いますよ、弾幕の精度も威力もどうやら姉の方が優勢みたいですし」
「でも、だからって加勢するのは野暮だしなァ、取り敢えず、その後に備えて登っておくか」
飛べない身である柊はそう言うと、激しい攻防を繰り広げている空に出来る限り近付き、それを見届けるためにも竜胆と共に館の一番高い場所を目指して、跳躍する。
◇◇◇◇◇
一方の上空では吸血鬼姉妹の激しい攻防が続いており、星のように輝く弾幕と爆風の中、二人は魔剣と魔槍を手につばぜり合っていた。
「お姉様のバカァーッ!」
「フラン、我儘を言わないの!」
フランドールはレミリアの魔槍を弾くと、辺りを魔剣でなぎ払うように振り回すが、レミリアも負けじと巧みな槍術で攻撃をいなし、少しずつフランドールとの距離を縮めている。
力は妹であるフランドールが上のようだが、技術、妖力、速度などは姉であるレミリアに部があるようで、フランドールはあっという間に懐に潜り込まれてしまった。
そして、フランドールは叩き付けるように魔剣を振り下ろすが、それも真横に弾かれるとレミリアの魔槍がくると思い、反射的に眼を閉じてしまった。
「知らない間に大きくなったのね、フラン」
「え……お姉様?」
……しかし、その言葉に驚いてフランドールが眼を開けると、レミリアに抱き締められていたのだ。
「今までが過保護過ぎたのかも知れないけれど、あとは邪魔な博麗の巫女たちを倒せば、外であなたがたくさん遊べるような私たちのための世界になるの。 だから最後にもう少し我慢できるかしら?」
「私たち……の? お姉様は私の事が嫌いなんじゃ……」
「私が一度でもそう言ったかしら? 姉としてただ一人の妹が大切なのは当然よ」
「ごめんなさい、お姉様……私……」
「気にすること無いわ、誰だってそんな時があるもの。 さあ、あとは私が何とかs…「私もお姉様を手伝うわ!」
フランが眼を輝かせて食い気味にそう申し出る。
相手は狼天狗と言えど二人、そして後には博麗の巫女が控えていると考えて、レミリア一人では手に追えない可能性があったため、レミリアにとってフランが手伝ってくれることはありがたく、それと同時にフランの心の成長も感じ取れるものだった。 それに……
───そんな楽しそうな顔を見せられたら断れないじゃない。
「……そうね、それなら頼もうかしら!」
館の時計塔から戦闘を見ていた竜胆もあちら側でなにかあったことに気が付いた。
そして、柊は既に見飽きたのか、横になって空を仰いでいた。
「うーん、雲行きが怪しいですね……」
「そりゃあ、赤い雲で空が覆われてるからな」
「違います、吸血鬼姉妹の方……あっ、こっちに近付いてきましたよ!」
「ん、終わったんなら帰っていい? 落ち着いて来ると傷がズキズキ痛いんだよな……」
二人でそんなやりとりをしていると、吸血鬼姉妹は手を繋いで浮遊したまま、竜胆たちの目の前まで近付いてきた。
「待たせたわね、狼天狗のお二方。 博麗の巫女との幻想郷を掛けた決戦の前に、ここまで来た貴女たちもついでに倒してあげるわ」
「今から倒すからねー!」
レミリアは自信に満ちた様子で柊たちに前哨戦としての宣戦布告を行い、フランドールは続くようにビシッと指を指すがその先は案の定の柊。
「えっ! ッ……てぇ、まだやんの!?」
「ほら、ご指名もありましたし、姉さんの蒔いた種なんですから責任とって、妹の方は相手してくださいよ」
「……っくしょう、そう言われるとやるしかねーじゃんけ」
そう言って軋む身体を労るようにゆっくりと立ち上がると柊は胸に右手を当てる。
すると、まるで身体の内側に収納されていたかのようにそこからは一本の刀が現れた。
これが柊の持つ能力……ではないが、現れたその刀の名は『無名刀』。
鋭く研ぎ澄まされており、錆びや刃こぼれ一つないにも関わらず、切れ味は錆びたペティナイフ以下で大概は鈍器のような扱いをする武器であり、壊れない刀(鈍器)である。
「ひっさびさに使うな、無名刀。 相変わらず、見た目だけは名刀だ」
「……その刀、あの吸血鬼相手に使えるんですか? 一応、私たちより圧倒的に妖怪としては格上ですけど」
「いんや、無いよりはマシでしょ? 天魔の本気の一撃でも傷すら付かなかった耐久力だからな。 これで叩き潰す」
柊は刀身を抜くと鞘を腰帯に差し、変わらない見た目に満足している様子だが、一方の竜胆は呆れた様子で「既に刃物として終わっているのでは?」と口に出し掛けてやめる。 思い返せば、柊が刃物として活用している所を見たことがなかったからだ。
「あと、ありがとう、柊! お遊びの続きを始めましょう」
出会った時よりも楽しそうな表情でフランドールが柊に礼を言う。 少し間は空いたものの柊も満更ではない様子で刀を構える。
「ん?ああ、どうってことねぇよ。 にしても、敵に堂々と礼を言えるたァ、大したもんだよ」
「それは姉さんもですよ、敵を褒めてますし。 にしても、全力を持ってしても勝てるかどうか……」
「そこは問題ねぇ! 相手が鬼でも無い限り、俺たち姉妹にゃあ勝てねぇよ!」
身体は満身創痍なのにそれでも自信満々に笑みを浮かべてそう言い切る柊を見て、竜胆も自然に口角が上がってしまう。
ここで「姉さん、吸血鬼も鬼ですよ」というのは簡単だが、ここまで自信満々に言われるとそれこそ野暮というものだろう。
「それでは改めて挨拶をするわ。 私が紅魔館の主に誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレット」
「そして、私は妹のフランドール・スカーレット!」
そう言って二人は背筋を伸ばし、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足は膝を軽く曲げ、改めて挨拶をする。
「姉さん、私たちもあれやりますか?」
「あ? 俺らはカーテシーするなんて柄でも、地位でもねぇだろ? 名乗るだけにしとけ!」
その姉妹の挨拶を見て、珍しく眼を輝かせている竜胆。
女性であるのなら憧れる気持ちは柊にも分からなくはないが、今はこちらは侵入者であり邪魔者である。
そして、妖怪の山では竜胆には相応しい地位があったとしても、自分は下っ端も下っ端、貴女の挨拶をするような地位など持ち合わせていない。
当然、不服そうな顔をする竜胆だが、そんな顔もほんの一瞬、さすがに上に立つ者は切り替えが速い。
「我は天魔様に仕え、白狼天狗を纏める者。 吉兆『
「んで、俺がその姉、
「ええ、とても楽しい夜になりそうね!」
手負いの桜色の狼天狗の咆哮をあげる。
赤い霧に包まれ、赤い月明かりに照らされる世界で、その咆哮を合図に、今夜限りの舞踏会が開かれた。