東方蒼桜録   作:双林 柊

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戦闘描写、残酷な描写があります。
苦手な方はご注意を。


第十三話 虚栄

 赤い館の屋根の上、その遠くで戦っている音がする。 まだ姉妹の兄弟ゲンカは続いている。

 

 

「うーん、雲行きが怪しいですね」

 

 

 頭を突っ込んだからには見届けねばならない。 手を差し伸べたなら責任を背負わなければならない。

 

 

「そりゃあ、赤い雲で空が覆われてるからな」

 

「違います、吸血鬼姉妹の方……あっ、こっちに近付いてきましたよ!」

 

 

 それなのにその場に横たわり、血を流し、赤く染まった空を見ている……そして、敵とは言え、まだ幼い吸血鬼を……しかも異変となる元凶である姉とその妹を戦わせている。

 これは異変ではなく、彼女が解決すべき家族としての戦いをしていると分かっている、分かっているが、家族同士の争いで、あわよくばこのまま異変が終わってくれることを願っている。

 

 

「ん、終わったんなら帰っていい? 落ち着いて来ると傷がズキズキ痛いんだよな……」

 

 

 我ながら何を考えているのか分からないが、吐き気がするほどの非道っぷりだ、情けないにも程がある。

 でも、終わっていないなら、終わらせないといけない。 それが請け負った仕事で、背負った責任。

 とっておき(無名刀)を手に、震える手足を抑えて、立ち上がる。 どんな言葉を口にしているのかもよく分からないが、虚勢を張れ、虚栄を保て。

 

 

「さあ、異変解決ついでに、どっちの姉妹が強いか勝負といこうかァッ!」

 

 

 そうでなければ、注意深い妹に気付かれてしまう、この場の全てを背負わせてしまう。

 その前にこの状況でも出せる最大の自分で終わらせよう。

 ……限界(タイムリミット)はもうそこまで来ているのだから。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 咆哮のような大声を上げると同時に、振り返ること無く、館の屋根を駆け降りる柊。 竜胆なら大丈夫と信じ、自分の相手は追い掛けてくると予想しているからだ。

 

 

「あはは、今度は誰にも邪魔されないわっ! 壊れるまで遊びましょう!」

 

「壊れるまで? そいつァ、てめぇが疲れて眠るまでの間違いだ!」

 

 

 降りかかる光弾を柊は無名刀で両断し、竜胆たちから距離を取るために、そして自分のペースに引き込むため、屋根を砕く跳躍力で、霧の湖の近く目掛けて引き絞られた弓矢の如く、一直線で飛ぶ。

 その際、相手と距離の確認のために振り返るが、振り返ったと同時に柊が眼にしたのは、予想通りの妹のフランドール・スカーレットであり、振り下ろされている予想外の炎の魔剣だった。

 

 

「なッ!?」

 

 

 間近まで迫る魔剣はとんでもない熱量だが、身体を空中で捻ることで、何とか無名刀で受けることは出来た。

 しかし、両断は免れても、その威力と熱量を空中で受け止める術を柊は持たない、

 次の瞬間、柊は背中から全身へと響き渡る激痛に見舞われ、視界が歪む。

 その一刀の重さで背面から叩き付けられ、水切りのように何度か弾んだ後、木々を薙ぎ倒し、地面を滑るように吹き飛ばされてしまっていたのだ。

 

 

「……くはっ! て……ててて……あ、あれに追い付くかよ、天狗の自信も背骨も木っ端微塵になりそうなんだが……」

 

 

 既に重症であった柊だったが、受け身を取る暇もなく叩き付けられた際の衝撃は内側まで届いてしまい、口からは血を吐き、背中からは生暖かい何かが流れ出している。

 

 

「あはは、妖怪ってあんなに跳ねるのね! しかも、柊は私が全力で叩いたのに壊れてない! これなら、まだまだ遊べるわ!」

 

「当然……だろ? 俺は今の妖怪の山の中でなら、最硬の妖怪だからな!」

 

 

 そう言いながらも立ち上がって、周囲を見渡すと、当初の目的地とは離れているようだが、入り組んだ森の中であり、おまけに赤い霧のせいで視認性も悪くなっていた。

 しかし、それは柊にとって不幸中の幸いであり、勝機に繋がる場所でもあった。

 柊にとって最も負け筋となり得るのは、一方的に空から攻撃され続けることであり、この場所なら空へ翔ばれても居場所を悟られない。

 

 

「俺も……やられてばかりじゃあ、いられねぇな……! 今度は俺の番だ」

 

 

 既に内側も外側もボロボロの身体だが、気迫と動きは衰えること無く、風と共にフランドールの懐へ入り込むと、身を翻し、フランドールの視界を己の尾で塞ぐ。

 懐へ潜ってきた柊を攻撃しようとしたフランドールも突然視界が塞がれたことに驚いたのか、少しの間だが、ピタリと動きを止まる。

 その隙を逃さず、柊は慣れた動きで腹部に目掛けて、全力で蹴りを放ち、フランドールは後方へ吹き飛ばされる。 更に柊は瞬時に追いかけ、無名刀で暴風の如く追い討ちを仕掛け、最後の一撃は地面に叩き付けるように打ち込んだため、地面には軽いクレーターができ、周囲には大量の土煙が舞い上がった。

 

 

「子供相手だから気は引けるが、こいつでどうだ!」

 

 

 柊はまだ臨戦態勢のまま、少し離れた場所から土煙の収まりを待ち、フランドールの状態を確認しようとしていたが、土煙の中、フランは立ち上がり、柊に近付いてくる。

 

 

「あー、ビックリした! 急に目の前が尻尾でいっぱいになるんだもの。 にしても、何となく思っていたけれど、柊の尻尾ってクランベリーみたいな匂いがするわね」

 

 

 フランドールが土煙から出てくる。 多少、服が土で汚れていたり、破けている場所は見られたものの、ダメージどころか、フランドールの肌には傷の一つも付いていない。

 

 

「はっはー! 手応えありでこれは参ったな……」

 

「それじゃあ、今度はこっちの番ね!」

 

 

 子供だからと無意識に多少手加減はしたのかも知れないが、それでもフランドールは事実上無傷で、柊の力が足りないのは一目瞭然だった。 フランドールは右手を柊に向けて突き出した。 その瞬間、強烈な悪寒を感じた柊は直ぐ様、霧に溶けるように姿を眩ませる。

 

 

「きゅっとして……ドカーンッ!!」

 

「ぬぅ……! こ、こいつァ……」

 

 

 姿を眩ませたことが功を成したのか、柊は無傷で難を逃れたが、フランドールの右手を向けている方向は霧や木々を含めた一帯を丸ごと爆散されており、何も残っていなかった。

 

 

「あははっ! 久しぶりに使ったけど、とても楽しいわ!」

 

「いや……もう、ダメだね」

 

 

 出した時と同じように無名刀を胸に仕舞っていく柊は諦めたようにそう呟く。 これは諦めであるが、勝負を投げ出した訳でも、負け戦をするつもりでもなかった。

 遊びを諦めるということだ。

 

 

「えー! もうおしまいなの!?」

 

「……ああ、俺には遊べるほどの実力が無かったみたいでな。 ここからは、殺すつもりでやるさ……!」

 

 

 残念そうなフランドールの声が聞こえるが、関係の無いことのように柊は図書館で竜胆に作ってもらった道具を手に取る。 一つはパチュリーとの戦いでも使った千本、もう一つは纏められているが全長にすれば数百メートルはあるであろうピアノ線ほどの太さがある糸。

 それを取り出すと同時に柊は全力で地面を蹴り、風切り音と共にフランドールの周囲を飛び回り、それと同時にフランドールに向けて千本の投擲も始める。 きっと効果は無いに等しいだろうが、無いよりはマシというものだ。

 

 

「こんなの、わたしには効かないよ?」

 

 

 暫く動き回り、千本を投擲し続けたが、やはり一本もフランドールの身体に傷を付けることは出来なかった。

 しかし、それも戦場を完成させるための目眩ましとして使っていたため、最初から期待はしていなかった。

 

 

「知ってるよ、だから戦場を組み上げたんだからね。 周りをよく見てごらん?」

 

「わー、蜘蛛の巣みたいだわ!」

 

 

 フランドールが周囲を見渡すと、木々や岩などから糸が張り巡らされており、まるで巨大な蜘蛛の巣のようになっていた、

 

 本命は糸で相手を制限しつつ、自分のやりやすい環境を作り出すこと。 そして、とある技で畳み掛けることであった。

 

 

「ここからが本番だ。 癪だが、妖怪相手ならこれが効くだろうさ」

 

 

 そういうと柊はフランドールの前に姿を見せ、残りの千本や糸、下駄などをその場に置くと、左手を前に突きだし、右手は拳を握り締めて腰の位置へと固定した。

 その技は遠い昔に柊が数え切れない程挑み、数え切れない程負け、一度も勝てなかった好敵手(ライバル)の技……だが、見様見真似のアレンジだ。

 

 

「“博麗秘術”……」

 

「っ……!?」

 

 

 柊は今持てる力の全てを手足に込め、そう呟く。 眼には見えないが、柊の身体を包み込む力を直感的に感じたフランドールは生まれて初めて悪寒を全身で感じ、反射的に後退りをしてしまう。 

 しかし、次の瞬間、フランドールは驚きと恐怖から魔剣レーヴァテインを即座に作り出し、全力で自分の周囲を一帯をなぎはらった。

 

 

「ッ……ちくしょう……!あともう……少しだった……ってのに……!」

 

 

 真上に飛び上がることでフランドールの魔剣を避けることは出来たが、魔剣のなぎはらいで柊の張り巡らせた糸は勿論、置いていた下駄に、周辺の生い茂っていた木々、他の障害物すらも燃え尽きてしまった。 もう、こうなった時点で柊が繰り出そうとした技は使えない。 柊一人ではもう手詰まりとなったのだ。

 そして、着地すると同時に柊は膝から崩れ落ち、地面に右手を付いてしまう。 その手足をよく見ると震えている。

 すぐに立ち上がろうとするものの、呼吸も荒く、なかなか立ち上がれない。

 

 

「い……今の感覚……は?」

 

 

 咄嗟の判断で柊の技の妨害に成功したフランドールは先程感じ取った初めての悪寒に動揺し、それと同時に柊から感じたあの力の驚きで、深く息をする事が出来ない。

 知識は無くとも感じ取り、心のどこかで理解する。

 あれは妖怪の持つ力、『妖力』ではない。 もっと別の何かであり、妖怪では身に付けられない力だと。

 

 

「……くっ! 作戦……考えなきゃな……!」

 

 

 生まれたての小鹿のように脚を震わせながら立ち上がった柊は、フランドールのその動揺を見逃さず、気力だけで天狗の力を引き出すと、フランドールを後ろ眼に館へと駆ける。 

 勝つための作戦があるわけでもないが、自分がこうなった以上、更に手強いであろうレミリアに竜胆が苦戦を強いられ、最悪の場合、殺されているかもしれないと考えてしまったのだ。

 動揺していたとは言え、フランドールも自分に背を向け、走り始めた柊を逃す気は無く、彼女も全速力で柊の後を追う。 しかし、万全の自分が満身創痍の柊に追い付けない、むしろ僅かに距離を開けられていく。

 

 

「何で追い付けないの……! さっきはすぐに追い付けたのにッ!!」

 

「最速の……妖怪が全力のかけっこで……! 負けるものかよッ……!!」

 

 

 気力だけの全力疾走、後先なんて考える余裕も時間も残っていない。 ただ逃げるように背中を見せて、館で戦っているであろう竜胆の元を目指す。 幸いにも館の真上では両者、互いに光弾を飛ばし合いながら戦っている姿が見えたが、幽閉から解放され、光弾の勝負を数度見ただけでも分かる。 光弾の勝負は竜胆がレミリアに押されていると。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 赤い月と雲の下、竜胆がレミリアと応戦し、激しい戦いを繰り広げ始めて半刻ほどの時が過ぎた。 火花が咲き、風が吹き荒れ、銃弾と弾幕が飛び交う。

 しかし、その戦いの最中でもレミリアは涼しげな顔を崩すこともなく、一方の竜胆にはもう余裕は残っていなかった。

 

 

「妖怪にしてはかなりやるようだけど、相手が悪かったようね?」

 

「くっ……! 攻撃があまり通らない上に、通ったとしてもすぐに傷が癒える。 これが吸血鬼……!」

 

 

 鬼のように強く、天狗のように素早く、弱点でもない限り、どんな傷もたちまち癒える。 それが竜胆の知っている吸血鬼の記録であったが、やはり記録は記録。 嘘か本当かも分からないものであり、現実はその記録とは違っていた。 硬く、弱点となる銀の銃弾でも傷は浅く、木の杭を胸に打ち込んでも杭が壊れ、そして、良い意味で記録と違ったのは、せいぜい力や素早さが鬼や天狗に少々劣るがトップクラスの性能。

 そして、レミリア相手に張り巡らせた二十を越える戦法もものの数分で破られるほどに、この吸血鬼は頭が回る。

 

 

「それに記録にあった吸血鬼の弱点が効かないとなると、本当に吸血鬼かも怪しくなってきましたよ……」

 

「あら? 弱点は削れるだけ削るのは常識よ。 赤い霧も太陽の光を遮るためのものだし。」

 

「ふー、それはそうですが……残る弱点は流れる水か、燃やすくらい、ニンニクや十字架は……論外ですね」

 

「あら、神に祈れば何とかなるかもしれないわよ?」

 

「残念ながら私は、神頼みするくらいなら勝利も成功も自分たちの力だけで掴み取りたい主義ですので」

 

 

 そんな他愛のない話をしながらも、弾幕は緩めること無く、放ち続け、次の手は考える。

 正直なところ、能力の使用と弾幕の展開で妖力はもう残っていない。 まだ戦えるのは赤い霧には魔力が含まれているため、それを竜胆は体内で妖力に変えているからだ。

 勿論、普通の妖怪が真似出来るような芸当では無く、真似をすれば、寸分の狂いもなく、連続で何度も針穴に糸を通すほどの繊細な魔力調整が出来ない限り、溢れる魔力で内側から壊されるか、妖力の消費に追い付けなくなり、身体が動かなくなる。

 だからこそ、妖怪の山でも天魔を除けば、竜胆だけにしか出来ないし、許されていないが、長引けば長引くほど身を危険に晒すことに変わりはない。

 そんな中、一つの作戦を思い付くも、竜胆一人では出来ず、仮に柊が戻ってきて、出来るようになったとしても、私の準備ができるまで囮として一人で吸血鬼の二人を押し留めてもらわなければならない愚策。

 

 

「っ……姉さんがいても、この作戦は……」

 

「なーにか、作戦がある……んだってッ!? こっちも……手詰まりだ!」

 

 

 声の聞こえた方へ眼をやると背中を血で赤く染め、満身創痍で息切れしながらも、館の屋根の上をフランドールから逃げるように走ってくる柊の姿が竜胆の眼に映る。

 その姿を見れば、思い付いた作戦は愚策中の愚策であり、姉である柊を死なせてしまうものだと更に強く意識をする。

 それと同時に勝機は博麗の巫女が訪れるまで耐久であり、博麗の巫女が訪れたとしても生きて帰れる保証はないと嫌でも理解してしまった。

 

 

「あら? フランの遊び相手になってまだ壊れてないなんて、あの狼天狗もやるわね……」

 

 

 レミリアはそう言うと、考え事をするように眼を閉じ、展開していた弾幕も解除してしまう。

 それを見た竜胆も弾幕の展開を中止するが、竜胆も柊も、そして、妹であるフランドールも突然のことに眼を見開いたが、フランドールはレミリアが心配になって駆け寄り、竜胆も攻撃が来ないと分かると急いで、ボロボロになっている柊の元へ降り立つ。

 

 

「大丈夫ですか、姉さんッ!」

 

「だ、だいじょ……ばない……」

 

 

 竜胆の問いに適当な返しをする柊だが、顔は血の気が引いて青白くなり、脚も力が入らないのかガクガクと震えている。 

 降り立つと同時に直ぐ様、竜胆は柊の身体を支えるが、余力はもう感じられない。

 誰が見てももう戦えるような身体ではなく、すぐに手当てをしなければ命に関わると分かるほど衰弱していた。

 

 

「……で、作戦は……?」

 

「も、もう打てる手は無いです……」

 

 

 それでもまだ柊は諦めていない。 ここまで追い込まれていても、蒼く紅い瞳は曇ることなく、敵を見据えている。

 しかし、これ以上は命に関わると感じた竜胆は思い付いた愚策を柊には伝えず、もう手はないと伝える。

 

 

「死に体だから……って、舐めるなよ……? あるのはお見通しだ……」

 

「……確かにあります、でもこれ以上の戦闘は姉さんには不可能です」

 

 

 そう聞いた柊は、竜胆に強気な笑みを向けると、身体を支えてくれていた竜胆から離れる。 先程の衰弱しきった姿は嘘のように息も整い、脚の震えも止まり、強く確かな足取りで前へ前へと進んでいく。

 

 

「さあ、誰が戦えないって? 俺にゃあ土壇場でもまだ隠してる実力ってのがあるんだよ。 だから俺は死んでも死なない狼天狗だ!」

 

 

 こんな状態でも冗談を言う柊だが、身体も視線も前を向いたまま、振り返らない。 余力は残っていない……それは確かなはずなのに柊の言葉が嘘だとも竜胆には思えなかった。 だからこそ、柊にその愚策を伝える覚悟が出来た、まだ戦うだけの儚い希望を夢見た。

 

 

「分かりました。 作戦は簡単です、私の準備が出来るまで一人であの姉妹を押し留めて下さい」

 

「確かに簡単だが、実現するにゃあ骨が折れるな……もう既に何十本かは逝ってるが。 まあ、不可能ではないな!」

 

 

 桜色の狼天狗は軽く、されど重く愚痴を溢す。

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