東方蒼桜録   作:双林 柊

15 / 17
第十四話 追い詰められた獣

 追い詰められ、片や満身創痍、片やの身体で空を見上げる狼天狗の姉妹、そして見上げた空に浮かび、それらを見下ろしている吸血鬼の姉妹。

 

 

 ───(はらわた)が焼けるように痛い……肺が掴まれているように息が出来ない……輪郭は掠れて色がなければ誰かと分からない……頭は些細な音や動きだけで首を落としたいほどズキズキと痛む……限界だ……。

 

 

  戦いの手を止め、何かを考えていたレミリアが口を開く。 

 

 

「もう奥の手も無いのなら、大人しく敗けを認めなさい。 そうすれば私の館で小間使いとして使ってあげるわ。 私は大きな戦力が手に入るし、フランには遊び相手が出来る。 そして、あなたたちにはそれ相応の暮らしと賃金も約束するわ。 幻想郷(ここ)で使えるかは知らないけれど……」

 

「本当!? それなら、壊れるまでいつでも柊と遊べるもの!」

 

 

 それは慈悲か情けか、無駄な抵抗を止め、降伏することを促し、降伏した際には柊たちの命は保証するという内容だった。

 

 それを聞いた柊は鼻で笑う。 確かにそれなら受け入れてもいいかも知れないと思う……しかし、それは無駄な抵抗しか残ってない場合の話だ。

 

 ───内側から逆流する血を飲み、痺れている身体を動かし、震える脚に力を込め、途切れそうな意識にすがり付く……もう耐えられない。

 

 

「その話……最後の抵抗を受けた上で、俺が生きてたら飲んでやらァッ!! さあ、二人まとめて俺が相手だ!」

 

 

 その声を聞いた瞬間、竜胆は準備に取り掛かるため、霧の湖への全速力で翔ぶ。

 

 

 ───もう見えないか……もう悟られないか……これ以上に情けない姉の姿は見せられないからな……。

 

 

 柊は竜胆が自分をを認知できなくなる距離まで離れたのを確認した。 吸血鬼姉妹のどちらかは追い掛けようとするものだと思っていたが、幸いなことに二人は空中に浮かんだまま、柊だけを見下している。

 そして、柊が一歩前に脚を動かそうとした瞬間、その場で膝を付き、今までの痩せ我慢が表に出る。

 すると、柊の体は再び震え始める。 眼に涙を浮かべ、口からは吐瀉物と血の入り交じったものを吐き出す。

 

 

「え……? 私が何もしてないのに、柊が壊れそうになってるよ、お姉様ッ!?」

 

 

 それを見たフランドールは驚いてあたふたするが、レミリアはただ静かに見届け、そして冷静に口を開く。

 

 

「赤い霧に含まれる魔力(どく)の影響ね、でもそれは人間にだけ作用するもの。 あなたから感じる妖力は下級妖怪程度でもここまで来た実力は上級の足元程度。 なのにその有り様……あなた、本当に妖怪なの?」

 

 

 力を振り絞って、震える身体で何とか立ち上がる柊だが、既に数秒前のような気概は感じられない。 虚ろな眼でレミリアを見据え、時々吐血をしながらも柊は口を開いた。

 

 

「よう……かい、だがね……じゅみょ……以外……は、まだ、ほと……んどは人間なん……だよな、困ったこと……に……」

 

「うーん……お姉様、柊は人間なの? それとも妖怪なの?」

 

 

 『まだ(・・)』その言葉が、レミリアの中で違和感として引っ掛かる。

 いつか幻想郷(この場所)についての知識を得るために読んだ本では、幻想郷では人間が妖怪や魔女に変異することは禁忌とされている。 そして、純粋な妖怪や魔女たちであれば一目でそれが人間だった(・・・・・)と見破れる。

 しかし、純粋な吸血鬼である自分でさえも、目の前の正体が見抜けない。

 

 

「私にも分からないわ。 あなた……一体何者なの?」

 

 

 レミリアにそう問われても、意識が無いのか、答える気が無いのか答えず、レミリアを見据えたまま動かない。

 だが、レミリアを見据えているそれは柊ではなく、柊の皮を被った何か(・・)

 

 

「……ッ!!」

 

「お姉様ッ!?」

 

 

 それが口を開こうとした瞬間、唯一その存在に気付いたのは、レミリアであり、短い距離とは言え、その一瞬だけなら鴉天狗に匹敵するようなスピードで、柊だったものの急所を魔槍グングニルを穿とうとする。

 

 

「……収束(・・)

 

 しかし……

 たった一言(・・)それが言葉を発すると、あと三寸ほどで急所である心臓に届きそうだったレミリアの魔槍は弾かれてしまう。

 柊の身体は身動き一つしていない、レミリアたちを視界にさえ捉えていない。 魔槍で貫かれるよりも速く、柊の元に集まりはじめた赤い霧の魔力と風圧によって弾かれたのだ。

 しかも、その赤い霧は大きな赤い竜巻となり、柊の身体を囲む。

 しかし、見た目だけなら紅魔館の瓦やレミリアたちを引き寄せてもおかしくない竜巻だったが、風の勢いはいつもと変わらず、木々の葉がそよそよと揺れる程度のもの。 それがレミリアにはまるで赤い霧だけを束ねているように感じ、その竜巻は短い時間とともに更に強力な魔力の守りとなっていくのを実感すると、彼女の中でその感覚は確信になった。

 

 

「赤い霧を束ねてるの……!?」

 

「お姉様、何か今の柊は嫌な感じがする……」

 

「えぇ、あれは今、殺しておかないと厄介なことになるわ! フラン、今だけは遊びじゃなくて全力で壊しなさい!」

 

 

 珍しく焦っているレミリアの言葉にフランドールは頷き、四人に分身すると暴風の中、魔剣を振り回し、ありったけの弾幕を放つ。 レミリアもフランに合わせるように魔槍や弾幕を柊の身体、目掛けて撃ち込む。

 しかし、その全ての攻撃は柊の身体へ至ることは愚か、赤い竜巻の勢いを弱らせることすらできず、二人が気付くと赤かった竜巻は赤黒く変色しており、とんでもない魔力を帯びていた。

 その数秒後、赤黒い竜巻は何事もなく姿を消し、その中にいた柊の姿が露になる。

 

 

「止まったの……? でも、あれは柊じゃない……なんて言えばいいのか分からないけど……空っぽで嫌な感じがする」

 

「あの魔力……これは止まったんじゃなくて、止められなかった(・・・・・・・・)みたいね……これが彼女の奥の手なのかしらね」

 

 

 フランドールの直感は正しく、レミリアの見方も正しかった。

 その柊からは先程まであった赤黒い竜巻の全ての魔力が籠っているが、生き物としての生気は感じられない。 代わりにその身体からは魔力の他に得体の知れない禍々しさが放たれている。 その姿は、まるで呪われている人形や未練に縛られる死体のようにも見える。

 そして、柊の右手には先程、見せた刀とは別の刃こぼれしている血塗られた刀が握られており、その刀の柄頭には鎖が繋がれているようで、その鎖を辿ると同じような刀がもう一本、見える。

 しかし、左手が折れているせいか、手に持っておらず、紅魔館の屋根に刀身が見えないほど、深く突き刺さっている。

 

 

「初めて会った時から、何か嫌な感じがするとは思っていたけれど、禍々しいにも程があるわよ」

 

 

 息苦しくなるほどに緊迫した空気の中、レミリアが魔槍を構えると、それに反応するようにゆっくりと頭を上げ、レミリアたちに眼を向ける。

 その紅蒼の瞳はギラリと鋭い睨みを利かせていたものでなく、濁った硝子玉のようになっており、その瞳に映った瞬間、レミリアは全身を伝い知れぬ戦慄を感じ、フランドールは目に涙を浮かべ、小さく途切れそうな声を漏らし、動けなかった。

 

 

「……」

 

「ああぁぁぁあああッ!」

 

 

 戦慄によって一瞬、動きが止まるレミリアだったが、己を奮い立たせるように声を上げ、一人で柊だったものに攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、その刹那、レミリアの視界は暗転し、地を砕き、風を裂く轟音と共に突然、背面から全身に響き渡るような激痛が走る。 暗転した視界が戻ると、砂煙の中で背中を向け、ゆっくり歩いていく柊だったものと赤い月が瞳に入った。

 

 

「な……なに……が……?」

 

 

 その時、レミリアは仰向けとなっており、あまりの衝撃で身体と頭の中が痺れて、何をされたのか全く分からなかったが、自分が地面に叩きつけられたことだけは理解することが出来ていた。

 そして、その一部始終を見ていたフランドールにはレミリアが攻撃を仕掛けようとした瞬間、柊の姿が消えて、次の瞬間にはクレーターが出来るほどの勢いで姉であるレミリアが柊に叩きつけられていたように見える。

 

 その行動に思考や敵意はなく、殺意もない、辛うじていうなれば、敵意や殺意を向けた者に反応した機械的なものであり、事実、柊だったものはレミリアに攻撃を仕掛けた後、怯えていたフランドールには何かするわけでもなく、空を見上げ、ゆっくり歩を進めている。 その虚ろな瞳には赤い月が映っており、血を見ているかのように赤い光が反射していた。




【キャラクター説明】
・???(名称:柊だったもの)
 柊の内にあったもの、妖怪なのか人間なのかの判別が出来ず、「収束」とだけ言葉を発し、赤い霧を己に収束させると、無意識となった。 そして、無意識からなのか戦慄するほどの禍々しさを放出していてる。
 武器としては刀の柄頭が鎖によって繋がっている刃こぼれ、血塗れた二本の刀を用いている。 何処から取り出しているのか、現状不明だが、上記と同じく禍々しい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。