東方蒼桜録   作:双林 柊

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第十五話 作戦準備

 柊が吸血鬼姉妹の足止めをすると宣言して、数分後、霧の湖では数メートル先も見えず、魔力漂う濃霧が発生していた。

 その中、両膝を地につき、両手を湖の水に浸している竜胆の姿があり、それぞれ右手からは魔力を、左手からは妖力を湖へと流していた。

 

 

「魔力は足りる……でも大規模な能力を使うための妖力が足りない……! このままだと、十分……いや、十五分も掛かってしまう……」

 

 

 竜胆がこの場所へ訪れたのは、あの吸血鬼姉妹を無力化する作戦のためであり、その作戦は大量の水を要するものだったからである。

 この作戦はパチュリーとの戦いで、フランドールを封じ込めた水の檻の再現をするためであり、その為には魔法を扱う魔力、まだ知覚されていない能力の本領、大規模な能力使用の為の妖力が必要なのだ。

 フランドールに通用するのは確認済みであるため、成功すれば無力化でき、姉であるレミリアに通用する確信は無いが、最悪でも一人は抑えられる。 そして、失敗すれば全滅。 作戦であるにも運要素が絡み、姉である柊には満身創痍の身体で時間稼ぎをさせてしまう。 だからこそ竜胆にとっては駄策であり、現状では諸刃の剣でもある。

 そうする間に霧は徐々に深く白くなっていくが、館のあった方角からは一瞬、思わず身動きが取れなくなる程の悪寒を感じるが、数秒後、悪寒は収まり、変わりに弾幕がぶつかり、炎が舞う音が耳に入る。

 

 

「今のは……姉さん?」

「な、なんだ、なんだッ!?」

 

 

 水面が飛沫を上げ、慌て驚いた様子で一匹の妖怪が頭を覗かせる。

 濃霧のせいでよく見えなかったが、竜胆は眼を凝らしてその姿をよく観察すると、その妖怪は竜胆に気付いたようでチャプチャプと水面を揺らし、金属がぶつかり合うような音と共に竜胆へと近付いてくる。

 

 

「お、竜胆じゃないか! ボロボロだけど……さっきの寒気はあんたの仕業かい?」

 

 

 竜胆が何とか相手の姿を視認できる距離まで妖怪が近付いてくる。

 ツインテールの髪型に、川底を連想させる青い髪と瞳。 緑のキャスケットを被り、水色の上着とスカート、その内側には白いブラウスを身に付けている十代前後に見える少女。 その背には大きなリュックサックを背負っており、胸元にはお守りのように紐で固定された鍵が見える。 どうやら先程の金属がぶつかり合うような音はリュックサックに入った工具用品のようだ。

 この妖怪は『河の便利屋さん』という二つ名を持つ河童、河城(かわしろ) にとり。

 竜胆にとって、にとりは昔からお世話になっている相手であり、にとりにとって竜胆は昔馴染みのお得意様だ。

 

 

「河城さんでしたか……いえ、さっきのは多分、異変の主犯の仕業ですよ。 ボロボロなのは……まあ、こっぴどくやられてしまいましてね、今は盤上をひっくり返す作戦の準備中です」

 

「ほー、大変なんだな。 ところで最近、どこかで何かいい儲け話、もしく助けが欲しかったり、困ってるやつの話とか無いか? 最近、稼ぎが悪くてねー。」

 

 

 にとりは岸へあがると竜胆の隣に腰を下ろす。

 稼ぎが悪く、にとりが儲け話を探しているというのは今の竜胆にとっては渡りに船、地獄に仏というものだった。

 

 

「そうですね~、ちょうど目の前に儲け話はありますよ? ちょっとしたお仕事ですよ」

 

「お、竜胆からの頼み事か。 あんたとあたしの仲だ、あたしに出来ることなら何でも請け負うよ。 きっちりお金は支払ってもらうけどな」

 

「ええ、そこは異変が終わり次第、天魔様に必要経費としてポケットマネーで支払って頂くので大丈夫です。 そして、依頼は私に妖力を分けて下さい」

 

 

 何処からか『何ィッ!?』と聞こえそうな口約束をにとりとすると、竜胆が早速依頼したのは、能力を使用する上で不足している妖力の供給。

 もちろん、竜胆の変わりとして、にとりにこの作戦を遂行してもらうという選択もあるが、そうなるとその身を危険に晒す上、逃げられたとしても執念深い場合は眼を付けられる可能性もあり、あのレベルが相手、しかも二人となると妖力が不足している竜胆では命懸けでも時間稼ぎ程度にしかならない。

 

 

「何だよ、そんなことか! それならお得意様価格で少し安くしとくよ。 で、どれくらい分けて欲しいんだ?」

 

「にとりさんの生命維持ができるギリギリラインです」

 

 

 無茶なのは分かっているが、にとりにとっても自分にとっても最善と考えている選択をする。

 言語を理解し、会話の成立する妖怪であるにとりは中級から上級ほどの妖怪に位置している。 だからこそ、並大抵の妖怪より妖力を持ち合わせていると竜胆は理解し、作戦が失敗した後のことも考えた上の依頼だ。

 

 

「……え? うーん悪い、ちょっと聞こえなかったからもう一回言ってくれないか?」

 

 

 その竜胆の一言に、にとりは眼を見開き、一瞬驚いた様子を見せるが、どうやら聞こえていなかったらしい。

 確かに館の方面からは戦っているため騒音が大きく、ここでは微かだが水の流れる音もあるため、そういったこともある、もしくは自分の声の小ささに驚いたのかもしれない、もう一度竜胆は必要とする妖力を口にする。

 

 

「死ぬくらいありったけの妖力を分けて下さい」

 

「悪化してるじゃないかッ!? はあ……あんたがここまでぶっ飛んだ依頼をしてくるのは始めてだな……。 それなら、さっきの値下げの話は無しだ。 むしろカ……ッツカツまで分けてやるんだ、少しは色を付けてくれることを期待するよッ!」

 

「任せてください! 私のお金じゃありませんし、必要経費ですのでッ!」

 

 

 半ば自暴自棄気味ではあるが、にとりは立ち上がると歩き始め、竜胆の背後で足を止める。 すると、にとりは竜胆の背中から心臓のあるであろう場所に右手を添える。 心臓の近くに手を置いた理由は、心臓は生命体の動力のような役割を担い、血液を循環させて全身に行き届かす。 そのため、心臓から血液と同じように全身へと満遍なく妖力を効率的に流し込むためだ。

 

 

「本当は少しずつの方が良いんだけど、時間も無いみたいだから一気に行くよッ!」

 

 

 そう言うとにとりは一瞬でありったけの妖力を右手から流し込むと、その場で力なく倒れてしまう。

 そのお陰で万全とは言えずとも、二割ほどだった竜胆の妖力は七割近くまで回復することができ、倒れたにとりの為にも一気に妖力と魔力を湖へと流し込む。 すると、まるでミルクでも溢したように周辺の白い霧は更に濃くなる。 もう一メートル未満も満足に視認できないほどだ。

 最後の準備として竜胆は立ち上がると左手を空に(かざ)した。 すると一帯の白い霧ら集まり始めて、やがて大きな雨雲となって、空へと昇っていく。 お陰で周囲は見渡しが良くなり、後ろで倒れているにとりの顔色も伺え、顔色は良いが、やはり妖力の消耗でげっそりしている。

 

 

「……河城さーん、生きてますか?」

 

「……一応ね、ギリギリ喋れる程度の余力は残したから喋ることも出来るよ。 指一本動かないけど……」

 

「それはどうしましょう……。 このまま置いていく訳にも行きませんし……」

 

「だったら、湖に戻してくれないか? そっちの方が妖力の戻りも速いし、他の妖怪にも襲われないしさ」

 

 

 竜胆はその言葉に頷くと、倒れているにとりを両手で抱え、ゆっくり湖へと戻す。

 にとりは何か口にしながら沈んでいくが、ほとんどごぼごぼと泡がわき出す音しか聞こえなかった。 しかし、言いたかったことは代金関連だと予測の付いていた竜胆は、それを見送ると、柊が足止めをしている館へと向かおうとした。 その時、ふと館の方角を向くと、いつの間にか騒がしかった館方面は静まり返っており、空に浮いている雲などは赤くとも、館周辺だけは赤い霧も見当たらない。 しかし、変わりに赤黒い竜巻のようなものが視界に入るが、数秒後にはまるで圧縮されるように消える。

 

 

「黒い竜巻? 一体何が……」

 

 

 何が起きているのか訳が分からず、呆気にとられてしまう竜胆。 しかし、その直後に頭から尻尾の毛もよだつほどの禍々しさが竜胆を襲う。

 

 

「なん……て禍々しさ……! でも、それと同時にこの何百倍にも圧縮された赤い霧の魔力……!

 なんとか……なんとか生きてて下さいよッ!!」

 

 

 その禍々しさの中、中心となっている館へと怯えることもなく、全速力で竜胆は駆け抜ける。 彼女を駆り立てたのは焦燥感ではなく、罪悪感でもない……。

 かつての恐怖心だった。




【キャラクター説明】
・河城 にとり
 妖怪の山の便利屋にしてエンジニアである河童の妖怪。
 彼女は水を操る程度の能力を持っており、いつもは妖怪の山の中にある玄武の沢にいるが、時々流されて霧の湖でも目撃されている。
 人間が好きだが顔見知りであり、人間を見掛けると隠れてしまう。 しかし、相手が神であろうと妖怪であろうと、商売を行うほどの商売魂も持ち合わせており、時には……いや、大体は代金をかさ増しするほどの守銭奴である。 妖怪の山で最も親しいのは竜胆であり、最も長い付き合いでもある。 ちなみに天魔からの支払いはあっても、顔を見たことは一度もない。
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