東方蒼桜録   作:双林 柊

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紅霧異変
第一話 解放の条件


 暑い日差しが照らす夏の午後、桜色の狼天狗が手に持っている地図を確認しながら、ある場所に向かって歩いていた。

 

 

「なーにが嬉しくて、解放された次の日に天魔に呼び出されにゃならんのだ!」

 

 

 そう、この狼天狗こそが妖怪の山の地下深くに幽閉されていた紅い狼天狗、双林(そうりん)(ひいらぎ)だ。

 外見は十代後半の男性に見えるが、七百年近く生きている彼女は女性であり、白狼天狗と比べると三倍程、長生きだ。

 

 彼女は、支給された白狼天狗用の天狗衣装に身を包んでいるが、白狼天狗が持っている盾や刀は携えていない。

しかし彼女は他の白狼天狗と見た目が明らかに違っていた。

 彼女は桜色の髪と尻尾を持っており、これが恐らく紅い狼天狗という異名の由来になったのだろう。

 さらに目は左が赤、右が青のオッドアイという見た目、初対面の相手は当然驚くだろう。

 

 そんな彼女はつい先日、七百年続いた幽閉から解放されたばかりなのであった。

 

 

「えーと……竜胆の渡してくれた地図じゃ、ここら辺か」

 

 

 竜胆は仕事で、柊に着いて行くことが出来なかったため、予め柊に印が付いた地図を渡していた。

 その印がついてある場所に天魔がいると竜胆に言われた柊は、その印のついた場所にたどり着き、辺りを見渡した。

 

 

「……どこにいるんだよ」

 

 

 柊の視野には草木と一つの岩しか映らず、天魔どころか、近くには生き物の気配も無かった。

 柊はため息をつくと、一度だけ目を閉じ、どこを探すかを考える事にした。

 

 

「久しいな、柊。 元気にしておったか?」

 

 

 柊は急に現れた気配と声に驚き、目を開いて正面を向くと、岩の上に天狗衣装を纏った長い黒髪の女性───天魔が座っていた。 

 

 

「しばらく動いてねぇから元気ではねえかな。 で、天魔が俺に何の用だ?」

 

「相変わらず目上の者を敬う気は無いようじゃの……」

 

 

 天魔は幽閉される前から変わっていない柊の言葉遣いに苦笑いを見せると、岩から降りて、柊の前まで歩いてきた。

 柊は天魔が一歩踏み締める度に放出する威圧感に動じることもなく、砕けた姿勢でめんどくさそうに立っていた。

 

 

「まあ、そう急かすでない。 呼び出した理由は、幽閉から解放した条件について話をするためじゃ」

 

 

 天魔の言う解放の条件について柊は首を傾げるが、天魔は気にすること無く、話を続けた。

 

 

「お主を解放する条件としては、異変を解決する事じゃ。 冤罪であった事から、かなり軽い条件にしておいたぞ」

 

 

 天魔はそう告げると、申し訳なさそうにしてまた話を続けた。

 天魔は柊が拘束される前の一部始終を見ていたが、真相は柊が行ったものではなかった。むしろ柊は、妖怪を大量に殺害した犯人の妖怪と一人で戦っていたのだった。

 しかし、妖怪が大量に殺されたことを聞き付けた天狗たちに、柊がその妖怪の腕をねじ切り、血に濡れた所を運悪く目撃されてしまい、柊が生き残った妖怪を殺そうとしていると認識され、拘束されたのだった。 逃げた妖怪は、他の天狗が見つかった時には樹木に隠れるように横たわり、大量出血で死んでいたそうだ。

 

 だから柊は冤罪であっても、その目撃者も、真相を知る者も天魔以外にはいなかった。 誰もが血塗れた柊を恐れて、忌諱し、挙げ句の果てには、処刑しろと言う声まで出ていた。

 

 

「すまんかったな、柊。 お主が承諾したとはいえ、冤罪で七百年もの間、幽閉してしまって……」

 

 

 妖怪の山を治める者であっても、誰も冤罪だと信じてはくれないと思った天魔は、柊に幽閉する事にした。 柊もそれを承諾し、不確定期限の幽閉に留める事ができた。

 幽閉で留める事ができた理由は、狼天狗の中でも群を抜く柊の戦闘力だった。 そう天魔が言うと、全会一致で隠し球として幽閉する事になったのだった。

 

 

「……仕方ねぇよ、誰も殺してなかったとはいえ、一人であいつらが殺された場所に行っちまったし、犯人の左腕をねじ切った所を見られちまったから、解けねぇ誤解も生まれるもんだ。 気にすんな」

 

 

 柊がそう言うと、どこか違和感を感じる風が流れてきた。 天魔はそれを既に察知していたようで、風が流れてきた方向を見つめていた。

 

 

「……何か嫌な感じがしたな、今の風」

 

「ほう、お主も妖力を感じれるのか? ならば、話は速い。 もうじき、あやつも帰ってくる頃じゃしな」

 

 

 天魔がそう言うと、空から天狗が急に降りてきた。 降りた拍子に砂埃が舞い、誰なのかは分からなかったが、声を聞くと柊はすぐに分かった。

 

 

「天魔様、偵察していた館に動きがありました。 館からは、高濃度の妖力が含まれた赤い霧が発生しており、人里には大きな悪影響を及ぼし、直に幻想郷の空を覆い尽くすと思われます」

 

 

 そうか、短くそう告げ天魔は軽く咳き込みながら体に降りかかった砂と砂埃を払った。 砂を払い終えると天魔は後ろを向いた。 砂埃が収まり出すと、水色の髪と尻尾を持ち、柊とは対称となるオッドアイを持つ柊の妹である蒼い狼天狗───双林(そうりん)竜胆(りんどう)が天魔の背後で跪いていた。

 

 

「もうちょっと静かに降りてきてくれんかのぉ……まぁ、よいわ。 竜胆よ、偵察ご苦労じゃった。 早速で悪いが、おぬしは柊の監視役として柊と共にこの異変の解決に当たってくれ」

 

「承知致しました。 それでは、姉さんと異変の解決に行って参ります。 姉さん、行きますよ」

 

 

 そう言うと竜胆は立ち上がり、柊の方へ歩いて近づきだした。

 

 

「俺、飛べねぇんだけど、そこまで走って行けばいいのか?」

 

「私が掴んで連れていくに決まっているじゃないですか」

 

 

 え?と柊が首を傾げると同時に竜胆は、素早く柊の右手首を掴み、空高く飛び上がった。

 

 

「天魔様、それでは行って参ります」

 

「おう、あまり無理をするでないぞー、特に柊!」

 

 

 天魔は空高く飛び上がった竜胆と柊を見上げ、地上から手を振っていた。 柊を心配したのは、久しぶりに外に出たばかりで、思い通りに体が動かないと思っての事だろう。

 

 

「俺は既に落ちたら死ぬ無茶な状況なんですけどー!?」

 

 

 天魔は二人の姿が見えなくなっても、しばらく空を眺めて、少し考え事をしていた。

 それは天魔にのみ分かる、七百年前の柊と現在の柊の風が大きく変わっていた事についてだ。

 

 

 ──元々、柊は四つの風が混合しておる異質な風だったが、久方振りに見ると、どれも強くなっておったな。 その中の一つは他に比べると、熱を放っておったのぉ。 妙な事が起きなければいいんじゃが……

 

 

「あっ! 柊に今後、誰の元で活動してもらうか伝え忘れとったわっ! ま、まあ、竜胆もついておるし、大丈……夫か? 竜胆にも伝えてなかったような、伝えとったような……まあ、いいか どうとでもなるじゃろう」

 

 

 天魔は二人に大切な話をし忘れていると気付くも、気に止める様子は無く、風も音も立てることなく、自分の住み処へ戻っていった。




【キャラクター説明】
・天魔
妖怪の山を治める天狗の頭領で、天狗の最上位にあたる存在。
大勢の天狗の前では凛とした厳しい姿勢を見せるが、少人数で天魔と話す場合は意外と柔らかく、優しい反応を示し、一人の時は割と抜けている。
天魔のお気に入りの部下は天狗の中に五人いるが、その内の二人は双林姉妹である。
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