東方蒼桜録   作:双林 柊

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第二話 赤い霧と湖

 いつもならこの時間帯は、夕陽が空を包み込んでいるが、この日の空はゆっくりと赤い霧に蝕まれており、周辺には不穏な空気が漂っていた。

 そんな状況……元い、異変の解決という天魔の命を遂行するために狼天狗の姉妹が、その赤い霧の発生源である赤い館へと急行しているところだった。 

 

 

「うわぁ……高っ、怖っ。 それにこの変な感じの風、やっぱ気持ちわりぃな。 鳥肌立ってきちまった……」

 

 

 竜胆に右手首を掴まれている柊は、脱力し、こどもの日に飾られる鯉のぼりのように、風に靡かれながら、下を向いたままそう言う。

 柊は妖怪たちに“紅い狼天狗”として恐れられてはいても、妖怪としての力は不十分と言っても差し支えない。

 何故なら、空を飛ぶことも出来ず、身体能力すらもほとんど人並み……精々、血液の生成速度が人間の数倍早く、天狗の中でも群を抜く耐久力を持ち、他の天狗同様に優れた移動速度がある程度。

 そのため、空高くから大地を見下ろす事は、柊にとって始めての経験であると同時に、少なからず身の危険を感じていた。

 

 

「狼天狗が鳥肌って……。 私たちは狼天狗であって、鴉天狗じゃないんですよ?」

 

「いや、そういう意味じゃなくて、風に寒気を感じるってこと」

 

「そうですかね? 私は風に少し妖力が混じってるだけだと思いますけど……」

 

 

 柊はため息をつくと、また地上を見下ろすように視線を落とす。

 天狗は一個体が強力な妖怪であるにも関わらず、群れを成す妖怪であり、高い縄張り意識と結束力を持ち、真面目な性格のものが多い。

 そのため、幻想郷の中でも大きな勢力の一つとして数えられている。

 竜胆や柊も天狗に属している。 しかし、柊は天狗としての生き方を嫌い、他の妖怪のように個として自由気ままに生きていた。

 妹の“蒼い狼天狗”竜胆は白狼天狗の副隊長という地位を持ち、姉の柊とは違い、誰からも信用され、頼られる存在。

 だからこそ、柊にとって竜胆の危機感の無さが、不思議だった。 こんな状況下でも、顔色を一つも変えず、平常心でいる心境が。

 

 

「風に妖力が少し混じってるだけって……この状況は、天狗にとってあんまり一大事じゃねぇのか?」

 

「一大事ですけど、正直、無視していても妖怪退治の専門家が来ますから大丈夫です。 遭遇したら、首謀者と一緒に私たちも退治されるかも知れませんけど」

 

 

 竜胆は、異変が始まってから始めて顔色を変え、少し不安そうな顔をしていた。

 柊が幽閉される前から妖怪退治を生業とする人間は後を絶たなかったが、どれも低級の妖怪を退治できる程度の力しか持っておらず、柊や竜胆の脅威となるには程遠い存在だった。

 しかし、柊が幽閉されてから数百年後、妖怪の中でも最上位に位置する天狗にさえも匹敵するような力を持つような人間がごく稀に見られていた。

 もちろん、七百年もの間、幽閉されていた柊はそんなことを知る由もなかった。

 

 

「俺はともかく、お前が退治される? 七百近く幽閉されてても、流石にそんな冗談には引っ掛からねぇぞ?」

 

「冗談で済むといいんですけどねぇ……。 そろそろ霧の湖が見えてきますよ」

 

「霧の湖? 何でそんなとこに行ってんだよ、洋館に住んでる人間に用があるとは思えねえし……妖精でも用があるのか?」

 

 霧の湖。 それは妖怪の山の麓に位置いており、名前の通り、霧に包まれている湖だ。 しかし、常に霧に包まれていると言うわけでもなく、何故か霧は昼間だけに見られる。

 この湖では妖怪や妖精などが多く集まる場所であり、妖精の遊び場のような場所でもある。 そのため、過去には釣りをしていた太公望たちに湖の上で遊び回る妖精たちが目撃されており、近くには人間の住んでいる洋館も存在していた。

 

 

「あー、洋館に住んでいた方なら、幻想郷になってから暫くして、レイラ・プリズムリバーさんの代で血筋が途絶えて、今は音楽団の騒霊三姉妹が住んでいる廃洋館になってますよ」

 

「は? ゲンソウ……何だって?」

 

「ちなみにこちらへ来た理由は妖精に用がある訳ではなく、赤い霧を出している館が、この周辺にあるから来たんですよ。 ほら、あれですよ」

 

 

 竜胆が指を指している方向に柊が視線を向けると、霧の湖の向こうには、道中と比較にならないほどの赤く分厚い霧に包まれた何かがあった。

 しかし、それは今までよりも濃い霧によって建物かどうかも、分からず、柊には赤い霧が間欠泉のように吹き出しているように見えた。

 

 

「本当にあれか? 地面から吹き上がってるんじゃなくて?」

 

「はい、今は赤い霧で何も見えませんが、あの場所に赤い館がありましたから。 と言うわけで、そろそろ下に降りますよ」

 

「……もっと近づけねぇの?」

 

「これ以上、あのまま飛んで近づいていると、見つかってしまう可能性が高いですからね」

 

「見つかっても、正面から堂々と叩けばいいだろ?」

 

「いや、そうですけど、保険としてですね……」

 

 そう言うと、竜胆は霧の湖手から少し離れた場所でゆっくりと下降を始めた。

 数十秒後には二人の足は地面に付き、周囲は木々が生い茂っている森林の地に足がついた。 それでも、竜胆は変わらずの澄まし顔だが、空で身の危険を感じていた柊は、土を踏み締める事ができ、安堵の表情を浮かべていた。

 

 

「ここから先は走って行きますよ、姉さん」

 

「構わねぇけど、久しぶりの運動だから加減はしてくれよ?」

 

 

 柊はその場で屈伸などをしながら、竜胆に向けてそう言うと、竜胆も軽くその場で跳躍を始めた。

 

 

「急いでいますから、様子を見ながら調節します。 まぁ、それでも遅かったら置いていきますけどね」

 

「多少衰えてても置いて行かれる事は無いと思うが……まぁ、それで充分だ」

 

 

 柊はそう言うと、動きを止め、竜胆もそれを知っていたかのように動きを止めた。

 そして、次の瞬間、二人は木々の間をすり抜ける風のように走り出した。 

 

 竜胆は木々の枝などを足場にし、当たりそうになる木の枝や樹木を紙一重で避けながら素早く進んで行き、柊も竜胆と同じように木々の枝を足場にしながら移動しているが、竜胆とは対称的で木の枝などを避けることを避けるどころか当たった枝を折りながら進んでいた。

 幽閉される前までは柊も竜胆のように木の枝などを避けながら移動するなど容易なことだったが、七百年もの時が経ち、感覚や身体能力───全てにおいて衰えていたのだ。

 それでも柊は言葉通り、白狼天狗の現役副隊長である竜胆に遅れを取ることもなく、前へ進んでいた。

 

 二人は暫くそのまま前へ進んでいたが、ふと柊が何かを思い出したように声をあげ、その場に立ち止まる。

 

「あ、そうだ!」

 

「いきなり立ち止まってどうしたんですか!?」

 

 

 突然立ち止まった柊に釣られるように竜胆も足を止め、何かあってもすぐ戦えるよう臨戦態勢を取る。

 それはこの場が見通しが悪いという場所だけなら良かったが木々が生い茂る森林ということもあり、低級の妖怪程度なら竜胆や柊にとって対処は他愛もないが、中級以上の妖怪になると気配を断つことを得意とするものが多く存在し、不意を突かれると竜胆や柊でも致命傷になりかねない。

 

 

「竜胆、ちょっと寄りてぇ場所があるんだけどいいか? ほんの少しでいいからさ」

 

「この状況で一体何処へ行きたいんですか……。 この近くだと霧の湖くらいしかありませんよ?」

 

「そう、そこへ行きたいんだ。 あいつらに話を聞いておきたいからな」

 

「あいつら……? よく分かりませんが、霧の湖はあの館からも見えてしまうため、危険で「頼む!」 ……はあ、少しだけですよ」

 

 

 霧の湖は森林を抜けた開けた場所にあり、紅い館の近くということもあり、あちらから見られてしまう可能性があるため、竜胆は柊の願いを却下しようとした。

 しかし、手を合わせて言い寄る柊を見た竜胆は溜め息をつくと、呆れたような様子を見せ、柊の願いを承諾した。

 竜胆にとって柊が霧の湖で何をするのか検討もつかなかったが、柊はこうなってしまうと、泣くことはないがまるで欲しい玩具をねだる子供のように承諾するまで執拗に続くからだ。

 

 

「分かった、五分で終わ「一分だけ、それ以上はだめです!」 しゃあねぇな……わぁったよ」

 

 

 竜胆が厳しく時間制限を指定し、柊よりも早く走り始めると、柊は不服そうな表情を浮かべ、竜胆を追って走り出した。

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