薄暗い林の中、ただ竜胆を追いかけるように走っているといつの間にか薄暗い林を抜け、目の前には所々に大きな氷が浮かんでいる広すぎる湖に到着しており、竜胆は立ち止まっていた。
「姉さん、霧の湖に着きました……よっ!?」
七百年振りに見る霧の湖はあまり変わっておらず、安心するが、それとともに“あいつ”も多分変わってないと思うと、呆れて少し頬を緩ませる柊だったが、素早く用件を済ませるために竜胆を抜いて前に出た瞬間、到着したと通告しようとしていた竜胆は驚いて声を上げる。 またそんな竜胆に驚いた柊が反射的に振り替えり、竜胆の視線を辿って見ると木の枝に引っ掛かり、ボロボロになってしまった柊の服に集中していた。
「あ、なんか服がボロボロになってる」
「そ、そんな……昨日、買ったばかりの服なのに……」
そう言って膝をつく竜胆だったが、それを横目に柊は湖辺に歩を進めると、深呼吸をするように大きく息を吸い込む。
その様子を見てキョトンとする竜胆だったが、柊が何をしようとしているのか気が付くと慌てて立ち上がり、柊の方へ走り出した。
「おーい出てこい、バカヤローっ! むぐっ!?」
「バカヤローは姉さんですよっ!? 敵に気付かれたらどうするんですか!」
「誰だー! あたいをバカ呼ばわりするやつはー!?」
「……ん?」
いきなり大声で叫び始める柊の口を慌てて塞ぐ竜胆だが、柊の声に反応するように湖の上を飛び、真っ直ぐ此方へ誰かが声をあげながら、近付いて来ていた。
柊の口を塞いでいた手の力を緩めると柊はすぐに手を振り払い、嘲笑うような笑みを浮かべ、それが来るのを正面で待つ。
「寒っ! 来たな、天敵の氷娘!」
「姉さんの用って……これにあるんですか?」
「ああ、用があるのはこれだ」
「あ! お前は……! えーと、何処かであったっけ?」
そう言って柊たちの前に冷気と共に現れたのは、青や水色を基調としているワンピース、氷塊のような羽根を持つ、九~十二歳に見える氷の妖精───チルノだった。
チルノに自分のことを忘れられていた柊は冷気に凍えながらも、その場でコントのような転び方をし、竜胆は本当にこの妖精に用があるのか?という疑惑の目を柊に向けていた。
「俺だよ、俺! 七百年前に会っただろ!?」
「あ、あたい、知ってるよ!」
「おお、思いだし」
「それ、オレオレ詐欺っていうやつでしょ! 大ちゃんが言ってた!」
「大ちゃん……? いや違う、そっちじゃない。 昔、よく来て、話してただろ!? 双林 柊だ!」
「んー? 柊? ピンクの髪に耳と尻尾……あー、思い出した! いつもあたいにビビって震えてた狼天狗!」
「ビビってたんじゃなくて、寒かったのっ!」
「姉さん……こんな話をするために来たんなら、もういいですか?」
「ちょっと待て、まだ大事な事が言えてなーい!」
寒さで震える柊とチルノのやり取りを見ていた竜胆は明らかに呆れているような様子で柊の背後から襟を掴み、館へ引っ張って行こうとしていたが、柊がそう言って踏ん張ると、大きなため息をつき、襟を掴んでいた手を離す。
「いいか、バカヤロー。 この近くでせn……」
「バカヤローって言う方がバカヤローなのよ、バカヤロー!」
「分かった、分かったから。 この近くで戦闘が起きるかもしれないから、すぐにここから離れろ」
「ふふん、戦闘が起きても問題ないわ。 あたいは最強だから!」
そう言って自慢気に胸を張るチルノに頭を抱える柊だったが、柊の意図を察した竜胆はチルノに近付き、悩んでいる柊に変わり、チルノの説得を試みた。
「チルノさんは最強なんですか?」
「そうよ、あたいは最強だから誰にも負けないわ!」
「そうなんですか。 私たちだけでは周囲に被害が及びそうなので、最強のチルノさんに近くの方たちを遠くへ避難させて欲しいのですが……これはチルノさんにしかお願いできないんですよ」
「そう言うことなら最強のあたいに任せなさい! 皆、一人残らず避難させてやるんだから!」
そう言って上機嫌にこの場から離れていくチルノを明るい笑みで見送る竜胆だったが、チルノの姿が見えなくなるほど離れるとまた真顔に戻った。 さっきまでの明るい笑みは差詰、営業スマイルのようなものなのだろう。
「ふっ……コツさえ掴めば、チョロいものですね。 もう用は済みましたか?」
「あ、あぁ……」
「それじゃ、このまま直行しますよっ!」
そんな妹を見て、我ながらある意味恐ろしい妹に育ってしまったものだと、心の中で思いながら、紅い館へと一直線でまた林の中へ進んでいく竜胆の後を追う柊だった。
十分程度走っていると、急に竜胆が茂みに隠れるように止まったため、柊は驚いて樹木に顔面をぶつけてしまった。 柊も急いで近くの茂みに隠れ、正面を見てみると、館の正門へと着いたようで、門の前には、赤い髪に淡い緑色の華人服にもチャイナ服にも見えるような服を着て、目を瞑ったまま腕を組んで立っている一人の女性がいた。
「なるほど……あれがこの館の門番、ということですか」
「んー、なるほど? で、どうすんの?」
「どうしましょうか……館の外壁から入ろうとしても目に見えない結界のようなものがありますし……かといって正面突破しようとすれば、館にいる方たちも騒ぎに気付いてしまいます」
「え、そんなバリヤーみたいなのが張ってあるのか?」
「はい、前に上空から小石を落としてみた所、すぐに跡形もなくなりました。 恐らく館の中には魔法に長けた方がいるんじゃないでしょうか」
「ふーん……なら俺に作戦があるぞ」
そう言う柊だが、竜胆はそれを聞いた瞬間、柊がどんな作戦を考えているのか分かっているような態度で、念のため、柊の作戦を聞く。
「……何となく察しがつきますが、一応聞いておきます。 どんなものですか?」
「正面から乗り込m……」
「却下、却下です、ド却下です。 私の話、聞いてなかったんですか? 此方は二人しかいないんですから騒ぎになられちゃ困るんですよっ!」
「……めんどくせぇなぁ」
正面から殴り込もうとする柊の提案は全て言い切る前に竜胆によって否定され、柊は明らかに不服そうな態度を見せた。
そして、柊が行動に移すのはとんでもなく早かった。
竜胆があっという間に茂みから出て、いっという間に門番の前に立った。
幽閉から解放されてから初めて見る柊の早業には竜胆も反応する暇も無かった。
「おーい、もしもーし! ……あ、寝てる」
「すぅ……」
館の門番は器用にも立ったまま寝ている。
「飾り……か?」
その様子はとても門番には見えず、ただの人間で飾りの門番。
少なくとも柊にはそうとしか見えず、そうとしか思えなかった。
柊が一度声をかけても起きる様子が無かったため、門番の左耳の近くで柊は大声をあげる。
「ん? ね、寝てる……? 立ったまま? もしもーしっ!」
「おわっ!?」
すると、門番は大声に驚いた様子で反射的に両手で左耳を覆い、柊から離れた。
「だ、誰ですか、貴方はっ!?」
「アポを取りに来た、館の主に会わせろ」
「えぇ…… き、聞いてきてみます……それではお名前をお伺いさせて頂きます」
「双林柊と双林竜胆、二人だ」
門番も柊のドストレートな奇行に戸惑いを見せながらも、許可が下りるか聞くために館の中へ入っていった。 それを確認すると柊は茂みに身を隠している竜胆の元へ歩いて戻ってきた。
「おら、作戦とかめんどくせぇし、話し合いでケリが着くかも知れねぇから聞いてきてやったぞ、アポ」
「バ、バカヤロー!」
「んぐぅっ!?」
そう言って何が何やら分からぬまま竜胆に首を絞められ、軽く三途の川が垣間見えた柊だったが、そこからの展開は早いもので門番が館から戻り、柊を見つけると許可が下りたと言って二人揃って正面から堂々と通してくれた。
そこに関しては柊もまさか許可されるとは思っていなかったようで、道中では“この館のセキュリティー大丈夫か?”と言い出すほどだった。
竜胆は警戒しながらゆっくりと歩を進めるが、柊はそれを横目にズカズカと館の入り口に向かって進んでいった。
【キャラクター説明】
・チルノ
霧の湖に住む氷を操る程度の能力を持つ氷の妖精。 頭はあまりよろしくないが、自分で最強と言うだけあって、実力はそこらの妖精とは別格に強い。
近頃の遊びは蛙を凍り漬けにすること。
本人曰く、冬眠した蛙を冷やすといつまでも目覚めないらしい。