苦手な方はご注意を。
「───と言うことでお願いしますよ、何度も言いますけど作戦ですからね、作戦。 危ないと思ったらすぐに逃げてくださいよ」
「ハイヨー」
柊たちは館から出ると館の門から少し離れた茂みに隠れ、竜胆が作戦会議を始めた。
柊は作戦など知ったことかという態度なので端から見ると柊は竜胆と作戦会議をしているのではなく、竜胆が一人で作戦会議をしている状態なのだ。
そうこうしてると、あっという間に五分が経過してしまい、最終的に竜胆は柊に作戦中で一つの役割を与え、窮地に陥った場合、離脱することを伝えたが、柊の反応を見ると口では分かったように言っていても、従うつもりはないようで、これには竜胆も頭を抱えていたが、五分以上の時間もなかったため、二人は茂みから身体を出し、館へ歩を進めていく。
時間が経過したためか、館周辺には最初に訪れた時よりも赤く濃い霧が立ち込めており、竜胆の眼を持ってしても今では十メートル先が何とか見える程度。 それでも館を囲んでいる塀を伝いながら館の門へ歩を進めていると、門前には先程の門番が腕を組み、佇んでいた。
さらに竜胆たちが近付くと門番も二人に気付いた様子で組んでいた腕を下ろすと、門番らしく二人の前に立ちはだかった。
「私は紅魔館の門番───紅美鈴です。 私がここにいる限り、あなたたちを通しません」
そう言って美鈴は両膝を少し屈め、左手を腰の位置で止め、右手を前に突き出すように構えを取ると美鈴は静かに『気』を高め、左手に『気』を圧縮し始めていた。
柊は美鈴の左手に現れた小さな光が大きくなっていく様子を物珍しそうに見ていたが、竜胆はまるで見慣れた光景のように前へ前へと歩を進めていく。
───多分、こいつは妖怪ではない……はず。 にしても左手の光が少しずつ大きくなってるな……あの左手が義手だとしたら……ロ◯クバスターか?
「そうですか」
そんな事を考えている俺の横で竜胆がそう言うと次の瞬間には、作戦通り門番の相手をしろと言わんばかりの眼を俺に向け、そのまま門番に向かって走り出した───と思ったが案の定、門番のことは眼中に無い様子で素通りし、館の門へと向かっていた。
これは事前に行っていた作戦であり、俺が門番の相手をし、竜胆がその間に館へ入り込み、メイド長をはっ倒すというシンプルかつ分かりやすい作戦だ。
「通さないと言ったはずですっ!」
勿論、美鈴もそれを見逃す訳もなく、左手に集中させていた『気』は、左手を勢いよく突き出すことにより、虹色に輝く無数の気弾となり、竜胆を追いかけた。
竜胆も狼天狗の中でも最速だから瞬間的とはいえ、かなりの速度で走っているというのにも関わらず気弾は、竜胆の速度を越える勢いだった。
───なんだ、ただの速い気弾みたいなのが出るだけか……俺は出せないけど。
しかし、その光弾は竜胆の衣服に届くまであと数センチという所で竜胆が軽く目視で背面を確認した刹那、何重にも重なった発砲音が周囲に響き渡り、気が付くと光弾は全て同時に破壊されていた。
───なんか俺が幽閉されてる間にまた速くなってるな。
これには門番も竜胆が何かをしたという事だけは分かっていても、何をしたのかまでは分からず、驚いているようだったが、好機と捉えた俺は近くまで駆け寄り、門番の頭部に向けて左足を基準として回し蹴りを放つ。
しかし、門番はそれをまるで見抜いていたかのようにいなし、まだ体勢を整えられてなかった俺は背部から打撃によるカウンターを叩き込まれ、鋭い痛みが来たかと思うと前方にある木に真正面から叩きつけられ、腹と顔もぶつけちまった。
───多分、鏡で見たら木にぶつけられた部分は縦一直線に赤くなってるんだろうな
「いちちち……よそ見厳禁だぜ、門番! こっちにも敵がいるんだから相手してくれなきゃな?」
「それもそうですね、これでは侵入者を追うのも儘ならないようですし」
柊は不意打ちが失敗し、少々情けなく垢抜けないが、軽口を叩きながら美鈴の前へ歩いて戻り始めている。
美鈴は館内へ向かった竜胆を追うことも無く、まるで柊を待つように門前で佇んでいた。
柊が美鈴の前へ戻ってくると、敵前であると言うにも関わらず、柊はその場で胡座をかいて座り込む。
この柊の行動に美鈴は不思議そうな顔をしていたが、これは『そちらに戦意がないなら争わない』という柊なりの意思表示である。
「おう、よく分かってるじゃねぇか。 俺を倒さねぇとその先には進ませねぇぞ。 進まないなら倒さなくてもいいけどな」
「これじゃどっちが門番か分からなくなりそうですね」
「全くだな~。 でも面倒事は極力避けたいし、一人足止めしとけば放っておいても竜胆なら何とかしてくれそうだし、酒でも飲まねぇか?」
「あはは、すいません。 そのお誘いは嬉しいですけど私、あまりお酒は強くないんです。 ですが、酒は飲めなくても語り合うことは得意なので、そちらでお願いできませんか、凶兆の桜狼天狗───双林柊さん?」
竜胆の作戦などは理解しようとしない俺だが、この門番の言う意味だけはすぐに理解できた。
語り合いは語り合いでもこの門番が指すものは拳の語り合いであり、俺が言っていた面倒事に違いなかった。
「やれやれ、酒の無い語り合いこそ、俺の言う面倒事に変わりないんだけどねぇ……。 いや、どちらにせよ今は酒を持ってないから元より面倒事か」
気だるげな様子で柊がゆっくり立ち上がると先程、竜胆が美鈴の光弾を同時に破壊した時と同じような何重にも重なった発砲音が絶え間無く館から鳴り響き始める。
「あっちもあっちで始めたみたいだし、俺らも語り合うとしようか、門番の美鈴」
「はい、それでは行きますよ、柊さん!」
美鈴がそう言うと柊は左拳を突きだし、右拳は右頬の近くで止め、互いに構えを取り、止まった世界で意識だけが動いているかのように微動だにしなくなる。
「「勝負っ!」」
こうして始まりを告げた二人の語り合いだったが、紅魔館の門番である美鈴が侵入者を置いて、柊の相手をすることは本来、門番の職務としては失態と不当な振る舞いである。
しかし、美鈴にそうさせたのは他でもない目の前に立っている狼天狗から感じられた『気』であった。
『気を操る程度の能力』、それが美鈴の能力であり、相手の気を読む事に始まり、気を血液のように体内で循環させることによる身体強化、周囲の気を圧縮し放つことによる遠距離攻撃、そして気を纏うことによるダメージの軽減など使いようによってはいとも簡単に優位へ躍り出ることが可能なほど強い応用力を持つ能力である。
その能力を持つ美鈴だからこそ、感じる事が出来た柊の『気』は幻想郷の外で長い時を生きた美鈴でさえも、見たことのない『気』であり、それは黒や白、青、赤の四種類の色を持ち、さらにそれぞれが違う軌跡を見せ、気を読むことが出来なかったのだ。
だからこそ、美鈴は門番としての職務を放棄することになるとしても、不確定要素であり、不安定要素でもあるこの狼天狗は確実に潰しておく必要があると判断した。
そして過去に手合わせしたどの狼天狗も、鴉天狗には劣るものの凄まじい速さを誇っていた事から、まずその速さに最低限反応できるようにと気を重点的に眼へと収束させることにより、視覚を強化し、元々美鈴が持っている武闘家として六感を更に気で研ぎ澄ませることにより、無意識下でも反応できるようにする。 これは基本的には気を巡らせることもないものだが、四種類の気を持つ不安定な相手であるからこそ美鈴は保険として用いたのだ。
「……?」
しかし、柊はその速さで美鈴に近づくどころか先程の口調や性格などからは想像もつかないほど静かで水面も揺らがぬような構えで美鈴の攻撃を待っていたのだ。
「……てっきりすぐに間合を詰めてくると思ったのですが、どうかしましたか?」
「あ? こちとら、鬼に一撃で殺されかけて以来、久々の運動なんだ。 攻めて一撃で沈められたらって考えるくらいトラウマなんだよ……」
「そうでしたか。 でしたら、ご安心を。 私は鬼に見合うほど力は持っていませんし、手数と磨き上げた武術でお相手してますので」
「ったく……そう言って俺が突っ込んで行くと思ってる辺り、あんた、変わってるよな」
「でも、攻めてくるんですよね?」
「勿論っ!」
柊がそう言うと瞬きする間に突風と共に美鈴の懐に入り込んでいた。 そして、美鈴もそれを分かっていたかのように攻撃へ移行するが、次の瞬間に美鈴の視界に写ったのは桜色のフワフワとした毛であり、柊の姿どころか周囲の木々さえも視界には写っていなかった。
「───っ!?」
刹那の間に何が起こったのか理解できなかった美鈴だったが、数コンマ後、腹部に鋭い痛みが走ったことにより、自身が攻撃されたことに気付くと足に力を込めて踏み留まろうとする。 しかし、柊に受けた衝撃を止める事は出来ず、数mほど後退させられてしまう。
「『ほぼ必中の桜蹴り』ってな。 まず一撃かな?」
そう言って空中でゆったりと身を翻し、片足で着地する柊の姿は今までの言動には不釣合なほど美鈴には鮮やかに見えたが……ほぼ必中と言う辺り、どこか湖で飛んでいた氷の妖精に近いものを感じていた。
「……ほぼ必中ってそれは必中じゃないですね。 ですが、鮮やかでいい蹴りです。 もうその手は食らいませんけどね」
「こっちも初見殺しのつもりだから、もう引っかかるとは思ってねぇよ。 軽い挨拶とでも思ってくれ」
「あ、あはは……それはずいぶんな御挨拶ですね」
イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべる柊を見てと少し苦笑いをする美鈴。 しかし、美鈴は柊の攻撃を食らった際に何が起きたのか理解していた。
柊は美鈴との間合を詰めた瞬間、その場で逆立ちをするような体勢に移行すると自身の尾を使って美鈴の視界を奪う。 そして、地に付けている手を巧みに動かし、間合を詰めた際の勢いを利用して下半身を捻ることにより美鈴の腹部に強烈な蹴りを入れていた。
その証拠に美鈴が腹部に目をやると服には下駄跡が付いている。 まさに柊の言った通り一度きりの一撃だ。
「じゃ! そろそろ真面目にリハビリ、やりますか!」
「リハビリ……ですか?」
「そう。 まあ、蹴ってみた感じ、あんたはリハビリで相手をしちゃいけねぇ奴ってのは分かる……まあ、結論から言うと俺には厳しいものになるだろう。
でも、取り戻すのが先か潰えるのが先かって賭けは、割と面白いと思うんだよな~」
急に人が変わったように静かに近づいてくる柊に対し、美鈴は警戒心を強め、互いの距離が手を伸ばせば拳が届く位置まで来ると柊は構えることもなく、その場で立ち止まる。
すると今度は「砕けろッ!」と荒々しい口調に変化した柊は正面から堂々と美鈴の顔に目掛けて拳を放った。
「ええっ!?」
また突然、柊の口調が変わったことには、思わず驚きの声を漏らしてしまった美鈴だったが、戦闘面に関しては警戒をしていたこともあり、柊の攻撃を捌くと柊の腹部へ向けてカウンターの右拳を放つ。
「───っ!」
その鋭い一撃は見事、腹部に命中するが、それでも柊は怯むことなく、集中的に美鈴の上半身へ向けて拳を放ち続ける。 美鈴も柊の攻撃を巧みに捌き、拳だけでなく、臓物に強いダメージを与える掌拳や肌を容易に切り裂く手刀など様々な手段で柊へ打ち込み続けた。
しかし、柊は回避可能な攻撃でさえも頭部以外は避けようともせず、どんなに攻撃をしても、されても足は地深くまで根を伸ばしているように微動だにしなかった。
柊の有効打は一撃しか当たっていないのに対し、美鈴は少しずつ有効打を増やしていき、骨を砕いた手応えを持つものもあった。
第三者がこれを見たならば誰もが形勢は柊の方が不利だと答えるだろう。
しかし、美鈴は大きな間違いをしているような違和感に襲われていた。
それは通常なら攻撃を食らう度に、弱まっていくはず気が柊の場合は、ダメージを負う毎に強く熱を帯び、充実し始め、攻撃の威力や速度が上がっているからだ。
「……っ! くっは……! まだまだっ!」
美鈴の攻撃でどんな深い傷を負っても自身の血でまみれたまま笑みを浮かべては何度も攻撃を仕掛けてくる柊。 その柊の笑みは純粋に勝負を楽しんでいるようにも見えるが、美鈴の眼には一瞬、急に落ち着いたり、荒くなったりする情緒不安定さと血濡れた姿で笑みを浮かべている柊の様子が狂気的で、ある少女の姿と重なって見えたのだ。
しかし、一層強い美鈴の攻撃が柊に命中すると、柊の体から何度目か、バキィッと骨の砕けた音が周囲に響き渡る。
さすがに蓄積されていたダメージが大きかったのか柊は、とうとう後ろへよろけてしまった。
柊が激痛の走った部位へ目をやると左腕があらぬ方向へ曲がっており、白い骨が僅かに顔を覗かせていた。 この様子だと左腕は当分使い物にならないだろう。 他にも身体中に手刀による深い傷が数十ヶ所あり、掌拳により内蔵も痛み、肋骨も数本は砕けている。
「……こんなに血を流しているのに生きているなんて。それがあなたの能力に関係してたりしませんか?」
「う……ん? 生まれつき、傷の治りが早くて、血液の生成に関しては異常に早いだけだ」
先程まで柊が立っていた場所には血溜まりが出来ていた。 量にすれば数リットルはくだらないだろう、これほど血を流せば人間なら出血多量で確実に死んでいる。
「そ、それにしてもここまでやられるとさすがに痛ぇな……。 骨が折られるなんて……また鬼以来でしかねぇ。 ほんとにトラウマもんだわ」
「今、立っていることが……いや、生きていることすらも奇跡なんですが、これ以上続ければ死んでしまいますよ?」
そんな状態で生きていることが奇跡だというのに、柊はあろうことか軽口を叩きながら歩いている。
体の耐久性だけなら気を纏い強化した美鈴に勝るが、それでも生物ならばダメージを負うほど動きが鈍く、脱力していくもの、それが重傷なら尚更だ。
しかし、柊は違った。
攻撃を当てれば当てるほど速く鋭くなる動きと深傷を与えれば与えるほど重くなる一撃……美鈴は優位であっても、そんな彼女が異常だと思い、柊から距離をとる。
戦況は既に絶望的で柊は俯いてはいるが、諦めることなく自分から距離をとった美鈴の元へ歩を進めていた。
「これ以上は不毛なだけです。 敵であってもこれ以上、苦痛を与えるようなことはしたくありません。 もう諦めて大人しくしてください。 私もあなたのように守るべきものがあるんです」
そんな痛々しい状態になっても自分に立ち向かって来る柊を見兼ねて、美鈴は柊に降参するように促す。
そう言われた柊は顔を上げるが、もうボロボロになっていると言うのにも関わらず不敵な笑みを浮かべていたのだ。 まさに狂気的とも言える柊の笑みを見た美鈴はすぐに後ろへ飛び退き、柊から距離を取った。 それは恐怖心からではなく、今まで鍛え上げ、境地に達したとも言える武闘家としての感が、美鈴の脳内に危険信号を出していたからだ。
「くっ……はははっ! この身体から流れ出る血、身体中に響き渡る激痛……! やっと身体が暖まってきたんだぜ……? 生憎片手が使えなくなったからって諦めるほど潔く無いんでな、俺を止めたきゃ動けねぇようにするんだな。 それに本番はここからだ」
「……それもそうですね。 勝利宣言をするには少し早かったようです。 あなたの覚悟を侮辱するような事を言ってしまい、すみませんでした。 先程の言葉は取り消します。
あなただけは『気』を使っても動きを読むことは出来ませんでしたが、私は気で身体を強化していましたし、気を圧縮させ放つことも出来る……それが私の『気を使う程度の能力』です」
まだ諦めず、正面から立ち向かってくる柊を見て感化された美鈴は妖怪同士の勝負の要になる自分の能力について語り始める。 本来この行為は相手に手の内を打ち明けるようなものであり、それは自殺行為にも等しいものだ。 それを知っていながらも語っているのは、自身の全力を持って勝負をすべき相手と捉えたからである。
「……能力? あーあれか、俺の能力は……と言いたいのは山々なんだが、うちの御偉いさんでも分からねぇし、自分でも分からねぇんだよな」
「……え?」
「『……え?』じゃなくて本当に俺も分からねぇんだよな……。 上には700年くらい前から何かしら能力があるって言われてるけど、何にも起こらねぇし、こっちが知りたいくらいだ」
「そうなんですか、てっきり私はあなたが持っている四つの気が能力だと思ってたんですけどね」
「四つの気? よく分からねぇが、それだけならあんたにとって好都合だろ? だから自分の能力を知らない俺は残念ながら、無意識で発動するようなものでもなけりゃあ、頼れるのは己の身体のみってやつだ。 その頼れるものも見ての通りボロボロ、だから短期でケリを着けようぜ?」
美鈴は柊の提案に対し「分かりました」と快諾すると、構えを解き、右手を拳に、左手を掌にして胸の前で合わせ、一礼をした。
これは美鈴の生まれ育った地に伝わる『
そして、二人とも構えに入るが、柊は最初の構えとは違っている。 ……簡単に言えば威嚇する猫とも捉えられるような構えだ。 柊自身は自分の長所であるスピードを活かせる構えとして選んだのだろうが、武術の達人である美鈴が相手では、お世辞でも通用するとは思えないものだ。
「紅魔館門番、紅美鈴!」
「桜狼天狗、双林柊!」
「正々堂々と」
「悔いを残さず」
「「いざ尋常に勝負ッ!」」
【キャラクター説明】
・紅 美鈴
紅魔館の門番であり、気を使う程度の能力を持つ歴とした妖怪である。
見た目や妖怪の使う怪しい術などを使わず、刺激的しない限りは友好的なため、人間も柊のように彼女が妖怪ではないと思う者は多い。
紅魔館の門番であるが寝ていることが多く、その度にどこからともなくナイフが現れ、彼女目掛けて飛んでいくらしい。