姉さんに門番の相手を任せると私は振り向くことなく、館の入り口まで駆け抜け、門番が追ってきていないのを確認すると音を立てないよう慎重に館の扉を開き、少し頭を覗かせて館のロビーに誰もいないのかを確認し始める。
館内部は暗くあまり見えないが、知能の低い妖精が大量にいるのならざわめきがあるが館内部は不気味なほど静まり返っていた。 まるで嵐の前の静けさのように。
「そんなにゆっくりしているとすぐに死ぬ羽目になるわよ?」
そうロビーの奥にある二階へ向かうための階段の方から聞こえた声に気付くと竜胆はすぐに身を隠していた扉から飛び退いた。
その瞬間、竜胆が身を隠していた扉は無数に飛んできた銀のナイフによって串刺しになった。 いや、飛んできたと言うよりは突然現れたと言う表現の方が正しいだろう。
それはナイフが飛んでくる際の風を切る音とナイフの匂いが途中まで、並の妖怪より遥かに嗅覚と聴覚に優れた狼天狗である竜胆には聞こえず、匂わなかったからだ。
竜胆はもう隠れても無意味だと悟ると館の両扉を開け、少しでも光が差し込むようにし、館へ味を足を踏み入れる。
───外も紅い霧で包まれていますが、全く明るくはないが無いよりはマシでしょう。
「……御忠告、ありがとうございます」
「あら、お礼を言えるなんて敵ながら以外と礼儀正しいのね。 感心するわ」
竜胆が警戒をしながらも礼を伝えると、コツコツと階段の降りてくる音と共に声変わり聞こえてくる。
私はなんとかその姿を捉える事ができましたが、最初に扉を開くまでは大量の妖精メイドが待ち伏せしており、私たちを黒幕まで案内したメイド長はナイトの役割として黒幕を守っていると思っていましたが私の予想は外れていました。
姿を現したのはナイトの役目であろうメイド長である「十六夜 咲夜」でした。
「私はこの館の主を守るためナイトのように主の側にいると思っていたんですがね」
「あら、あながち間違いでは無いわよ。 私はお嬢様たちを守るために貴女の前に立っているのだから」
「その
「ええ、だって私があの門番を守る必要がないもの」
「……思ってたよりも薄情ですね」
私は仲間を仲間と思わないような十六夜さんの発言に思わず、立っているだけでも床を砕いてしまうほど力んでしまっていました。
「それは勘違いよ。 普段は居眠りをしていたりして門番の役割も出来ていないけれど、起きているなら美鈴は私が守る必要がないくらい強いってことだから」
「なるほど……なら私の選択は正解でしたね。 お喋りも時間稼ぎもここら辺で終わらせて、そろそろ始めましょうか。 私と違って姉さんはいつまで耐えられるか分かりませんからね」
「そう……そう言うことなら私は時間を稼ぐか、さっさと貴女を殺して掃除をするとしましょうか」
「そうですか。 貴女には人の身でありながらも私にそう言えるだけの実力があると思って全力でこの戦いに望ませて頂きますよ!」
私はそう言って十六夜さんに接近戦を仕掛けようとしましたが、十六夜さんはもう同じ場所にはもういませんでした。 眼を離していた訳でも瞬きをした訳でもありませんし、耳も鼻も機能しています。
しかし、十六夜さんは文字通りその場から消え、気付くと十六夜さんの匂いは私の背後から漂ってきたのです。
「私も貴女をそこら辺の雑魚としては捉えませんよ。 特に貴女のお姉さん、双林 柊は……」
「くっ!」
十六夜さんの声が聞こえると私はすぐに振り向いて攻撃をしようと左拳を放ちますが、私の拳は空を切り、十六夜さんの姿はまた消えていました。 そして、その代わり私の目に写っていたのは銀のナイフの包囲網が現れ、私を目掛けて一直線に飛んでくる景色。
まだ暗闇に目の馴染んでいない私はナイフの本数や配置も掴めず、それに突然のことだったため、打開策も思い付かず、私は咄嗟に屈むと右手を床に付けて、自分の能力を行使しました。
能力を行使した私の目には何も聞こえず、何も見えませんでした。
この行為は私にとって失態であり、失敗です。
それは私をこの館の床が形状を変え、ナイフの包囲網から守るために余すことなく私を包んでいたからです。
このような行動は音や匂いを遮断し、戦況を読み取ることも出来ず、奇襲をされる可能性もあったからです。
そして、躊躇しながらも能力を解除すると、使用後は奇襲をされると思っていましたが、そんなことはなく、それなら飛んできていたナイフは地面に落ちている……と思っていましたがそんなこともありません。
それにこうなると分かってはいましたが、私の能力について十六夜さんも理解されたような声が聞こえてきました。
しかし、それはこちらにとっても同じことです。
「なるほど……『形状を変える』ようなもの、それが貴女の能力ね」
「かなり違いますがそんなところですね。
そう言う貴女は『瞬間移動』のようなものですか……」
「かなり違うけどそんな所よ」
「……お互いまだ手の内は隠してるということね」
「……お互いまだ手の内は隠してるということか」
私も十六夜さんも独り言としてそう言うと、すぐにお互い戦闘体勢に移りました。
十六夜さんは両手に銀のナイフを構え、私は両手を懐へ忍ばせる。 これは諦めている訳ではなく、飛び道具相手に素手では効率がよくないと考えた上での構えであり、そして手の内を隠すために両手を懐に忍ばせたままなのです。
「私たち、以外と気が合うのかしらね?」
「そうですね。 私も貴女とはやっていけると思いますよ? 敵でなければの話ですが」
「それは無理な相談ね」
十六夜さんがまた姿を消すとまた入れ替わるように先程よりも多くのナイフの包囲網が私を包んでいた。
───数にして約二百六十本くらいですね。 これくらいならまだ……。
しかし、もうこの暗闇にも眼が馴染み、種が分かった私は懐から手を抜いて一秒にも満たない時間で無数の銃声を重ねたような爆音が鳴り響くと、私に向かっていたナイフは金属特有の音を出しながら壁や地面に突き刺さる、若しくは落ちました。
これは門番の弾幕を打ち消した時と同じ事をしただけ……そう能力の行使です。 まあ仮に私以外がこの能力を持っていたとしても
それにまだ姿は見えませんでしたが、これには十六夜さんも驚いているようで、冷静だった声色も言葉も何が起きたのか理解出来ていないことが伝わるほど焦っていました。
これをするだけでも動揺を誘えるのはよく分かりませんが、私としてはありがたいことです。
「な……! 一体何が起きたの!?」
「驚くことは無いですよ。 いや、初めて見る人も妖怪もそんな反応をしてましたね……ただこれで撃ち落としただけですよ」
「それは銃……?」
そう言って私が両手を広げて見せたのは二丁の銃でした。 もちろんマシンガンなんて連射式ではありませんし、スナイパーライフルなんて反動の強いものでもありません。
装填数六発の回転式拳銃つまりリボルバーです。 正確なモデルはルガー・ライトウェイト・コンパクト・リボルバー、省略するとルガーLCR、特徴は口径バリエーションが豊富で、小型、そして軽いという所です。
まあ、人の身でこれを二丁同時に扱うとなれば両腕を骨折してもおかしくない反動がありますが、狼天狗に限らず、天狗の中で最も力が強い私には関係のないことですけどね。
「そう、銃です。 それにお互いに手の内は隠してるって言いましたよね? これも私の手の内の一つですよ」
「それでもその銃であれを全て打ち落とすなんてあり得ないわ。 見る限りそれは撃てても合計で十二発よ?」
「ふふ、そこまで洞察力があると敵として嬉しい限りですよ。 お察しの通り、これは一丁につき六発限りです。 普通なら……ですがね」
「はあ、それも手の内ってことね」
私が嬉しさから笑みを溢すと十六夜さんはため息をついて考えることを諦めたような力の抜けためんどくさそうな声でそう言うと私の前に姿を見せました。
「これ以上勝機が無いなら、諦めた方がお互いの為ですよ。 こちらとしては無駄な体力の消耗を避けられるし、貴女としては死ぬ必要がなくなる訳ですから」
『死ぬ必要がない』この忠告は本当の事ですが、私は元から殺すつもりはありません。 あくまでも私の目的は鎮圧であり、異変の解決ですから誰も死人が出ることもなく、この異変を収めたいと思っているからです。
それに十六夜さんのように人間の方はとても脆く、危うく、か弱く、触れたら割れてしまうシャボン玉のような存在だと知っているからこそ、ここで諦めて貰いたいと思ったのです。
「残念ながら私はそんなことはしないわ。 確かに貴女は厄介で私には勝機が無いかもしれない……奇跡でも起きない限り貴女を倒すこともできないでしょうね。 それでもお嬢様を守るためなら、私は命を懸けてでもその奇跡を手繰り寄せて見せるわ!」
私の忠告に対して十六夜さんから返ってきた返事は先程や最初に比べて遥かに力強く気持ちと覚悟の籠っているものであり、またナイフを構えると姿を消してしまいました。
戦意を削ぐつもりが、まるで敵に塩を送ってしまったような気がして、逆に私が面倒な状態に陥ってしまっている。 そう、今の十六夜さんはまるで姉さんに近いとまで思えるほどに面倒で厄介……こうなってしまった相手はどうも苦手です。
「はあ、やっぱり貴女は人間だからか似ていますね。 私にとっても貴女のような覚悟のある方は……厄介ですよ」