苦手な方はご注意を。
「くぅ……ッ! っらあぁぁぁぁッ!」
あれからどれだけの時間が過ぎたのかも忘れるほど俺と美鈴は勝負は長引いていた。
俺は技力と力をスピードで、美鈴はスピードを技力と力、そして経験で補うような形でお互いの長所で短所を打ち消し、勝負を仕掛けていた。
しかし、妖怪と人間の差があるため、俊敏に駆け回りながら攻撃を仕掛ける俺よりも迎え撃つ美鈴には疲れが見えていた。
かくいう俺に疲れはなく、むしろまだ何とか本調子が出せるよう程度に体が馴染んできた所だ。
そしてそれだけ長引いた勝負の幕切れは以外にも呆気なかった。
「まだまだぁーッ!」
「こちらもですよォッ! ……くっ!」
猿も木から落ちるという
そのため脇を締めて守っていた胴体ががら空きになり、それを見逃すほど俺も鈍ってはいない。
「ここだぁぁぁぁあッ!!」
「くッ!? がは……ッ!」
俺はそのままのスピードに乗って美鈴の胴へ今出せる力と共に右拳が腹部に命中し、美鈴はそのまま後方へ吹き飛んでいく。
人間相手にやり過ぎたと思い我に返った俺は、人を殺めてしまったかもしれないという恐怖心と焦燥に駆られ、美鈴が木々に激突する直前に背後へ回り込み、両手で受け止める。
俺の左腕は折れた骨が突き出て、あらぬ方向へ曲がっているが、その時の俺はアドレナリンで痛覚が一時的に麻痺していたため、痛みなどはなかった。 あったとしても、感じる暇は無いだろう。
それほどまでに善良であろう人を殺めてしまう事が俺は怖かった。
さっき俺が当てた一撃は力がなくともあのスピードで、食らえば妖怪すらも命の危険がある。 人間であれば間違いなく、肋骨が折れて様々な場所に突き刺さり、内蔵は潰れ、口からは致死量の血を吐き、身体は自由を失う、そうなると長く苦しんだ後に死が待ち受けていると俺にでも分かるからだ。
「ごほ、ごほ……ッ!」
「!?」
俺に受け止められた美鈴が咳をすると、反射的に俺は美鈴の顔を覗き込むが、美鈴は苦しそうではあるものの肋骨は体外へ飛び出ていないし、吐血もしていない。 息もしている。 それでもまだ安心できないと知っていながらも俺は少なからず安堵していた。
「こ……れは……私の……負け……ですね……」
「しゃ、喋るなッ! それ以上喋っていると内部が何かの衝撃で壊れるかもしれねぇ! あれを人間の身で耐えられたことなんてあり得ねぇんだぞッ!?」
「だ……大丈夫ですよ……これでも私は……丈夫な妖怪で……すから……」
この時、美鈴が自分が妖怪であると口にしたことで先程の一撃を耐えられた事に納得することが出来たが、それよりも先に俺には別の考えが思い付いていた。
「分かったから! 無理をして喋るな! これ!これを飲んどけ!」
そう言って俺が懐から取り出したのは天狗の秘薬……妖怪にのみ使える代物であり、とんでもなく苦いが回復力を飛躍的に上昇させるが、人にとっては少しでも口にすれば即死するほどの猛毒である。
俺と竜胆は他の天狗たちと違ってこの薬を飲むと俺は必ず一週間以上、竜胆は半時間、昏睡してしまうため、いつだったか竜胆がここへ訪れる前に渡してくれていたのだ。
そして、俺は無理をするなと美鈴に言いながらも結構無理矢理、口にねじ込んだ。
「うぐっ……は……は……心配性……で……すね……」
薬を飲まされた美鈴は顔をしかめながらそう言うと、そのまま人形のようにガクッと気絶してしまった。
俺は美鈴をゆっくり衝撃を与えないよう門の近くで横たわらせる。
「敵であるとは言え、悪かった……」
俺は聞こえていないと分かっていても寝かせてある美鈴にそう言って頭を下げると館の門をくぐり抜けるために歩を進めようとする。
「あなたが双林 柊……ね?」
「……」
すると柊の背後から美鈴とは別の声が聞こえてきた。 姿を見ずとも背後にいるだけで伝わってくるが、美鈴とは比にならないほどの威感を感じる。
そしてこの霧よりも体に重くのし掛かり纏わり付くこの感覚……まるで深海の圧で小さくなるカップ麺のような感じで、カップ麺が俺だ。
……まあ、例えがおかしいのは放っておくとして、人が珍しくやり過ぎたと反省してしんみりしているというのに現実は無情なものだ。 また次から次へと敵が来る。
「はあ……誰だ?」
そう思って俺が振り替えるとそこにいたのは、口元は扇子で隠れているが、金色に輝く瞳で紫色のドレスを着て、館の主と言ったレミリアと同じような帽子を被り、白い手袋を着けている長い金髪の……大人の……女(?)無数の目のある空間から上半身だけを覗かせていた。 禍々しくて奇怪で胡散臭い見たこともない妖怪だった。 正直、好奇心旺盛な俺でも気味が悪いと思っているほどだ。
「私は
「……は?」
───……全くもって何の事か分からない、次から次へと散々だ。 凶兆と言われてるだけあって不運に見舞われやすくにでもなったのだろうか。
「何の話か知らねぇが、知らない人には付いていくなって教育は受けてんでな。 それに宗教の勧誘とかセールスみたいなのは間に合ってます」
「あら? 私は八雲紫って名前を教えたから知らない人……と言うより知らない妖怪ではないでしょ?」
「あー、それもそうかじゃあ付いていく……わけねぇだろ! 子供の屁理屈かよ!?」
こういう輩は軽くあしらって、先を急ぐつもりだったが、相手の屁理屈に気が付くと俺はツッコミをいれていた。 立場が逆なんだよな……。
「ふふふっ、天魔の言う通り面白い狼天狗ね。 天魔から話くらいは聞いているでしょう? あなたは妖怪の山から離れて、私の傘下に入ることになるって」
「……は? 傘下?」
「そう、傘下」
もちろん、俺は初耳である。 さっきも言ったように何の話か分からない。 俺が聞いていた条件は異変を解決することだけ、なんならそれ以外の話は一切聞いていない。 竜胆なら知っているんだろうか……? 第一、いきなり初対面であなたは私の傘下になると言われて理解できるだろうか? 無理である。 俺はそんな物騒なものに巻き込まれたくない。
「知らない話だな。 うん、知らない。 聞かされてもない。 なんなら、天魔には幽閉を終わりにするから、これからは異変を解決してこいみたいなことしか聞いていない!」
「それは困ったわね~、私としてはこんなモフモ……面白い妖怪は私の式として欲しいのだけれども」
「もふもふって言おうとしてたのバレバレだからな。 あと俺は誰の下にも着きたくないから、式はお断りだ。 それに俺は急いでんだ。 だから今、必要な事だけ単刀直入に聞く、あんたは敵か?」
「……もし、敵だったら?」
「ここでお前を倒すッ!」
そう言って俺は急速に間合いを詰めて、紫の顔へ目掛けて拳を放つ。 雰囲気からして勝てる自信は全くないが、足止めくらいは出来ると思っていた。
……があと数ミリという距離で半透明の黄色い壁のようなものに弾き返される。 その壁をよく見てみるとそれは結界だった。
「……たかが狼天狗ごときが紫様に勝てると思っているのか?」
「ちっ……まだなんか居やがるのかよ!」
すると近くの木影から、頭には角のように二本の尖りがある帽子を被り、髪型はショートボブだが、紫と同じ金色の瞳と髪を持ち、青い前掛けに長袖ロングスカートの中華っぽい服を着ている九つの尾を持つ狐の妖怪がゆっくりと歩いてて出てきた。
九尾の狐、俺でも知っているほど有名な大妖怪であり、妲己、華陽夫人、玉藻前などが有名でだろう。
そして当然ながら、その妖怪と俺の力の差は歴然であり、それを従える紫とは月と鼈の力の差があるだろう。 恐らくどう頑張っても、持って秒殺がいいところだ。
流石の俺も恥ずかしながら、この力の差には勝手に絶望した。
「もう藍ったら……せっかくあの子を焚き付けて実力を見てみようと思ったのに……。 そう言えば橙は連れてきてないの?」
「ええ、橙には今晩のご飯を買いに行ってもらっています。 しかし、紫様、双林柊の実力が見たいのなら、この異変で見極めればいいのではありませんか?」
「分かってないわね、藍」
「何がです?」
「そうすることであのモフモフの尻尾をどさくさに紛れて触りたいだけ触れるのよ? あんなに私を警戒して膨らんだ尻尾がどんな触り心地か気になるじゃない」
「……そうですか」
紫が眼を輝かせてそう言うと、藍と呼ばれていた妖怪は頭を抱えていた。
戦意を喪失している俺は完全に蚊帳の外であるが、話を聞く限り、ただ手の平で転がされただけのようだ。 何より最初から手加減をするつもりであり、その実力に見合ったものであるからこそ、これは身体よりも心にくる。
戦わずして負ける……俺は狼だが、今の気分はよく吠える犬である。
そんなことを思いながら、いじけていると、紫は急に話を俺に振ってきた。
「……と言うわけで、触ってもいいかしら?」
……欲が見え見えのド直球だ、藍という妖怪が頭を抱えるのも納得できる。 やりたいことは分かっても、何を考えているのか全く分からない……。 それで済むなら済ませよう。 というか、それ以外の選択肢が俺にはない。
「……今は早く終わらせてくれ、この異変が終わったらまた触ってもいいから」
「言ってみるものね!」
「双林柊……これだけはすまないと思っている」
紫は嬉しそうに近付いてくるが、木陰にいる藍という妖怪はボソッとそう言う、同情されているようだか此方もこんな上司を持つ藍に同情する。
狼天狗にとって尻尾とは自分の心を許す者にだけ触らせるものであるが、自暴自棄に近い俺にとっては竜胆のサポートが最優先事項であり、背に腹は代えられなかった。
……こういう事は戦ってる時に思うものであるが、俺が行くまで持ちこたてくれよ、竜胆。 こっちもすぐに終わらせてもらうから……。
【キャラクター説明】
・
幻想郷最古参の大妖怪であり、藍を式として従えている幻想郷の賢者の一人。
柊も言っていたように胡散臭く、何を考えているのか分からず、式である藍にも分からない。
そして、彼女の能力は境界を操るものらしいが、謎が多く、全てを覆せるほど計り知れない強大な力を持つらしい。
ちなみに噂だと成長が止まる変わりに永遠に近い時を生きられるようだ。
・
紫の式であり、自分も橙という化け猫を式として従えている九つの尾を持つ狐。 正式には九尾の狐に式神と言う術をかけて、制御している。 ちなみに妖獣としては最高峰とのこと。
とんでもない実力の持ち主だが、彼女の式である橙は言うことを聞かないことが多く、どこか抜けている。 ちなみに何故かマタタビを持っていることが多い。