東方蒼桜録   作:双林 柊

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第八話 八雲紫の品定め

「……まだ終わらねぇのか?」

 

「まだよ」

 

 

 紫に尻尾を触らせ始めてから、約十五分の時が経過した。

 それでも館内からの銃声は鳴り止まず、こちらもこちらで胡座を掻いて待っているが、離してくれる気配が見られない。

 館から銃声が聞こえるという事は状況はどうあれ少なくとも竜胆はまだ戦えているということであり、それに竜胆の実力は妖怪の山でも折り紙付きだ。 だが、考えないようにと自分に言い聞かせても、頭は嫌な事ばかりを考えてしまう。

 

 ───最悪の事態に陥った場合、俺は何をしてしまうか……自分でも分かっているつもりだ。 だから嫌だ、もうそんな想いはしたくない。

 

 それでも今は動けない。 八雲紫は確実にあの館の主より強い……そう肌と気迫で感じ、実践で確信させられた。 敵対しても今の俺を赤子の手を捻るよりも簡単に殺すだけの実力があると。

 

 

「ん~、藍に比べると触られてる時の反応が薄いわね~」

 

「……まあ四百年もあれば弱点の一つくらいは克服できるからな」

 

「四百年で一つは少ないんじゃない?」

 

「一つだけとは言ってねぇだろ? 例えば……」

 

「例えば?」

 

 

 ───例えば……例えば……よくよく考えると特に何も浮かばない……でも、言ったからには引き返せない。 ……得意分野でも言っとくか。

 

 腕を組んで暫く黙って考えた結果、柊が口にしたのは天狗なら誰でも得意であることを克服したものとして自信を持って、口に出した。

 

 

「“速さ”だな!」

 

「……ふーん」

 

 

 そう、天狗の有名な得意分野、それはスピードだ。 中でも柊とその妹である竜胆は狼天狗の中でもずば抜けており、柊は空を飛ぶことは出来ないもののその代わりなのか“ある条件下”でなら最速と言われる鴉天狗にも匹敵するスピードを身に付けていた。

 

 しかし、紫の反応は薄く、振り返ると俺の尻尾に触っていたり、顔をうずめたりしていた。 これは明らかにこちらの話に興味のない……というか聞いてすらいない反応だった。 しかし、これは好機だ。 この話を続けて俺への興を削ぐ。 そうすれば俺に関わってくることは無くなるし、解放される!

 

 

「俺は妖怪の山に近頃まで幽閉されててな。 その時の事件で白狼天狗や鴉天狗が暴れてる俺を捕らえようとしたらしいんだわ」

 

「らしい? それはその時、あなたに意識がなかったということかしら?」

 

 

 ───意外と食い付かれた。 いや、むしろこういう話をするよう仕向けたのか? 何のために? 俺を知るためか? ……いや、俺みたいな馬鹿には理解できん……。 とりあえず、話を切って情報を隠しておこうか。

 

 

「そう言うことだ。 こっから先はもう覚えてないからこれで終わ……りいぃッ!?」

 

 

 俺がそう言った瞬間、尻尾から鋭い痛みが伝わってきた。 思わぬ痛みに反射的に仰け反ってしまい、慌てて振り向くと紫が尻尾を強く握っていた。 いや、手元が尻尾の毛で隠れているから見えないが、尻尾に痛覚が伝わってくるなら間違いなく爪を立てている。

 

 

「大丈夫よ、その話を続けてくれたら尻尾は放すし、話し終わったら触るのも終わってあげるから」

 

 

 紫がそう言うとよりさらに力を入れ、尻尾の痛みも比例して強くなった。

 

 ───身構えてれば耐えられるが、ちくしょう、いい性格してやがる……二度と会いたくねぇ……俺は尻尾で弱体化する戦闘民族じゃねぇってのに……。

 

 

「喋るから爪、立てんなァ! その場所だけ毛が生えなくなったらどうすんだっ!?」

 

「それは大変ね。 でも大丈夫よ、残っている毛は、むしり取って藍に私の布団を作ってもらうから」

 

「そういうことじゃねぇっ! 俺の尻尾を何だと思ってやがる! おい、そこの九狐! お前も何とか言いやがれッ!」

 

 

 近くの木陰から申し訳なさそうにこちらを見ている藍にそう言うと藍は少し考えた後、柊の近くまでやってくると、手を柊の肩に置いた。

 

 

「……すまない柊、私にはどうしてやることもできない。 しかし、その時が訪れれば同じ尾を持つ妖怪として最善を尽くし、最高の布団を繕ってみせよう!」

 

「っざけんなァッ!? そんなに布団が欲しけりゃ、九本もあるんだからてめぇの尻尾で作ればいいだろうがよ!? ていうか助けろッ!」

 

「確かに……藍の尻尾は最高の触り心地だし、尻尾の本数も多いから良い布団が「それでは紫様、私は霊夢たちの様子を見て来るため、これで失礼します」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 

 紫がそう言いながら藍の尻尾に目を向けると、藍は逃げるように話を捩じ込み、赤い館から離れるように飛び去り、紫に尻尾を掴まれたまま、見送った。

 

 

「あの狐、確信犯だろ……で、話せば放してくれるんだな?」

 

「あら? 私が疑っているのかしら? 私は約束を守る妖怪として有名なのよ?」

 

 

 ───胡散臭過ぎる……詐欺師もこんな感じなのだろうか? まあ、今の俺には従うしか選択肢がないのだが……。

 

 

「まあ、本当に放してくれるならいい。 でも、俺が話すのは、あんたが知りたい事だけだ。 無駄に過去を話すつもりはないし、何より今は時間が惜しい」

 

「過去の話はまた今度で構わないわ。 そして、条件もそれでいい。 今、私が知りたい事は今のあなたについてだから」

 

「はあ? さっきその話を続けたらって言って「私の知りたいことはね……」

 

 

 紫は柊の話を遮るように話し始める。 その時には柊の尻尾から手を放し、扇子を取り出して口元を隠すように開く。

 

 

「今、あなたは“何人”いるのかしら?」

 

「……え?」

 

 

 紫の質問の意味が分からず、俺は少し思考が停止した。

 

 ───今の俺が“何人”いるのか? そんなの当然、この世にもあの世にもどんな世界にも一人に決まってる。 ……もしかして竜胆も俺だと思っているのか? 竜胆は俺じゃなくて俺の妹であり、仮に竜胆が俺だとして今の俺は誰になる? ……ダメだ、もう頭がこんがらがってきた、意味が分からん。 今、思ってることだけを話そう。

 

 

「俺は一人に決まってるだろ? 竜胆は俺じゃなくて俺の妹だぞ?」

 

「あら、私の言い方が悪かったわね」

 

 

 紫はそう言いながらも口元を扇子で隠しているが、柊の目からは目元は笑っているよう見えたが、それも束の間、次に紫が口を開いた時には、ピシャンっ!と音を立てて扇子を閉じ、体を突き刺すような冷たくも鋭い目で柊を見つめていた。

 

 

「今のあなたの中には“何人”いるのかしら?」

 

「ッ!? ……『あなたの中には』ってどういうことだ? 俺が子供を身籠ってるとでも言いてぇのか! それとも俺が柊じゃないとでも言いてぇのか! これに関してどう言われても、さっきの答えと変わらねぇぞ。 俺は俺一人だッ!」

 

 

 紫の態度と空気は急変し、たちまち周辺には張り積めるような空気が充満し、一度は止まっていた冷や汗が流れ出し、一瞬、気後れした。 それでも俺は引かず、俺の思ってることだけを口にし、さっと立ち上がる。 その時、立ち眩みをしたのか少し目眩と気だるさを感じて、身体がよろける。

 

 

「……あら、少し話が長かったかしら? まあ、あなたがそう思うなら“今の”あなたはそうなんでしょうね。 じゃあ、約束通り、もう行ってもいいわよ。 私も少し散歩をしたら帰るから」

 

「そういえば……いや、今はどうでもいいな」

 

 

 紫がそう言うと張り積めるような空気はなくなり、また笑みを浮かべていた。

 柊はそれを見て、何か口にしようとしたが、ボソッと独り言を溢して、紫に背を向け、赤い館の入り口へと走り出す。 紫はそんな柊を見送り、柊が館内へ侵入してから暫くして情報を整理するように一人で話し始めた。

 

 

「……本人は自覚してないけど、確かに天魔の言う通り、彼女の中には何人かいるみたいね。 見えたのは大体、本人含めて四人くらいだけど……まあ、一人だけなら境界から見えそうだったし、この異変で片鱗くらいは見えるかしら♪」

 

 

 そう言うと上機嫌な紫は、現れた時と同じように無数の目のあるスキマに姿を隠した。

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