――――ウッドワス――ウッドワス――。
それは愚か者の名前。
それは裏切り者の名前。
信じるべき御方を信じられず。
その深き愛に気づく事もできず。
怒りと憎しみに狂乱し、野生に流される獣。
そのような愚か者に存在価値はなく、もはや誰に必要とされる事もなく。
ただただ己の罪にまみれて曇って消え去った。
《……まったく、あれほど苦労して礼節を身につけたというのに、愚か者め》
――――愚か者。
――――愚か者のウッドワス。
「――――告げる」
存在価値はなく――。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
誰に必要とされる事もなく――。
「汝三大の言霊を纏う七天」
罪にまみれて曇って消え去った――。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
愚か者――――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
汎人類史。
カルデア。
マスター。
サーヴァント。
令呪。
2017年。
歴史。
文化。
知識。
知識。知識。知識。
知識知識知識知識知識知識知識。
なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。
入ってくる。知識が入ってくる。
この時代に必要な知識が入ってくる。
この世界に必要な知識が入ってくる。
そして。
――――自分の機能が削ぎ落とされていく。
――――自分の霊基が構成されていく。
こ、れ、は……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「よし、召喚成功! この反応はキャスター……ん? なんか
眩き光が全身を包み、仮初の肉体となって顕現していく。
大量の知識をぶち込まれた意識が意識が覚醒し、現状を正しく理解させる。
「…………って、えぇえぇぇぇ!? こ、この霊基反応は……!!」
「…………喚き散らしたいのはこちらだ。なぜ、私が、
ノウム・カルデア。
白紙化された地球上で、新たに獲得したカルデアの拠点。
ベリル・ガットの与太話の数々を目の当たりにしながら、私は憎々しげに牙を噛み締めた。
私は召喚されたのだ、汎人類史にサーヴァントとして。
あの戦場でついた傷はもはや無く、ベリル・ガットと妖精騎士トリスタンにつけられた傷もまた存在しない。戦場に立つために脱ぎ去ってしまった紫紺の背広も完全に復元され、紳士然とした佇まいを取り戻している。
目の前には確かにあの時あの場所で戦った異邦の魔術師と、その仲間らしき連中が自分を囲んでいる。その中にはあの戦場で相見えた亜麻色の髪の小娘もいた。さっきから騒いでいたのはその小娘であり、今も酷く狼狽している。
そんな中、恰幅のいい金髪の人間が興味深げに呟く。
「むっ……明らかに汎人類史のサーヴァントではないな。第六異聞帯の現地協力者がまたもや不可思議な理由で縁故召喚をされたのか? いやしかしこんなモフモフな協力者、報告書にいただろうか……」
金髪の人間の手前に、亜麻色の小娘がかばうようにして前に出る。
「報告書にはちゃんと書いてあるよ。――――ウッドワス。牙の氏族の長で、オックスフォードの領主。ロンディニウム防衛戦で戦った、規格外の力を持つ妖精さ」
「ああ、総掛かりでもまったく歯が立たず全滅しかけたという……って、敵ではないかー!? 何度目かねこれ!?」
金髪の人間が顔面を蒼白にして素っ頓狂な悲鳴を上げる。――なんと、品のない。
「い、いやしかし、こうして召喚に応じたという事は、
と、金髪の男に話題を振られたのは異邦の魔術師――我がマスター。
…………マスター? この人間が? 私の?
予言の子と結託し、女王陛下に牙を剥いたこの者が?
女王陛下に永久の忠誠を尽くすこの私を、奴隷として扱うというのか?
「……ふざけるなよ、人間ども」
怒りが、私の心を塗りつぶしていく。――――前にも、こんな、ことが。
獣の気性が荒ぶっていく。――――そうして、私は、なにを。
「――――ッ! マスター!」
魔術師の周りにいた人間のうちの一人、薄紫の髪の少女が一瞬にして黒い鎧と大盾を出現させ、私と魔術師の間に割って入る。
亜麻色髪の小娘も慌てて何事かを叫び、金髪の肥満体は腰を抜かしてその場にへたり込む。
「ふぅぅぅぅぅぅ――――あああああああああああああああ!!」
本能が叫び狂う。
叫び狂うまま咆哮する。
いいだろうやってやる。今度こそ殺してやる。今度こそ、今度こそ――。
「――――ガッ!?」
しかし、燃え盛る魔力が突如機能不全に陥る。
いや違う、限界を迎えたのだ。
サーヴァント。霊基。能力。劣化。
召喚時に刻み込まれた知識が惨めなる解答をもたらした。
――――弱い。この霊基はあまりにも弱い。
亜鈴たる私の力を再現できる器ではないのだ。
なんたる屈辱、なんたる汚辱。
誉れ高き亜鈴である我が身を、このような形で穢すか、カルデア!!
こちらが貧弱な器以上の出力を発揮しようとして自滅したのを、魔術師どもは正しく観測した。奴らは警戒を解かない、だが恐怖が薄らいでいく。この私を、亜鈴たる私を、人間の分際で恐れぬだと……? 恐れる必要もない飼い犬に貶めたと、いうのか?
「許せぬ……許せぬぞ、人間……! 何としても! 貴様ら一匹残らず、今度こそ――」
その時、トラブルを察知したのか部屋の奥の扉が左右に開いた。
「殺し――――」
そこに、いたのは。
「聞き覚えのある声がすると思えば、お前もカルデアに来たのか、ウッドワス」
愚か者の毛並みを撫でてくれた、愛深き女王陛下――モルガン様がいた。
カルデアの、サーヴァントという身分にその身をやつして。
「あっ、ああ……あああああっ…………」
我が爪に蘇る――肉の感触、血の感触。
我が瞳に蘇る――悔恨の涙、滲む視界。
心にヒビが入るのを自覚した。
ああ、そうだ、私は、私は、あろう事か、あろう事かこの御方を疑い、憎み――。
「さすがはマスター。我が妖精國における最大の忠臣を召喚するとは」
――――――――忠臣。
――――馬鹿な、これは聞き違いか?
女王陛下のお言葉を聞き違えたというのか?
忠臣などと、そのようなお言葉、私に向けられるなど、あっては――――。
「伴侶として私も鼻が高い」
――――――――伴侶。
――――馬鹿な、これは聞き違いか?
女王陛下のお言葉を聞き違えたというのか?
伴侶などと、そのようなお言葉、まさかベリル・ガットもここに――――?
誇らしげな陛下の眼差しは私に向けられていた。
呆然と、私も陛下の輝く瞳を見つめ返す。
すると唇をわずかに綻ばせて、その喜びを共有しようとするかのように、他の誰かに視線を向けて――――視線を追いかけてみれば――――異邦の魔術師の困り顔。
「…………………………………………」
伴侶?
誰が?
ベリル・ガットではなく?
いや、ベリル・ガットでも許せなかったが…………。
これが伴侶? これが?
藤丸立香です、よろしく――などと、マスターとして私を召喚したその人間は頭を下げた。
不遜にもマスターを名乗る側の人間がだ。
これが、こんな人間が私のマスターであり、モルガン陛下の伴侶であると?
我が牙の氏族の変わり種、レッドラ・ビットより
「ブヒヒン! 何やら騒がしいですがトラブルですか?」
……………………モルガン様を追うように、ドアから新たにレッドラ・ビットが入ってきた。
「おや、新しいサーヴァントが召喚されたようですね。しかも我々人間の英霊とは毛色の違うモフモフ系サーヴァントですか。アレやりましたか? ほらアレ、問おう――って奴。おっと失礼ご挨拶が遅れました。私は呂布奉先、天下の飛将軍です。今後ともヨロシク」
………………いや…………これは…………。
「何を言っているのだ、レッドラ・ビット」
「レッド・ラビット……? おお、我が愛馬、赤兎のニックネームをお考えになってくださったので? 絆レベルが低いうちからフレンドリーなサーヴァント。分かってます。こういう御仁に限って実は絆を深めるのが意外と大変。ですが心配無用、この呂布が力となりましょう、その美しき毛並みに敬意を抱かずにはおられぬため。ヒヒン!」
…………これは……なんだ?
元から
当惑をあらわに周囲を見渡せば、大半の人間は同じように当惑の色を浮かべていた。うむ、やはりおかしいのはレッドラ・ビットの方なのだ。
なのに異邦の魔術師と亜麻色の髪の小娘は、苦笑を浮かべながらもどこか嬉しそうにしている。頭がおかしいのか? なお、モルガン陛下はレッドラ・ビット如きに興味はないのか平然としていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
つまりどういう事かというと……。
…………………………。
………………。
…………。
どういう事なのだ!?
どういう!
事なのだ!?
私は愚か者だ。あれほど深き愛を、言われなければ理解する事もできず、その愛を裏切ったどうしようもない愚か者だ。
だが――しかし――それでも――。
この奇っ怪な状況についていけないのは、断じて、私が愚か者である事とは無関係のはずだ。
モルガン(来た! ウッドワス来た! メインモフモフ来た! これで勝つる!)