ああ、オーロラ。
風の氏族の長、麗しきオーロラよ。
まさか妖精國を簒奪せんとするスプリガンの謀略に巻き込まれ、私に誤った入れ知恵をする片棒を担がされてしまっていたとは、なんと不憫な事か。
正しく妖精國の未来を憂い、私の身を心から案じ、私と同じく女王陛下への疑心を植えつけられてしまった彼女が、異聞帯の切除に至るまでどのような残酷な道を歩んだのか……想像するだけで胸が苦しくなる。
君の事だ。私同様、陛下を疑ってしまった後悔は胸が張り裂けるほどの絶望だっただろう。
我ら牙の氏族、そして偉大なる陛下なくして厄災にさいなまれる恐怖など計り知れない。
それでも君は氏族のため、ソールズベリーの民を護るため、最後の最後まで麗しき献身を貫いた事は想像に難くない。
――――願わくば、君の最後が安らかなものであった事を祈る。
「そう思わぬか! 妖精騎士ランスロット、いや……メリュジーヌよ」
「――――――――ソウダネ」
我々が今、オーロラの思い出に浸っているのはノウム・カルデアの食堂である。
だだっ広い部屋に白いテーブルを規則的に並べた、効率性重視の無機質な場。私が血道を上げて作らせたレストラン街に比べればまったくもって品位に欠ける。
他の席でも品性のない声色で騒いでいるサーヴァントが多数見受けられた。
そんな中、一人で静かに紅茶を飲んでいた妖精騎士ランスロット――今はメリュジーヌとしてカルデアに馴染んでいる少女を見つけ、なんの気まぐれか私は声をかけてしまった。
彼女はオーロラに仕えてきた騎士だ。故に、オーロラのその後の話題はつらく苦しいものだったのだろう。その表情は悲痛の一言に尽きる。しかし、そのような想いを共有できる相手はそう多くなかろう。
ガウェイン、もといバーゲストはオーロラとさして交流があった訳でなく、トリスタン、もといバーヴァン・シーはオーロラを侮蔑する始末なのだから。
ああ、オーロラよ……麗しきオーロラよ……。
私は不甲斐なき臣下であったが、君は臣下に恵まれていたのだな……。
それなのに私は、レッドラ・ビットなどという
しかし結果として、奴は個人の独断によって予言の子へと寝返り、あろう事かこの私に歯向かってきたのだ!
いや、もしかしたらそれすらもスプリガンの綿密な謀略によるものかもしれない。
「クッ――私ともあろうものが、スプリガンのような青二才に踊らされ、陛下も、オーロラも、誰も護れなかったとは……なんたる醜態……」
「――――――――ソウダネ」
「挙げ句!
「――――――――ソウダネ」
「…………妖精騎士は好かん。だが、
「――――――――アリガトウ」
オーロラがどのような結末を迎えたのかを思い返しているのだろう、メリュジーヌの表情は完全に死んでしまっている。
いったいどのような結末だったのか――それを知りたい気持ちと知りたくない気持ちがせめぎ合い、それをこの者に口にさせる胸苦しさを想像すると、追求は出来なかった。
私は…………私は取り返しのつかない失態を犯した。
しかし……かつて翅の氏族を滅ぼした時のように……私は自省し、改めようという心がある。
なかなか上手く行かず野生に身を委ねる事もあったが、ああ、オーロラの前では実に快く紳士として振る舞う事が出来た。
「…………フッ。こんな場所だからだろうか、以前、オーロラに誘われてレストランに行った時の事を思い出すよ。……その間にノリッジを落とされてしまったがな……。もしかしたらあれもスプリガンの謀略だったのかもしれん。オーロラが私のためにと抑え込んだ恋心を、奴が私欲のために後押しして…………どう思う、メリュジーヌ」
メリュジーヌはうつむき、わずかに震えたのち、顔を上げた。
口元だけに微笑を浮かべ、凄い勢いで首を回し、壁にかけられた時計を見る。
「――――おっと! そろそろパーシヴァルとの約束の時間だ。約束があったんだ、うん、絶対に待ち合わせをしていたはずだ。僕はそろそろ失礼するよ」
「パーシヴァル? …………ああ、汎人類史にもいるのだったな。だが、それは我々の知るあの小僧ではあるまい」
「……分かっているよ。でも、きっと、魂の色は変わらないのだと思う」
「魂の色……?」
「モルガン陛下も、こちらで会った汎人類史の妖精相手にそんなような事を言っていたよ」
「……………………そうか」
汎人類史の妖精というと、以前食堂で茶を共にしていたあの小さい奴だろうか。
だがこのウッドワス、1000年も陛下に仕えてきていながら、あのような妖精を見た覚えがない。とすると先代ライネック公の時代の臣下に、あのような者がいたのやもしれぬ。
…………私は、私が思うより陛下の事を知らぬのだな。
「それじゃあ僕はこれで。……ああ、それと、よかったらここの料理を一度は食べてみるといい。不要だからと、まだ食べた事がないんだろう? すでに食事時は過ぎてるけど、諸事情で食事が遅れる人もいるから、今からでも頼めば何か作ってもらえるはずだよ」
「…………そうか」
食文化とは人間の模倣、汎人類史の積み上げた食事こそ本道――その理屈は、忌々しいが理解できる。しかし私とて美食家として名を馳せた者。レストラン街を築き上げた長。
人間どものサーヴァントが厨房に立つ食堂の料理など、たかが知れている。
それでもかつてオーロラを愛した者同士のよしみで、私はカウンターに向かってしまった。
「――――おや、君が例の新人か。聞けば自分の街でレストラン街を経営していたとか」
褐色の肌に白髪の髪の男が、皿を洗いながら微笑を浮かべて応対する。
名前など知らない。知る必要もない。馴れ合う気がないのだから。
「フンッ、矮小かつ品位に欠ける食堂ではあるが、料理とは本来人間の文化とも理解している。この私の口に合うものを出せるというなら出してもらおうか」
「無論、出すとも。どのような料理がお好みかな? 東洋料理には馴染みがないだろうし、西洋料理にすべきか。しかしすまないが、君はだいぶ出遅れてしまっている。良い肉が入っていたのだがすでに食べ尽くされてしまっていてね、余り物が中心の野菜料理が多くなるが構わないか?」
「私は菜食派だ」
軽快に語っていた男が、わずかに目を丸くする。
牙の氏族である私の顔を見、獣の風体から生粋の肉食派だとでも想像していたのだろう。
しかし私が着こなす風雅な背広姿を見ると、紳士然とした礼節気品オーラを感じ取り得心がいったらしく、笑みを浮かべて頷いた。
「了解した。カルデアには菜食主義の者も多い、腕によりをかけよう」
「――――サラダだ。新鮮なサラダもつけろ」
そう付け加えて、私は踵を返して元いた席に戻ると、食堂の喧騒に身を浸す。
まったく、これでは場末の酒場のようではないか。牙の氏族の者とて、私の政策によりテーブルマナーというものを身につけつつあったというのに。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「妖精騎士ガウェイン、バーゲスト! 彼女は実に素晴らしい。あのパワフルでダイナミックな肉体、まさに感服の極み! 相対した時、思わず息を呑んでしまいました。高潔な騎士でありながら貞淑さも兼ね備えており、是非とも良き関係を築きたい!」
「妖精騎士ランスロット、メリュジーヌ……幼いながらもなんと可憐な少女か。あの清廉さ、成長したらさぞ美しくなるだろう。…………ところで、私はどう接すればいいのだろう。だ、第二の娘……とか? 思ってしまってもいいのだろうか! 卿ら、どうだろう」
「私は悲しい…………妖精騎士トリスタン、真名をバーヴァン・シー……あの少女だけ毛色が違いすぎませんか? この間も私に向かって酷い暴言を…………。あの豊満なスタイルは実に私好みですが、ご婦人の相手をしていて、これほど憂鬱な気持ちになるなど……私は悲しい……」
妖精騎士の話題か。汎人類史の円卓の騎士を着名するという特殊な行為によって縁を紡いだ小娘達で盛り上がっているのは三人の、騎士風の男だ。
騎士――だというのに、なんだあれは。品性がない。汎人類史は品位という概念が薄い世界なのか? 騎士ならばパーシヴァルのように真っ直ぐとした身心を持つべきなのだ。
そういえば、汎人類史のパーシヴァルも本来の円卓の騎士の一員だったな。ならば、あそこで騒いでいる騎士どもは三流の騎士であり、パーシヴァルの同輩である円卓の騎士こそこの世界における一流の騎士となるのだろう。うむ。そうに違いない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「イリヤ……大丈夫?」
「ううっ……ピーマン……なんでサラダにピーマンが入ってたのー……?」
「まったく、お子ちゃまねぇ」
また別のテーブルでは、人間で言う10歳かそこらの小娘が三人集まっており、銀色の髪に白い肌の小娘がテーブルに突っ伏していた。それを黒髪の小娘が気遣い、銀髪に褐色の肌の小娘が呆れているように見える。
「ピーマンが入ってるなら別のメニューを頼んだのに……」
「でも、イリヤは居残りしてまで残さず食べた。偉い。明日はタケノコご飯と焼き鳥だから、元気出して。エミヤさんとキャットさんが腕を振るうって張り切ってた」
「もー。美遊はイリヤを甘やかしすぎ」
フンッ、サラダへの文句か。察するにカルデアのサラダは相当質が悪いと見える。
これはこれは、食す前から程度が知れてしまったかな?
「あーあ、もしわたしがマスターになったら、ピーマンを代わりに食べてくれるサーヴァントを召喚しちゃうのになぁ」
「その時は盛大に笑って上げるわ、妹の情けなさをね」
「クロ。好き嫌いなんて誰にでもある」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
チラリとキッチンを見やると、先程の褐色白髪のキッチン担当サーヴァントが、作業の手を止めて聞き耳を立てていた。表情が厳しくなってさえいる。
「むう……生ピーマンはまだ無理だったか。いつぞやのサマーキャンプのように、カロリーたっぷりのピザに細く刻んだピーマンを混ぜるなどすれば、恐らく食べられるはずだ。まずその辺りから慣れさせて好き嫌いを克服…………」
フッ、料理中に雑念に囚われるとは。
すでに料理人の程度さえも知れてしまったな、汎人類史!
と、そこに小太りな金髪の人間がやって来て、雑念料理人に声をかけた。
「やれやれ……所長として見事に立派に仕事をこなしていたせいで、こんなにも遅れてしまった。おい、今から作れるメニューは何が残っているかね? 無論キュケオーン以外で」
「やあ、ゴルドルフ所長か。お疲れ様。すまないがすでに肉は素材を切らしていてね、今日は菜食料理でいいかな? 前々から思っていたが、あなたはカロリーを摂取しすぎだ。たまにはヘルシー路線もいいと思うのだがね」
「フンッ、そのような正論に屈するゴルドルフではないわ。良いか、食事とは肉体だけでなく精神まで充足させてこそ一流なのだ。私の腹はジューシーで食いごたえのあるものを求めておる」
「――――では、植物油を使った豆腐ステーキなどどうだろうか。お望み通りジューシーだ」
…………トーフ………………?
ステーキは、菜食を良しとするオックスフォードのレストラン街には置いてないが、肉を切り取り味付けをして焼いた料理だ。しかしトーフとは聞いた事がなく、肉料理のステーキでありながら今日はもう肉が尽きているという。ならばトーフは肉ではないなんらかの代用品であるはずだ。
……まあ、いい。私が召喚された時に腰を抜かしていたあの金髪、ゴルドルフとかいう、格好だけでもっとも品位にかける偉そうな男の事なぞどうでもいい。
真の紳士たる私は風雅なテーブルマナーでカルデアの料理を食してやろう。
そして私のレストラン街が負けていなかった事を汎人類史に対して証明してやる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
薄いパンを折りたたんで野菜を載せた物、とろみのある黄色いスープ、奇妙な四角いものを焼いた……なんだこれは?
そしてドレッシングのかかったサラダ。
――――粗食、とは
すでに食事時を過ぎ、残った食材で野菜料理を要求されたのだ。レパートリーが貧しくなるのは道理である。そのマイナスには目を瞑ってやろう。あくまでもフェアに評価してやる。
「夏野菜のガレット、コーンポタージュスープ、豆腐ステーキ。そしてリクエスト通り新鮮なサラダを用意した。足りなければ言ってくれたまえ。おかわりならすぐ用意できる。ただニンジンは品切れだ。先程、とあるサーヴァントに食べつくされてしまってね」
褐色白髪男の言葉には親切心が含まれていたが、私はそれを受け取る気はなかった。
「不要だ。これはあくまで汎人類史の料理を試すためのものでしかない」
コース料理でないなら、食べる順番はそう気を遣わずともよかろう。とりあえずスプーンを手に取り、手前から奥に向けてスープをすくい、こぼさぬよう慎重な所作で口元へ運びつつ、口との距離を縮めるためわずかに前のめりになり、音を立てずスッと口の中に流し込む。
…………ほう。なるほど、料理の本道を行くというのは伊達ではないようだな。見事な火加減で丁寧に煮込んでいるのだろう、素材の味がよく引き出されている。トロリとした舌触りも実に心地よい。
――――だが。
ガレットとかいうパンは手掴みでよい。しかし獣のように鷲掴みにするのではない、指先で軽やかに掴むのだ。
牙でむしり取ると、なるほど、そこらの妖精の力で作り出したパンとは違い、コムギからしっかりと練られた本物のパンではあるな。察するにノリッジでも使われていたソバコも入っている。野菜のトッピングもよく合っている。
――――だが。
サラダを食べようかとも思ったが、これは結論だ。私の考えに決定打を与える料理だ。
故に、あえて、後回しにして四角い焼き物――トーフステーキ――をナイフとフォークで切り分ける。この時、ナイフが皿に当たって音が立たないよう慎重に丁寧に切るのがコツだ。その難事を見事に果たし、油がしたたらぬようわずかに姿勢を前のめりにして料理を口にする。
――まるで、肉のようにジューシーな食感。肉のようで肉ではないこの奇妙なもの……トーフとやらを植物油でステーキ風に焼き上げたと。
なるほど、認めてもよい。
これがオックスフォードにあれば、肉料理から野菜料理へと変遷させる合間、クッションとして挟んでやればスムーズに野菜料理を広める事ができたかもしれない。
「良い出来だ。――――だが」
答えは得た――――これが汎人類史か。
「素材が悪い」
端的に切り捨てる、この場にある料理の欠点を。
「余り物の食材だから、という意味ではない。もっと根本的な話だ」
「自給自足用の畑もあるが、常に新鮮な野菜をとはいかぬのが我々の現状だ。冷蔵技術が進歩していても限度というものはある」
「根本的と言っただろう。新鮮かどうかではなく、野菜の質そのものが粗悪なのだ。薄いと言ってもいい。これでは食った気にならんな」
「――――そうか、
「御託は結構。一応、貴様らの技術は称賛しよう。――――だが、
勝ち誇った笑みを浮かべながら、私は食事を再開した。
予想以上の健闘を果たしたようだが、やはり私は間違っていなかった。私のレストラン街はこんな連中に負けはしない!
「はーい、所長さんお待たせ~」
「うむ、ご苦労。――――肉がもうないとは聞いていたが、このガレット、卵もないのだが?」
「あははー、ごめんね。野菜だけのガレットを作ってたから、つい」
向こうの席で、赤い髪の女が、先の金髪小太り……ゴルドルフの元に、こちらと同じメニューの料理を配膳していた。
ゴルドルフは手慣れた様子で首元にナプキンをつけると、手慣れた所作でナイフとフォークを手に取り――――!?
「なっ!?」
私は戦慄した。奴は自然体でトーフステーキをナイフで切っている。そう、自然体でだ。そうするのが当然であるという所作で行い、それでいてナイフが食器にカチンと当たって音が鳴る――などという失態を犯す事もない。
切り取ったトーフステーキを口に運ぶ際――彼の背筋は柱のように真っ直ぐ立っていた。
私は、私は、油がしたたらぬようにと、食器と口の距離を縮めるべく、わずかに前のめりになっていたというのに!!
「うむうむ、実にジューシー。たかが豆腐と侮っていたが、これなら花丸を与えてもよい」
そしてとても……見るだけで心が和むような、晴れやかな笑顔が花開いた。
それは共に食事をする者を幸せにする行為であり、オーロラとの数少ない会食の機を思い出す。
なんと……なんと美しいのだ、あの男は。
それからも彼は完璧な作法でガレットを、スープを、そしてサラダを食していった。
腹が空いていたのか手の動きは素早かったが、一切の乱れを感じず、身心の根底にまで根付いた徹底的なテーブルマナーというものを感じ取らずにはいられなかった。
――――――――風雅。
まさにそう表現するに相応しい光景が、そこにはあった。
私はみずからのテーブルマナーなど忘却し、呆然と、ゴルドルフの作法に魅入っていた。
これが――――これがテーブルマナーの本道、汎人類史なのか――。
私は恥ずかしさのあまり、わずかに身体を震わせる。
私が馬鹿にしていたものは、私よりずっと美しく、気高く、洗練されたものだった。
私はなんと愚かなのだ!
愚か者のウッドワス。テーブルマナーにあぐらをかいていたウッドワス。
私は私にできる最高のパフォーマンスを発揮した。かつてボガードとテーブルマナー対決をした際、奴は最後の最後に失敗した。所詮は獣と笑ってやった。しかし今度は、あの時より研鑽を積んだ私のテーブルマナーが純粋に完敗したのだ。
私は……私は自分が、情けない…………!!
「…………あー……ウッドワスだったか? 口に合わないなら残しても構わんが、このままでは冷めてしまうぞ」
「あっ、ああ……すまぬ、そうだ……食べねば…………このように、中途半端に食い散らかして残すなど……マナーに反する……反するのだ……」
そうして私は、食事を再開した。
勝利を確信し、劣っていると断定したはずのそれらは、なぜか風雅な味がした。
ああ、そうか――――。
私はこれらの料理を"劣っている"と断定するために食べた。
そのような曇った心根で公平を気取っていたのだ。
それが――舌を鈍らせた。
確かに素材の味は我らがブリテンの圧勝と言える。そこに間違いはない。
だがこの料理に込められた手間暇と工夫、研鑽――それらを正しく評価できていたであろうか?
否。否。否。断じて否。
剥き出しの心で味わえばこれらの料理――――。
十分!
美味いではないか!
だというのに私はまた、過ちを犯さんとしていた。
ああ、真のテーブルマナーを目撃した感動が、この味を与えているのか。
「…………フン、前言は撤回してやる。汎人類史の料理も捨てたものではないとな」
「――――それは結構」
褐色白髪の男はわずかに口角を上げると、軽やかな足取りでキッチンへと戻っていく。
こうして私とゴルドルフは離れた席でテーブルマナーを守りながら静かに食事を続けた。
――――――実に、風雅なり――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「しかしやはり菜食料理だけというのは寂しいな……よし、今夜も夜食の盗み食いだ! 卵はあるようだし、ふわっふわのオムレツにケチャップたっぷりといこうじゃないか。フハハハハ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日のカルデアで、廊下の向こうからゴルドルフとダ・ヴィンチが歩いてくるところに出くわした。ダ・ヴィンチはギョッとして身をすくませ、ゴルドルフも顔を青ざめさせて立ち止まる。
――――私は彼らの前まで行くと、胸に手を当てて一礼した後、その横を通り過ぎた。
すると背後から慌ただしい声が聞こえてくる。
「ちょっ……なにあれなにあれ!? ゴルドルフくん、ウッドワスに何かしたの!?」
「し、知らん! カルボナーラを振る舞ったり、ふわふわ焼き立てパンを差し入れた覚えもない! そっちこそ何か心当たりはないのかね君ィ」
「ないよぉ! ブリテン異聞帯関係者以外にはまったく関わろうとしなかったウッドワスが、なんでゴルドルフくんにお辞儀なんてしたのさー!?」
――――――フッ。あの完璧なテーブルマナーは、誇るものではなく、当然の嗜みとして身についているという訳か。彼は私のように着飾る必要などないのだ。
だが勘違いするなよ、貴様を認めた訳ではないぞ。
礼節を払う者に対し礼節を払わぬのは、みずからの礼節を傷つけてしまうからにすぎぬ。
本当にそれだけの理由だ。それだけだからな。
それでも――――貴様が風雅である事実は受け入れよう。ゴルドルフ。
モルガン(一生懸命テーブルマナー身につけたウッドワス偉い)
トゥールIV(テーブルマナーは徹底的に仕込みましたが、食い意地は矯正不能でした…………)