料理を手掴みでむさぼり食うのは獣の所業。
とはいえ、パンのように手掴みで食べる料理もまた存在する。
テーブルマナーとは奥深いものだ。
…………。
……………………。
…………………………種火とやらは、どう食べるのが作法なのだ?
私に大量の種火を押しつけてきた藤丸立香はやり遂げたとばかりに笑っている。
しかも、まだ足りないからまた頑張ってくるなどと言っている。
とても食べ方を聞く雰囲気ではなく、私は種火を持って自室へと戻った。
それにしても奇妙な形だ。食べ物というより星型に彫刻された芸術品の類に見える。こう、オーロラの部屋にインテリアとして飾ってありそうなデザインというか。
さて…………ここならば誰の目もない。それこそ手を使わず皿の上の種火に喰らいついたとしても、誰に見咎められる事もない。だがそのようなアンチマナーフェスティバルを開催するなど我が誇りにかけて絶対にありえぬ。
食べ方としては、ナイフとフォークで切り取れそうでもあり……パンのように手掴みでもよさそうであり……いやそもそもこのまま食べるものなのか? 煮込んで溶かしてスープにしてスプーンを使うのは? それとも箸とかいう棒っ切れで挟み取って?
こうなったら調べるしかない。カルデアに召喚された際、機械コンピューターの知識も多少はインストールされている。専門作業は無理だが簡単な検索くらいは出来るはずだ。幸いコンソールは自室にもついている。
さっそく検索。
種火 食べ方
…………手掴み派が多いようだが、調理して食べているという情報も出てくる。聖杯に山盛りして一気食い? マナーを守らず好き勝手食べている連中が悪目立ちしているだけなのか、それとも本当に自由な食べ方を選んでいいのか……。
いっそ食堂に持ち込んで料理してくれと注文してしまえば……いやしかし変な目で見られるかもしれないな…………。
………………………………………………。
…………………………………………。
……………………………………。
…………フォークでいいか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
シミュレーターの中で私は白銀の体毛をあらわにしながら地を蹴り、爪を振るい、魔力を放つ。
――――なるほど。生前には程遠いが、脆弱な霊基が拡大されている。
シグルドの握る魔剣と私の爪がぶつかり合い、甲高い音を立てた。その衝撃によってシグルドが一歩後退する間に、私は俊足を活かしてその背後に回り込む。がら空きの背中を殴りつけ――――いや手のひらで突き飛ばしてやろうとする。
――――が、シグルドは戦士。視界外へと飛び出した私の攻撃を正確に予測し、即座に振り向きざまの斬撃を繰り出してくる。
またもや爪と魔剣が激突し、甲高い音が響き渡った――――。
「さすがは牙の氏族、亜鈴。見事な腕であると感服した」
「フン。手を抜いての世辞などやめろ」
脱ぎ去っていた紫紺の背広は我が霊衣であり、戦闘を終えればすぐに出現させて紳士然とした装いに戻る事ができる。――これは、妖精であった頃より便利になった事柄のひとつだ。
しかし不快である。手合わせの内容、そのすべてがだ。
「手を抜いたつもりはない。だが、友の不調を感じ取ってはあのようにもなる」
「…………慣れんな、サーヴァントの肉体とやらは。お前も生前よりは劣化していよう。他の連中もそうであるはずだ。なぜ我慢できる」
生前より強くなっているサーヴァントもいるらしいが、それはこの際どうでもいい。
私の問いに、シグルドは迷いなく答える。
「サーヴァントとはそういうものだ。しかしウッドワス、あなたの忠誠は未だ揺るいでいない。それは素晴らしい事だ。それほどまでに厚い忠義、向けられるモルガン殿は果報者である。しかしそれゆえ生前の立場に縛られ、サーヴァントという現状を受け入れられず、割り切る事ができないのではないか?」
「…………このような脆弱な霊基では、陛下の安寧をお守りする事も、大厄災のような脅威に立ち向かう事もできぬ」
「……どうだろう。一度、マスターと腰を据えて語らってみてはどうか? サーヴァントの力はマスターの信頼と密接に関係している。当方はマスターの剣として使命を果たせればそれでよいと心得ている」
「…………興が削がれた」
私は会話を打ち切り、シミュレーター室から立ち去ろうとした。
取り残されたシグルドは追ってくる事をせず、そして手合わせを見守っていたブリュンヒルデはそんなシグルドに寄り添い――――。
ある予感がしたので、少し急いでシミュレーターから退室する。おかげで、悲鳴の類は聞かずにすんだと確信した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブリュンヒルデは愛妻弁当を作っており、シミュレーター内でシグルドと食べる予定だと言っていた。まあ、食べる前に一騒動ありそうだが、それがあの夫婦の在り方ならば何も言うまい。
あのような狂気に振り回されても在り続けられる強さは、評価に値する。
以前の私ならそうでもなかったが――――狂気と野生に振り回されてしまった私にとって、あの二人の絆の強さはあまりにも眩しい。
そんな訳で、私は一人、昼時の食堂を訪れていた。
シグルドと友誼を結んでしまった身ではあるが、好き好んで汎人類史のサーヴァントと馴れ合う気はなく、誰かと席を共にする事はない。声をかけてくる変わり者のサーヴァントもいるが、適当にあしらっている。銀髪三人小娘などは私の毛並みに触れたがって厄介だ。
私も銀色の毛並みに自信を持っているが、汎人類史の銀髪どもはなぜどいつもこいつも節操がないのだろう。鬱陶しい。
いや、銀髪と言ってもブリュンヒルデのように貞淑で一途な者や、シトナイのように弁えている者もいるか……。
「すみません、ご一緒しても?」
「…………断る」
「まあまあ、そう言わず」
そしてこの日、一際鬱陶しい銀髪が相席を強行してきた。
私は不快さをあらわにし、それを明確に声色に載せて告げる。
「…………円卓なり、メリュジーヌなり、他に相手がいるだろう」
「たまにはいいではありませんか、見知らぬ者と気軽に語り合うというのも」
知らない男だ。
そう――――私はこんな男を知らない。
人間にしては背が高いが、私から見ればちっぽけな小僧。
知らない世界で生まれ育ち、知らない世界で人生をまっとうした、知らない男。
「私やハベトロット、ブリテン異聞帯の方々を一気に召喚してしまい、深刻な素材不足に陥っていたカルデアですが――――我々は努力家で頼もしいマスターに恵まれたようです。あなたの種火もようやく確保でき、不調もだいぶ改善されたと聞きますが」
「この霊基を限界まで満たしたとて、如何ほどの価値がある。陛下をお護りする牙はもはやかつての輝きを取り戻さぬのだ」
「磨き直せばいい。竜殺し殿と切磋琢磨していると聞き及んでおります」
「フンッ…………具合を試しているだけだ。それと、いい加減に黙れ、料理が冷める。口に物を入れたまま喋ろうものなら、貴様の料理に真っ赤な調味料を加えてやろう」
「ハッハッ。盛るのは大好きですが、トマトソースにケチャップは流石に盛りすぎです」
我々はトマトソースの生パスタを丁寧にフォークに巻き、一口で食べる。ズルズルとすするなど言語道断の食べ方だが、ワショクでは麺をすするのがマナーだと聞く。なのでワショクの麺料理は避けているのが現状だ。
先程の言葉が効いたのか、奴は山盛りのパスタを食べている間、しっかり黙り込んでくれた。
こちらも無闇に交わす言葉などない。トマトソースが口の周りにつかないよう細心の注意を払ってフォークを操る。ゆっくり丁寧にパスタを絡め取るのだ。勢いをつけてソースが服に飛んだりしたらたまったものではない。
合間にマッシュポテトも食べる。…………しかし、こいつ、なぜ、マッシュポテトをこんな山盛りにしているのだ? 通常の配膳の三倍くらいはあるぞ。芋が好きなのか?
「安心しました」
…………ジロリと目の前の男を見る。しっかりと口の中を空にし、水を飲んで洗い流してからお喋りを再開していた。だが付き合う気はない。私はパスタを口に運ぶ。
「カルデアには、気難しいだけでなく厄介な過去や問題を抱えたサーヴァントも珍しくないようです。それに比べれば、あなたは理性的だ」
「――――ッ!!」
理性を失った獣――――愚か者のウッドワス。
すでにお許しを得て、己の罪を認めた上でお仕え続ける覚悟もすませてある。
だが、知らない他人に触れられれば癪に障る。
目線をジロリからギロリに改めて睨みつけると、男は困ったようにほほ笑み返した。
「安心してください。メリュジーヌに慕われるのは嬉しく思いますし、他の妖精騎士もこちらで交友を広めつつあります。バーゲストはガウェイン卿と随分気が合うようですし、バーヴァン・シーもガラテアという友人が出来たり、ヴラド卿になにやら
フォークが止まる。
…………我々のブリテンはもはや過去。女王陛下は新しい居場所をお作りになられた。
私はその居場所に寄り添い、護っていればいい。輪の中に入る必要などないのだ。
「そしてその中心にいるのは――――」
「いや、口に入れたまま喋る以前に、食事中のお喋り自体がマナー違反とも言える。そうは思わんか? パーシヴァル」
いい加減うんざりしてきたので、左手の爪で傷をつけない程度にテーブルを叩いた。
コツンという音により、知らない男との会話は断絶し、相手より先に完食した私は空の皿を持って席を立つのだった。
最悪なのはその時だった。
私と同じタイミングで食器を返しに来た人間。藤丸立香がいた。
そいつは能天気極まりない態度で、このような妄言を吐き散らす。
――――少しずつカルデアに馴染めてるみたいで、安心した。
食事を終えた直後ではあるが、我が牙を赤く濡らしてやっても構わないとさえ思った。
だが一瞬、シグルドとブリュンヒルデの姿が浮かび、みずからの覇気が衰えていく。
『……どうだろう。一度、マスターと腰を据えて語らってみてはどうか?』
馬鹿を言うなシグルド。
貴様のような愛深き戦士ならばともかく、こんな人間の相手など苛立ちしか募らぬわ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
モルガン陛下のライフスタイル、というものもだいぶ把握できた。
ブリテンを統べる女王という重責を背負っておられぬせいか、以前より気安い御方になられたように思う。実際、口数もだいぶ増えている。
食事は概ね妖精國の誰か、あるいはハベトロットがご一緒する。
多忙な藤丸立香の時間が空いている時は伴侶として何か誘いに行く事がある。
ハベトロットとはアフタヌーンティーをよくすごす。
アルトリアなる氏族とは険悪極まりない関係であり、セイバーでもオルタでもランサーでもアサシンでも知った事かとばかりに顔を合わすたび口論の日々だ。――――汎人類史において深い因縁があり、陛下は汎人類史の知識までをも有した賢者であられる。それゆえ、だ。
汎人類史の円卓の騎士には、汎人類史のモルガン様のご子息、ご息女がおられるようだが――陛下は特に深く関わる必要がないようだ。
「トーゼンじゃない。お母様の娘は、私だけなんだから」
とはバーヴァン・シーの弁。それを肯定するかのように、妖精國でいた頃以上に陛下はあの小娘を可愛がっておられる。
バーサーカークラスなど全員解雇しろと常々言っておられるのに、バーヴァン・シーがバーサーカークラスのサーヴァントと、特にガラテアなる者と親しくしている事には何も仰らない。
口さがない者(アルトリアの氏族の赤くてがさつな奴)は「ダブルスタンダードかよ」と呆れていたが、法は陛下が定めるものであり、その陛下が許容しているのだからありがたく慈悲を受け入れればいいのだ! 変に疑っては駄目だ! 疑ってしまったばかりに私は――――!!
私はというと、概ね暇を持て余している。
女王陛下の護衛としてお側にいようにも、プライベートの時間を多く持つようになられた今では小間使いの真似事しかできないし、私に見張られながらのアフタヌーンティーなどリラックスできまい。――陛下のお側を離れる事は多い。
妖精騎士であったバーゲストとは、たまに近況報告をし合う。
メリュジーヌはオーロラの思い出が相当に悲痛らしく、彼女について語らう機会は減った。減ったがたまにする。向こうからパーシヴァルの話をされる事もある。
バーヴァン・シーは礼節皆無の暴言小娘なので思い出したくもない。
料理に関しては、私はあくまで経営者であり、美食家でもあるが、料理人ではない。故に朝昼夕の食事時に汎人類史のお手並みを楽しませてもらっている程度で、料理人どもと特段親しくもしていない。
エミヤやブーティカに感想を聞かれもするが、素材に優れていたブリテン異聞帯と、技術によって補っている汎人類史とでは、噛み合う助言もしようがないのはお互い残念ではある。
そのついでに短い世間話はするが、それくらいだから、馴れ合っている訳ではない。
たまにゴルドルフの食事と時間を合わせ、マナーを観察し学習している事にも、恐らく気づかれてはいまい。
シグルドやブリュンヒルデとは挨拶を交わし、時間が合えば雑談くらいはする。汎人類史に不慣れな私のためあれこれ教えてくれる。――――そのせいかブリュンヒルデの妹なる小娘どもがたまに私を睨むようになった。なんなのだ。
まあ、それくらいはいい。あの二人と縁を築いてしまった以上、その縁者から奇異の目で見られるのも甘んじよう。
だが――ならば自分達もとすり寄ってくる有象無象どもは面倒の一言に尽きる。
銀髪小娘三人組などは私の毛並みに触れたがってきては、私が逃げ切ったり、天草に押しつけたりを繰り返している。くっ、こうなったら意地でもたてがみには触れさせんからな!
他にもアストルフォとかいう無邪気な少女が、無許可でいきなりボディタッチどころかボディダイブをかましてきて、思わず顔面を鷲掴みにして受け止めてしまった事もある。
たてがみに触れさせる謂われはないし、私の好みからは外れるものの、見てくれだけは活発にして可憐な美少女だっただけに、しっかり抱きかかえてやる方が紳士的だっただろうか?
同行していたデオンというレディが謝罪を始めるや、アストルフォも大人しくなった。礼節と常識を弁えたデオンは苦労人のようだ。――――妖精國でもあいつやこいつに苦労させられ、カルデアでも気苦労が多い。
まったく、常識人が苦労するのは妖精國でも汎人類史でも変わらんな。
中にはシトナイのようにちゃんと確認を取ってから触ろうとしてくる連中もいる。
当然、全部断っているし、確認を取る良識のある連中は断られれば引き下がる。だがそれは普通の行為だ。別に美点ではないからな、勝手に触ろうとする連中が汚点なので、総合評価はマイナスだ。
そういえばイリヤスフィール達にも頼まれた事があったな。
「あ、あの! そのたてがみ、ちょっと触ってみてもいいでしょうか!?」
「駄目だ。撫でたければシロウでも撫でていろ」
「シ――!?」
というようにノータイムで断ったし、妙に慌てられたが、なんだったのだろう?
しかも偶然なのか狙っていたのか、シトナイが覗き見しながらニヤニヤ笑っていた。
見所こそあるものの、あいつもあいつでよく分からん小娘よ。
戦闘面では私とシグルドの手合わせを見て、自分もどうだと声をかけてくる連中も何人かいる。バトルマニアと呼ばれる連中がカルデアには多いようだ。無論断ったが。
医者は早く面白い怪我か病気をしろなどと医者にあるまじき発言をする。看護師は論外すぎて関わりたくない近寄りたくない。
普通に考えて、馴染めるかこんな魔境。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――――という訳で微小特異点にレイシフトしてもらう。メンバーは藤丸立香、マシュ・キリエライト、バーヴァン・シー……そしてウッドワス、君だ」
「護るべき相手がいないのに、私が同行する理由などあるまい。部屋に戻らせてもらう」
管制室に呼び出された私は、早々に踵を返した。
すでに待機していた藤丸立香、マシュは慌てた様子を見せ、バーヴァン・シーは面倒くさそうにしている。
そして私の足にちっぽけな小娘がしがみつく。ブリテンで藤丸立香の周りをウロチョロし、カルデアではゴルドルフの周りをウロチョロしている、ダ・ヴィンチという小娘だ。
「わー! 待って待って待ってー! これが最適メンバーなんだから本当に困るの! 本当に困るのー!」
「知った事か。だいたい、霊基再臨も半端な私など必要なかろう。――――シグルドでも向かわせろ」
「先行調査隊はすでに敗北、撤退済みなんだよぉ~! シグルド、アキレウスは治療中――赤兎馬は現地に残されて行方不明だ! 妙なノイズのせいで観測がうまくいかず敵の正体も不明だけど、それでも彼らの戦闘情報からトリスメギストスIIが演算した最適メンバーが君達なのー!」
「――――シグルド、それにアキレウスだと?」
シグルドとの手合わせを見て自分も自分もと名乗りだしていた男の中にアキレウスがいた。奴が下半身だけ妖精馬なサーヴァントに弓矢で射られながら追われている姿を見た事もあるが、最速を自称するだけあって最高速度といい俊敏性といい桁外れのものだった。
亜鈴であった頃の私ならばともかく、霊基再臨の不十分な私ではどこまでついていけるか……。
セキトバは知らない。カルデアはサーヴァントが多すぎる。
ともかく、シグルドとアキレウスが敗走したというのは――――大問題に思える。
「そう! シグルドもアキレウスも意識不明で話が聞けないし、カルデアからの観測もデータが乱れてよく分かってなくて、赤兎馬がどうなったかもまったく不明で、ただ暗い何かが獣のように駆け回っていたという記録がせいぜいなんだ」
「シグルドですら情報を持ち帰る事すらできなかった相手……か。しかし、なぜ私なのだ」
「トリスメギストスIIの演算だからとしか…………」
「戦力が欲しいならメリュジーヌでも連れて行け。奴なら速度に加え空中戦も可能だ、アキレウスの速度で対応できない敵にも違った手段が取れる。それとバーヴァン・シーなど和を乱すだけだ。本物のトリスタンでも連れて行け、レッドラ・ビットの同類ながら技量は確かだと聞いている。獣のように駆け回るというなら、奴の妖弦とやらで絡め取るのも容易かろう」
ボロロン。
どこか遠くから悲しげな音色が響いてきた気がするが、気のせいだ。
「キャハッ。腑抜けの犬コロには荷が重いから、言い訳を並べてるだけだろ。ざぁこ」
「……忠告してやる、すっ込んでいろバーヴァン・シー。女王の威光に逆らえない妖精相手ならともかく、貴様のような
「――――あ?」
バーヴァン・シーが殺気立つと同時に、私達の間に藤丸立香が割って入った。
まずはバーヴァン・シーを宥め、次にバーヴァン・シーはカルデアに来てからシミュレーターで戦闘訓練をしているだとか、ブリテン異聞帯で戦った時も手強かっただのとフォローを始める。
その姿を見て私は言った。
「情けない。貴様、それでも陛下のマスターか」
統べる者として、従える者として、威光もなければ覇気もない。
軟弱に媚びへつらうだけの無能な――――。
いや、ロンディニウムで戦った際、こいつは必死に仲間のサポートをし、追い詰められてなお立ち上がろうという心の強さを備えていた。
だが、それだけだ。
資格はあるのか? 陛下から伴侶と呼ばれる資格が! 陛下からマスターと呼ばれる資格が!
この矮小な人間に備わっているのか!? そうはとても思えない!!
憤りが眼差しとなって藤丸立香の瞳に突き刺さる。強烈な思惟に焼き尽くされ、屈服してもいいはずの人間は、ぎゅっと唇をきつく結びながら見つめ返してくる。
――――お願い、一緒に来て。
改めてそう言われて、数秒、私は考えた。
そう、考えたのだ。
断る事を前提にせず、真面目に考えてやったのだ。
その程度の義理を――抱いてしまった。
その程度の義理しか――抱けなかった。
「断る。他のメンバーを選出しろ」
今度こそ踵を返し、私は管制室を後にしようとし――――扉が左右に開いて、陛下。
「む、出陣ではなかったのか?」
不思議そうに、廊下から管制室へと入ってくるモルガン女王陛下。
即座に一礼した私の横合いを通り抜け、藤丸立香とマシュとバーヴァン・シーを確認する。
出撃メンバーに私とバーヴァン・シーがいるのを知って、見送りにいらしたのか?
「準備はできているようだが、ウッドワス、何かトラブルが?」
「……メンバーの連携、霊基再臨の不十分の我が身、藤丸立香の指揮能力、不安点が多すぎますゆえ、此度の出陣の見直しを要求しておりました」
「そうか。しかしトリスメギストスIIの演算で導き出されたメンバーなのだろう」
「…………私の能力が必要だったとしても、この面子で満足な結果を出せるとは思えません」
「行け。行って我が伴侶と我が娘、そしてマシュを守れ」
淡々と陛下は告げる。これはすでに決定事項、臣下である私が覆せるものではない。
許される事があるとすれば、進言程度のもの。
「………………陛下の……お言葉とあらば、このウッドワス、必ずや成し遂げましょう。しかし戦力に不備があるのは覆しようのない事実。
「
「――――――――ッ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
スプリガンか、オベロンか――――ともかく、オーロラは誘導されたに違いない。
誘導されて、あのような事を考えてしまったのだ。
陛下が援軍を出してないと言えば、それは私の力を信じたがゆえの真実。
陛下が援軍を出したと言えば、それは私と牙の氏族を始末するための嘘。
なんと悪辣な謀略なのだろう。その片棒を、オーロラ、君は背負わされてしまったのか。
挙げ句、連中に踊らされた私の末路を聞いて、きっと君は泣いただろう…………。
そして今、女王陛下は言った。
あの日の嘘が蘇る。
今度は真実となって蘇る。
陛下、陛下、陛下――――あなたがそう仰るのなら、仰られるのなら。
「――――畏まりました。此度の戦、私にお任せください」
「うむ。………………んっ……」
一度は良しとした陛下が、不意に戸惑いを見せる。
なにか不義が? 私の不完全な霊基を案じておられるのか? 私は――――。
「マスター達を頼んだぞ、ウッドワス」
――――――――私は――――信じられている。
こうして私の
戦士シグルド、最速の英雄アキレウスを倒したエネミーの撃破。
行方不明となったセキトバの救出。
マシュ、バーヴァン・シーとの共闘。
マスターである藤丸立香の護衛。
――――すべてやり遂げて見せよう。
陛下が氏族に向けてくださった2000年の信頼に懸けて。
陛下が私に向けてくださった1000年の信頼に懸けて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ブヒヒン。我が名はブラックラ・ビット! 問おう――あなたが、私の人参か!?」
――――そういう
ブリテン異聞帯の影響を受けた微小特異点らしい。
………………………………。
………………………。
…………………。
とりあえず殺していいのかアレは?
現在のモフモフ警戒度
【許可】
モルガン女王陛下――いつ触ってくださっても構わない。
むしろ触って欲しい。
レッドラ・ビット――同じ牙の氏族、毛に触れていい時と悪い時の区別はついている。
毛に何か絡まった時に取ってやったり取ってもらったりする程度か。
男同士でわざわざ毛の触りっことかはしない。
【安全】
ハベトロット――――無許可で触るような真似はすまい。
ブリュンヒルデ―――事前に触っていいか確認を取り、断ったらすんなり引き下がった。
まさに淑女の鑑と言える。…………あの狂気さえなければなぁ。
イリヤスフィール――事前に触っていいか確認を取り、断ったらすんなり引き下がった。
仲間の魔法少女二人も同じスタンス。常識的なのは良い事だ。
額に鍵穴の小娘―――事前に触っていいか確認を取り、断ったらすんなり引き下がった。
悪い子ではなさそうだから安心、安全。
【注意】
シトナイ――礼節があるため無理に触ってくる事はないし、断れば素直に応じる。
しかし他の者にたてがみを触れさせる存在になる事を望む危険思想の持ち主。
天草ァ!――天草自身はたてがみに興味は無いようだが、銀髪三人小娘への対応が甘い。
注意もその場しのぎですませており、再発を見逃している節がある。
獣耳の女――名前は知らない。銀髪三人小娘にモフられてくれと頼んできた。
断れば引き下がるが、日をまたげばまた頼んでくるようになる。厄介。
羊の毛玉――自分の方が毛並みがいいと対抗意識を燃やしている。
良からぬ事をしてこないか注意。
【危険】
銀髪三人小娘――確認は取るが断っても応じない。それどころか触ろうとしてくる。
おかげで回避や逃亡、保護者召喚が必要。
アストルフォ――確認せず飛びついてくる。善良ではあるが理性が欠如。
凄い美少女なので、好みではないものの恋愛弱者として対応に困る。
お菓子の小鬼――菓子を触った手で無言で忍び寄り触ろうとしてくる。
菓子の匂いがしたら要警戒。
看護師―――――毛並みへの興味が一切ない代わりに配慮も皆無。
少しでも怪我や病気を患おうものなら、たてがみごと切断されかねない。