「ブヒヒン。我が名はブラックラ・ビット! 問おう――あなたが、私の人参か!?」
私達はどこぞの草原にレイシフトしており、少し視線をめぐらせれば森に川に岩山に崖にと、障害となるものが多数見受けられる。あのレッドラ・ビットもどきが見た目通り俊足であるならば、地形を活かした立体的な戦術を取ってくる可能性は高い。抑え込む戦いをすべきだな。
――――れ、レッドラ!? 赤兎馬じゃなくて!?
藤丸立香が妙に激しく戸惑っている。
マシュも戸惑いながら、敵の正体について質問する。
「れ、霊基反応! ブラックラ・ビットさんの霊基反応はどうなってますか!?」
『上手く観測できない! だがブリテン異聞帯にいたモースに類似している! モースが赤兎馬の霊基を取り込んで変異したものだと推察される! ――まずいぞ、下手に攻撃したら赤兎馬ごと殺してしまうかも。シグルド達が負けたのはそのせいか!?』
管制室からダ・ヴィンチの嘆き声が聞こえてくる。
…………レッドラ・ビットは今回の任務には参加していないので、アレとは無関係らしい。セキトバとやらも項羽やケイローンとかいう奴のような、妖精馬に類する種族なのだろう。
「それでは赤兎馬さんは――!?」
『いや、完全に取り込まれた訳じゃない。なんとかモースだけ引き剥がせれば救出できるはず!』
とダ・ヴィンチが言うや、バーヴァン・シーが一歩前に出た。
「フッ――――別に、アレを倒してしまっても構わないんでしょう?」
駄目だよ!? ――と藤丸立香が叫ぶ。
役に立たない部下など、ある程度は切り捨ててしまった方が効率がいいのだが……カルデアは人材不足だからそうもいかないのかもしれない。
セキトバとやらの能力も私は知らないが、シグルドとアキレウスに同行したという事は、彼らに匹敵する高名な戦士だったに違いあるまい。
我らが思索に耽る中、ブラックラ・ビットは肩を揺らして笑う。
「フッフッフッ…………先程の獲物は逃しましたが、今度はもう逃しません。なんかキラキラ光って消えてくの綺麗だなー、と思って眺めたりしません。そのままパックンチョと行きますから覚悟してください。とりあえずそこのレディ。やる気満々なあなたからいただきます」
語尾の「ま」と「す」を言う間に、ブラックラ・ビットはバーヴァン・シーの眼前にまで肉薄していた。奴の漆黒の前足が高々と掲げられ、一秒以内にバーヴァン・シーの頭は踏み潰される。
だから一秒以内に私は紫紺の背広を消し去りながら二人の間をすり抜け、漆黒の前足を爪で引き裂いてやった。
残ったのはバランスを崩して狼狽するブラックラ・ビットと、白銀の体毛をあらわにして風雅に立つ私の姿。
「まっ!?」
「なるほど――――
結果を見れば逆とも言える発言に、私以外の者が当惑する。
なんだ、どいつもこいつも見る目のない雑魚ばかりか。今の私も霊基という面ではその雑魚の仲間入りをしているというのが酷く滑稽ではある。
「やりますね、美しき白銀のモフモフ! その毛並みはさすがの私も畏敬の念を抱かずにはいられません。――――ですが香水臭さで台無しでは?」
「余計なお世話だ!!」
刹那の間に爪を振るう。先読みした通りにブラックラ・ビットは手に持っていた黒槍を振り回してきたので、その穂先を叩いて角度を変えて空振りにさせてやる。亜鈴である私ならば本来、片腕で軽く弾き飛ばせるのだがな。
さらに続けて槍、前足、体当たりと、奴は様々な攻撃を繰り出し、私は後退しながらすべてをいなしていく。そう、後退しながらだ。
そう、前言通り――奴は私より
「いけません! ウッドワスさんが押されています!」
マシュが叫ぶと、藤丸立香が援護を命じた。マシュが打ち合いに割り込んでくる。
邪魔だ――――と思ったのは最初の数秒。こいつ、巨大な盾を見事に使いこなし、ブラックラ・ビットの攻撃を華麗にいなしている。初の連携だというのに邪魔どころか頼もしくあるとは!
思えば亜鈴である私が、このように誰かと力を合わせて戦うなど、モース戦役の時くらいしか経験しなかったな。あの時の陛下は実に頼もしかった。
「ちょっ、早っ……狙いが……」
一方バーヴァン・シーは我々の戦闘速度についてこれず、援護射撃のひとつも出来ないでいる。これだから下級妖精は。
一瞬の唾棄。
一瞬の空白。
ブラックラ・ビットの体毛が黒く炎上したかと思うや、強力な魔力がほとばしった。
それは宝具の解放にも似た圧力を以て、我々を後ずさりさせる。
攻撃が来る――! 耐える!? 避ける!? 選定の槍に備えて使おうとしたあの障壁を張れればどうという事はないが、今の私には無理難題!
ブラックラ・ビットの奥義が炸裂する、狙われたのは――――盾の騎士!
「汝は人参!
黒槍がマシュの円盾に振り下ろされる。瞬間、盾に別の概念が上乗せされ――盾としての機能が停止した。
この攻撃は耐えてはいけなかった。避けねばならぬものだった。
「とうっ!」
ブラックラ・ビットは両の前足で痛烈に盾を蹴りつける。防御機能のない円盾は衝撃をまったく殺す事ができず、マシュは小兎のように跳ね飛ばされてしまい――その先にはバーヴァン・シーが愚かしく突っ立っていた。
「へ?」
受け止めるか、避ければいいものを、判断力というものが鈍いのかマシュに衝突して一緒にふっ飛ばされる。しかも後方は崖だ。
「あああ――っ!」
「ひゃあああぁぁぁぁぁぁっ!?」
二人は悲鳴を上げながら落下していった。なんと愚かな!
だが私も不味い。マシュが狙われている隙にと顔面を殴りつけたはいいが、ブラックラ・ビットの耐久力は想定以上のものであり、よろめかせはしたものの致命打には程遠い。
それでも真っ向勝負ならば続けられる。
しかし奴の切り札には対抗できない――!
「次は白銀のあなたです! 汝は人参――――」
――――
瞬間――――私の意思と関係なく、私の身体は超高速で後ろに引っ張られた。これがマスターの礼装によるサポートか。
振り向いてみれば、藤丸立香はすでに踵を返して駆け出しており、行き先は――――崖!?
崖に落ちた二人を追おうというのか!? この人間の身体能力は数メートルの高さから落下するだけで死んでしまうほど脆いのではなかったのか!?
――――ウッドワス! 着地、任せた――――!
そう、叫ばれる。
返事をする暇もない。私は
崖の下は、浜辺だった。潮騒が波打つ静かな浜辺――――。
落下しながらマシュとバーヴァン・シーを探す藤丸立香の首根っこを後ろから鷲掴みにし、今ならへし折れるな、という邪念と共に手首を捻ってやる。
首を向けられた先――左斜め、下方、今まさに波打ち際に着地せんとするマシュと、お姫様抱っこをされているバーヴァン・シーの姿を、藤丸立香に発見させた。
さて、私もこのまま着地してはこの馬鹿の首の骨をへし折ってしまう。胴体に腕を回し、下手に揺れないよう固定すると、肉球を使って地面に柔らかく砂浜に着地する。
藤丸立香は私の白銀のたてがみに顔を埋めながら、ありがとうと言ったので――――。
「馬鹿か貴様は!? 死にたいのか! オレが、貴様を助けるなど――――いや、助けてしまったがこれは条件反射でしかない。落としたスプーンを慌てて掴んだ程度のものだ。冷静ならばむしろ見捨てていたかもしれん!」
――――そうかもしれない、でも――。
――――モルガンがあなたを信じてるから――。
――――自分もあなたを信じるよ。
藤丸立香は、そのように答えた。
「こ、の…………
いくら相手が女王陛下とはいえ、人伝の信頼に自分の命を預けたというのか!?
愚か! 愚か! 愚か! 愚か! 愚か! なんたる
「~~~~ッ!! 貴様、さっきのように私の強化は出来るか? よし、では向こうの二人と合流し、機を狙って――――」
私は違う。私は愚かではない。私は優れた戦術家だ。
あの時だって、来るはずの援軍が計画通り来ていれば私は勝利していた。
あの時だって、レッドラ・ビットの裏切りに動揺しなければ選定の槍を防げていた。
あの時だって、ベリル・ガットの追い打ちを受けなければ…………。
計算外に計算外が重なって、その裏にはおぞましき謀略があって、私は最悪の敗北を喫した。
だがな、ここにはそんなものはない。
すでに勝利の道筋は見えている。後はそれをなぞるだけ。
「――――――以上が作戦だ。やれるな?」
はい、がんばります! ――――などと、どっちがマスターでどっちがサーヴァントなのか分からぬ返答をする藤丸立香。まったく。…………まったく、なんという愚か者なのだ。
その時、崖を削るような轟音が響き渡る。
「潮騒が私を呼んでいる!! 新たな戦場は波飛沫の飛び交う浜辺、帰ったら忘れずシャンプー&トリートメント! ブラッシィィィング!!」
などと言いながら、崖上からブラックラ・ビットが落石よりも荒々しく崖を駆け下りてきた。
フン。奴が作戦を伝え終えるまで、お前はここで通行止めだ。
私はブラックラ・ビットと藤丸立香の間に割って入り、獰猛に唸って挑発をくれてやる。それに対しブラックラ・ビットは攻撃的ないななきによって応え、槍を振り回しながら突進してきた。
結論を言えば拮抗させた。
私より強く、素早いブラックラ・ビットを相手に、私は何の援護もなく単独で拮抗した。槍をいなし、蹴りを避け、眼前に魔力光を放って牽制し、膝裏を蹴ってバランスを崩させる。
「わ、我が攻撃が通じない!? 私は暗黒の戦士スーパー呂布なのですよ!?」
「リョフ、が何なのかは知らんが――――貴様はただの、
そう、告げる。
理由は分からない。だがこいつの戦い方は
ならば分かる。どう動き、どう戦うのか、手に取るように分かる。
なぜなら私は、牙の氏族の長なのだから――――!!
「レッドラ・ビットの真似事で、このウッドワスをどうにか出来ると思ったか――――!!」
「ヒヒィィィン!?」
奴の体勢が崩れたタイミングで魔力弾を上から放ち、圧力をかけてやれば、ダメージはそれほど通らないもののブラックラ・ビットは無様に地べたに這いつくばって悲鳴を上げた。
モースに汚染されたレッドラ・ビットもどきでしかない。
――――ウッドワス!!
藤丸立香が叫ぶ。一瞬だけ振り向いてみれば、すでに準備は完了していた。
そしてブラックラ・ビットに向き直るまでの間に藤丸立香は礼装を起動する。
「
亜鈴であった時ほどではない、しかし――――五体に魔力が漲り、私の剛力と速度は瞬間的に跳ね上がった。
烈風一閃、爪を振るう。
「多少の怪我は覚悟するのだな」
爪の内側で黒い汚濁をすくい取る。モースであるカケラをすくい取る。
それで十分。
すくい取った黒い汚濁の残滓を、私は憎らしきバーヴァン・シーへと投げ捨てた。
「クソイヌのくせに、クライマックスを献上するなんて少しは分かってきたようね」
「抜かせ。効率と安全性の問題だ」
バーヴァン・シーは魔力を増大させ、薔薇のように赤々と輝くや、その汚濁の残滓に向けて手のひらを向け――――それが、黒き妖精馬のミニチュアへと変貌する。
左手に針、右手に槌を魔力で編んだバーヴァン・シー。
悪逆に、残酷に笑いながら、
「
針が
「
「完全に取り込まれた訳でないのなら、外郭であるモースもどきだけがくたばるという訳だ。これが戦術というものよ。所詮、獣には理解できんだろうがなフハハハハハハ!!」
我が野生のみであっても討伐は可能だったが、セキトバとやらを安全に救出するにはあの小娘の宝具が丁度よかった。トリスメギストスIIの演算とやらもそう予測していたのだろう。
当方の完全勝利を目の当たりにし、後方でマシュが歓声を上げる。
「す、凄いです。まるでライネックさんのような頼もしさでした!」
「――――なに?」
わざわざ先代ライネックの名を上げる繋がりが見て取れず、私は奇妙に思い振り返った。マシュは無心に瞳を輝かせており、何か裏があるようには思えない。――モルガン陛下はマシュの事を他のサーヴァントより多少気にかけている節がある。
先代ライネックの雄姿でも聞かされたのだろうか?
まあいい、今はそれよりもブラックラ・ビットだ。
ブラックラ・ビットを包むモースもどきは黒い霧のようになって、潮騒と共に風に乗って舞い散り消えてゆく。
そして、ブラックラ・ビットの中から現れたのは――――見覚えのある妖精馬だった。
「レッドラ・ビットではないか!?」
――――赤兎馬だよ!? 藤丸立香が困惑気味に叫ぶ。
「セキトバ? 行方不明になっていたとかいう……いや、こいつはレッドラ・ビットだろう」
――――もしかして、ずっとレッドラ・ビットだと勘違いしていた?
藤丸立香が困ったように言い、バーヴァン・シーが声を裏返して叫ぶ。
「えっ!? こいつ、妖精國でテメェらと一緒にいた妖精馬じゃねーの!?」
バーヴァン・シーも私と同じ認識だ。
しかしそれをマシュが弁明した。
「ち、違います。姿形と言動こそ一致していますが、彼は赤兎馬、汎人類史のサーヴァントです」
「マジかよ。こんなのが汎人類史にもいたとか、ビビるわ」
……………………………………バーヴァン・シーと同レベルの勘違いをしていた……だと!?
では私は、こいつをレッドラ・ビットと思ってあれやこれや得意気に語っていたのか!?
「しかし、こいつの戦い方は完全にレッドラ・ビットのものだったが……」
『多分、モースもどき化の影響だね』
そこにカルデアから通信が入った。
ダ・ヴィンチが虚像を浮かべ、酷く疲れた表情で語り出す。
『さっきシグルドが目覚めてね……赤兎馬が黒い靄に取り憑かれたので迎撃しようとしたら、赤兎馬とはまったく異なる戦い方をしてきたせいで虚を突かれてしまったそうだ。モースもどき化の影響で赤兎馬から妖精馬としての性質に引っ張られて戦い方も変化した……という事かな?』
では本来は違う戦い方だったのか。…………あの力と速度で、経験の差を活かせなかった場合、もっと手こずっていただろう。シグルドには不運だが、私にとっては幸運だったか。
『アキレウスはなんか変な宝具っぽいものを受けて弱体化したところをやられたらしい。さっき、汝は人参――とか音声が入ってきてたけど、それ?』
それだ。マシュの盾も無力化されていた。対象を人参と定める事で、人参程度の弱さになってしまうのだろう。こういった変なルールを作るのが得意な氏族長がいたな…………牙の氏族の過ちから生き残った、悲しく寂しい氏族長、最後の翅の氏族、ムリアン…………。
………………いや、さすがにこんな
「ブルルン、ようやく洗脳から解かれました。記憶はおぼろげですが、マスターとウッドワス様の献身は覚えております」
目を覚ました――――馬、が、そう語り出したので、私は訊ねる。
「貴様…………レッドラ・ビットではないのか?」
「ヒヒン? ウッドワス様の与えてくださったニックネーム、愛称って奴ですよね? クールなので気に入っています。まるで魂に馴染むかのような響き。まさにハイセンス」
「…………では真名は赤兎馬なのか」
「呂布ですが?」
「は?」
藤丸立香が頭を抱えながら、赤兎馬に歩み寄ってその胴体をポンと叩く。
――――ややこしい事になるから、ちょっと黙ってて。と。
本当にややこしいらしく、ダ・ヴィンチが通信機越しにフォローを入れる。
『あー、ウッドワスくん。赤兎馬については帰ってからちゃんと説明するから、今はスルーしといてくれないかな。レッドラ・ビットに負けず劣らずの面白サーヴァントだから』
「…………いいだろう。とにかくエネミーは倒し、セキトバを救出し、こちらの損害はなし。
『そうだね、みんなまとめて帰還させるから、ちょっと待ってて』
…………やれやれだ。
精神的疲労を感じながら、私は紫紺の背広を復元させて着替えをすます。戦場に立つたび野生をあらわにせねばならないが、私は可能な限り紳士でありたいのだ。
――――お疲れ様、と藤丸立香がほほ笑む。
フンッ。気苦労しかしておらんわ。
続いて、マシュが波打つ海水の上をパシャパシャと駆けてくる。
「それにしても、筋力も敏捷も耐久も、ブラックラ・ビットさんはあらゆるステータスでウッドワスさんを上回っていました。なのにほぼ拮抗、それどころか優勢に感じる時さえありました。本当にすごいです」
「…………レッドラ・ビットは理解不能なりに礼節と菜食を重んじる奴で、腕前もそれなりのものだった。それがオーロラへ贈る氏族に選んだ理由でもある。――――だが、さっきのアレはモースもどきに取り憑かれたただの獣だ。理性ある私の相手になどなるか」
「なるほど! さすがはウッドワスさんで…………あっ、退去が始まりましたね」
気がつけば私、藤丸立香、マシュ、バーヴァン・シー、レッド……セキ…………馬の身体が金色の光に包まれ、霊基がゆっくりと霧散していく感覚がやってきた。
私は何気なく、モースもどきの残滓が風で流されていった青い空――汎人類史の青い空へと視線を上げて――――。
『――――よかった、半蕁麻疹とやらにたどり着けたようですね』
どこかからそんな声が聞こえた気がした途端、我々は微小特異点から退去し――――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「半蕁麻疹? アスクレピオス殿が喜びそうな病名ですが、誰か患いでもしたのですか?」
管制室に帰還するや、藤丸立香は大慌てで退去間際の発言について馬に訊ねていた。
しかし馬はまったく心当たりがないらしく、退去の瞬間も帰ったら人参食べたいと考えていただけで、特に何か喋ったりはしていないと答えていた。
あれは空耳だったのか? いや、私も藤丸立香も聞こえていた。集団幻聴か?
「お母様~。私、宝具で残酷にトドメ刺してやったわ。すごいでしょ、すごいでしょ!」
「ええ。共に観測していたので見ていました。よくやりましたね、バーヴァン・シー」
「――――ッ。え、えへっ、えへへっ……」
あちらではバーヴァン・シーが陛下に戦果報告をしておられる。
マシュを受け止めるも避けるもできず無様にふっ飛ばされ、私のお膳立てがなければ何もできなかったくせに偉そうに。
「ウッドワス」
などと憤っていると、陛下からお声がかかった。
私は即座に平伏する。右手を胸に当て、片膝を床につけ、恭しく頭を下げる。
「お前もよくやった。さすがは、私の勇者だ」
そして、陛下の手が――――白銀のたてがみをそっと撫でる。
血に濡れた手ではない。凶行に走った獣をなだめる手ではない。
忠誠と信頼を果たした臣下に報いるための、お優しい手だ。
至福の時間はほんの数秒で終わり、陛下はまだまだお喋りがしたそうなバーヴァン・シーを連れて管制室を去っていった。
馬、もモースもどきに取り憑かれた後遺症を調べるため医療室送りとなり、健康なので問題ありませんと断るや、嘴マスクの男といかにもバーサーカークラスな雰囲気の女が管制室に突撃してきて、馬、を捕縛してしまった。
騒々しい。私も自室に帰って一休みしようかと思っていると――藤丸立香が駆け寄ってきた。
なんでもお礼を言い忘れていたそうだ。
礼? 何かあっただろうか。心当たりがなく――――。
ほら、あんな柔らかな着地してもらったの、初めてだったから――――と告げられる。
……………………。ああ。…………あれか。
「この――――馬鹿者が!!」
たまらず怒鳴り散らす。野生が突然爆発した。突然すぎて抑える暇もなかった。
怒られるとは思っていなかったのか、藤丸立香は目を丸くしてしまうし、他の連中も何事かとこちらを見ているが、知った事か。
「さっきも言ったが、死にたいのか貴様は! なんの打ち合わせもなく崖から飛び降りる? あれは連携ではなくただの投身自殺というものだ! それをたまたま、オレが、条件反射で捕まえたというだけにすぎん! ブラックラ・ビットの追撃がもう少し早ければ私はそちらの迎撃を優先していたぞ!? 女王陛下が私を信じているという動機は聞いた! しかし、私は貴様の事などまったく信じていない! お手並み拝見くらいの気分でいきなり投身自殺未遂をされる身になってみろ馬鹿者! まったく、なんなのだ、どうしてこうなってしまったのだ。なぜ、なぜ――――」
私は高々と慟哭する。
「こんな
………………後になって、愚か者という枕詞をつけてとはいえ、藤丸立香を
こんな愚か者をマスターと呼んでしまう私は、なんという愚か者なのだ…………。
シグルド「洗脳赤兎馬殿と思って戦ったら、戦い方が武人じゃなく獣になってて不覚を取った」
アキレウス「汝は人参とか言われたらどうにもならなくなった……人参ってなんだよ!?」
モルガン「ドヤァ…」
愚か者のウッドワスから、愚か者のマスターに従うウッドワスへ。
――という当初の着地点にたどり着けたので、一週間後に打ち切り風ENDです。